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2023年10月2日(月)

拡大“イノシシの脅威” 知られざる被害の実態

拡大“イノシシの脅威” 知られざる被害の実態

住宅街で遭遇したイノシシは、その瞬間、NHKのカメラに突進してきた―。いま、暮らしのすぐそばでイノシシの出没が相次いでいます。人身被害は、去年、過去最多を記録。国は対策として捕獲数を増やしているが、被害が抑えられていません。専門家の分析から、イノシシに付着するマダニによる感染症や、掘り返しによるインフラへの影響など、イノシシの“新たなリスク”も見えてきました。イノシシの脅威とどう向き合えばいいのか考えました。

出演者

  • 加瀬 ちひろさん (麻布大学 獣医学部 講師)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

イノシシ被害拡大 大都市に迫る“理由”

桑子 真帆キャスター:
皆さんはイノシシとばったり出会ったことがあるでしょうか。

走る速さは秒速11メートル以上にもなります。これは大人のオスで、最大で高さ80センチ、鼻先からお尻まで160センチと、こんなに大きいんです。
鼻先を使って土を掘り起こし、餌を探します。このイノシシ、これまでも田畑を荒らして農作物に甚大な被害を及ぼしてきましたが、今、人への被害も広がっています。

2022年度は過去最多の81人。亡くなる人もいました。2023年度はすでに15人がけがをしています。被害は秋以降、この時期から拡大する傾向にあり、注意が必要です。

今回、私たちも取材中、イノシシに遭遇しました。危険は大都市にも迫っています。

住宅街でイノシシ遭遇 カメラが捉えた“脅威”

野生動物が多く生息する六甲山を背に、150万人が暮らす神戸市。市では8年前からイノシシの出没情報を受け付ける専用窓口を設けています。

イノシシの餌になるゴミを路上に放置しないルールを徹底。捕獲も積極的に進めた結果、市街地に出没するイノシシはあまり見られなくなっていました。ところが今、一部の地区でイノシシ被害が再び急増しているといいます。

夜、この町内で取材していると…

実際にイノシシと遭遇しました。

さらに2匹の子どもを連れたイノシシも。

悠々と住宅街をはいかいしています。すると突然…

カメラに突進してきました。

鯉田尚生さん
「この辺、注意してください。どこに落ちているか分からないので」

イノシシが通った後には大量のふんが。

鯉田尚生さん
「踏まないで、踏まないで。何とかならないかな、これ」

住民がボランティアで掃除しなければならない事態になっています。

神戸市のイノシシ対策に携わっている兵庫県立大学の横山真弓教授に映像を見てもらいました。

横山さんが危惧したのは、街なかにイノシシがいることに住民が慣れてしまっている状況でした。

兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 横山真弓教授
「これがエスカレートさせる元なんですよ、イノシシの行動を。人間怖くない。こういうのが平然と起こってしまうのを放置するというのが一番怖いですね。非常に危険な状況だと思います」

さらに横山さんが注目したのは、イノシシが食べていたもの。

庭木から落ちた柿の実でした。

横山真弓教授
「ちょっとゴミがあったりとか、人間からするとゴミでも彼らにしてみたらすごく栄養価が高いので、その味をいったん覚えてしまうと麻薬のようにそれを求めてしまう。そういう行動にどんどん変わっていくんですね」

イノシシ被害拡大 大都市に迫る“理由”

イノシシの出没は観光客でにぎわう京都市でも。天皇家ゆかりの寺院では、2023年6月、初めてイノシシが出没しました。

朝、庭に出てみると江戸時代から受け継いできた庭のこけが広範囲にわたってはぎ取られていました。

泉涌寺 法音院 川村俊弘住職
「やられたときは、あー、と思った。ここまで下りてくるとは思っていなかった」

そして、東京都でも異変が。2023年、住宅街で人身被害が起きた八王子市。森と市街地の間には地元の研究施設によってイノシシが通り抜けないよう防護フェンスが設置されています。

「これがイノシシが壊した跡」

ここでは過去に何度もイノシシにネットを突破される苦い経験をしてきました。そこでより頑丈な金属製のフェンスに変えましたが、それでも破壊されたのです。

これは、フェンスに近い山側で2023年5月に撮影された映像です。生まれたばかりのたくさんの子どもを育てる様子が記録されていました。

設置したカメラに野生動物が撮影された回数のデータです。イノシシだけが突出して増加。いったいなぜなのか。

多摩森林科学園 林典子さん
「本当に獣害とは縁がない場所だった。むしろ都市近郊の森として保全しなきゃねという場所だったが、いまは住宅との狭間で矢面ですよね」

なぜ大都市に迫る?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

こちらは、東京都のイノシシが確認されたエリアです。2003年までは東京都の西側で確認されていましたが、2011年、2014年、2018年と徐々に東へ拡大しています。

なぜこのようにエリアが拡大しているのか。模型を使って野生動物の行動に詳しい加瀬ちひろさんと考えていきたいと思います。そもそもイノシシは山にいるはずですよね。それがどうして住宅街に出てくるのか。どうしてなのでしょうか。

スタジオゲスト
加瀬 ちひろさん (麻布大学 獣医学部 講師)
野生動物の行動に詳しい

加瀬さん:

里をのぞいてみると耕作放棄地が広がっていて、こういった場所がイノシシの安全な隠れ家になっています。そこを拠点に市街地を見てみますと、住宅があるところは禁猟区になっていて、イノシシは銃に狙われることがない安全地帯になっています。

桑子:
この辺りは安全地帯になっている。

加瀬さん:

そして街なかにも柿の木があったりとか、生ゴミ、ネコの餌などいろいろな魅力的な食べ物があります。

桑子:
こういったものを食べて、いったんこういうおいしいものに出会ってしまったイノシシというのは再び山に戻るということはあるのでしょうか。

加瀬さん:
これもう二度と戻れなくなってしまいます。街の餌の魅力に取りつかれてしまうと、イノシシは山での生活に戻ることは非常に難しいです。

桑子:
そして、人間とのトラブルも起きやすくなってしまうということですね。大都市に増えているという傾向が今、見られるわけですけど、その理由を挙げるとすると、どういうことなのでしょうか。

加瀬さん:
イノシシにとっては、こういった街のそばのほうが安全で住みやすい環境になってしまっているということですね。

桑子:
それでどんどん市街地に出てきてしまっている。

国はイノシシの捕獲を奨励していまして、実際にグラフで見ますと捕獲数というのはこのように増えてきていて、イノシシの生息数は全体的に減ってきていると推定されています。ではなぜ、被害が減らないのでしょうか。

イノシシ数は減少? ではなぜ被害拡大

被害拡大の真相を探るため、ハンターの研修会へ。

ここでは経験の浅いハンターにワナを仕掛けるコツを伝えていました。
今、狩猟ブームを背景に新たに免許を取る人が増えています。国の政策のもとに行われるイノシシの駆除の多くが、こうした狩猟の愛好者たちによるもの。自治体は、駆除した頭数に応じてハンターに報奨金を与えています。

喜友名隆之さん
「尻尾を市役所に持っていくことで、ご苦労様ということで報奨金がいただけるので」

一見、被害を減らせそうな、この仕組み。実は、専門家がある課題を指摘しているのです。

岐阜大学 野生動物管理学研究センター長 鈴木正嗣教授
「問題なのは趣味の狩猟者に、そこ(駆除)を依存しているところが最大の問題になります。やみくもな捕獲強化策では、捕獲を推進する効果よりも『教育効果』のほうが多くなって」

教育効果とは何か。

ある若手のハンターが仕掛けた箱わなです。そこにイノシシが家族でやってきました。ところが扉がイノシシに当たり、捕り逃がしてしまいました。扉が落ちる仕掛けにミスがあったのです。

1週間後、再び姿を見せたものの箱わなを強く警戒するようになっていました。学習させてしまったのです。そして、わなの近くの田んぼに侵入し、稲を食い荒らしました。

では、どうすれば学習させずにイノシシを捕獲できるのか。学会で紹介されたのは“誘引狙撃”と呼ばれる手法。

餌でおびき寄せたイノシシを、技術の高い人がライフル銃で確実に仕留めます。この方法だと、まわりのイノシシも警戒心を高めずにすむといいます。

鈴木正嗣教授
「本当に数を減らすというような場合、世界的に鉄則になってるんですけれども、まず(イノシシの)警戒心を上げないというようなことを第一義として考える。高度な(捕獲の)技術を持った人の人物像をきちっと描く。ちゃんと育成していくことが重要かなと思います」

イノシシ捕獲 課題と対策は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ただ数を減らすという今の国の対策では、十分に被害を抑えられていないということですか。

加瀬さん:
そうですね。年間で60万頭捕獲しているわけですが、その質が問題だと考えています。

桑子:
質ですか。

加瀬さん:
実際に被害を出しているような加害のイノシシをきちんと捕獲できているのか。それから子どものイノシシというのはお母さんから生活のすべを学ぶわけですけれども、そういったお母さんのイノシシを捕獲できているのかというところが問題になります。

桑子:
きちんとねらいを定めたイノシシを捕獲できているのか。そこの質に今、課題があるということですか。

加瀬さん:
1つはそこにあります。それから、先ほどVTRの中にもありましたが、すべてのイノシシを捕獲できているのかという問題があります。捕り逃してしまいますと捕獲するのが難しくなりますので、最初にすべてを捕りきるということが大事です。

桑子:

ここにおりがありますけれども、ここで「おりの怖さ」を知ってしまったイノシシは、また街のほうに出てしまったり、あと山の中で銃を使って一斉に捕獲をした時に逃げてしまうイノシシがいる。

加瀬さん:
山の中で管理のために一斉捕獲をしている地域もあるわけですが、その時にすべてのイノシシを捕獲できるわけではありません。銃で追い立てられてパニックになって街のほうまで飛び出してきてしまうという例もありますので、こういった捕獲の仕方というのは問題になってきます。

桑子:
では、どうしたら有害なイノシシを確実に獲ることができるのか。ここで紹介したいのが海外の取り組みです。技能の認定を受けた捕獲のプロによって野生動物の生息数を管理する仕組みが導入されている事例もあります。日本でも同じようにすればいいということなのでしょうか。

加瀬さん:
必ずしもプロによる捕獲が必要かというと、そうではないと考えています。今、実際に現場で捕獲されている方の捕獲の質を上げるというバックアップ体制が必要になってくると思います。

桑子:
バックアップ体制というのは具体的にどういうことでしょうか。

加瀬さん:
有害イノシシをすべて捕獲しきるというようなノウハウを伝授できるようなシステムが必要だと考えます。

桑子:
今、国にそういうシステムがないということですね。

加瀬さん:
一部でやっているところもありますが、十分ではないのではないでしょうか。

桑子:
実は、イノシシの脅威は人身被害だけではないということが最新の調査で明らかになってきています。

人身・農業被害だけじゃない イノシシの“リスク”とは?

人が襲われたり畑が荒らされたりする以外にどんなリスクがあるのか。捕獲されたイノシシに、その答えが。

付着していたのはマダニ。野山や草むらに生息し、イノシシなどの野生動物の血を吸って成長します。このマダニの脅威も人間に迫ってきています。

広島県のキャンプ場で、子育て支援サークルの活動をしてきた宮本佳世乃さん。

宮本佳世乃さん
「手当たりしだい掘られていた」

芝生には、イノシシによって掘り返された跡が至るところにありました。宮本さんは、その近くでマダニにかまれたといいます。

宮本佳世乃さん
「たまたまシートを敷かずに座っていた。人とおしゃべりしていたら、だんだんかゆいような感じがして、蚊にかまれたような。かゆいし痛いし熱をもつし、という感じだった」

その後、キャンプ場では対策を施し、イノシシによる掘り返しは減りました。

宮本佳世乃さん
「マダニにも気をつけなきゃいけないし、でも子どもを自然から遠ざけたくない。難しいですよね」

こうしたマダニにかまれて病院に駆け込む人が今、相次いでいます。

皮膚科クリニック 浜中和子医師
「例年になく異常に多くて本当にびっくりしている」

かまれても多くは数日で回復しますが、中には深刻な感染症に至ることも。野生動物が活発になる秋。専門家はマダニの感染症の拡大に注意を呼びかけています。

浜中和子医師
「SFTS(重症熱性血小板減少症候群)と言うが、そういう病気になってしまうと実は致死率10~30%と言われていて、命に関わる病気なんですよね」

さらに、イノシシの行動が意外なリスクに繋がりかねないという調査も。

建設部門の技術士でイノシシ対策を請け負う、一瀬泰啓さん。

調べているのは、道路や排水溝などインフラ設備周辺の土砂。各地でイノシシによる掘り返しが相次いでいるのです。

この日、見つけたのは土砂が詰まって水が流れなくなった排水溝でした。

イノシシコンサルタント 一瀬泰啓さん
「結構(土で)埋まっている。イノシシによって、ここの土を掘り返されてたまった」

そもそも水が流れなくなると何が問題なのか。その重大さを知らしめたのが、5年前の西日本豪雨で発生したある被害でした。

バイパス道路が大規模に崩壊し、隣接する線路や国道を飲み込みました。

専門家が崩壊の原因と位置づけたのが、土石流による排水溝の閉塞でした。

行き場を失った雨や山からの水は徐々に路面や地盤に浸透。

すると、地下水位が上昇し続け地盤が不安定に。これが大規模な崩壊につながったというのです。

災害にもつながりかねない排水の問題。豪雨が相次ぐ今、掘り返しの影響も無視できないのではないか。一瀬さんは、地盤工学の第一人者と、イノシシによる知られざるリスクについて検討を重ねています。

広島大学 土田孝名誉教授
「これはかなり大きい問題だと思う。野生生物もかなり無視できないファクター(要因)になっていると。インフラをきちんと管理するためには、いろいろ調査してくことが大事」

イノシシと人間 どう共生していくか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

インフラへの影響は線路でも確認されています。JR西日本で発生した5年間の落石113件の調査によると、40%がイノシシなどの野生動物が原因だったと判明したということです。

加瀬さん、結構な割合だなという印象がありますが、イノシシの脅威に対して落石も含めてですが、どういった対策がこれから必要になってくるでしょうか。

加瀬さん:
国が農業被害だけではなく、こういったさまざまな幅広い問題に関して取り組みを広げていく必要があると考えています。

桑子:
考え方とすると、どういうことを重点に置いていけばいいでしょうか。

加瀬さん:
今回のように何が起こっているかが把握されつつありますけれども、その次のステップとしては「なぜイノシシがこういったことをしてしまうのか」ということをもっと科学的に掘り下げていく必要があると思います。

桑子:
例えば、掘り起こす原因が科学的に分析されると対策も見えてくるということですか。

加瀬さん:
そうですね。特に執ようにイノシシが掘り返している場合、何か原因があったりする場合もありますので、そういったことを明らかにしていく。そうすると、具体的に行動を制御する方法というものも見えてくると思います。

桑子:
では、私たちが被害に遭わないようにするためにどういうことが必要か。「ボーダーライン」がポイントだということですが、どういうことでしょうか。

加瀬さん:

動物が住んでいるのは山側、人間が住んでいるのは都市というふうな形でそれぞれの生き物が住み分ける場所というものを考える必要があります。その「ボーダーライン」というのは必ずしも物理的な柵ではなく、“心理的なボーダーライン”というものが重要です。

桑子:
今回の模型で言うと、どこに設置すればいいでしょうか。

加瀬さん:
本来であれば、山の際のところになるかと思いますが、最近ではそれがどんどん下がってきてしまっているかと思います。

桑子:
では、このボーダーラインを戻していくためにどういうことが必要でしょうか。

加瀬さん:
まず、私たちがイノシシを呼び寄せてしまうような要因を取り除いていくということが一つあります。

桑子:
それは冒頭にも言ったゴミですとか、あとは餌をしっかり管理するということ、さらには家の問題もあるということですね。

加瀬さん:

こういった里に近いところでの家ですとか、土地を相続したけれども実際には相続された方がいなくて管理が不十分というケースも多く見られます。

桑子:
こういったところもしっかり管理をすると。あとは、例えば私たちが山で見かけた時にどうしていけばいいでしょうか。

加瀬さん:
例えば、山のほうで野生動物を見ますと写真を撮ったり動画に撮ったりしたくなるかと思いますが、こういったことも実は人慣れを助長してしまうことにもなります。

桑子:
では、どうしたらいいでしょうか。

加瀬さん:
人に慣れさせないようになるべく近づかないということが重要になってくると思います。私たちがしっかりアクションをとることで、イノシシが野生動物らしく生きられるようにすること。これが「共に生きる」ということかと思います。

桑子:
ありがとうございます。人間が出すゴミや開発などが背景にある野生動物の問題。どう被害を出さないよう共存していけばいいのか。模索は続いています。

イノシシ被害 どう防ぐ 全国で続く模索

9月、新潟県で各自治体から担当者が集まり、人身被害を防ぐための研修が行なわれました。

「とにかく体の内側を守る感じで」

地域ごとの対策の温度差をなくし“面”で防衛策を築けるか。今が正念場です。

長岡技術科学大学 山本麻希准教授
「まだまだ被害の対策の手薄な地域に分布が拡大しているという状況はあると思います。部局をこえて連携していく。イノシシを防除しつつ、もう一回生息地を山際に戻していく」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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