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原爆慰霊碑の碑文 「過ちを繰り返さない」の主語は誰?

  • 2023年08月25日

広島市の平和公園にある原爆慰霊碑。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」ということばが刻まれています。
「過ちを繰り返さない」という部分の主語は、一体誰なのか。実は、長く論争が行われてきたテーマです。碑文の歴史と、そこに込められた思いとは。

(NHK広島放送局記者 有馬護)

G7広島で首脳が訪問 注目された碑文

ことし5月に行われたG7広島サミット。平和公園の中心にある原爆慰霊碑には、各国の首脳が訪れて献花しました。広島市の松井市長は首脳たちに「碑文の内容は、世界平和の実現を祈る『ヒロシマの心』だ」と説明しました。ことしの原爆の日の平和宣言にもその内容を盛り込み、世界に核廃絶を訴えました。

「主語」をめぐって当初から論争

71年前の1952年、平和公園の建設に伴って原爆慰霊碑はつくられました。その歴史をひもとくと、碑文のことばにある「過ちは繰り返さない」の主語が誰を指しているのかは、長く議論の対象となってきたことが見えてきました。

東京裁判に関わったインドのパール判事は、原爆慰霊碑ができた年に広島を訪れ「原爆を落としたのは日本人ではないのに、碑文は表現が不明瞭だ」などと指摘しました。
パール判事のみならず一般の市民や有識者からも疑問の声があがり、碑文を取り替えるかが注目を集めたこともありました。

碑文のことば 作者の思いは

碑文のことばを作った当事者はどのように捉えていたのか。
当時の広島市長から依頼を受けて考案したのは、広島大学の教授だった雑賀忠義です。英文学が専門で、自身も被爆者でした。

ことばに込められた思いがうかがえる資料が広島市の公文書館に残されていました。
碑文の英訳を雑賀教授が決めたことを広島市に伝える手紙です。「過ちは繰返しませぬから」の部分について、次のように記されています。「For we shall not repeat the evil」。
碑文を考案した本人は、主語を「we」、「私たち」と捉えていました。

作者の思いは広島市の公式見解に

さらに、雑賀教授は碑文に高い理想を込めていたことが、公文書館に残されていた別の資料から分かりました。碑文の意味について解説した原稿には「人類のなしえなかった仕事をしようと光明を見出す」とつづられていました。碑文の主語を「私たち全世界の人々」と捉える雑賀教授の考えは、その後、広島市の公式見解として残ることになりました。

慰霊碑で祈りをささげる人たちにこうした経緯を伝えると、さまざまな声が聞かれました。

60代女性
「心広く持ったらそうなんでしょうけど、やっぱり日本人だというのがあるので、ちょっとそこまで広くは考えられない」
40代男性
「争いごとで関係ない人の命が奪われること自体が過ちだと思うので、誰の過ちかというと、人類の過ちだと思います」
60代女性
「碑文を見るとひとごとじゃないんだなと、私も含めて1人1人が考えなくちゃいけないんだなと思いました」

今だからこそ碑文の意味を考えて

広島大学平和センターの川野徳幸センター長は、被爆から78年がたっても核兵器が使われる危険性が消えない今だからこそ、碑文の意味を考える姿勢が重要だと話しています。

川野センター長
教授が碑文の主語に捉えた『私たち』とは誰のことを指しているのか、『私たちは過ちを犯した』とすればどのような過ちを犯したのか。これらを問い続けることが、後世を生きる我々の宿題だと考えるのが健全だと思う。
もしかしたら、過ちをもう1度繰り返すかもしれないから、そうしたことのない社会や世界を築いていこうというところまで思いが至れば、碑文があり続ける意味はさらに大きくなるのではないか。
もし核なき世界に向かっているのであれば改めて碑文の意味を考える必要はないが、今の国際状況は碑文の意味を改めて考えないといけない状況だ。緊迫して緊張した国際社会だからこそ、碑文の意味はより重要なものになる。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。
碑文のことばは、訪れる人すべてに平和の意味を問いかけています。

  • 有馬護

    広島放送局 記者

    有馬護

    2016年入局。宇都宮局を経て2021年秋から広島局に所属。現在は県警・司法担当キャップ。

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