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福岡県八女市 伝統の「杉線香」を守る

~線香製粉所・馬場猛さん~
  • 2022年10月04日

    日本の伝統的な線香が「杉の葉」から出来ていることを知っていましたか?杉には油分が多く、線香の原料として適しているのだそうです。今回は、福岡県八女市で昔ながらの方法で線香を作り続けている線香製粉所の馬場猛さんを取材しました。
    (NHK福岡放送局 映像取材 浅野愛里)

    失われていく伝統の線香づくり

    八女の杉林

    福岡県八女市は面積の6割以上を森林が占め、まっすぐで強度が高い杉がとれることから、古くから杉の林業が盛んに行われてきました。

    杉の幹はさまざまな用途で利用されますが、枝や葉は材木として不要とされるため、杉を余すことなく使うために、線香にして活用されるようになったのです。

    かつて八女には線香の元となる「杉の葉の粉」をつくる製粉工場も多く存在しました。杉線香が当たり前だった日本も、安価な外国産の粉の登場によって今ではほとんどの商品に外国産の粉が入り、また着色料や香料などの添加物が含まれているそうです。

    伝統を守る線香工房

    線香をつくる馬場猛さん

    今回取材したのは、馬場猛(ばば・たけし)さん74歳。森に囲まれた八女市上陽町の線香工房で、今も線香づくりの伝統を守っています。

    馬場さんの工房はもともと大正時代に集落の有志が資金を出し合って建てた製粉所でした。戦争によって所有者がいなくなり、1961年に馬場さんの父親が買い取ったのです。

    奥の白い屋根の小屋が線香工房

    父親から工房を継いだ馬場さんは、線香の元となる「杉の葉の粉」を製粉、袋詰めして線香製造業者に納品する製粉所の仕事を50年以上担ってきました。

    粉作りが専門だった馬場さんは12年ほど前から自ら線香作りをはじめました。きっかけは自分で作ってみた線香を知人たちに配ったことでした。「たき火のような懐かしい香りがする」「自然の香りが落ち着く」と評判がよく、もっと多くの人に昔ながらの線香を知ってもらいたいと考えたのです。

    今では粉の販売はやめて、粉から線香作りまで全て自分でおこなっています。

    線香の元となる杉の葉の粉

    自然と向き合う線香作り

    「線香っていうのは、ご先祖様と現在を繋ぐものでしょ?それを繋ぐ品物として、やっぱり地元は地元の物。八女にある物だけで作りたい」(馬場さん)

    火室(ひむろ)と呼ばれる小屋

    馬場さんの仕事は杉の葉を集めるところから始まります。

    昔は材木業者が手作業で切り落とした杉の枝や葉を拾って利用していました。しかし最近は伐採に機械を導入している業者が多く、枝葉が車輪に踏まれて土と混ざってしまいます。馬場さんは手作業で伐採を続けている古い付き合いの業者に頼み、杉の枝や葉をもらっています。線香に不純物を入れないためのこだわりです。

    火室(ひむろ)で葉を乾燥させる

    そうして集めた杉の葉と、葉に近い枝の部分だけを2~3cmに細かく裁断し、火室(ひむろ)と呼ばれる小屋で自然乾燥させたあと、さらにまきをたいて部屋を熱して乾燥させます。

    まきで火を起こす

    ここで使われるまきは、曲がっていたりひび割れていたりして建材に使えないような杉が利用されています。伐採した杉をむだにせずに使うことも馬場さんのこだわりです。

    70度もある火室の中で作業する馬場さん

    こうして火をたいて高温になった火室の中で、杉の葉が均等に乾燥されるように棒を使ってならします。「この歳になると、この暑さに負けてしまうとよ」と、笑いながら話す馬場さん。温度が70度もある小屋の中。汗と粉で全身真っ黒です。

    自然の力を最大限活用、水車を使った粉作り

    馬場さんの家の前を流れる横山川

    馬場さんがこだわるのは、材料だけではありません。自然の力を活用して粉を作る昔ながらの方法を守り続けています。

    線香工房の名前「馬場水車場」からもわかるように、粉作りの動力に水車を使っています。かつて製粉業者たちは川の水を利用して水車を回し、その力で動かした“きね”で杉の葉を突いて製粉していました。かつてはこのように水車を使っている「水車場」が、八女市内だけでも40軒以上あったそうです。今では水車を使って粉を作っているのは2軒だけ。馬場さんは 大正時代から受け継いできた工房の水車を改良したり修復しながら使い続けているのです。

     

    水車は直径5.5メートル。
    直射日光や雨風による劣化を防ぐため、
    室内で大事に守られている
    “きね”が杉の葉をつく様子

    水車によって工房内にある15本の“きね”が動きます。

    細長く伸びた“うす”の部分に先ほど乾燥させた杉の葉を入れ、丸1日かけて粉にしていきます。馬場さんの工房内では常にガッタンゴットンと力強いきねの音が響いています。

    手作業から機械へ、水力から電力へと変わった今の時代でも、この場所では昔のままの製法が残されています。

    作業は馬場さん夫婦2人ですべて行う
    均等に葉をつけるよう、葉をならす
    山道を登り、水門へ向かう馬場さん

    しかし、粉作りの動力となる水車を維持するのは簡単ではありません。水車は回りすぎると故障の原因になりますが、止めてしまっても乾燥で変形してしまうそうです。

    きねを動かし粉を作るため、そして大事な水車を劣化させないために24時間どんなときも、天候と川の水量に気を配り、水門を手作業で操作して水量の調節をしなければなりません。

    取材したこの日、八女では朝からどしゃ降りの雨が降って景色が白くなるほどでした。馬場さんは裏の山を登って水門を手際よく調整していました。「夜中でも飛び起きて、懐中電灯ひとつ持って来ますよ」と語ります。

    水門を調節する馬場さん。左は横山川

    天然素材の線香 若者や海外からも人気

    粉に水を混ぜて粘土のようにまとめる

    きねで丸1日ついた杉の葉が粉になったら、「タブノキの葉の粉」と水を混ぜます。タブノキの葉は粘性があるのが特徴で、粉に混ぜることで天然の接着剤となり、もろすぎず堅すぎない線香ができあがります。

    できあがったまとまりを形成機に押し込む
    棒状になった線香が押し出される
    出てきた線香を段ボールに取り、長さを均等にしていく

    「僕が作っている線香は着色してないからですね、杉の葉の元の色のお線香しか出来ないんです。だから着色すれば関係ないんですけど、それをしないから粉の状態(色)にものすごく気を遣います」(馬場さん)

    形成した線香を乾燥させる

    こうして全て天然の素材から作られている馬場さんの線香。実は今、アロマとして若者や海外で人気で、仏壇を持っていない客層からの注文が後を絶たないそうです。また馬場さんの線香作りに興味を持つ人も多く、毎週県内外から水車やきねの見学をしたい、線香づくりの体験をしたい人が訪れてくるそうです。

    完成した馬場さんの杉線香

    「僕がお線香作る前、もう15年、20年前はほとんどのお客さんはお線香が何でできているか、どうやって出来ているのかをご存じなかったんです。でもうちにくるとその原料や作り方が分かりますからですね、そういう風に分かってもらえば僕も幸せで」(馬場さん)

    馬場さんは線香作りを通して、日本の伝統文化を人々に伝えたいと話していました。

    守りたいのは自然と向き合う技と心 

    “粉”の様子を見守る馬場さん

    馬場さんの工房には、まだあと継ぎがいません。

    これまでに3人が「あとを継ぎたい」と訪ねてきたそうですが、全て断りました。

    「今お線香もね、インターネットで販売できるでしょ。そういうことをやりたいって。だけど僕のところのお線香は、1から10まで自分で作らんと売れませんよと。言うとやっぱり皆さん考えなおす」(馬場さん)

    工房でひとり線香を作る馬場さん
    馬場猛さん

    「自然を相手にするのは本当に大変な仕事。だから今の人たちがそれを耐えられれば良いんですけど」と笑う馬場さん。

    粉まみれの手

    馬場さんが大事にしているのは、自然と向き合い、自然の中で作り上げる伝統的な線香作りです。いくら線香に興味があっても、自然と真剣に向き合いながら作っていく覚悟が無ければ継がせられないと言います。

    粉を見つめる馬場さんの横顔

    材料から動力まで、八女の自然だけを利用して作られる伝統的な杉線香。

    全身が汗と粉だらけになる毎日ですが、馬場さんはこの仕事に誇りを持ち、体力が続く限り伝統を守っていきたいと話していました。

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