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“春期管理捕獲”北海道のヒグマ対策の行方は

  • 2024年3月26日

今、北海道では、ヒグマとの向き合い方が大きな転換点を迎えています。道はこれまで、30年以上にわたって、ヒグマの「保護重視」の政策を進めてきました。しかし、個体数の増加とともに相次ぐ市街地への出没などを受けて、去年、春先の残雪期にヒグマを駆除する「春期管理捕獲」と呼ばれる制度を新たに導入し、2年目となる今季は、去年の3倍以上となる60余りの自治体が参加する意向です。実効性のある対策となるのか。北海道十勝地方の自治体を取材しました。

(帯広放送局記者 米澤直樹)


“1万2175頭”

これは、ことし3月25日に北海道庁の会議で報告された、最新のヒグマの生息数(2022年末、推計)です。この30年余りで2.3倍に増えました。この余波は、ヒグマと人間との間であつれきを生じさせ、時には死傷者が出る事態にも発展しています。


“異例”の出没

春間近の去年3月、北海道十勝地方の浦幌町に一頭のヒグマが出没しました。若いオスのヒグマ。場所は交通量の多い道路近くの畑です。役場からの要請を受けて出動した地元のハンター、池田亮一さんは驚きを隠せませんでした。

浦幌町の猟友会 池田亮一副会長
「私もハンターを21年やっていますが、3月の出没は経験ないですね。圧倒的にヒグマの数が増えていると思います。全く人を恐れていない様子でした」

しかしこの時、出動した池田さんは猟銃を持つことができませんでした。ヒグマの駆除には道の許可が必要です。ただ、浦幌町内で駆除が許可された期間は、4月1日から10月31日まで。3月は対象外だったのです。ヒグマの捕獲ルールを定めた鳥獣保護管理法では、“駆除は畑の農作物を守るために行うもの”となっています。このため、畑が雪で覆われた時期は駆除の対象外。逃げる気配もなく周囲を歩き回るヒグマを前に、池田さんは車のクラクションを鳴らして威嚇するだけで、なすすべがありませんでした。


「駆除」と「保護」のはざまで…

近年相次ぐ、ヒグマの市街地出没。死者も出ていることなどを受け、道が去年新たに導入したのが、新制度「春期管理捕獲」です。ヒグマが冬眠明けする春先に山に入り、雪の上に残る足跡などを追って、積極的に駆除を進めようというのが狙いです。春の時期にヒグマの駆除を行うのは、実に30年ぶりです。

北海道のヒグマ対策はこれまで、「駆除」と「保護」の間で大きく揺れ動いてきました。道は1966年から、冬眠明けのヒグマを狙う「春グマ駆除」を推進してきました。積極的にクマを追い、捕獲を進めた結果、生息数が急激に減少。絶滅の恐れも出てきました。そこで、道は春グマ駆除を1990年に廃止し、一転して保護重視の政策を進めたのです。すると、今度は生息数がこの30年余りで倍増。市街地への出没が相次ぎ、再び対策の必要に迫られたのです。


「人間がコントロールしなければ」

この制度は、道内の各自治体が希望すれば参加することができ、2年目となる今季は去年の3倍以上となる60余りの自治体が参加の意向を示しました。浦幌町もその1つです。制度に参加することで、去年と同じ状況下でも、今季は猟銃を持ち出すことができるようになります。ハンターの池田さんもこうした動きを歓迎しています。

浦幌町の猟友会 池田亮一副会長
「もう人間がクマが人里に近づけないようコントロールをしないと、行動もさらにエスカレートしてくる状況になっていると思いますので、制度への参加は大賛成です」


積極的に踏み込まないわけは…

ただ、制度を導入したからといって、すぐに効果をあげられるかは、見通せないのも実情です。ヒグマの捕獲には危険も伴う上、春の時期の捕獲には、ほかの季節とは違う技術や体力も求められるからです。制度に参加する自治体も今は準備に余念がありません。ことし3月、現場の実情を見ようと、帯広市の春期管理捕獲に同行取材しました。

集まった地元の猟友会の会員4人は、市職員とともに2台の車に分かれて、帯広市郊外の山沿いを車で走行。雪上にヒグマの足跡などがないか、周囲を確認します。しかし、猟銃を持って山中に分け入る様子はありません。今回は積極的な捕獲にまで踏み込まず、ヒグマの活動状況の「調査」にとどめています。

この時期にヒグマを捕獲するには、雪山に立ち入って足跡を追い、ヒグマを見つけ出さなければなりません。雪上は不安定で、足が深く沈み込むため、スキーやスノーシューを使って歩く必要があります。ヒグマの保護を重視したこの30年で、捕獲技術の伝承が途絶え、すぐに駆除を実施したくても、難しいのが現状とも言えます。帯広市は今季、ヒグマの活動状況のデータを収集に徹し、来季以降の準備期間に充てることにしたのです。

帯広市農村振興課 岡拳太郎主任補
「むやみやたらに雪山に入っていくのも危険性を伴うので、まずはハンターさんが安全を確保できた状態で、痕跡を調査して情報を集めていくというのがメインになると思います」


ベテランも手探り

今回同行取材したメンバーの1人は、去年、夏場に畑などで7頭のヒグマを捕獲した、地元でも腕利きのハンターです。しかし、雪の残る時期にヒグマを捕獲した経験はなく、手探りの状態だといいます。

帯広市のハンター
「山に入る装備とか持っていないし、経験がないのでこの時期の捕獲方法はわからないですね。知識や技術がある人がいるうちに少しでも経験したいです」

道によりますと、「春期管理捕獲」制度に参加の意向を示した自治体の中でも、帯広市のように積極的な捕獲には慎重な姿勢を示している自治体が多いということで、現段階では、慎重な動きを見せています。

帯広市農村振興課 岡拳太郎主任補
「制度自体が復活しても、なかなかそれに適応できる人は少ない。言ってもすぐにできるものではないので。ハンターさんが色々経験をしていきながら、帯広市としてもこの時期のヒグマの生態とか情報を把握していきながら進めていきたいと思います」


専門家「長い目で」

専門家は、春期管理捕獲を実効性のある制度にしていくには、目先の捕獲数などにとらわれず、長い目で事業を継続していく必要があると指摘しています。

酪農学園大学 佐藤喜和 教授
「帯広市のように、自治体や地元のハンターが調査のような形で山に入り、自分たちで考えながら歩いて熊の痕跡探すというだけでも十分いい経験になり、最初の入り口としてはすごくいいことだと思います。実際に捕獲まで至らなくても、人に追われる経験をすることで、“人の生活圏の近くは住み心地のいい場所ではない”とクマが学習することにも意味があります。単純に捕獲数だけで評価するのではなく、春期管理捕獲に取り組むことで、出没数が減少するかどうかも見ていく必要があります。“息の長い対策”として春期管理捕獲が続いていくことで、徐々に途切れてしまった技術の伝承や経験を積む場所としての機能も長く維持することができるんじゃないかと思います」


人間とヒグマ“両者”が安心して暮らせるために

取材の中で、ハンターの安全確保の面からも積極的な捕獲には慎重にならざるを得ないという自治体担当者やハンターの思いが、ことばの端々からにじみ出ていたのを感じました。かつては、ヒグマ1頭を仕留めると、胆のうや毛皮を販売することで、数ヶ月分の生活費になったとも言われていて、相応のリスクをとってでも捕獲に向かうハンターがいたという時代背景もあったようですが、時代は様変わりしています。残雪期に捕獲が禁止された30年間が、捕獲環境だけでなく、技術の伝承にも大きな影を落としているのだと実感しました。人間もヒグマも安心して生活できる環境を取り戻すための取り組みは、まだ始まったばかり。試行錯誤はまだ続きそうです。

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