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2015年11月24日(火)

助けてと言えなくて~女性たちに何が~

助けてと言えなくて~女性たちに何が~

救急医療の最前線に今、異変が起きている。「貧困」や「孤立」といった社会的問題を抱えた女性たちが運び込まれるケースが急増しているのだ。非正規雇用や離婚などによる経済的困窮、今年、過去最多の5万9千件を記録したDV…。社会で孤立し、SOSを発することもできず、命さえ危ぶまれる段階になってようやく医療とつながる女性たちの姿がそこにはある。番組では、年間およそ1万5千人の救急患者が受診する杏林大学医学部付属病院高度救命救急センターに密着。現状をルポするとともに、様々なセーフティネットからこぼれ落ちた女性たちをどう支えればいいのか、考えていく。

出演者

  • 加茂 登志子さん (東京女子医科大学附属女性生涯健康センター所長)

救急医療に異変 女性たちに何が

全国に35か所ある高度救命救急センターの1つ、杏林大学病院です。
脳卒中や心肺停止など、年間1,700人を超す重症患者を受け入れる命のとりでに今、異変が起きています。

医師
「わかります?目を開けて。」

この日、搬送されてきたのは、自殺を図った30代のシングルマザー。
病院では、医療だけでは解決できない社会的な問題を抱える患者が増えていると言います。
特に深刻なのが、女性たちです。

午後9時半。
意識が混濁した22歳の女性が搬送されてきました。
精神科で処方された薬を50錠ほどのんだと言います。
オーバードーズと言われる薬の過剰摂取です。

医師
「薬、何時にのんだの?」

医師が取りかかったのは、胃の中を洗浄する処置です。
流し込んでいるのは活性炭と下剤を混ぜたもの。
薬を吸着させて体の外へと排出させます。
処方薬や市販の鎮痛剤などを、決められた量を超えてのむオーバードーズ。
病院に運ばれる重症患者の1割近くを占め、そのほとんどが女性です。
2時間ほどの処置を終え、女性の容体は安定しました。

22歳 女性
「今回は本当に死のうと思って、持っている薬を全部のんだ。」

杏林大学病院 高度救命救急センター 宮方基行医師
「社会的な弱者として扱われてしまう人たちを見てもらえる施設が少ない。
その中でどこにも行けないので、当院のような救命センターが最後の受け皿にならざるを得ない。」

なぜ、若い女性たちがオーバードーズに走るのか。
知人からの119番通報によって搬送されてきた橋本美咲さん(仮名)、21歳です。
30錠ほどの薬をのんで自宅で倒れていました。

「何が一番大変だった?」

橋本美咲さん(仮名)
「さみしいのと、しんどくなったり仕事に行けなくなったのがつらかった。」

橋本さんは四国から上京し、飲食店で働きながら1人暮らしをしていたと言います。
橋本さんの状態がまだ不安定なため、病院は実家の両親に迎えに来るよう依頼しました。

杏林大学病院 高度救命救急センター 鈴木準医師
「(親に)命の危険、死んでしまうというぐらい直接的に包み隠さずに言ったけれど、もう知りませんと言われた。」


橋本さんが自宅に戻りたいと強く希望したため、病院はやむをえず、以前働いていたという飲食店の店長に連絡を取りました。

杏林大学病院 高度救命救急センター 鈴木準医師
「こちらとしては頼れるのが店長さんしかいらっしゃらなくて。
明日の13時にお待ちしておりますので、よろしくお願いします。
よかった。」

翌日。

「次に行くクリニックの先生に渡す紹介状なので。」

飲食店の店長が迎えに来ました。
知り合って1年にも満たない相手を頼るしかないのが橋本さんの現実です。

杏林大学病院 高度救命救急センター 鈴木準医師
「寒いので気をつけて。」

自宅に戻った橋本さんが打ち明けてくれたのは、幼い頃から両親に虐待されていたという過去でした。

橋本美咲さん(仮名)
「母親がうつ病で、父親が無関心で、ちっちゃい頃から夜中に外に放り出されたりして。
家の前の時もあるし、車でよくわからない所に降ろされる時も。
そんな思い出ばっかりです。」

高校中退後、両親から逃れるように上京した橋本さん。
街で出会った男性の家を転々としながら過ごしてきました。
両親とのつらい記憶が今でもたびたびよみがえり、精神的に不安定な状態が続いていると言います。

橋本美咲さん(仮名)
「薬をいっぱいためていて、これを全部のんだらいつでも死ねるんだと思っている時の方が楽に生きられます。」

オーバードーズに走る女性たち。
幼少期に虐待や性被害を受けたケースが少なくないと専門家は指摘します。

病院側にとってもオーバードーズの患者は大きな負担となっています。
医療費が払えないケースや繰り返し搬送されるケースが少なくないからです。
病院では、こうした社会的な問題を抱えた患者への対応に乗り出しています。
全国でも数少ない救命救急センター専属の医療ソーシャルワーカーを配置しました。
加藤雅江さん。
オーバードーズで運ばれてきた女性たちに地域の病院やクリニックを探します。

医療ソーシャルワーカー 加藤雅江さん
「明日、女性のベッドに動きあります?
薬のんで来ちゃっているんですけれど。」

さらに、女性たちを保健所や福祉事務所などとつなぎ、継続的なサポートが受けられるようにしています。
病院が直面している問題は、オーバードーズにとどまりません。

その1つがパートナーからの暴力・DVです。
今、DVは全国的にも増加の一途をたどっています。
去年(2014年)、ついに5万9,000件を超えました。
彼氏から殴られ、首を絞められた。
パートナーから頭突きされ鼻の骨を骨折。
しかし、DV被害を女性たちみずから訴えるケースは少なく、表面化しにくいと加藤さんは言います。

医療ソーシャルワーカー 加藤雅江さん
「搬送されたときには階段からの転落で腹部を打ったと言っていたが、看護師の方で聞き取りした中で、実はDVなんですと。
(実際の)件数としては多い。」

救命救急センターに搬送されて初めてDVが発覚するケースも少なくありません。
そのときは、すでに手遅れで命を落としてしまう女性もいるのです。

女性たちの中には、経済的な苦境に追い込まれている人も少なくありません。
自殺を図り、搬送されてきた鈴木直美さん(仮名)、47歳です。
自宅で首をつっているところを隣人に発見され、一命を取り留めました。

鈴木直美さん(仮名)
「いずれは自分も年老いて、家族がいるわけじゃないので1人でって思うと、もうあと何日も生きられないなって。」

都内のアパートで1人暮らしをしている鈴木さん。
病院に駆けつけたのは、5年ぶりに会う姉です。
鈴木さんが命を絶つまでに追い詰められていたことを全く知りませんでした。


「こうなる前にもっと早く一言あれば、手を打つこともできたと思うので、どうしてって気持ちはありました。」

鈴木直美さん(仮名)
「(姉には)家庭もあるし家族がいるから、できればなるべく(頼りたくない)。」

なぜ鈴木さんは自殺を図ろうとしたのか。
日本料理の店でパートとして働いてきた鈴木さん。
職場の人間関係に悩み、体調を崩したと言います。
仕事を辞めざるをえなくなり蓄えも底をつきました。

「行政に支援を求めたりは?」

鈴木直美さん(仮名)
「税金もきちんと納めていないのに、自分が税金のお世話になるわけにはいかなかった。
声を上げる方が勇気がいるかもしれない。
自分が弱いから逃げた。」

自殺未遂の背後にあった鈴木さんの経済的な問題。
どう解決するのか。
病院は、精神的なケアを受けながら行政の支援を利用するよう勧めました。

医療ソーシャルワーカー 加藤雅江さん
「お金のことは一回相談しますので。
病気の治療の間は仕事のこと考えるのは難しくなっちゃうから、生活保護の申請も考えましょうか。」

病院に運ばれてくる女性たちは、行政の支援からこぼれ落ちていることが少なくありません。
病院では行政にも情報提供を行うなど、積極的な働きかけを行っています。

医療ソーシャルワーカー 加藤雅江さん
「保健相談センターですか?
お金の心配とかもあるんですよね。
うちの医療費も1万円ぐらいしか納められてなくて。
(患者に)お会いいただければいいと思うんですけど。」

医療ソーシャルワーカー 加藤雅江さん
「救命救急センターは1週間、10日で問題を解決して次の所につながないといけない。
全部の解決はできないので、つなぐ役割しかできないと自覚をしなくては。
あとは地域の方(行政、医療機関)にお願いをすることがすごく大事。」

今日も救命センターには、1人苦しむ女性が運ばれてきます。
200錠もの薬をのんで搬送されてきた20代の女性。

20代 女性
「虐待されていた。
両親から殴られたり、蹴られたりしてた。」

命の危機に陥って、ようやく社会とつながる女性たち。
助けてという声を、誰がどう受け止めればいいのか。
救急医療の現場だけでは越えられない壁です。

助けてと言えなくて 女性たちに何が

ゲスト加茂登志子さん(東京女子医科大学教授)

●20~40代の女性たちが自殺を図り救急搬送される割合が多い 女性たちの置かれている状況に何が起きているのか?

大量服薬というのは、確かにちょっと前から、女性で多かった話ではあるんですけれども、やはり、実感として近年増えているということはあると思いますね。
その背景には、貧困問題もあるでしょうし、それから、VTRの中にも出てきましたけれども、虐待の問題、家族のサポートがないところが、虐待がそこにあるといったような現状があると思います。
居場所がなくなった女性というのは、私は東京都の女性相談センターにも、嘱託医として行ってるんですけれども、そこには、本当に行き場所がなくなった女性が多数来られていて、直接の要因はDVを受けたとかではなくて、子どものころに親から虐待を受けて、そして両親は別れたけれども、次に母親に付いていって、次に母親が一緒になった、今度は男性から性虐待を受けて、そこが嫌で中学を卒業するとすぐ逃げてきて、でも学歴がないから働く所がなくて風俗に行って、そこでまた眠れなくなってというような、そういう悪循環に陥る女性というのは、大変増えているんではないかなと思います。
(家族の機能が弱くなっている?)
弱くなっているということは感じます。

●なぜ、みずから助けを求めたり声を上げたりできないのか?

養育環境の中で、そういうふうな虐待を受けたり、あるいは適切なときに、適切な助けを受けていない、そういった人というのは、みずからも助けてと言うことができないわけですよね。
(誰かが助けてくれる経験がない?)
経験がないから、言葉を持たない。
そうすると、そういった状況で例えば、大量服薬なんかを繰り返す状況で精神科のクリニックに行くと、人格障害という診断をつけられてしまうこともある。
そうすると、もう人格の問題だからということで自己責任の問題にされてしまう。
そういってまた出口がなくなっていく状況があると思います。

●大量に薬を服用し担ぎ込まれる人が後を絶たないが、薬の処方は適切に行われてるのか?

その問題は、精神医療の中でもすごく大きな問題になっている1つですよね。
特にこういったトラウマを受けた人たちというものが求めるもの、必要なものというのは、安心と安全と安眠ということだと思いますけれども、現行の精神医療の中だと、安眠の部分はなんとかお薬でなるというところで、そこに重点的に行ってしまうというような現状はあると思いますね。

●メディカルソーシャルワーカーから地域のクリニックを紹介され、保健所を通じ医療費の補助や障害年金制度の紹介された21歳の女性 精神科の入院先を確保し、行政を通じ生活保護受給が行われた40代の女性 こうした社会支援への橋渡しが大事?

そうです。
安全の部分ですよね。
安心と安全の部分なんですけれども、なかなか通常の医療の中では、こういったところまで踏み込んでいくということが難しいわけで、本当にすばらしい活動だなと思いつつ、拝見しました。
(救命センターで医療ソーシャルワーカーがいることは多い?)
非常にまれだと思いますね。
ただこういった方が配置されることで、医療者は医療のほうに専念できますので、非常にすばらしいチームになってると思います。
なかなか現行の医療の中ではインセンティブということではないんですけれども、大変すばらしいと思いました。

●精神科医は女性たちが必要とする医療の分野での対応が十分できていると思うか?

現在、精神科医のトラウマの治療が得意かといったら、必ずしもそうではない状態があります。
そういった教育を受けてこなかったということもあるんですけれども、現状の課題として、トラウマ治療を標準化していくということは、非常に重要な課題だと思っています。

●20~40代は子どもを産み育て、社会でも活躍できる大事な時期だが?

非常に大事だし、通常だと、楽しい世代というイメージだと思うんですね。
それがこういう状態になってしまうという、非常に悲しいことですし、立ち直っていただきたいなと思うところでもあります。
(虐待を受けた人々が、また苦しい境遇に陥っていく?)
そうなんです。
個人の中でも、そういった連鎖があるし、世代的な連鎖というものも考えないといけないですよね。
女性センターや児童相談所の機能を高めるというのは、その個人だけじゃなくて、本当に世代的な問題にも通じていくものだと思います。
(虐待を受けてる子どもに早期に対応する必要性がますます高まっている?)
そうですね。
それはまた、こういった大量服薬を繰り返したりする女性の問題を防ぐということにもつながっていくと思います。

●苦しんでいる女性たちにどんな言葉をかけたいか?

最後のVTRの方もおっしゃってたけど、本当に自分を責めてらした、でもそんなに責めなくていいんだと思うんですよね。
ぜひともちゃんと相談に乗っていただきたい、専門家の相談を受けていただきたいということと、自分の中に解決する力が備わっているということも、ぜひ信じていただきたいと思います。

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