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2024年1月10日(水)

羽田空港 衝突事故 緊急時、命を守る“判断”とは

羽田空港 衝突事故 緊急時、命を守る“判断”とは

羽田空港で日本航空の旅客機が海上保安庁の航空機と滑走路上で衝突し炎上。海保の乗組員5人が死亡、日本航空516便の乗客乗員379人は全員が脱出用スライドから避難しました。専門家は“前代未聞のあり得ない事態”と指摘する今回の事故。究明が急がれる「原因」とは?そして混乱の最中、命を守るために乗客乗員が取った判断や行動が独自取材から見えてきました。“もしもの時”、私たちはどう行動すべきなのか?独自の視点で迫りました。

出演者

  • 井上 伸一さん (航空評論家・全日空元機長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

最新報告 羽田衝突事故 原因はどこに?

桑子 真帆キャスター:
今回の事故で、海上保安庁の乗組員5人が亡くなりました。なぜ、日本航空の旅客機が着陸する前に海上保安庁の航空機が進入したのか。

事故直前の交信記録によりますと、管制官は、誘導路上にいた海保機に対して出発の順番を意味する「ナンバー1」という言葉と共に、滑走路停止位置まで地上走行するよう指示。
海保機は、正しく復唱しましたが、滑走路に入りました。この「ナンバー1」という言葉を、海保機が離陸許可だと取り違えた可能性もあることから、国土交通省は、「当面、事前に出発の順番は伝えず、離陸許可を出す」など、緊急の安全対策を実施するとしました。

事故発生から1週間。取材を進めると管制と海保機のやり取り以外にも、事故を回避するいくつもの対策が機能しなかったことが見えてきました。

なぜ防げなかった?

今回の衝突事故の背景に何があるのか。海上保安庁、航空会社、航空管制、それぞれの経験者に取材を行いました。

長年、海上保安庁の航空機に乗務していた元整備士が語ったのは、滑走路に進入したことへの“強い違和感”でした。

元海上保安庁の整備士
「ナンバー1だから滑走路に入っていいよというのは絶対にない。整備でそういうの、長年聞いていても、あれで入るのはふつうはありえないですよね」

機長が誤った判断をした場合でも、気づく仕組みがあったとも語りました。

元海上保安庁の整備士
「乗組員、みんなヘッドセットをつけていて、それを通してコミュニケーションを取れるようになっているので、必ずパイロットの会話はそこで聞いているし、あれで入っていったら(自分だったら)『あれ、これ入っていいの?』って、おそらく言ってました」

誤った認識による滑走路上の事故は、これまでも起きており、多数の乗客が死亡する大惨事にもつながってきました。日本でも、2015年に徳島空港で航空機のパイロットが滑走路上の車両に着陸直前に気づき、事故を免れたケースもありました。

今回、NHKは過去に国内で発生した誤進入の事例を調べました。この10年で発生した誤進入は、23件。いずれも事故を回避していました。この内、人による目視などで誤進入に気づいたケースが9割以上を占めていました。国連の専門機関がまとめた誤進入防止マニュアルでも「人こそが真の『門番』」であると記されています。

では、着陸機のパイロットには事故を回避する手だてはなかったのか。

全日空の元機長、樋口文男さんに事故が起きた時間帯の現場を見てもらいました。

全日空 元機長 樋口文男さん
「夕方の薄暮が見えにくい。それは飛行機も車も一緒です。見にくくなる時間帯とか方向によって見にくくなる向きがあって」

着陸するパイロットから滑走路はどのように見えるのか、シミュレーターで確かめます。昼間は見晴らしがよく、滑走路の先まで見通すことができます。

樋口文男さん
「あそこの辺りに海保機がいた。全然、見えてますね。これって真っ暗にできます?」

衝突が起きた時刻や、当時の天候、機体の速度など事故が起きた時の条件を入力すると…

滑走路上は一気に見えづらくなりました。

今回、海上保安庁の航空機が進入したのは、日本航空機の着陸地点の先。パイロットは着陸地点に意識を集中し、その先の航空機に気づきにくかったのではないかと樋口さんは指摘します。

樋口文男さん
「普通に接地をするところですから、そこに(意識を)集中しますよね。だから集中すると前の障害物だとか、そういうのは見ているんですけど、ちょっと薄くなると思うんですよ、感覚的に。人間って思い込んだら見えない。もう、いないと思って信じていれば、見えないですよ」

今回の事故で海上保安庁の航空機は、およそ40秒間、滑走路上で停止していたことが明らかになっています。

管制官には、事故を回避する手だてはなかったのか。担当した管制官は「別の航空機の調整などがあったため、意識していなかった」と話しています。

管制官が「意識をしていなかった」とはどういうことなのか。

20年近く管制官を務めた 田中秀和さん
「管制官は意識を分散させて、すべての航空機や自分が管制していない、ほかの航空機、ありとあらゆるものに対して意識を分散させる必要がありますので、滑走路手前指示をした航空機のみを、ずっと注視するということは絶対にありません。別の航空機との調整が、どれほどの重要度があったのかという解析が必要です」

羽田空港には、滑走路への誤進入を防ぐためのシステムもありました。

滑走路に誤進入した機体に着陸機が近づくと、滑走路と機体の色が変わり、管制官に注意を促す仕組みです。このシステムは事故の際にも正常に作動していました。

田中秀和さん
「(航空機が)レーダーに映っている場所に本当にいるのか。見えている場所に本当にレーダーで映っているのか。(目視とシステムの確認)どちらも必要。これについては気づいていたのか、気づいていなかったのか、そこの検証が必要としか現状では申し上げられない」

かつて、国連の専門機関で安全監査を担っていた井ノ口寛さんは、今回の航空事故は、何重ものチーズの穴をすり抜けるかのように、さまざまな安全対策の網目をくぐり抜けて起きたものだと考えています。

国連の専門機関で安全監査に従事 桜美林大学 井ノ口寛 特任教授
「偶然、同じような位置に穴が、弱いところがあったときに、危険が通過をしてしまって、最終的に大きな事故につながりかねない。『これが絶対だ』というものが、まだできていない。手順とシステム面でもできていないというのが残念ながら現実」

事故原因の究明は、個人の責任追及ではなく、再発防止を目的に進められるべきだと指摘します。

井ノ口寛 特任教授
「国際標準でも事故調査というのは、あくまで再発防止を目的にする。それが唯一の目的であると言っています。話したことが何らかの形で責任追及に使われるのであれば、躊躇してしまうということが起きかねない。そのために責任追及をしないということが、最終的には事故の再発防止につながる」

日本航空機・海保機・管制のフェールセーフは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、航空評論家で機長も務められた井上伸一さんと、社会部の山下記者です。

航空の世界では、1つのエラーが起きても二重三重に事故を防ぐという仕組み「フェールセーフ」という考え方が徹底されているということです。
ただ、今回、事故が起きてしまいました。今回のケースでのフェールセーフは、どういうものがあったのか。大きく3つの点を聞いていこうと思いますが、まず井上さん、元パイロットという立場から、旅客機、それから航空機のフェールセーフ、どういうものがあるのでしょうか。

スタジオゲスト
井上 伸一さん (航空評論家・全日空元機長)

井上さん:
共通しているところもありますが、まず、日本航空機から言いますと、着陸許可を得ていましたけれども、最終的には障害物の有無を確認するということも求められています。
ただ、条件が悪いという中で見つけてほしかったなとは思いますけれども、なかなか厳しい条件だったんだろうなと、まず1点目ですね。

それから、海保機の機体。これに関しては、管制塔からの指示を正しく復唱していました。ただ、それなのにどうして滑走路に入ったのか。これは今後、ボイスレコーダーが解析されてくれば、内容が徐々に明らかになってくると思います。管制の指示を復唱して、2人の操縦士で相互確認をしたうえで、なおかつ滑走路に入る前に滑走路の状態、それから進入着陸してくる航空機の有無等も確認をしていたはずですので、こういういくつもの、先ほどのチーズの穴をくぐり抜けてしまったのはなぜなのか、というのは大きな疑問として残ります。

桑子:
3つ目のフェールセーフ、管制塔にもあります。先ほどVTRで見たように、監視システムも整備されているということでしたが、山下さん、今回のケースで今、どういうことが分かってきているのでしょうか。

山下哲平 記者(社会部):
担当の管制官は、別の航空機の調整などがあったため、海保機のことを意識していなかったと話しています。システムは正常に作動していたのですが、管制官はこれを見ていなかった可能性というのが指摘されています。国土交通省は、このシステムは補助的なものだとしているのですが、せっかく導入した安全対策というのが生かされていませんでした。
また、関係者に取材をしていますと、羽田の航空機の混雑というのが管制官の余裕をなくしているのではないかという声も多く聞かれました。ピーク時の離着陸は、1分間で1.5回にも上る計算になります。今のままで安全を担保できているのか、いま一度考えるタイミングだと思います。

桑子:
こうして聞いていきますと、何重にも事故を防げるはずのものをすり抜けて、5人が亡くなる事故になってしまったということになるわけですが、どうすれば事故を防げると井上さんは考えていますか。

井上さん:
航空機というシステムは人が動かすわけですけれども、人が完璧に行えるというのはやはり難しくて、エラーは発生してしまいます。エラーが発生したときには、機械が故障音を出してアラートを出して気づかせる。
逆に、機械が故障したときには人が機械をオーバーライドして安全な運航を維持していく。これが求められていますので、バランスの取れたものが必要だと思います。

それと、今回のような滑走路に誤進入してしまったというのは過去にもございまして、日本では10年少し前に管制官、並びにパイロット等を集めて対策を作り、教育をしたというのがございます。
ただ、その時の教訓が今回、生かされきれなかったと。10年以上たっていますので、改めて常々気づかせるような教育、並びに訓練が必要なのかなと思います。

とかく事故が起きると「責任はどこにあるのか」という問いかけが多く出ますけれども、先ほどのVTRにもありましたが、責任を追及するのではなく、システムのどこにできなかったものがあるのか、あるいはこうすればよかったとか、今後の航空の安全に向けて、ぜひ生かせるような調査を期待したいと思います。

桑子:
そもそも誤進入だったのかどうかも含め、しっかりと究明していく必要があるわけですが、今回の衝突事故で世界的にも注目されたのは、旅客機の乗客乗員379人全員が脱出できたことです。緊迫の機内を捉えた映像と、30人以上の乗客の証言から緊急時に命を守るためのヒントが見えてきました。

命を守る“判断”とは

午後5時47分に着陸した直後の映像です。

乗客
「燃えてる、燃えてる。やばいかも。火、出てる。火、出てる」
客室乗務員
「鼻と口を覆って、姿勢を低くしてください」

この時、パイロットや客室乗務員がやり取りする「インターフォンシステム」が使えなくなっていました。乗務員たちは、自分たちの声や身振りで指示や連絡をしなければならない状況に陥っていました。

客室乗務員
「荷物を取り出さないでください」

乗務員が大きな声で、落ち着くよう伝えています。

日本航空で28年、客室乗務員を務めた山下輝江さんは、この呼びかけは国際的なガイドラインに従ったポイントだといいます。

元日本航空客室乗務員 山下輝江さん
「まず着陸したあと、私たちは、いちばん最初に自分たちの身を守る(ように伝える)。次はパニックコントロールということが義務づけられていて、そのパニックコントロールを今しているところですね」

緊急事態の時、安全マニュアルには乗務員が行う脱出への5つの手順が記載されています。まず、身を守ったあと、乗客を落ち着かせるパニックコントロールを行い、機体周辺の状況を確認。パイロットなど乗務員と連携を取りながら、乗客を非常口に誘導します。中でも大切なのは事故が起きた際、乗客がパニックにならないようにすることです。

これは8年前、ドバイで起きた事故の映像です。荷物を勝手に取り出そうとして立ち上がり、混乱しています。もしパニックがひどくなると、乗客が非常口を開けようと殺到するおそれもあります。

火災に近い非常口を誤って開けると、火が機内に入ってくることもあり、危険です。

そのため、乗務員はそれぞれの非常口を守ることがセオリーです。今回、パニックコントロールが働き、次の段階である「状況確認」に移行しました。

L1にいるチーフの乗務員が、エンジン付近まで動いて火災を確認。コックピットの機長に口頭で伝え、脱出の指示を得ました。この動きにより、前方のL1、R1の扉を開くことができ、衝突から5分以内に脱出を始められたと見られます。

山下輝江さん
「自分の持ち場所(非常口)を離れて、ここ(エンジン付近)に行くというのは驚いたんですけれども、最初に確認に行って指示を仰いだのはすごいなと思いました」

前方から脱出が始まる中、航空機の中ほどでは待機する時間が続いていたと見られます。こうした待ち時間でも、乗客同士で落ち着くよう声をかけ合っていたといいます。

中ほどの乗客
「CAさんも(荷物を)取り出すなという指示があったので、注意したほうがいいと思って自分も(荷物を取り出さないよう)声をかけた。そんなに慌てて子どもを逃がそうとするとか走りだすということもなく、みんな落ち着いて次の指示を待っているなと」

山下さんは、これが大きな効果をもたらしたと指摘します。

山下輝江さん
「もうすごいなと思いました。今回のお客様は、自分たちをすごく冷静に保ってくださっているので。今回、もし奇跡っていうふうに言われるのであれば、お客様が奇跡ですよ」

しかし、後方の座席では火災の影響で煙が立ちこめ、パニックを起こしている乗客もいました。

火が迫る窓側に座っていた、この女性も恐怖を感じたといいます。

後方の乗客
「すぐ近くに非常口とかもあったんですけど、CAさんが何番のここ開きません、何番のここも開きませんっていう声もしてきちゃってて、すごいこちらも焦ってしまって、生きるか死ぬかだろうなと思って怖くなっちゃって」

開いている非常口は、いまだ、いちばん前の2か所だけ。エンジン付近と後方右側は火災で開けられません。唯一、可能性があったのは後方の左側L4の非常口のみでした。しかし、問題がありました。前輪が壊れて機体が前に傾いたため、後ろの非常口と地面との距離が広がっていたのです。

この場合、日本航空の複数の客室乗務員によれば、脱出用のスライドが地上に届かず、乗客が大けがをするリスクも想定するといいます。しかも、インターフォンの故障で機長にも連絡が取れません。乗務員は1人で難しい判断をしなければならなかったと山下さんは推測します。

山下輝江さん
「(脱出用の)スライドが地上につかなくて、ぶらぶらと動いた状態になったらどうしよう。そして開けたことによって、お客さまが殺到してきたときに、このドアを使えないとは言えないし、言ったとしても絶対押し倒されてしまいますから。無事に逃げられるかどうか、自信が持てないので躊躇するのはわかりますね」

衝突から9分後、機体の後方から人の姿が。L4のスライドは地面にギリギリ着く状態で下り、無事脱出ができていました。

山下輝江さん
「地上につくかつかないか、すれすれなんですね。自分で判断しなければいけなかったのは、すごく苦しい決断だと思います。よく判断したと思います」

事故発生から18分後。機長が最後に機内を確認し、乗客乗員379名が全員脱出。その僅か5分後には機体の上部から火が上がりました。

緊急時 命をどう守る

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
こうして全員脱出することができたということですが、今回のことからどういうことが学びとれると見ていますか。

井上さん:
今回の緊急脱出に関しては、客室乗務員が日頃の訓練の成果を発揮できたと思っています。パニックコントロール、それから手荷物を持たないで誘導する。
また、これに協力をして大きなパニックを起こさずに避難をしていただくことができた乗客の方の協力も大きな要素だったと思います。
また、全員が避難するまでの時間を、比較的、機体は大きな損傷もなく、全体の火災もなかったと。これもプラスの要因となったと思います。

桑子:
場合によっては、もっと早い時間で炎上してしまうケースもあるわけですからね。

井上さん:
そうですね。過去にはそういう事例もあったと把握しています。

桑子:
山下さん、今回の対応について日本航空ですとか、航空関係者からはどういう声が上がっているのでしょうか。

山下:
現役の日本航空の客室乗務員や、社員からも話を聞きました。取材では当時の9人の客室乗務員のうち、半数ほどが配属から間もないということが分かっているのですが、これについては、その分、基本に忠実に対応できたのではないかと話していました。こうした偶然もあったため、よかったということだけではなくて、しっかりと教訓を導き出さなければならないと指摘していました。

桑子:
今回のようなトラブルの発生に備えて、私たちはどんなことを心がければいいのか。今回、私たちは客室乗務員などに聞いたものをこちらにまとめました。

緊急時に備えて
・搭乗したら非常口の確認
・離着陸時は起きておく・靴を履いておく
・騒がず落ち着いて
・乗務員の指示に従う

見ていきますと、搭乗したら非常口を確認する。そして、離着陸時は起きておく。そして靴を履いておく。さらに、もし、いざ緊急事態に直面しても、騒がず、落ち着いてください。そして、乗務員の指示に従うということがあがりました。

こうした内容は離陸前にアナウンスされるものも含まれていますが、乗客として私たちはどういうことを心がけていなければいけないでしょうか。

井上さん:
航空機の事故は、離陸時の3分、それから着陸時の8分、「クリティカル・イレブンミニッツ」と言っておりますが、ここで多く発生をしていますので、先ほどもありました離着陸時は靴を履いていていただきたいのと、ご搭乗されたときには安全のしおりに、ぜひ目を通していただいて、非常口の確認、シュートの使い方等、ビデオなどを参考にしながら確認していただければと思います。
それから、乗務員の指示に従っていただくというのが、みずからの命のみではなく、他の人の命も助けることにつながりますので、ぜひ、ご協力をお願いしたいと思います。

桑子:
そして何より、原因究明も待たれます。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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事故