クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2024年2月5日(月)

さまよう繁殖引退犬 ペット業界の“異変”を追う

さまよう繁殖引退犬 ペット業界の“異変”を追う

「繁殖引退犬」という言葉をご存じだろうか?ペットショップに子犬を供給するためにブリーダーが飼育してきた犬で、いま大量に手放されています。劣悪な環境で飼育してきた悪質業者の排除などを目的に2019年に動物愛護管理法が改正。犬の飼育頭数や出産できる年齢などに制限が。その結果、経営危機に直面し繁殖引退犬を手放すブリーダーが続出。犬を預かるシェルターもあふれ、山林に捨てられるケースまで…。異変の深層に迫りました。

出演者

  • 佐伯 潤さん (帝京科学大学 生命環境学部教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

さまよう繁殖引退犬 ペット業界に異変!?

桑子 真帆キャスター:
私たちが犬や猫を飼う時、多くの人がペットショップから購入します。犬や猫は、ブリーダーが繁殖させています。ブリーダーのもとには子犬だけではなく、その親である繁殖犬、そして繁殖の役割を終えた繁殖引退犬もいます。

この繁殖引退犬は、法律で原則、最期まで飼育する"終生飼養"が求められていますが、手放すしかない事態に追い込まれるブリーダーが増えているんです。なぜなのか。取材を進めると、ペットを巡って異変が起きていることが見えてきました。

ブリーダーが抱えきれない 繁殖引退犬はどこへ

「収入が前の年の3分の1にまで落ち込んでしまった」。そう明かしたのは、20年以上ブリーダーをしている女性です。

ブリーダー
「まだ目、開いてないよね。産まれたてですね」

その原因は、子犬を生む"繁殖犬"だといいます。一体何が。

ブリーダー
「ちょっと経営が、やばいかな。もう本当に赤字ですね。結局、失業になっちゃいますよね、このままの状態でいくと」

きっかけは、2019年に改正された動物愛護管理法。業者に対し、動物の健康や安全を保つことを強く求め、適正飼育のための細かい数値基準が設けられました。

スタッフ1人あたりが飼育できる繁殖犬の頭数に制限が。2年間の経過措置の末、2024年6月までに15頭にすることが求められています。さらに出産の回数は生涯6回まで。交配時の年齢も原則6歳以下と決められました。

スタッフ6人がいるこのブリーダーは、基準を守るため繁殖犬を150頭から80頭に制限。その結果、残り70頭を繁殖引退犬として抱えることになったのです。

ブリーダー
「繁殖引退犬のワンちゃんたちです」

子犬を生ませることができなくなった繁殖引退犬。物価が高騰する中、エサ代や光熱費などが経営を圧迫しているといいます。

ブリーダー
「できれば飼ってあげたいですけど、これから先のことを考えると絶対やっていけない。ワンちゃんたちには申し訳ないけど、いままで一生懸命頑張ってくれたワンちゃんたちを手放すの」

これまで最後まで責任を持って飼育してきましたが、2023年、初めて20頭を手放さざるを得なくなりました。では、ブリーダーが抱えきれなくなった繁殖引退犬はどこに行くのか。

一般社団法人ペットパーク流通協会 上原勝三会長
「6歳、7歳くらいだと思います。メスですね」

オークションを運営する団体は、収益の一部を利用して問題に対応しようとしています。ブリーダーから手放される繁殖引退犬を引き取る取り組みです。今、シェルターにいる犬は300頭を超えています。

上原勝三会長
「自分たち(業界)から出た飼いきれないワンちゃんを、自分たちが助けなきゃいけないと、やり始めた」

しかし、ここでも限界が。頭数制限の期限が6月に迫る中、ブリーダーからの引き取り依頼が相次いでいて断らざるを得なくなっているというのです。

上原勝三会長
「いまはもう、お断りしているような状態。お願いされたうちの2割くらいしか引き取れていない」

行き場を失う繁殖引退犬。思わぬ場所で、それらしい犬が保護されているという情報を聞き、現場に向かいました。

犬の保護活動をしている 山本千晴さん
「この辺ですね」

それは市街地から車で40分ほどの山林。この地域で10年以上、犬や猫の保護活動を続ける山本千晴さんです。

山本千晴さん
「子どもと一緒に、休みの日にどんぐりを拾いに行っている途中で見つけて。寄ってきた感じで捕獲はできた」

山本さんが保護した、メスのしば犬。獣医に診てもらうと子犬を産んだあとがありました。

山本千晴さん
「その前日と前々日も、しば犬を点々と保護して、この子の次の日も保護したんですよ」

この山奥で、3年間で保護されたしば犬は17頭。誰がどんな理由で手放したか、詳しいことは分かっていません。同じ場所で同じ犬種が次々と見つかるのは、長年の保護活動の中でも経験のない事態だといいます。

山本千晴さん
「それだけ飼っていて一気に捨てる一般人は、あまり思い当たらない。わざわざ山に捨てて命の危険にさらさなくても、ちゃんと探せば引き取り先も見つかると思うんですよね。ちょっとひどいですよね」

動物愛護管理法 なぜ改正されたのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

きょうのゲストは、獣医師で動物の福祉・愛護に携わってきた佐伯潤さんです。

なぜ、こうした事態になっているのかということで、VTRにもありましたが、2019年に改正された動物愛護管理法を受けて、繁殖犬の数、それから出産回数、年齢に制限が設けられました。このあとにさまざまな問題が噴出しているわけですが、そもそもなぜこうした数値規制の改正が行われたのでしょうか。

スタジオゲスト
佐伯 潤さん (獣医師・帝京科学大学 教授)
動物の福祉・愛護に携わる

佐伯さん:
大体2000年ぐらいを境に、今までは犬であれば番犬として外に飼っていた、猫は出入り自由で過ごしてたわけですが、そういった飼い方から、屋内で飼い主さんと一緒に過ごす犬や猫が増えてきた。
また、15歳未満の子どもの数よりもペットの数が多くなってきたという背景がありまして、ペットは家族の一員であるという意識が広がっていったんです。

ただ、その一方で繁殖業者の中には悪質な環境で繁殖犬を飼育して子どもをどんどん産ますという、いわゆる「パピーミル(子犬工場)」というような問題もたくさん出てきたり、それから経営が行き詰まって「多頭飼育崩壊」を起こすような問題というのも認められるようになってきました。

そんな中で規制となったのですが、今後、やはりこの規制がどうだったかということについては検証していく必要性はあると思います。

桑子:
今回、数値規制というのが設けられ、これがどうだったのか検証を続ける必要がありますね。

佐伯さん:
それは、これからのことになると思います。

桑子:
議員立法ということで、定期的に検討や改正が行われていくといった中でどうなっていくのかということですが、今回、法律を所管する環境省に私たちはこの状況について聞きました。

こういった回答がありました。

環境省の回答
◆ブリーダーがどれだけ繁殖引退犬を手放しているかデータは持っておらず、現状について網羅的把握はしていない
◆ブリーダーは、法律に従って適切に犬を取り扱うべきだと考えており、引き続き、指導・監督する自治体への助言を行っていく

ということでした。佐伯さんは、環境省の委員として今回の数値規制の議論に携わったそうですが、国は、もう少し状況を把握したり対策を取ってほしいなという気もするのですが、どうなんでしょうか。

佐伯さん:
今回の規制の議論の中でも、抱えきれない動物がたくさん出ることは国の側も業界の側も十分、分かっていたと思います。それに対して環境省、国の側は保護犬・保護猫の譲渡飼育促進をするような啓発をしたりとか、後は経過措置を講じるというような対策を取ってきました。

桑子:
今、経過措置というお話がありましたが、2024年6月になるまでに段階的に頭数制限をしてきたということですね。

経過措置
・2022年6月~ 25頭まで
・2023年6月~ 20頭まで
・2024年6月~ 15頭まで

佐伯さん:
ただ、そういった経過措置を指導するのは自治体ということになりますので、もう少し自治体に対してフォローするなどの対応は必要であったのではないかなと思います。

また、業界の側も一部で対応は行われたと思うのですが、ただ、業界全体として、もう少し新しい飼い主さんを探すような仕組みを作っていくとか、そういう対策は取るべきであったと思っています。

桑子:
先ほどもありましたが、国は2024年6月までに段階的に頭数制限をして経過措置を取ってきました。そして、終生飼養、最期まで飼育するという原則の考え方が緩和され、手放すことも許されるようになりました。その結果、今、このように繁殖引退犬があふれる事態になっているわけです。

こうした行き場を失った犬の問題に対応しようと、今、ブリーダーから繁殖引退犬や、売れ残った犬を引き取って飼い主を見つけるという保護団体も出てきています。ただ、この過程でも課題があることが見えてきています。

行き場のない犬 譲渡めぐる課題は?

保護団体から繁殖引退犬を引き取った女性です。その犬は声を出して鳴くことができない状態でした。

繫殖引退犬を引き取った女性
「普通はワンワンキャンキャンいうと思うんですけど、ハフハフみたいな吐息ですかね。病院でも診てもらったら、のどに炎症もないから、おそらく(声帯が)切れているという話でしたね」

女性は、声に異変があったメスのマルチーズをあえて引き取りました。業界の関係者によれば、鳴き声の苦情に対応するため、声帯を切るケースもあるといいます。

繫殖引退犬を引き取った女性
「もっと命と向き合うというのを、きちんと考えないといけないんじゃないかな」

繁殖引退犬や売れ残った犬の譲渡を巡って、金銭的なトラブルも起きています。

2023年10月、保護団体からチワワを引き取った男性です。最終的な費用は20万円以上かかったといいます。

保護団体から譲渡を受けた男性
「私もあまり知識はなかったので、正直高いなと。ペットショップで買うのと、あまり遜色ない金額だなというのは思った」

営利を目的とせず届け出ている保護団体は、犬の譲渡に際して利益を出すことはできません。ただ、エサ代や治療費など最低限の費用を寄付金などで求めることは問題ないとされています。

団体からは、これまでかかった犬のエサ代や人件費などとして15万円の寄付が求められました。さらに、ペットフードの定期購入と保険への加入が譲渡の条件だといわれたといいます。加えて、薬やシャンプーの購入も勧められました。違和感を感じた男性は、フードの定期購入や保険の契約を解除しました。

保護団体から譲渡を受けた男性
「本当に非営利なのかなって感じてるところがあります。本当に心から保護犬を助けたいという気持ちでやっている方の善意を、商売に利用してしまうっていう形につながりかねないと思いますので」

保護団体に取材したところ、次のように答えました。


譲渡した保護団体
寄付金は任意でお願いしているが、犬の食費や光熱費などがかかり、
一定額の負担には理解を求めたい
フードなどの販売は別会社が担っているが、苦情対応窓口を設置し改善を進めていく
犬の譲渡で幸せになる人が増えるよう、取り組みを続けたい

譲渡トラブルや健康状態の問題

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
行き場を失った犬を抱えている業界側と飼い主の間でのトラブルが起きているということで、今回、譲渡に際して高額な寄付金を要求されたという同様の声、私たちは複数聞きました。こういった事態、どうしたら防げるでしょうか。

佐伯さん:
非営利である保護団体も動物を保護するには経費がかかってくるわけですので、寄付金という形であったり、かかった経費について譲渡時に費用を請求すること自体は問題はないと思います。

ただ、透明性の確保というのは重要ですので、しっかり内訳を公表するということも大事ですし、もともと営利の場合、ペットショップの場合には法律でかなりの義務がかかっておりまして、例えば販売時には18項目の重要事項の説明が義務づけられています。ただ、非営利の保護団体には、そういった説明義務もありませんので、譲渡を受ける際には疑問があればしっかり質問をして、納得したうえで譲渡を受けるということが重要かなと思います。

桑子:
VTRでもありましたが、犬の健康状態に問題がある場合も多いのでしょうか。

佐伯さん:
優良なブリーダーさんですと比較的いい環境で飼育しておりますが、私たちが経験する中ではかなり劣悪な環境での飼育というのも目立ちますので、そういったブリーダーさんのところにいた犬では年齢の割にかなりさまざまな病気があったり、心身ともに問題があるケースもあるということになります。

桑子:
そこはしっかりと改善していくべき点ですよね。

佐伯さん:
そうですね、それは非常に重要な点になると思います。

桑子:
ブリーダーの飼育環境の話もありましたが、ブリーダーの環境を改善しようという業界の試みも、今、始まっています。

ペットをめぐる課題 どう改善していくか?

ブリーダーのもとを訪問しているのは大学の獣医学部の教授です。

日本獣医生命科学大学 田中亜紀 特任教授
「ケージ見てもいいですか?」

第三者的な立場の専門家が、飼育環境や繁殖犬の状態をチェックします。ケージの大きさや室内の温度など、170項目をヒアリング。子犬のオークションを運営する団体が、優良なブリーダーを増やそうと進めています。

田中亜紀 特任教授
「ワンちゃんたちの健康状態、どういうふうにチェックしていますか?」
ブリーダー
「出すとか、しまうときに抱えて、お腹大丈夫かなとか」
田中亜紀 特任教授
「いいと思います」
ブリーダー
「客観的視点で飼育環境を見てもらって、適正に飼育している意識は高くもっている」

これまで訪問した100のブリーダーのうち、6割が飼育環境などについてアドバイスを受けました。

田中亜紀 特任教授
「ケージがきれい、施設が新しいとか、でも動物をそこに閉じ込めっぱなしというのも動物にとってはいいことじゃない。適正に客観的に評価して、それで動物を見て、そのブリーダーの評価をする」

ペットを守るには何が? アニマルウエルフェアとは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
獣医師などの専門家が入り、環境を改善していくという取り組みご覧いただきましたが、こういった取り組みをどう評価されていますか。

佐伯さん:
とてもすばらしい取り組みだと思います。ペット業界の川上の部分でしっかり専門家が入っていくことは大切だと思います。ペット業界の特徴としまして、バブル期やペットブームを通じて古い体質のまま大きくなって拡大してしまった。

桑子:
古い体質というのは?

佐伯さん:
古くからの犬屋さんというような雰囲気ですね。あと閉鎖的な部分もありましたので、それが昨今、問題になりましたけれども、業者さんが帝王切開をしてしまうというような問題につながる体質だと思います。

桑子:
獣医師ではなく、ということですね。

佐伯さん:
そうですね。ですので、今後はVTRにありましたように専門家、獣医師をはじめとした専門家が関わっていくことで新しい知識や技術というのを入れて改善していく必要性があると思います。

そういったことがうまくいった事例として、身近なものとしては動物園の展示動物があると思います。非常に飼育環境が悪いところもあって大きな問題になっていたのですが、専門知識のある獣医師などが関与することによって、飼育環境や動物の取り扱いがかなり改善されてきています。

最近、動物園に行かれた方は感じられたと思うのですが、実際に本来、動物が暮らしていたような飼育環境を再現していたりとか、自然界で動物がとっていた行動が発現できるような、行えるような物を置いたりという、さまざまな動物福祉の視点に立った改善が行われています。今後、このようなことがペット業界のほうにも適用されれば、もっといい飼育環境になるのではないかなと思っています。

桑子:
今回、当事者がさまざまいるわけですが、すべての当事者に求められることとして「アニマルウエルフェア(動物福祉)」という考え方です。動物が肉体的・精神的に十分に健康で環境に調和していること。この考え方が大事。このアニマルウエルフェアというのは、海外では特に考え方が広がっています。

例えば、ドイツでは飼育環境に厳しい基準を設けることでペットショップでの犬の販売が抑制されています。また、フランスでは2024年から、保護されたものを除く犬・猫のペットショップでの販売が禁止されているということになっています。こうした流れがある中で日本はどうあるべきだと考えていますか。

佐伯さん:
こういった西洋先進諸国の制度というのは参考にすべきことはたくさんあると思います。ただ、動物に関わる問題といいますのは、その国の宗教であったり、文化であったりということを背景にした国民性というのもかなり大きな要素にはなっているので、こういった制度を、そのまま日本に取り込めばいい結果になるかというのは、また少し別のことになってくるのかなと思います。日本の場合は、今まで問題点としてはブームが起これば特定の品種の動物をみんなが飼いたがるというような問題がパピーミルのような業者を助長してきたという部分もあると思います。

桑子:
そしてこのアニマルウエルフェア、もちろん飼い主にも求められる考え方ですよね。

佐伯さん:
そうですね。むしろキーは飼い主さんにあると思いまして、かわいそうとか、かわいいという感情的な話だけではなく、動物視点で考える動物福祉の観点というのを今後広げていくことで、動物と共に暮らす社会というのはどういうよい点があるのかなど、しっかりとした議論ができると思います。

桑子:
ありがとうございます。業界と社会でペットの命に責任を持つにはどうすればいいのか。模索は続きます。

ペット業界と社会 命に対する責任を

2023年、ホームセンターの中にオープンしたペットショップ。

子犬が販売されるすぐ横に置かれているのは、繁殖引退犬です。子犬だけでなく、繁殖引退犬も選択肢のひとつにしてもらおうというものです。

取材班
「繁殖引退をしたワンちゃんもいるということを知っていました?」

「全然知らなくて、びっくりした」

「珍しいですよね。他のホームセンターとかペットショップではないですよね」

価格は10万円ほど。子犬に比べて半値から3分の1程度です。健康診断の結果や手術歴など、犬の情報について客に丁寧に説明しています。避妊手術の費用やワクチン代などを差し引くと店の利益はないといいます。

AHB取締役 長谷川龍太さん
「今までは子犬・子猫だけを取り扱ってきたので、こういう形は初めて私たちもチャレンジしている。ペットの社会課題として理解していただきながら考えていただく、私たちも、その手助けをする責任があるんじゃないか」

この店で繁殖引退犬を引き取った妹尾さん。「購入するなら子犬がいい」。その考えは繁殖引退犬の存在を知って変わりました。

繁殖引退犬を引き取った 妹尾充浩さん
「こういう出会いが私も会ったので、より多くの(繁殖を)引退した犬たちが産むだけ産んで、お疲れさまでしたというより、頑張ったねと言って、温かく迎え入れてくれる家があったほうが、多分幸せなんじゃないかなと思う」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

この記事の注目キーワード
犯罪

関連キーワード