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2021年7月16日(金)
カレー事件の子どもたち 闇に追われた23年

カレー事件の子どもたち
闇に追われた23年

1998年7月に起きた和歌山毒物カレー事件。夏祭りで小学生を含む4人が死亡、社会を震撼させた。連日、報道が過熱、日本中の関心が“事件の家族"に集まった。あれから23年…林眞須美死刑囚の長女が4歳の娘とともに海に飛び込み、自ら命を絶った。同じ日に16歳の娘も死亡しており、警察は捜査を続けている。いったい何があったのか…突然の死をきっかけに、10年以上連絡が途絶えていた長女の「空白の時間」を弟がたどり始めている。見えてきたのは、素性を隠して別の人生を探り、事件を断ち切ろうとし続けていた姉の姿だった。

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※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 森達也さん (映画監督・作家)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

#カレー事件の子どもたち 闇に追われた23年

井上:事件に翻弄された、子どもたちの人生について考えます。23年前に起きた、和歌山毒物カレー事件。小学生や高校生など4人が亡くなり、63人がヒ素中毒の被害を受けました。
林眞須美死刑囚は2009年に死刑が確定しましたが、無罪を主張し、再審、裁判のやり直しを求めています。事件の詳細をまとめた記事は、関連記事からご覧いただけます。

みずから命を絶った姉に一体、何があったのか。弟が取材に応じました。

10年以上連絡途絶えていた 姉の死

この10年、兄弟の中でただ1人、母・林眞須美死刑囚との面会を続けてきた孝一さん(仮名)。この日、大阪拘置所を訪れ、初めて姉の死を母に伝えました。

林眞須美死刑囚の長男 孝一さん(仮名)
「もうずっと涙目でしゃべりかけてきてましたね。私はここの中にいて、何もすることができなくて、すごく悔しいと。"守ってあげられなかった"ということばが多くあって、何か責任を感じているのかな」

10年以上、連絡が途絶えていた姉の突然の死。23年前のカレー事件と関係はなかったのか。孝一さんは、姉の心の内を探ろうとしていました。

孝一さん
「(事件が)何らかの形で影響を与えているとは思うんですけど、何でそこまでに至ったのか。やっぱり知りたいというのはありますね」

林家の子どもたちの日常。それが一変したのは、あの夏の事件でした。

1998年7月に起きた、和歌山毒物カレー事件。両親に疑惑の目が向けられ、報道が過熱しました。マスコミが24時間自宅を取り囲む生活が、1か月以上続きました。子どもたちは家から出られなくなり、学校にも通えなくなりました。

姉が残していた、中学3年生のときのノート。

孝一さん
「ここまでは学校にちゃんと通っていた感じがして」

高校受験に向けた数学の勉強が途絶え、つづっていたのは、家を取り囲むマスコミの姿でした。

「1人、はしごにのぼって家の中みてる」、「ポスト、だれかのぞく」「あのチャリでつけてくるんちゃう」。

孝一さん
「中学3年生の姉からすれば何かすごい非日常的な状況で、この状況が鮮明に記憶として年を重ねても残っていたのかな」

両親の逮捕後、児童養護施設に預けられた子どもたちは壮絶ないじめを受けます。「カエルの子はカエル」と言われ、上級生から暴力を振るわれる日々が続きました。

孝一さん
「(姉は)守ろうとしてくれていましたね、僕たちが(警察の)取り調べに連れていかれるときも、『分からないことは分からないと言いなさい』と。完全に母親代わりとなって、僕たち残りの兄弟の面倒をみてくれましたね」

「いつか元の生活に戻れる」、そう言い続けていた姉が初めて泣いた姿を、孝一さんは今も鮮明に覚えています。

落書きが絶えなかった家。事件から2年後、放火されたのです。

孝一さん
「放火のニュースが入ったときは、泣いていましたね。もう声をあげて泣いていた。涙をこぼして。帰るところが無くなったって」

その後、長女は新たな人生を探ろうとしていました。高校を中退し、大阪に出てアパレル関係の会社に就職します。

当時の友人
「姉御肌。仕事はバリバリする感じなので。でもどこか、さみしげ。常にひとりの感じ。周りに友だちはいるけど、ひとりって感じです」

事件から7年後、長女は21歳で結婚。娘を出産します。

孝一さん
「僕も抱きかかえたこともあったり、お母さんになったんだなと」

しかし、その4年後、最高裁で母・林眞須美の死刑が確定。姉は、母や孝一さんと「一切関係を絶ちたい」と告げたといいます。

孝一さん
「子どもができ、守るものだったり家庭を持ち始めると、どんどんこの事件というのが邪魔になってくる。絶対境遇は隠したほうがいい。『だからあんたも自分の人生、生きたほうがいい』みたいな」

事件から逃れたい。それは孝一さんも同じでした。しかし、無実を訴えている母との関係を孝一さんは断ち切れず、兄弟は音信不通となりました。

長女は名前を変え、周囲に素性を隠して暮らし始めます。10年以上前、娘を保育園に預けながら和歌山市内のコールセンターで働いていました。

長女の同僚だった女性
「子どものことも言わないし、家族の話もしないし、どこに住んでいるということも言わなかったです」

近所に住んでいた女性は、当時長女の娘が漏らしたことばを覚えていました。

近所に住んでいた女性
「引っ越してこられたときに、(長女の娘は)おじいちゃん、おばあちゃんは両方死んだと言ってました。ことばに詰まったというか、言いたくないんやなと思って」

その後も、長女の人生に苦難が続きます。2013年、8年間連れ添った夫と離婚。娘の親権は夫側に渡りました。長女はその理由を、友人に語っていました。

友人への取材メモより
"夫には両親がいるので、親権は渡ってしまった。なかなか娘に会えなくて、つらい。1日でも早く一緒に暮らしたい"

離婚し、1人になった長女。事件にとらわれる姿を、離婚後に交際していた男性が記憶していました。

交際していた男性
"部屋にテレビはあるのに、つけない。『見ていい?』と聞くと、いつも音楽をかけるんです。今思えば、テレビをつけるのが怖かったんだと思います。いつ、どこで事件のことが流れるか分からないから"

さらに、家族のことを何度も聞いたときのことでした。

交際していた男性
"結構な間があって、『ごめんね』と彼女が言って、『実は家庭の事情で親が…和歌山の人だったら誰でも知っている』。それでカレー事件だと分かったんです。話した後、彼女はキッチンカウンターの隅で泣いていました"

顔を写されることを避けていたという長女。男性の手元に残っていたのは、後ろ姿の写真でした。

母が死刑囚であるという、重い現実。ネット上には今も、家族へのひぼう中傷があふれています。

"人殺しのひどい血が流れているわけだし…。極悪人の息子なんだし"

日々の生活を守るために、みずからを偽らなければならなかった姉。孝一さん自身の人生とも重なるものがありました。

孝一さん
「外に出たら職場や友人にうそをついて、やっぱり罪悪感もありますし、自分を偽って暮らしていく中で、自分のついているうそに、どんどん飲み込まれる。(姉も)むなしさみたいなのが、絶対にあっただろうな」

6年前、長女は再婚し、新たに娘を出産。その後、離れて暮らしていた元夫との娘を呼び寄せていました。しかし先月。

<先月10日放送 夕方のニュース NHK和歌山より>

「きのう夕方、親子とみられる女性と、幼い女の子が海に飛び降り死亡しました。その1時間ほど前には、2人の自宅とみられる和歌山市内のアパートから、体にアザのような跡がある16歳の少女が救急搬送され、死亡していた」

長女は、16歳の娘が「血のようなものを吐いて意識がない」と消防に通報。その後、4歳の娘と共に海で命を絶ちました。警察は、家庭内で虐待の疑いがあるとみて夫から事情を聞き、慎重に調べを続けています。

和歌山毒物カレー事件から23年。かつて林家が暮らしていた自宅は今、空き地になっています。

娘がカレーを食べてヒ素中毒になった被害者の会の副会長、杉谷安生(やすき)さんです。

カレー事件被害者の会 副会長 杉谷安生(やすき)さん
「ここへ来ると改めて『ああ…』という、よみがえってくるというか、腹立ってくるというか、憤りを感じるというか」

今回の長女の死を、複雑な思いで受け止めていました。

杉谷安生さん
「彼らは彼らの人生やから。親と別だから。同情はおかしいけれども、『気の毒』と思う反面、でも被害者からしてみればモヤっとしているもんはあります。ほんま『人って何や?』と思わん?本当に複雑に絡み合っていうんか、悪いほうで絡み合ってるような」

姉はなぜ、幼い子と共に命を絶ったのか。孝一さんは、この1か月考え続けてきました。

孝一さん
「自分の娘(16歳)の死だったのかなというところですよね。そこでショックを受けたのか、それか何かしら自分も関与してしまっていたのか。カレー事件をほうふつとさせるようなことをメディアが来たり、自分の隠していた素性が表に分かることになってしまって、いろいろ想像を働かせたんだとは思うんですけど」

取材の最後に、孝一さんは事件の家族として生きる苦悩を口にしました。

孝一さん
「世間の人たちと同じように道のど真ん中歩いて進む人生というよりかは、立場をわきまえて変に真ん中を歩こうとせずに、僕はそこからどれだけのことができるかというところで僕は生きていこうと」

映画監督・作家の森達也さんに聞く 和歌山毒物カレー事件

井上:関連記事からは、再審請求・争点についての詳しい解説がご覧いただけます。

オウム真理教の信者の日常を追った「A」など、こうした問題に詳しい映画監督で作家の森達也さんに聞いていきます。森さん、事件後の子どもたちの状況、どのようにご覧になりましたか?

森達也さん (映画監督・作家)

森さん:その前にちょっと前提について補足したいのですが、日本の裁判・刑事司法では精密司法ということばがあります。とても丁寧に、緻密に審理を重ねていると司法関係者は胸を張りますけど、僕は、この事件の裁判はその例外だと思っています。林さん本人は、ずっと認めていません。いまだに認めてないです。動機も分からない。状況証拠だけなのです。つまり、間接的な証拠しかない。それで死刑が確定してしまった。極めて、まれな例だと思います。
さらには近年、状況証拠の中で最も強力だったヒ素の鑑定が実は、不備があったということがだんだん明らかになってきている。もう1回、この事件については社会も裁判所も考え直すべきではないかと僕は思っています。
そのうえで言いますけれど、加害者の家族の方たち、VTRにもありましたが当然つらい状況です。林さん一家だけじゃないです。ほとんどの場合、その家にはいられなくなります。仕事とか学校もやめなければいけない。家族はみんな離散します。バラバラになります。死んでいる方も多いです。でも、あまりメディアが報じない。もちろん彼らも自分たちであえて、ことばを届けたいとは思わない。できれば隠れていたいと思う。だから、ずっとブラックボックスの中にいる。その結果として、加害者に家族がいることについての想像力を社会が停止してしまっている。その状況がずっと続いているのではないかなと思います。

井上:長男の孝一さんが最後に吐露していたことばで、「道のど真ん中を歩けない」ということばがありました。これについてはどう受け止めましたか。

森さん:それこそ10年近く前、家族に犯罪者が出たときに、その家族も全部市中引き回しにしろと。現職の閣僚がそう発言して、あれもびっくりしたけど、さらにはその発言にすごく多くの人が賛同したという話を聞いて、二度びっくりしました。どうしても日本人って個として見ないのです。全部ひとくくりにしてしまう。その傾向がとても強い。
あともう1つあるのは、メディアが懲罰機関になってしまっている。つまり、報道することが一種のペナルティーになっているのです。メディアは報道機関です。ただ、もちろん報道することでペナルティー的な副次要素が出ることは、これはある意味しかたがない。でも、そこにおもねってはいけない。むしろそこは抑制して、いかに人を傷つけないように報道できるかをメディアはもうちょっと考えるべきじゃないかと僕は思いますけど。

井上:それはNHKも当然、入ってると思いますね。

森さん:もちろん。はい。

井上:事件が起きるたびに、孝一さんのような家族が生まれてしまうと。そういう中で、私たちの社会全体としては今何が足りていないと思いますか。

森さん:まずは想像力ですよね。想像すれば、そんなに難しいイマジネーションじゃないはずなのです。わが身に置き換えればね。でも、なかなかそれができなくなってしまう。
例えば欧米なんかでは、それこそ銃乱射事件。起こした犯人の母親のところに、全米中から手紙がきたってことがあったのです。僕はたまたま知ったのですが、その手紙、段ボール3つ分ぐらいありました。どんな内容かというと、ほぼすべて、母親は全部って言いましたけど、「励まし」。日本であれば、日本中から罵倒とかそういったものがくるはずなのに、アメリカでは「今一番つらいけど頑張れよ」とかね。「あなたは違う人生なのよ」っていう、そういうのがきてるっていう話を聞いて、こんなに違うのかと。つまり個の捉え方ですよね。それが日本と欧米とでは、全然違う。言いかえれば、個が弱いんです。この国は。

井上:どう強化できるのですか。

森さん:主語を一人称単数にすること。つまり、「WE」とか「私たち」とか「僕たち」とか、あとは「会社」とか「組織」とか、それを主語にするのではなくて「自分」を主語にする。これだけでずいぶん違います。

井上:ありがとうございました。