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“逆風”のなか問われる核軍縮 ICANのキーマンに聞く

  • 2023年12月22日

核兵器の開発や使用を全面的に禁止した唯一の国際条約、「核兵器禁止条約」。「被爆者の長年の訴えを形にした」と言える内容ですが、核保有国や、唯一の戦争被爆国・日本は背を向けたままです。世界情勢が厳しさを増し、“逆風”が吹く中で、核軍縮の機運を高めるには?国際NGO「ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーン」の中心メンバーに、鍵となる考えを聞きました。

(NHK広島放送局記者 柳生寛吾)

会議に日本の姿なし

核兵器禁止条約は、核兵器の開発や製造、保有、それに使用を禁止する国際条約です。国連で採択され2021年に発効しました。
12月1日の時点で、69の国と地域が批准。署名を終えたのは93の国と地域で、世界の半数近くにのぼります。一方で、アメリカやロシア、中国などの核保有国は参加していません。
唯一の戦争被爆国である日本も、アメリカの「核の傘」のもとにいるため、批准には後ろ向きです。11月からニューヨークの国連本部で開かれた条約の2回目の締約国会議にも、日本政府の代表の姿はありませんでした。

日本人でただ1人

国際NGOの「ICAN」は、条約の成立に貢献したとして、2017年にノーベル平和賞を受賞。
運営を担う「国際運営委員」と呼ばれる11人の中心メンバーのうち、唯一の日本人が川崎哲さんです。条約の成立後、ICANは批准国を増やそうと戦略的に活動してきたといいます。

川崎哲さん
「条約を『普遍化する』という言い方をしていますが、世界のすべての国々が条約に入るようにするため、力を注いできました。
ICANとしては、第1段階として、まず核兵器を持っていない国にはとにかく入ってもらって多数派を形成したい。第2段階では、核兵器を持っていないけれども依存している国に、少しずつでも入ってきてもらう。その上で最後の第3段階として、核兵器の保有国がこちらに入ってくる。こうした段階的な考えでのアプローチに、日本では私が、多くのヨーロッパ諸国ではICANの仲間たちが取り組んでいます」

戦略その1:若い世代の育成

川崎さんが具体的に力を入れていることの1つが、若い世代の育成です。
2019年から、核保有国を含む各国から、選考を通過した若い研究者や学生を被爆地に招致するプロジェクトを始めました。被爆者の話を直接聞くなど被爆の実相に触れてもらうことで、核兵器廃絶を担う未来のリーダーを育てる狙いです。
川崎さんは、みずから講師も務めて世界の若者と接する中で、気づいたことがあったといいます。

川崎哲さん
「私は長い間、核兵器を禁止する条約を作ろうとやってきましたが、いまの若い世代からすると、核兵器の問題に関心を持ち始めたときにはすでに、『核兵器禁止条約』ができていたという人が多いんです。
彼らは、そもそも『核兵器は悪い』という認識を持っています。『条約があって禁止されているのに、なんで実行をしないのか、なんで条約の枠組みに加わらないのか』と言うんです。こうした声を聞いていると、大きなパラダイムの転換が起きているように感じます。いまの若者たちの間にはポジティブさが見られるんです。若いリーダーを育てる取り組みには、さらに力を注いでいきたいと思っています」

戦略その2:政治への働きかけ

川崎さんがもう1つ重視しているのが、条約の締約国会議にオブザーバー参加さえしない、日本の政治に働きかけることです。
8月には、川崎さんの呼びかけで、国会議員による討論会が開かれました。集まった各党の代表クラスの議員に、締約国会議に日本がどう向き合うべきか意見を求めました。

立憲民主党 長妻政務調査会長
「肝心の被爆国日本が1回目の締約国会議にオブザーバー参加しなかった。日本がオブザーバー参加することを与党に強く要請したい」

公明党 山口代表
「締約国会議にオブザーバー参加し、核兵器国と非核兵器国との橋渡しの役割を追求すべきである」

与党である公明党を含め、ほとんどの主要政党の出席者が日本政府のオブザーバー参加を求めたことに、川崎さんは一定の手応えを感じていました。

川崎哲さん
「これからの日本のあるべき姿を考えて判断を下すという点で、私はやはり官僚ではなく、政治家と話をしてアプローチをする時間を増やさないといけないと感じています。話し合いを積み重ね、ついに自民党以外のすべての政党の高いレベルの代表者が、核兵器禁止条約については『オブザーバー参加すべきだ』と明確に言うところまで来ました」

討論会でのやりとりで、会議の参加に慎重な姿勢だった自民党に対し、川崎さんは個々の議員に直接働きかけることにしました。締約国会議へのオブザーバー参加について意見交換がしたいと、手紙を出したのです。

面会に応じた1人、自民党の岩屋元防衛大臣です。
「短期的には核の抑止力を含む防衛力強化が必要」としながらも、日本のオブザーバー参加の可能性について理解も示したといいます。

一方、事前の調査で、川崎さんは自民党の全国会議員の5分の1近い、80人ほどは禁止条約への参加に前向きだと考えていましたが、今回面会が実現したのは一部にとどまりました。川崎さんが作ったリストでも、会えなかったことを示す赤い欄が目立ちました。それでも、川崎さんは政治に対して粘り強く働きかけを続けることが重要だと考えています。

川崎哲さん
「直接会って話をすることができれば、政治家1人1人が考えてくれるきっかけにもなるわけですよね。会いに行かないと考えもしないと思います。まだかなりの時間がかかると思いますが、直接的なアプローチを重ねていくことによって、政府・与党内の雰囲気を変えていくことは必ずできると感じています」

“核兵器なき世界なんて理想”を超えていくには

若い世代の育成と、政治への働きかけ。
現実的な戦略として、この2つを両輪として進める川崎さんは、日本のNGOがより連携して動くための組織として、いわば「日本版ICAN」を立ち上げる方針です。世界情勢が厳しさを増す中、核兵器廃絶への道のりは、かつてない“逆風”が吹いているという指摘もあります。川崎さんに、核軍縮を進めるために必要だと考えていることを聞きました。

川崎哲さん
「核兵器廃絶は“理想”、核抑止は“現実”という見方がありますが、実際の世界ではいま、核兵器を持つ国が戦争を始めているわけですよね。核抑止論が正しければ、核兵器があれば戦争は止まるはずが、核兵器を持つ国が『自分たちは強い』と思って戦争を始めた。だから、核抑止論によって安定も平和もない。
ですから、“理想”か“現実”かで分けるのではなく、『どちらの現実を取りますか』という伝え方が大事になると思います。核兵器廃絶は、現実的な平和、現実的な安定のためで、核軍縮こそが安全保障をもたらす、そのために現に核兵器禁止条約があるんだということを、明確に発信していきたいです。
社会の変化が起きるのは、たとえば性暴力を許さない『MeToo運動』が世界中に広がった際のように、ものすごい数の人が声を上げたときだと思います。世論調査すれば、6割とか7割の人たちが核兵器禁止条約に入るべきだと言っているわけですから、その声をもっと目に見えるかたちにしていく仕掛けが必要だと考えています」

  • 柳生寛吾

    広島放送局 記者

    柳生寛吾

    東京都出身。2012年入局。
    長崎局、政治部を経て、ことしの夏から広島局。

    2度目の被爆地勤務では家庭を持ったので、平和についてより実感を持って考えるようになりました。

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