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北海道議会議員選挙 戦いの歴史 平成の結果を振り返る

  • 2023年3月20日

統一地方選挙前半では北海道議会議員選挙も行われます。選挙区は46、合わせて100議席をめぐって争われます。議員定数の100は、全国の都道府県議会では東京、神奈川、愛知に次ぐ規模となっています。選挙管理委員会の記録やNHKに残っている資料などをもとに、平成に入って最初となった1991年(平成3年)以降の道議会議員選挙を振り返ります。(札幌放送局  竹村知真)

※以下、「○○選挙区」の表記で「選挙区」を省略します。
※市と周辺の町村が合併した場合、その市の選挙区は合併分だけ区割りが変わりますが、今回の記事ではこうしたケースは区割り変更とは位置づけません。市と札幌市の行政区が独立した選挙区になったり、逆にほかの選挙区に統合されたりするケースを区割り変更と位置づけています。


今回の道議会議員選挙  46選挙区計100議席を争う

今回の道議会議員選挙は46選挙区の合わせて100議席をめぐって争われます。
今回、全体の議員定数は前回・ 2019年(平成31年)の選挙と変わりありませんが、都市部への人口の集中や地方の過疎化で1票の格差が広がっているとして、選挙区の定員は恵庭市で「1」増える一方、釧路市で「1」減ります。
議員定数の100は、全国の都道府県議会では東京、神奈川、愛知に次ぐ多さ。広大で市町村数も多い北海道と大都市圏の議会を同列には議論できませんが、議員定数は人口で北海道を上回る大阪、埼玉、千葉、兵庫よりも多くなっています。
道議会議員選挙では、自民党がいわゆる「55年体制」となって争われた1959年(昭和34年)の選挙以降、選挙での獲得議席数として現在まで比較第1党を維持しています。
一方、道議会議員選挙では、新人を中心に無所属で当選した人がその後、各党の会派に入るケースが多く、選挙時の獲得議席とその後の各会派勢力は必ずしも一致しません。

今回の選挙にいたるまで、平成の時代はどのような道議会議員選挙が展開されたのか…。


平成の道議会議員選挙  結果は

【1991年(平成3年)】
平成に入って最初となったこの選挙。全体の議員定数は50選挙区で110のまま、「4増4減」で各選挙区の区割りや定員が見直されました。
具体的には、定員1の札幌市厚別区と札幌市手稲区が新設されたほか、苫小牧市、空知支庁でそれぞれ定員が1増えた一方、小樽市、檜山支庁でそれぞれ定員が1減り、さらに、いずれも定員1だった赤平市と砂川市は空知支庁に統合されました。

この選挙では、自民党が46、社会党が29、公明党が6、共産党が2、民社党が1、無所属が26議席でした。
このうち無投票当選は、15の選挙区で合わせて21人でした。
道議会議員選挙での無投票当選は、1979年(昭和54年)選挙以来、12年ぶりでした。

【1995年(平成7年)】
全体の議員定数は50選挙区で110のまま、「2増2減」で各選挙区の定員が見直されました。
具体的には、札幌市北区、江別市でそれぞれ1増えた一方、札幌市中央区、室蘭市でそれぞれ1減りました。
この選挙では、自民党が43、社会党が23、公明が6、新進党が3、共産党が2、無所属が33議席でした。
このうち無投票当選は、14選挙区で合わせて20人でした。

【1999年(平成11年)】
全体の議員定数は50選挙区で110のまま、「4増4減」で各選挙区の区割りや定員が見直されました。
具体的には、定員2の札幌市清田区と定員1の北広島市が新設されたほか、空知支庁で定員が1増えました。
一方、札幌市豊平区、石狩支庁でそれぞれ定員が1減ったほか、いずれも定員1だった夕張市と芦別市が空知支庁に統合されました。
この選挙では、自民党が44、民主党が25、共産党が6、公明党が5、無所属が30議席でした。
このうち無投票当選は、13選挙区で合わせて16人でした。
この選挙では女性候補が8人当選し、女性議員は1995年(平成7年)選挙の2人から一気に増えました。
その背景には、共産党の躍進がありました。
共産党は、昭和最後の1987年(昭和62年)選挙などの4議席を上回る6議席を得て第3党となりました。当選者のうち4人が女性でした。
一方、社民党は現職が落選し、議席を失いました。
女性の当選者はその後、8~9人で推移し、2015年(平成27年)選挙では13人とふた桁に。前回・2019年(平成31年)の選挙では11人が当選しています。


【2003年(平成15年)】
全体の議員定数は50選挙区で110のまま、「1増1減」で各選挙区の区割りや定員が見直されました。
具体的には、石狩支庁から石狩市が分離され、それぞれ定員1となった一方、定員1だった士別市が上川支庁に統合されました。
この選挙では、自民党が47、民主党が24、公明党が6、共産党が4、無所属が29議席でした。
このうち無投票当選は、12選挙区で合わせて18人でした。
公明党は、1999年(平成11年)選挙で現職1人が落選していましたが、この選挙からは立候補した全員が当選する形が続いています。

【2007年(平成19年)】
各選挙区の区割りや定員の見直しで、選挙区の数が2減って48に、全体の議員定数は「4減」で106になりました。
具体的には、定員1の北斗市が渡島支庁から分離され1増。
空知支庁、渡島支庁、網走支庁でそれぞれ定員が1減ったほか、定員1だった深川市と富良野市がそれぞれ空知支庁と上川支庁に統合され5減。
この差し引きで、全体では「4減」です。
さらに、定員の増減には関係しないものの、2003年(平成15年)選挙で分離された石狩市が石狩支庁に再統合され、定員2の新たな石狩支庁となりました。
この選挙では、自民党が46、民主党が35、公明党が7、共産党が2、無所属が16議席でした。
このうち無投票当選は、11選挙区で合わせて19人でした。
この2007年の選挙は、当時の高橋はるみ知事が現職として臨んだ初の統一地方選挙で、道議会での各党の勢力がどうなるかも注目されました。
各党の公認と推薦をあわせると、道政与党の自民党は49議席で、選挙前より5議席減らしました。
民主党は逆に5議席増やし、40議席を獲得しました。
公明党は候補者全員が当選した結果、選挙前より1議席増やし7議席でした。
自民党と公明党の両党で56議席を獲得して過半数を獲得したものの、自民党は目標としていた単独過半数獲得はなりませんでした。

【2011年(平成23年)】
選挙の前年、2010年(平成22年)に、明治以来100年にわたって続いてきた「支庁」の制度が変わり、道が各地に設けている出先機関が「総合振興局」「振興局」に変わりました。
これに伴い、旧・空知支庁管内の幌加内町が上川総合振興局に、旧・留萌支庁管内の幌延町が宗谷総合振興局にそれぞれ所管が変更されました。
「○○(総合)振興局管内」は、道議会議員選挙の選挙区として「○○地域」と表現しますと、この選挙では渡島地域とオホーツク地域でそれぞれ定員が1減り、この「2減」の結果、全体の議員定数は48選挙区で104となりました。
この選挙では、自民党が44、民主党が34、公明党が8、共産党が1、無所属が17議席でした。
自民党は公認と推薦を合わせて51議席となり、公明党と合わせて過半数を維持しました。
一方、国政与党として臨んだ民主党は公認と推薦を合わせ過去最多の55人を擁立しましたが、1つ前の2007年(平成19年)選挙を下回る厳しい結果となりました。
3人を擁立して道議会議員選挙に初挑戦したみんなの党は、議席を獲得できませんでした。
この選挙で、無投票当選は14選挙区で過去最多の31人に上りました。
無投票当選は、次の2015年(平成27年)選挙で3人減りましたが、前回・2019年(平成31年)選挙ではこの選挙を上回る35人に上っています。


【2015年(平成27年)】
各選挙区の区割りや定員が見直され、選挙区の数は1減って47となり、全体の議員定数は「3増6減」で101となりました。
具体的には、千歳市と岩見沢市がそれぞれ1増えて2増。
函館市、後志地域、胆振地域、釧路地域がそれぞれ1減って4減。
留萌市が留萌地域に統合され1減。
定員2だったオホーツク地域が東西に分割され、その西部に定員1だった紋別市が統合。
新たな定員は、オホーツク東地域が1、オホーツク西地域が2となりました。
オホーツク全体で考えると、「1増1減」で定員の増減はありません。
この選挙では、自民党が49、民主党が24、公明党が8、共産党が4、無所属が16議席でした。
このうち無投票当選は、19選挙区で合わせて28人でした。
自民党と公明党は公認候補だけで過半数を獲得。
これに対して民主党は道連や会派の幹部が落選するなど、選挙前の30議席を下回る24議席にとどまりました。
共産党は選挙前の1議席を大きく上回り、道議会で代表質問を行うことができる4議席を確保しました。
2人を擁立して道議会議員選挙に初挑戦した維新の党は、議席を獲得できませんでした。
この選挙のあと、無所属の議員2人が自民党会派入りし、自民党は道議会で1983年(昭和58年)以来32年ぶりに単独過半数を占めました。

【2019年(平成31年)】
この選挙でも各選挙区の区割りや定員が見直されました。定員1だった美唄市が空知地域に統合され、選挙区の数、全体の議員定数ともに1減となり、46選挙区の100議席をめぐって争われました。
この選挙では、自民党が51、立憲民主党が24、公明党が8、共産党が3、無所属が14議席でした。
自民党は公認候補だけで51議席を獲得し、36年ぶりに単独で過半数の議席を確保しました。
一方の立憲民主党も選挙前から2議席増やして24議席を獲得。2015年(平成27年)の選挙で当時の民主党が得た議席数を維持しました。
公明党は8人の公認候補全員が当選。
共産党は選挙前よりも1議席減らして3議席にとどまり、道議会で代表質問を行うことができる4議席には届きませんでした。
一方、国民民主党は選挙前の1議席を確保することができず、道議会での議席を失いました。1人を擁立した日本維新の会も議席を獲得できませんでした。

平成最後となったこの選挙。無投票当選は21選挙区で合わせて35人。無投票当選は選挙区の数、当選者の数ともにこれまでで最も多くなりました。

今回の選挙前の時点で、各党の議席数は欠員5で、自民党が49、立憲民主党が24、公明党が8、共産党が3、無所属が11となっています。
無所属の議員11人は道議会で、「民主・道民連合」に3人、「北海道結志会」に8人が所属して活動しています。


現職は強い? データでみると…

選挙では、「現職は有利」とよく言われます。
新人と比べて一定の知名度があることや、一度は選挙を経験していることから“組織力”を発揮しやすいことがあるからです。(もちろん例外もあります。必ずしも全員が全員、そうではありません。)
下の表は、1991年(平成3年)から前回・2019年(平成31年)まで、平成に行われた道議会議員選挙での現職の「当選率」の推移をまとめたものです。
「当選率」とは、候補者数に対する当選者数の割合です。
全体の傾向と比べて、現職は確かに“高め”に推移しています。
1995年(平成7年)や2011年(平成23年)、それに前回・2019年の選挙のように、「当選率」が90%を超えた選挙もあります。
1995年は阪神・淡路大震災、2011年は東日本大震災、前回・2019年は胆振東部地震があった後の選挙です。
「大きな災害があると、有権者が“安定感”を求めることから現職が有利になる」とする指摘もありますが、あながち的外れでもないように見えます。

一方、2007年(平成19年)は、「当選率」が平成で最も低くなっています。
この選挙では14人の現職が落選。このうち11人は自民党でした。
この選挙で自民党は、保守分裂となった根室市や小樽市、宗谷支庁などで、当選5回から7回のベテラン議員が落選しました。
いずれも、現職の多選に対する批判が逆風になったとみられています。
当時、全国的に勢いがあった民主党は、現職が全員当選したのと対照的でした。
地方議員は、国政選挙では候補者の運動を支える“実働部隊”ともなります。
永田町では防衛費増額に伴う政府の増税方針に絡んで衆議院の解散・総選挙をめぐる発言もちらほらと聞かれています。各党としては、この春の統一地方選挙で議員の数を1人でも多く増やしたいところ。道議会議員選挙でも“熱い”戦いが繰り広げられることになりそうです。

前回・2019年(平成31年)の結果は👇
統一地方選挙2019【北海道議会議員選挙】

2023年2月22日

4月9日投開票 前半戦はこのほかにも👇

“春の政治決戦”に向けた動きをまとめています👇

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