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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年08月05日 (金)

ひとりひとりが主役のダイバーシティー(多様性)な地域へ①【社会学者・萩原なつ子さん】

少子高齢化は、地方だけの課題ではありません。東京都豊島区は、日本創成会議が2014年に発表した報告で「消滅可能性都市」に指定されました。これを受け、区は緊急対策本部を設置。「女性にやさしいまちづくり」を掲げ、20~30代の女性の声を積極的に拾い上げる「としまF1会議」という仕組みをつくり、そこから提案された事業に予算をつけて政策として実行。これは区政史上始まって以来初めてのこと。いま豊島区は、人を優しく包摂するダイバーシティー(多様性)都市へ生まれ変わろうとしています。
今回、話をうかがう萩原なつ子さんは、この仕組みをつくり出したキーパーソン。住民たちの意見が区政に反映される仕組みをコーディネートしました。この取り組みの“核心”を、じっくりうかがいました。


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--いま豊島区は、危機感をバネに大きく変わり始めているそうですが。

萩原氏 豊島区は「F1会議」の設置を提案した女性管理職の声や「としまF1会議」の提案を受けて、この4月から女性の管理職がかなり増えました。特筆すべきは女性に優しいまちづくり課も設置され、公募で選ばれた素晴らしい女性が着任されました。東京23区の中で唯一「消滅可能性都市」と指摘されたことを逆手とって、女性に優しいまちづくり=誰にとっても住みやすいまちのベストワンのまちへと変わろうとしています。

「としまF1会議」が設置された経緯


5月27日に私の研究室(豊島区西池袋にある立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科)に、豊島区の広報課長の矢作豊子さんと区男女平等推進センター所長の小椋瑞穂さんという、二人の女性管理職が訪ねてきました。豊島区が5月に日本創成会議から「消滅可能性都市」と指摘されたことを受けて、区長は緊急対策本部の設置を決断。その際、女性管理職から、「少子化対策だけではない、多様な女性たちの声を反映していくべきだ」という声があがったそうです。そこで矢作さんは「当事者である20~30歳代の若年女性の声を聞く場を設けてみたらどうか」と区長に提案して、設置することが決まったそうです。さっそく広報課内で意見を出し合った結果「としまF1会議」というネーミングが出てきたのだそうです。ユニークですよね。

豊島区の数少ない女性管理職の方たちは、消滅可能性都市っていうと、すぐに少子化対策、「子ども産め」とかそうなっちゃうことに対して、「これって女性たちを“産む機械”“マザー・マシーン”と考えていませんか」という思いを持っていました。そうじゃなくて、多様な女性がいるわけで、その多様な女性の当事者の意見を聞かない限り、うまくいかないだろうと。ですから「としまF1会議」が設置された背景として女性の管理職の方々の存在がとても大きかったんです。
F1とは、広告・放送業界のマーケティング用語「F1層」(20~34歳までの女性)のことで、「としまF1会議」などを通じて若い女性の意見を集約していこうという試みです。それでお二人が「こういう会議をしていきたいので、座長をお願いします」と言ってきたのですよね。それを聞いた瞬間、私は「普通の会議はやりませんよ。それでもいいですか?」と。そうしたらお二人は「わかりました」と言って、ブレーンストーミングがその場で始まって2時間ぐらい意見交換しました。


002_20160805.jpg スタートは「消滅可能性都市」指定への危機感から―

私は「としまF1会議」の前に「としま100人女子会」の開催を提案しました。100人というのは象徴的な数字です。子育て中の女性だけでなく、多様なF1世代の女性たちから、豊島区の現状に対するイメージや、望ましい未来の姿を引き出すことを目的として開催しました。
二人が私に座長を依頼に来たのが、2014年5月27日。「としま100人女子会」を開催したのが7月19日。F1らしくスピーディーに進みました。
「としま100人女子会」では1千を超える課題と、具体的にこういうふうにしていくと豊島区は良くなるのではという案が、650ぐらい出揃いました。ここで出されたアイデアは「としまF1会議」のテーマ設定に生かされました。

 

「としまF1会議」のこだわり

 
「としまF1会議」の座長を引き受ける際、矢作さんと小椋さんに会議のプロセスデザインとしていくつか提案をしました。「6つのこだわり」です。

第一に、これまでのような審議会の形式をとりません。みんながコの字に座って、ここに座長がいて、こう並んで、せっかく忙しい人が来ても1人2分しかしゃべれないような会議はしません。つまり、素案を行政が作成して、それについて月に1回2時間程度ご意見をたまわって、それを答申として区長にあげるような方式です。次に、会議のメンバーについては、自発的に「私がやります」っていうような当事者に参加してもらうこと。それから、テーマはメンバーで決定すること。そうでないと、実効性のあるニーズに合ったいい提案は出てきませんと。
また、会議には行政職員も会議のメンバーとして参加して欲しいと伝えました。一番こだわったのは、調査・研究に基づいた実現性の高い提案を出すことでした。しかも、秋までに提案を出すこと。これは、予算編成の時期に間に合うようにするという意味です。3月に答申出したって何の意味もないですからね。10月頃から予算を組み始めるときじゃないですか。ぎりぎりで12月、まずは10月ぐらいまでにめどをつけておかないと意味がない。だから、すごいスピードが必要になったんですよね。高野区長さんには会うたびに「必ず予算に反映してくださいね」“聞き置く”ではだめですよと念を押しました。だいたい住民参加型の地域づくりで一番ネックになるのは、「人の話を聞いておいて、施策に何にも反映されなかったじゃないか」というところですよね。もうそれは山ほどあって、そんなのはさせませんよって。ただ、私も二年間だけですが、宮城県環境生活部次長として行政経験がありましたら、そう簡単に反映されるものではないことはわかっていました。最終決定は議会ですし。でも「としまF1会議」に参加しているメンバーには、自分たちの提案が事業化されるかもしれない!という希望を持ってほしかったのです。
「としまF1会議」では、「としま100人女子会」で挙げられた案の中から、メンバーのみなさんで6つのテーマを選んでもらいました。あわせて、その6つのテーマの中で、自分は何に取り組みたいのかっていうのも自らの選択で主体的に決めてもらいました。会議に先立ち「6つのこだわり」で示したように、行政のほうで「こういうテーマで皆さんお話し合いしてください」っていうのを一切やめたんです。やっぱり自分たちで課題を発見していかない限り、その課題を解決するにはどうしたらいいかってアイデアは出てこないじゃないですか。自分の気持ちや体が動くような仕掛けを、この会議でしていったということです。常に当事者は自分だっていうね。

「としま100人女子会」のまとめで私の言った「豊島区を良くするのは誰がするんでしょう?それは自分でしょう!」って言葉に「グッときた」っていう人が結構いたようです。「この地域を良くするのは誰ですか?行政ですか?研究者ですか?専門家ですか?いや、自分ですよね」ということで、強い当事者意識を持ってメンバーに加わった方が19名おられました。会議のメンバーの中には、区で選んで加わってもらった方たちもいたのですが、その方々は最初、面食らっていたようです。ちょっと温度差があったかもしれません。

--区が選んだ人もメンバーにいたわけですね。

萩原氏 ええ。まず最初にメンバーに選出されたのは、区が選んだ方々でした。「としまF1会議」のメンバー32人のうち、「としま100人女子会」から名乗り出ていった方々は19人。あとの13人は区が選んだ方たちで、男性も2人いました。
ここで非常に重要だったのは、区役所の職員をメンバーにいれたことです。役所の内部に「横串を刺す」っていうことなんですよ。これまで縦割りでそれぞれでやっていたものに対してね。「としまF1会議」で議論するテーマは、ひとつの部署・担当課だけでは収まりません。課題の解決はできません。これはもう地域づくりでは、行政内部の連携がいまマストなことなんですね。「6つのこだわり」の中で、私はとにかく区の職員をメンバーに入れることにしたのは、縦割りの中に置かれている職員にこうした場に出てきてもらうことで、施策の展開にはネットワークが大事であることを実感してほしかったのです。これも行政経験から得たこだわりです。



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「としまF1会議」で提案をつくっていくにあたっては、徹底した調査・研究をベースにしていきました。単なる思いつきじゃなくてね。いま豊島区は、こういう課題を抱えている。その課題解決のために、こういう施策はされている。でも、これはされていないよねっていうことを明確にするために。
重要なのは、自分たちの地域の課題について、住民たちが自ら調査・研究することですね。そして、その調査・研究をベースにした具体的な提案をしていくことです。調査研究は、研究者のものではありません。地域の人たちが自分たちの目で見つめること、見つめなおすことです。もう一度、自分たちの視点で見ていったときに、豊島区の施策はどうなのか。本当に女性に優しいのか、みんなに優しいのか。一人一人がそれぞれの立場から調査して、どうすればいいのかを研究することが重要なのです。


ひとりひとりが主役のダイバーシティー(多様性)な地域へ②に続きます

インタビュー・地域づくりへの提言

萩原なつ子さん

1956年、山梨県生まれ。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。環境社会学、男女共同参画、非営利活動論等が専門。お茶の水女子大学大学院家政学研究科修了。博士論文では多くの市民活動団体の取り組みを分析。現在も様々な分野の人々との広範なネットワークを活かし、ユニークで斬新な企画・社会システムを提案し続けている。主な著書に『講座 環境社会学 環境運動と政策のダイナミズム』(共著・有斐閣、2001年)、『ジェンダーで学ぶ文化人類学』(共著・世界思想社、2005年)、『市民力による知の創造と発展-身近な環境に環する市民研究の持続的展開』(東信堂、2009年)、『としまF1会議 消滅可能性都市270日の挑戦』(生産性出版、2016年)など。(財)トヨタ財団アソシエイト・プログラム・オフィサー、東横学園女子短期大学助教授、宮城県環境生活部次長、武蔵工業大学環境情報学部助教授等を経て現職。認定特定非営利活動法人日本NPOセンター副代表理事。

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