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2021年10月12日(火)

『ゴルゴ13』は終わらない
劇画家さいとう・たかをさんが遺したもの

『ゴルゴ13』は終わらない 劇画家さいとう・たかをさんが遺したもの

先月、劇画家さいとう・たかをさんが84歳で亡くなった。国籍不明の寡黙なスナイパーが活躍する『ゴルゴ13』は、これまで202巻を刊行。ギネス世界記録にも認定されているが、出版社は今後も連載の継続を発表。それが可能なのは、さいとうさんが確立した脚本、コマ割り、作画などを分業する仕組み。新たな才能や最新の世界情勢を取り入れ質の高い作品を生み出してきた。漫画の世界に果たした役割、遺されたメッセージを読み解く。 ※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 長崎尚志さん (『ゴルゴ13』元編集者 脚本家 小説家)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー)

「ゴルゴ13」は終わらない 問い続けた"人間とは何か?"

半世紀以上にわたって、さいとうさんが制作の拠点としてきたプロダクション。亡くなって10日余り。スタッフたちは、今も作品をかき続けています。

時代を超えて愛され続けてきた、さいとう作品。代表作は「ゴルゴ13」。主人公はデューク東郷と呼ばれる、謎のスナイパー。どんな依頼も、一度請け負えば狙った標的は必ず消し去ります。

強調された眉。独特なセリフなど、唯一無二のキャラクターが多くのファンを魅了してきました。

「ゴルゴ13」を通じて伝えようとしたことは、何だったのか。25年にわたって脚本を任されてきた、作家の平良隆久さんです。

外交・軍事に詳しく、ドローン兵器の脅威に警鐘を鳴らす回などを担当してきました。

ドローン兵器を開発したアメリカの軍事会社が、アフリカのスラム街で生身の人間を標的に実験を行うストーリー。はるか離れた場所から、ゲーム感覚で人々を次々と殺害していきます。ドローンは街中を自由自在に飛び回り、ついにゴルゴまでも追い詰めます。

さいとうさんが特に描こうとしたのが、「人間の愚かさが人間を追い詰めていく」という、世の中の本質だったと平良さんは言います。

作家 平良隆久さん
「先生は力を入れたと思うんですよ。この人間のバカさ加減を、人間を狩るのかと言っているんです。想像してくださいと、われわれのあしたの日常だと。先生もよく、愚かなものだ、何年やったら戦争は終わるんだと。愚かだと。この愚かさが積み重なっているのが、僕たちですから」

2年前、ドローン兵器を扱った番組でさいとうさんは、争いをやめない「人間の性(さが)」についてこう語っていました。

クローズアップ現代+ 『ドローン兵器の衝撃』 2019年放送

劇画家 さいとう・たかをさん
「機械の戦争になってきたら、もうまさに破滅でしょうね。戦争ばかりにもしいってしまったら、突き詰めて人間が全滅するまでになるでしょうね。こんなことしていたら、どうしようもないぞという。もうそろそろ気がついてもいいと思うんですけどね」

「分業」が起こした漫画の"革命"

人間を描く上でさいとうさんが大切にしたのは、徹底したリアリティーの追求でした。

「ゴルゴ13」が舞台としてきたのは、東西冷戦の象徴だったベルリンの壁の崩壊や、中国で大勢の死傷者が出た天安門事件。アメリカ同時多発テロ事件など、世界を揺るがした現実の国際問題です。

そこでさいとうさんが編み出したのは、人物、背景、乗り物、武器などの対象ごとに、それぞれの担当者がかき分ける分業制でした。

さいとうさんがデビューした、1950年代半ば。"漫画の神様"と言われた手塚治虫さんをはじめ、漫画界の先人たちの多くはストーリーから作画までを1人でこなしていました。さいとうさんは、このスタイルを大きく変えたのです。

<1984年放送>

劇画家 さいとう・たかをさん
「ニューヨークの景色、全く別な景色描いてね。そして、これ2つ一緒に描いて。違う方がいい」

指示を受けていたのは、背景専門のスタッフ。資料室には、膨大な数の写真が集められています。何気ない街角の風景から、刑務所内部の様子まで、インターネットのない時代にも世界中から資料を集め、参考にしていました。

さいとうさんの役割は、ストーリーの構成や構図を考え、コマの配置や大きさを決めることです。こうした分業制によって、作品に圧倒的なリアリティーを吹き込んできたのです。

<1984年放送>

劇画家 さいとう・たかをさん
「かつて漫画は、1人で全部描かないといけない形があった。ところが今やすごい作品の質が向上していますし、だからそれぞれ得意の分野で優れた才能を持ち寄れば、もっと優れたものが出来るだろうという考え方ですよね」

ちなみに、さいとうさんがかくのは「ゴルゴの目だけ」という都市伝説もありますが…。

「浦沢直樹の漫勉」2015年放送

ちゃんと顔もかいていました。

こうして、さいとうさんは子ども向けだった漫画を大人も楽しめる「劇画」へと進化させたのです。

数々のヒット作を生み出してきた、漫画家の浦沢直樹さん。さいとうさんがそれまでの漫画の世界観を一変させたと語ります。

漫画家 浦沢直樹さん
「漫画における革命です。本来、諸外国だったら映画を撮るようになるであろう人たちが、紙とペンだけで何かを表現しようと。みんなで、これで日本中、世界中を揺さぶろうよって気持ちで始められたことで、われわれ後輩は、みんなそれに賛同して、ついていきますって形で始まって、ずっと今盛り上がり続けているのが、日本漫画だと思う」

リアリティーの追求と"警鐘"

革命とも呼ばれる、大きな変化。中でも重要な意味を持ったのが、外部の脚本家の活用でした。

例えば大手銀行が合併する、金融再編の回。

脚本を担当したのは実は、当時現役の銀行マン。メガバンク誕生の背後でうごめく、権力と金融界の駆け引きを生々しく描きました。

「ゴルゴ13」では、ほかにもキャリア官僚や分子生物学の研究者など、多様な分野の第一線で働く人や、その内情に詳しい人たちが脚本を担当してきました。その数は、のべ50人を超えます。

緻密に描かれた作品は、現実の世界にも影響を与えてきました。外務省で、かつて在外邦人のテロ対策を担当し、イラクでの勤務経験もある江端康行さんです。

在オランダ日本大使館 江端康行参事官
「警備の体制ですとか、そういうのも含めて大使館勤務をしていると、こういう場面があったなとか思い出すこともありますし」

治安が悪化するイラクで、日本の石油会社の社員が油田での採掘を目指す回の描写に感銘を受けたといいます。民間の警備会社とともに採掘調査に向かう、このシーン。

実際に現地で使われている装備や、車列の組み方などが細かく表現されていました。

日本人の危機管理意識を高めたいと考えていた、江端さん。さいとうさんに依頼して4年前、邦人向けの安全対策マニュアルを作りました。

江端康行参事官
「描かれたリアルな安全対策の世界を見て、こういうものをマニュアルとしてつくりたいと思って、それで実際に試作品みたいなものをつくって、さいとう先生に見ていただいた。海外で安全に活動するということ。これからもさいとう先生に見守っていただきたいと思っています」

世界の現実を描ききろうとするまなざしは、将来の危機を予見するかのような描写にもつながっていきました。

原子力発電所で起きた放射能漏れの事故を描いた、この回。

水素爆発の危機が迫る中で、混乱を極める電力会社の幹部たち。描かれたのは、福島の原発事故の30年近く前、チェルノブイリ原発の事故の2年前でした。

さらに、ウイルスによる集団感染の恐怖も描いていました。ゴルゴが乗り合わせた豪華クルーズ船の中で、密輸されていた猿から感染力の強いウイルスがまん延。

しかし、政府は市中感染を防ぐために乗客全員を船内で隔離します。クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセスで新型コロナウイルスの集団感染が発生する、25年前の作品です。この回の脚本を担当した、よこみぞ邦彦さん。これまで70本以上の脚本を手がけてきました。

脚本家 よこみぞ邦彦さん
「『これ(原画)失敗したからやるわ』って。もう二度と見られないゴルゴですけどね、このゴルゴは」

さいとうさんから教えられたのは、「取材を尽くすこと」だったといいます。

脚本家 よこみぞ邦彦さん
「できるだけ時間が許す限り細部を詰めていき、裏を取り、そこに壮大なゴルゴを絡めた話をつくっていく。さいとう先生から、ずいぶん厳しく教えられた。第一人者の人から取材をさせてもらうと、自分の思っていること以上の話が常に出てくる。世間で何一つメディアに出ていない。それを全部投げ込むことで、壮大なドラマができる」

事実を積み重ねているからこそ、今の私たちへの警鐘になったと感じています。

よこみぞ邦彦さん
「ゴルゴのリアリズムは、多くの読者もそれを求めている。どんな題材であれ、どのように時代が変わっても、バックボーンが非常にしっかりしていることであれば、ゴルゴは時代を突き抜けていける」

"善悪を超えた男"その原点は…

なぜ、さいとうさんは「ゴルゴ13」という異色の主人公を生み出したのか。その原点は、幼少期の体験にありました。

戦後50年以上がたって、さいとうさんが描いた「終戦の日」。

小学校の壁に掲げられていた、「米英撃滅」という標語。それが外されている光景が、時を経てなお、脳裏に焼き付いていました。

"大人たちが、それまで善と信じて疑わなかったものを悪だと言い、悪だと信じて疑わなかったものを善だと言う。善・悪・常識・価値観。世の中すべてのものがひっくり返っていくのを、日を追うごとに感じる事になった"

さいとうさんとともに終戦を迎えた、小中学校時代の同級生たちです。

同級生
「さいとうは運動場の砂をはらってきれいにして、棒きれで『のらくろ』を描いたり」

同級生
「紙がなかった時代ですから」

同級生
「絵を描くのは好きだった、よっぽど好きだった」

世の中の価値観が揺らぐ中でさいとうさんの生活は荒れ、社会への不信感を募らせていったといいます。

同級生 井上貢さん(85)
「(価値観が)揺さぶられるというか、そういうイメージは受けました。やっぱり変わったなと。戦時中と戦後との違いがはっきりと、やっぱり違うと」

そんなさいとうさんにただ一人、正面から向き合ってくれたのが担任の東郷先生。周りの価値観に流されない生き方を教えてくれたといいます。

同級生 井上貢さん(85)
「尊敬していた。それは(さいとうさんの)態度とか見ると。(生徒に対して)絶対責任をもってやるところがぶれないですね」

後に善悪を超越した主人公を生み出した、さいとうさん。恩師にちなんで「デューク東郷」と名付け、人間の愚かさを暴き出す役割を託したのです。

主人公が莫大な資金力や情報網を持つ組織から、協力者になるように迫られる場面。それに対して、こう言い放ちます。

さらに、「テロリストは正義を脅かす存在だ」と主張する軍の幹部に対しても…。

<1987年放送>

劇画家 さいとう・たかをさん
「人間の正義とか悪とかいうものを、ある意味で告発しているつもり。なぜかというと、常に人間は善とか悪とかいうのを自分のご都合で考える。自分に都合がよければ善と呼ぶし、都合が悪かったら悪と呼ぶ。いつも同じテーマなの、私は。それでものを見つめていれば、感覚が古くなったりすることはないと思う。だってそれは常に永遠のテーマじゃないかと思う、人間の」

「ゴルゴ13」の連載が始まって、半世紀以上。世界では、いまだに人間どうしの争いや暴力が絶えていません。

さいとうさんと親交を続けてきた浦沢直樹さんは、「ゴルゴ13」が続いてきたことの意味を今、改めてかみしめています。

漫画家 浦沢直樹さん
「ゴルゴが年をとらずに眺めてきたこの60年間っていうのは、世界はよくなったかっていえば全然変わらない。相変わらずであると。相変わらずだからゴルゴが続いているんだと思います。どんどんよくなったらゴルゴの居場所がなくなるんです。相変わらず、ずっとなにがしかの問題を抱えてずっとやっている。ゴルゴを書き続けなきゃいけないことも、世界がはらんでる問題ですよね」

遺志を継いで

先週「ゴルゴ13」の最新話が、さいとうさん亡き後、初めて掲載されました。

「ゴルゴ13」担当編集者 夏目毅さん
「先生は何があっても、何が起きても連載を継続してこられましたから、これも止めるわけにはいかない」

さらに数か月先に向けて、新作の脚本作りも進んでいます。

夏目毅さん
「これは次のゴルゴのシナリオになります」

取材班
「いつごろの?」

夏目毅さん
「ことしの年末、12月ぐらいから1月ぐらいで掲載されるかなと」

人間を描く。さいとうさんが貫いた精神は、引き継いでいくつもりです。

夏目毅さん
「先生が遺(のこ)したものを超えるということは簡単には言えませんし、すごく高い壁のようにも僕は感じますけど、でもそれをやっぱり超えていくことが、先生のむしろ望まれていることだと思うんですよね。先生のご遺志のもとで、編集部としても続けていきたい」

さいとう・たかをさんが遺(のこ)したもの

井上:さいとう・たかをさんや「ゴルゴ13」について、より詳しい記事は以下のリンクからご覧いただけます。

サイカルジャーナル|NHK NEWS WEB
ゴルゴ13 さいとう・たかを 終わらないメッセージ

「ゴルゴ13」の元編集者で、「MASTERキートン」など数多くの漫画の脚本を手がける長崎尚志さんに聞いていきます。どうぞよろしくお願いします。

長崎さん:よろしくお願いします。

井上:まず、さいとうさんの死、どのように受け止めていらっしゃいますか。

長崎尚志さん (『ゴルゴ13』元編集者 脚本家 小説家)

長崎さん:ひと言で言うと喪失感しかないんですが、メディアが報道する1時間ぐらい前にさいとう・たかをさんの関係者から電話をいただきまして、それまで全然知らなかったんですよ。本当にちょっと前までお元気だったんで、信じられないというか、どうしたらいいんだろうというのが本当に正直な思いです。

井上:お人柄としては、どんなことがいちばん思い出されますか。

長崎さん:大きな人だったのと、それから冷静沈着な人だったというところと、人情があるようでちょっとさめたところもある方で、戦国武将になったらこの人は天下をとるかもしれないなみたいな感じの人だったんですよ。

井上:作中の中でも「人間とは何か」、「正義とは何か」ということを問い続けてこられましたが、実際身近でどんなエピソードがありましたか。

長崎さん:「ゴルゴ13」に関して言いますと、正義とか悪とか、平等という言い方は変なんですけれども、例えば、何となく編集部ではゴルゴは日本人の味方なんじゃないかとか、日本に不利益をもたらさないんじゃないか。そういうものをあまり描いてほしくないという思いがあったんです。けれどさいとうさんは、そこはやはり完全に否定されて、ゴルゴという人間は仕事に納得して仕事を引き受けて、それを淡々とこなす人間だから、相手が、標的が日本人であろうがそれは撃つんだとおっしゃって。それがある種の平等だと。その精神がぶれなかったので、「ゴルゴ13」というのはここまで続いたんじゃないかと思うんですよ。

井上:ぶれない精神で言いますと、ゴルゴとさいとうさんって似ているようにも感じるんですけど。

長崎さん:見た目は似てないですけどね。時々さいとうさんは「ゴルゴは、わしや」とかおっしゃってたんですけど、さきほども言いましたが、ぶれないとか、パニックに陥らない人なんですよ。仕事を引き受けると、どんなに多くても期日どおり淡々とこなす方なんです。そういうプロフェッショナルな義務感、そういうものに関しては似てたんじゃないですかね。ゴルゴというのは、さいとうさんのキャラクターの反映だと思いますけどね。

井上:そういう意味でも、ゴルゴについては自分自身が描くということなんですよね。

長崎さん:そうですね。ゴルゴだけは本当に自分で表情とか、一つ一つこだわって描いてらっしゃったですね。

井上:今回の番組、最初からご覧になりたいという方は、以下のリンクからご覧ください。

もう一つ、ご紹介します。さいとうさんの死を受けて、漫画家のちばてつやさんは「『劇画』というマンガの一ジャンルを創生し、日本の漫画劇画文化をここまで大きく育んだのは、疑う余地なく彼の功績です」とコメントしています。

長崎さん、さいとうさんが漫画界に残したもの、影響というのはやはり大きかったですか。

長崎さん:大きかったと思います。ゴルゴが出始めたころというのは、創作の王様は映画のハリウッドだったんです。それにどうやって勝てるかということを考えられて、結局、巨大資本じゃないと勝てないんですけども、優秀な職人が集まって絵によって表現すれば、それよりも上の作品ができるんじゃないかっていうふうに思われて、劇画システムを作られたと思うんです。そのシステムが継続していかないと、さいとうさんの思いというのはつながらないんじゃないですかね。

井上:驚いたのが、作者が亡くなってから分業が生まれるのではなくて、もっともっと前からこの体制ができている。そのすごさもありますよね。

長崎さん:そうなんです。それこそ劇画時代のライバルみたいな方たちに声をかけて、「君は私より絵がうまいから作品に参加してくれ」とか、「君は私より筋がうまいから、ストーリーがうまいから参加してくれ」って頭を下げて人を集めているんですよ。彼らに対してはボスじゃないんですよね。パートナーとして一緒に「ゴルゴ13」を作る。あるいは、一緒に別の作品を作るパートナーとして集めてくるという、そういうリーダーシップの持ち主だったんです。

井上:世界を見渡しますと、本当にそれぞれがいろいろな正義を主張して分断も生まれていると思うのですが、さいとうさんだったら今の社会、どう見ていると思いますか。

長崎さん:1990年までの東西冷戦という、単純ではないんですけど割と単純な世界から変わってきて、今おっしゃったようにいろんな人が、いろんな複雑な正義とか、いろんな悪を主張し出した中で、さいとうさんはそれを冷静にちょっとふかんして見て、その先にあるものを見続けていた方だと思います。

井上:さいとうさんの情熱を継ぐ、さいとう・プロダクション。どういうゴルゴをこれから作っていくのか、楽しみにしたいと思います。長崎さん、ありがとうございました。

長崎さん:どうもありがとうございます。


放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから