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災害時に事業をどう続けますか?

  • 2023年07月12日

広島県内に大きな被害をもたらした西日本豪雨から5年がたちました。その後も大きな災害は全国各地で相次いでいます。この機会に改めて災害時に事業を継続する大切さを考えてみたいと思います。

(広島放送局記者・小野慎吾)

「BCP」って何?
 

「BCP」は「Business Continuity Plan(ビジネス・コンティヌュイティ・プラン)」の略称、日本語では「事業継続計画」と呼ばれるものです。

地震や大雨などの災害、テロ、感染症の流行といった緊急時に、企業が従業員を守り、業務の中断を最小限に備えていくための計画です。災害時には復旧や復興を支え、地域経済を守ることにもつながる大切な計画です。このBCPの策定を積極的に進めてきた中小企業を取材しました。

災害の教訓がきっかけ

広島市西区にある倉庫・運送業を営んでいる会社です。米のほかワカメ、昆布といった食品の原材料を中心に、倉庫に冷蔵や常温で保管し、配送までを手がけています。創業108年、約40人の従業員が働く中小企業です。この会社は4年前からBCPの策定を始めました。広島湾に面するこの会社が必要性を考えるようになったきっかけは、過去の災害でした。

「提供・田中倉庫運輸」

平成11年9月の台風18号では、高潮が押し寄せ、トラックや従業員の車が流されました。それよりも前に起きた台風では、停電で冷蔵の倉庫の出し入れが3日間、できなくなったこともありました。

田中倉庫運輸・田中久登専務

(田中久登専務)
「当社は経済を大きな体に見立てて“倉庫は心臓、輸送は血管、その中を流れる商品を血液”と例えています。災害時に必要になる食品もありますので、うちの倉庫から荷物が出ていくことで経済を支えると考えています」

対策①物流を守る

非常用電源

会社が力を入れてきたのが設備投資です。そのうちの1つが非常用発電機。停電になっても出荷が続けられるように、3日分の最低限の電気を倉庫に供給できます。水につからないように、建物の2階ほどの高さに設置しました。この発電機の導入費用は約3600万円ですが、多くは国の補助金を活用しました。

倉庫を冷やす冷凍機は、断水を想定して水を使わない「空冷式」を導入。顧客から預かる大切な商品を守る取り組みです。この機械の導入については「脱フロン」を推し進める国の補助金を活用しました。国の補助金を使いながら、非常時の備えを進めてきました。

対策②従業員を守る

従業員の安全を守ることも大きな要素です。非常時に備えて、従業員がBCPを意識することが大切だと考えています。

そのために作ったのが「BCPハンドブック」です。

ハンドブック

「安否確認にはLINEを優先する」「広島市内で震度5強以上の地震が発生した場合などにBCPを発動する」といった従業員の具体的な行動が示されています。

ハンドブックの浸水想定図

ハンドブックには津波の浸水想定図も盛り込みました。会社周辺だけでなく、配送でよく訪れる地域のリスクも盛り込みました。このハンドブックを従業員には紙で配ったうえで、LINEグループでも共有し、従業員がいつでも見られるように工夫しました。ほかにも倉庫内には、従業員向けの水や非常食を備蓄。地震による万が一の荷崩れを想定して、油圧ジャッキも配備しています。こうした備えを進めてきたことで、西日本豪雨では被害が大きかった取引先に、備蓄していた2リットルの水600本を送ることもできたということです。

BCP策定の広がりは限定的

一方で、広島県内では、BCP策定の動きは広がっていません。

 

民間の信用調査会社「帝国データバンク広島支店」は、5月に県内に本社を置く企業を対象に行ったBCPに関する意識調査を行いました。回答があった267社のうち、「策定している」、「現在、策定中」、「策定を検討している」の3つを合わせた「策定の意向がある」と答えた企業は46.8%にとどまりました。

次に西日本豪雨の1年前、2017年からの県内の策定率の推移を見てみます。大企業では着実に進んでいるものの、中小企業では2017年の9.9%から今回の調査では12.9%と、まだまだ進んでいないのが実態です。

「策定していない理由」を尋ねたところ、もっとも多かった回答は「必要なスキル・ノウハウがない」。加えて中小企業からは「人材を確保できない」とか「費用を確保できない」といった回答も多くありました。

広島県が進める支援

BCPを策定するためには、どうすればいいのか。西日本豪雨のあと、広島県は無料でBCP策定を支援するための事業を行っています。

2月のセミナーの様子

県内の企業が対象で、防災と事業継続の違いなど、基本的な考え方を学べるセミナーをはじめ、会社の事業内容や規模、立地環境に応じて、半日や1日かけて集中的にBCPの策定方法を学ぶことができます。

このうち、1日講座では「非常時の初動対応」「社内に設置する事務局の運営手順」といった具体的な内容を学び、ひな型を使いながら実際にBCPの策定に取りかかることができます。さらに、希望する人は地震や風水害などのさまざまなケースを想定したワークショップに参加できます。

今回、私が取材した会社も、県の支援事業への参加が、策定の大きな後押しになったと振り返ります。

田中専務
「われわれも非常にハードルの高さを感じていましたが、ひな型に基づいてBCPを策定をしていくと。大変だった部分が、半分くらいになったという感覚です」

災害に備えた国の補助金のメニューも用意されています。一定の条件を満たすことが必要にはなりますが、経済産業省は地域の防災や減災にもつながる設備投資に補助金を出しているほか、中小企業庁は一定の条件を満たせば自家発電設備や免震装置といった設備投資に対して、税制優遇を行う制度を設けています。

BCPを“自分事”に

県の支援事業で講師を務めるBCPの専門家は、雇用と生活を守るためにもBCPの策定が欠かせないと指摘しています。

ミネルヴァベリタス・松井裕一朗代表取締役

松井裕一朗代表取締役
「BCPの策定は、取引先や顧客に対しては供給責任を果たす取り組みですが、実は事業継続は会社の存続、雇用の継続なんです。自分たちの雇用と生活を守る取り組みなので、“自分事”として参加することが重要だと思います」

災害をはじめとした、非常事態への備え。「自分事」を出発点に「支援」と「工夫」で進めていく。策定の動きが広がるためには、この3つのキーワードが重要だと思います。

  • 小野慎吾

    広島放送局 記者

    小野慎吾

    スポーツ紙記者を経て2016年入局。岐阜局、報道局スポーツニュース部を経て去年2月から広島局。経済全般を担当。  

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