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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年06月14日 (火)

"田園回帰"がひらく未来⑤【農学者・小田切徳美さん】

"田園回帰"がひらく未来④はこちらから
人口密度の低い農村部は、診療所や商店などの中心集落を維持しながら周辺の集落とネットワークでつながる「小さな拠点」を、より大きな都市機能を持つまちの周辺に敷き詰め中心性を持たせていくことで「農山村は消滅しない」のではないかと、小田切さんは主張しています。
最後は、都市づくりにおける“交流”についてお話しいただきます。

--そう考えると、人々の意識さえ変わることができれば、どんな地域でも再生できるように思えてきます。
小田切氏  地方創生のKPI(=目標の達成度合いを測るための定量的な指標)で例えば人口指標で取るといったようなことがあるのですが、地方創生の原点は、やはり何と言っても地域の方々の当事者意識が不可欠であるということ。そして、それに基づいて行動した参加度。これが一番重要であって、少し極論ですが“何ができたか”というのは、ある意味では二の次だと思うのです

もちろん様々なKPIで見ていくことで、何ができたのかを測りやすいということはありますけれど、一番重要なベースの部分、むしろそこでの評価をしっかりとすべきです。そしてこの部分は、ひょっとしたら定量評価ができないところかもしれません。当事者意識を数値化しろというのは随分と難しいことですが、強いて言えば参加率は指標になり得る。地域の方々のどのぐらいの方々が本気になって、そのプロジェクトにかかわりを持っているのかですね。こうした状況こそ、目標としていただきたいですね。
いまの地方創生の最大の問題は、できるだけ短期間で成果を出すという、そのことが地方創生の動きの基本に位置付けられている。一年遅れればそれだけ人口が減っていくんだという、そんな声が聞かれます。ところが、肝心の当事者意識をつくるというのは、本当に時間がかかることです。もっと言えば、マクロ的に考えて「キャッチアップ型の開発主義」を脱却するという、60年間われわれが背負ってきたものを脱却するということを考えると、たかだか一年ぐらいの地方創生でできるものではないのですね。先にも触れたように、急ぐことも必要ですが、急げないことも認識しなくてはいけない

--どんな社会をめざすのか。そのビジョンこそが大切ということですね。
小田切氏  私たちは、目指している社会のことを「都市農村共生社会」と呼んでいます。“都市なくして農山村なし”。そして“農山村なくしては都市なし”。こういった考え方が広がりつつあること、最初に指摘したとおりですが、しかし、その実践の方向性はまだ率直に言ってまだブラックボックスです。
その意味でひとつ注目しているのが、河川の上下流での交流です。上流の地域と下流の地域との交流ですね。上流があって下流があるのだというような考え方。こういった考え方がより意識できるような仕組みを、どうやってつくっていけるか。例えば、木曽川沿いにその動きがあります。木曽川の上流と下流地域の名古屋の市民団体が、上下流で交流をするという。具体的には、ある団体がその上流で作られた農産物や木製品なども含めて認証して、その認証マークを付けることによって、売り上げの何%かを上流地域の支援のために使うという、こういう取り組みです。上流の地域の農産物などをいわば買い支える。場合によってはそこにボランティアに行って、竹林の除去とか森林ボランティアをする。まさにここに可能性があるのです。こういった動きは目立つものではありませんが、いろいろところで動いています。現代的に、地方創生や都市農村共生ということがいわれるようになっている中で、新しい可能性が見えてくるのかもしれませんね。上下流の交流というのは、さしあたり河川はつながっていますので、手掛かりになると思います。

そういうことを含めた「共生意識」というものをどのように広げていくのかは、本当にこれからの課題です。そして、実は地方創生の最も重要な役割というのは、そこにあると思います。大雑把に言えば、政府は、十年に一回ぐらいは「地方再生」ということを政策プログラムとして主張しています。例えば、10年前には、実は第1次安部政権で「地域再生」と言われて、限界集落問題が政治的もハイライトされました。その約10年後に、「地方創生」が打ち出されています。その点で、少し達観すれば、地方創生もまたこうしたサイクルの一コマですが、しかし、それでもいままでよりもはるかに大きな規模で行われていることは間違いないと思います。これをきっかけにして単なる地方創生というよりも、都市農山村の共生に展開していくことが重要です。
今回の場合はある意味、“都市も危機である”という議論が広がっているのも、大変重要なことです。いままでは一方的に農山村をどうするのか、地方をどうするのかという議論だったのですが、東京も含めて高齢化の危機だということ。つまり地方創生は単なる地方の問題だけではなく、東京も含めた都市の地域づくりでもあると提起されているのは正しいことです。その意識は徐々に広がっていて、そこも今までの動きとは違うところかもしれません。たとえば高齢化による買い物弱者の増加問題などは、農山村では特に経験が深いということもあって、その経験を都市に伝えることができると思います。地域共同売店の設立や経営のノウハウは農山村で蓄積されつつありますし。生活交通もしかりですよね。そういった経験の発信を、逆に農山村が都市に対して、積極的にボランティアでやってみるとか。そんな新しい動きがどんどん生まれていくことで、「都市農村共生」の意識も実践も前進していくと思います。(終わり)


"田園回帰"がひらく未来①、はこちらからお読みいただけます。

インタビュー・地域づくりへの提言

小田切徳美さんプロフィール

1959年、神奈川県出身。専門は農政学・農村政策論・地域ガバナンス論。東京大学農学部卒業、東京大学博士(農学)。東京大学大学院助教授などを経て、現在、明治大学農学部教授。著書・編著に『農山村再生に挑む―理論から実践まで』(岩波書店、2013年)『地域再生のフロンティア』(農文協、2013年)、『農山村は消滅しない』(岩波書店、2014年)など多数。日本学術会議会員、地域の課題解決のための地域運営組織に関する有識者会議座長(内閣官房)、国土審議会委員(国土交通省)、食料・農業・農村政策審議会委員(農林水産省)、過疎問題懇談会委員(総務省)、今後の農林漁業・農山漁村のあり方に関する研究会座長(全国町村会)などを兼任。過疎や限界集落、農村問題の専門家として、現地でのフィールドワークから理論的分析まで幅広く課題解決に向けた研究・実践に取り組み、提言を続けている。

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