調査報告 ジャーナリストたちの現場から

足元と世界をつなぐ

―ローカル発国際ニュースの可能性―

公開:2023年4月21日

ローカルから国際的なテーマを発信し続けている記者がいる。「中国で拘束された研究者」「新疆ウイグル自治区とのつながり」「ウクライナの大学との交流」など、社会の中で「少数派」と呼ばれる人たちの現実に光を照らすリポートの数々。手がけたのはNHK室蘭放送局のたかむら慶一記者だ。一見、ローカルとなじみが薄そうに見えるこうしたテーマだが、同記者は人々に身近に感じてもらえるよう北海道とのつながりを軸に伝えている。自らの取材実践についてどのように意識しているのか、記者本人に話を聞いた。

メディア研究部 東山浩太

1-1.調査の目的

2005年にNHKに入局した篁記者は、青森局や沖縄局、東京の国際部や国際放送局などでの勤務を通じて、国際問題の取材に携わってきた。2020年9月から室蘭放送局に在籍している。

篁記者は赴任地を問わず、国際ニュース、特に少数者の人権がテーマになるものを継続的に発信してきた。今回の調査は、あくまで1人の記者のケーススタディーだが、国際ニュースを、ローカルから積極的に発信することの意義を考えてみたい。

篁 慶一 記者

篁記者が国際問題に関心を抱いたきっかけは、大学生のときだった。2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロで、大学の知人が巻き込まれて亡くなったのだ。知人とはその年の春にアメリカの短期語学留学で知り合った仲で、大きなショックを受けたという。世界で起きていることが自分の生活と決して無関係ではないと感じた原点となる体験だった。

東京の国際部などでは、中国や台湾に関する取材を手がけた。


「その中でも特に、中国政府による新疆しんきょうウイグル自治区の少数民族に対する、抑圧的な政策について取材を続けました。沖縄の基地問題を取材した経験などを通じて、『多数派が少数派に力で何事かを強いること』への疑問が強くなっていました。ウイグルの問題も大きく見ればそのことと無縁ではないと思いました。日本の人たちも無関心でいてほしくないと感じたんです」


新疆ウイグル自治区をめぐっては、大規模な強制収容をはじめ、思想教育や虐待など、少数民族であるウイグル族などへの深刻な人権侵害が指摘され、欧米が中国政府への批判を強めていた。日本には中国から逃れてきたウイグルの人たちが一定数いた。彼らは日本にいるからこそ本音を話してくれるかもしれない――篁記者は東京で国際部などにいた2018年から2020年までの間、折を見てはウイグルの人たちのもとへ通い続けた。

新疆ウイグル自治区

1-2.在日ウイグルの男性を取材

その取材の成果が、2019年7月5日、全国放送され、1週間後に配信されたウェブ記事「絶望から生まれた勇気」1)である。日本国内からウイグルの人権問題の深刻さを明らかにしている。

記事にするまでの取材は容易ではなかった。篁記者によると、ウイグルの人たちにとってメディアは、彼らに話を聞きに来ることはあっても、実際にニュースを報道することが少なく、不信感を抱くところもあった。そのため、機微に触れる情報を提供してくれるほどの信頼関係を構築するのに時間がかかったという。

記事内容を紹介する。中国政府に対して、日本国内でデモなどを通じて抗議活動を行うアフメット・レテプさんは、大学院進学のために東京に来て、修了後、都内のIT関連企業に勤めていた。彼の故郷ウイグルの家族は、納得いく理由もなく、中国当局によって施設に収容されていた。

収容施設とされる建物(新疆ウイグル自治区内)

家族との連絡が途絶え、不安が募る中、あるとき、携帯電話に1通のビデオメッセージが届いた。公安当局を名乗る男からのそのメッセージには、施設内で憔悴しょうすいした父親の動画が添えられていた。さらにその1か月後、男は日本国内のウイグルの組織について情報提供を求めてきた。「父親を人質にしてスパイ活動を要求してきた」と受け止めたアフメットさんは、家族の安全と引き換えに仲間への裏切り行為を選択することを迫られた。家族の安全を優先するか、それとも自分の信念を貫くべきか、夜も眠れず涙を流した。悩み抜いた末に2か月後、やはり不当な圧力に屈することはできないと決断し、男に対してもう連絡をしないでほしいと告げた。

その後、彼は篁記者に「顔を出し、実名を公表してみずからの状況を訴える。公安当局にスパイ行為を迫られたこともすべて明らかにする」との決意を伝えた。「声を上げることができない施設の人たちに代わって、何が実際に起きているか自分が伝えたい」という思いから、信頼関係のできていた篁記者に申し出た。

篁記者は、家族が報復を受ける可能性を指摘し、報道してよいのか、再度、確認した。しかし、彼の決意は揺るがなかった。アフメットさんと家族の置かれた状況はこうして報じられた。

取材対象との強い信頼関係をどのように築いたのか。篁記者は実はこの報道の1年前に、アフメットさんと知り合っていた。1年の間、彼の話に耳に傾け、その思いを共有しながら、ウイグルの人権問題について積極的にニュースや特集を発信していた。

「そうした積み重ねが信頼につながり、『この記者ならば自分のことを確実に伝えてくれる』とアフメットさんが思ってくれたのではないか」と篁記者は振り返る。

2-1.室蘭とそれまでの取材とのつながり

国際部などを経て、篁記者は2020年9月にNHK室蘭局に着任した。室蘭局は北海道に7つあるNHKの放送局の1つで、胆振(いぶり)・日高地方の取材を担っている。

NHK室蘭放送局

室蘭局の取材担当地域には、先住民族であるアイヌの人たちが道内でも特に多く住んでいる。彼らの歴史や文化を取材する中で、篁記者はアイヌの人たちが受けてきた抑圧や差別の問題が、それまで培ってきた自らの問題意識と通底することを意識させられたという。


「日本がアイヌの人々に多数派の論理を押しつけて彼らの誇りを奪い、同化政策を進めてきた歴史を改めて意識しました。中国の少数民族に対する抑圧的な政策などを取材してきましたが、過去に日本でも同じような問題が起きていたわけです。他人事ではない。そうした過去があるからこそ、現在の人権問題については、それがどこの国でも起きうることに自覚的でありたいし、自分の持ち場でも取材を続けたいという思いを強くしました」


場所を問わず、抑圧される少数派へのまなざしを大切にするという自らの取材姿勢の原点を確認した篁記者は、室蘭を拠点として、北海道から国際問題の取材に取り組んでいる。

2-2.北海道で始めた中国取材

袁克勤さん(Facebookより)

着任して早々、篁記者が同僚記者から引き継いだ取材案件があった。道内に住んでいた中国人研究者が、中国当局にスパイの疑いで拘束された事件だ。

札幌の北海道教育大学で、東アジア国際政治史を研究していた袁克勤えんこくきん元教授(2021年3月まで在職)は、中国籍であるが日本で30年以上暮らし、永住権を得ていた。留学生の受け入れ窓口となるなど、日中の学術交流にも尽力していた。その袁元教授が、2019年5月、法事で中国に一時帰国した際、何者かに連れ去られ、それから10か月間、消息不明となったのである。

篁記者が事件を引き継ぐ前までの経緯を、大きな局面ごとに説明する。

  1. 長期間、袁元教授と連絡が取れない状況になっていることに関し、2019年12月下旬、仲間の研究者たちが安否について情報提供を呼びかける「緊急アピール」を行った。
  2. 翌2020年3月下旬、元教授について、中国政府は会見で「スパイ犯罪に関わった疑いで、中国当局により取り調べを受けている」と拘束を認めたが、詳細は示さなかった。

日本国内で長年にわたり研究・教育に携わり、教え子にも親しまれてきた研究者が突然、中国に拘束されたことに多数のマスメディアが注目し、特に北海道のローカルメディアは問題視して取り上げた。

2-3.「2年前、中国で消えた父」とその取材プロセス

篁記者はこの事件について、袁元教授が中国籍であるために、日本政府が解放に向けて積極的には動きづらいことを認識していた。しかし、ローカルの視点からすると、道民の1人の人権が関わる重大事だと考え、「まず北海道で問題提起することが欠かせないし、かつ、中国取材の経験が多少なりともある自分なら役に立てるかもしれない」と、希望し、引き継いだという。

袁成驥さん

引き継いだ後の動きを、大きな局面ごとに説明する。

  1. 2021年4月、中国政府は会見で、袁元教授はスパイ容疑で起訴され、自供していると発表。法的な権利は守られているとする一方、起訴内容や裁判予定は明かさないままだった。
  2. 翌5月、元教授が拘束されて2年となったのを機に、長男の袁成驥えんせいきさんが支援者とともに札幌や東京で会見を開く。元教授が起訴されたこと、その後、初めて弁護士が接見でき、元教授が争う姿勢を見せたことを報告し、早期解放を訴えた。

篁記者は札幌の袁成驥さんのもとに2020年11月から足しげく通った。袁さんからは父親の無実を信じていること、証拠も示されないまま拘束が続いていることへの心境や思いを聞いたという。

篁記者は、袁元教授が拘束されてからまもなく2年となる2021年4月27日、事件の経緯と課題を伝える特集を道内向けに放送。5月20日、改めてNHK北海道のウェブサイトに「2年前、中国で消えた父」2)として記事を掲載する(上記4の時期)。

篁記者のウェブ記事

同記事では、袁元教授のように中国を訪れた研究者などが拘束されるケースが相次いでいること、背景には「反スパイ法」がある可能性を挙げている(反スパイ法とは、2014年に施行された中国の法律で、スパイ行為の定義が曖昧なため、恣意的に運用される可能性があると指摘されている)。さらに、人権状況を調査したアメリカ国務省の報告書を紹介する形で、中国当局が政治的な反対の声を抑えこもうと、恣意的な拘束を行っているおそれを指摘している。

そのうえで、日中ともに研究者が、当局にどう見られているかに気を遣い、研究に非常に慎重になっている点を危惧し、本来、保障されるべき「学問の自由」が脅かされることを、識者のコメントを紹介しつつ問題提起している。

篁記者のこの記事と他のマスメディアのものを比較すると、取材スタンスに違いがある。 袁元教授の拘束の理由について、他のメディアの中には、「過去に民主化運動に参加していた」「研究内容が中国政府の歴史観に抵触した」など、引用元や根拠を明らかにしないまま言及したケースもあるが、篁記者の伝え方はそれとは異なっていた。


「裏がとれないことは、もっともらしく書かないようにしました。不必要に踏み込んだことを書けば、ミスリードやご本人やご家族に迷惑をかけるおそれもあるからです。一方で、拘束された理由は、読者の関心が高い点でもある。そこで、中国の人権問題に詳しい東京大学大学院の阿古智子教授の見立てを盛り込みました。『推測するしかない』という断りを明記し、『扱っていた資料が中国の国家機密にあたる疑いがかけられた』可能性や、『袁さんから何らかの情報を引き出すために恣意的に拘束した』可能性を挙げました」


記事では、このように反スパイ法のもと、あらゆる情報が後付けで国家機密に指定されうる現状を伝えている。

そして、袁元教授については、どのような行為が犯罪とされているのか、適正な法手続きが守られているのか、また健康状態など、置かれている状況を中国当局がつまびらかにしていない。このため、結局、人権が保障されているかわからないことを懸念している。


「中国政府については、長期間、弁護士の接見を認めず、拘束の理由も具体的に説明しない姿勢は、国際的に見て人権を保障しているとは思えませんでした。が、その点に対する言い分を聞かなければフェアではないと考えましたので、2021年4月22日の中国外務省の定例記者会見で、現地のNHKの記者に質問をしてもらいました」


中国外務省の定例会見 2021年4月22日

4月22日の記者会見とは、中国外務省が、袁元教授についてスパイ容疑で起訴され、犯行を自供しているとした会見である(上記3)。この会見の前に篁記者は、国際部に元教授のことを尋ねてもらえないか打診し、調整の結果、現地の記者が質問してくれることになった。本人の状況について正式な発表が1年余りなかった中、中国当局の言い分を聞くためであったが、図らずも状況が変わったことがわかった。

この記者会見の内容は、当日や翌日に複数のマスメディアが報じた。

篁記者と現地の記者との連携によって初めて明らかになった、袁元教授のスパイ容疑での起訴という事実は、支援活動にも影響を及ぼした。袁成驥さんと道内の研究者たちで作る支援団体は、5月25日に札幌、31日に東京で記者会見を開き(上記4)、元教授の早期の無事解放を強く訴えた。すでに起訴されてしまっているという切迫感が彼らの活動を後押しした。

3-1.ローカル発国際ニュースの意義

このほか、篁記者は、日本と新疆ウイグル自治区の学術交流の立役者を道内で探しだして取材したり3)、室蘭工業大学と学術交流をしていたウクライナの大学教授の戦禍の思いを伝えたりするなど4)、室蘭や北海道という自分の足元から世界へ通じる発信を続けている。

北海道とウイグルの学術交流についてウェブ記事

国際ニュース、とりわけ少数者の人権という、地域とは一見、縁の遠いテーマを積極的に発信することの意義はどこにあるのか。

篁記者に自らの取材の役割について意識していることを尋ねると、国際情勢を地域の人々の通念や文化にとって理解しやすい枠組みで示すこと。また、地域の在日外国人へメッセージをアナウンスすることの2点を挙げた。


「私は北海道の記者ですから、第一の受け手は北海道の人たちを想定しています。私には、多数派から理不尽に外された人たちの声を拾いあげて伝えないと、民主主義が成り立たないとの思いがあります。だから人権問題は、どこにいても取材したい。人権や自由の抑圧や、尊厳が傷つけられることは、バラバラに起きているように見えてもつながっている…そんな想像力を働かせてもらえるよう、地域との具体的な関わりを示して伝えているつもりです」
「大都市でないローカルでも、人権が厳しく制限された国から逃れてきた人たちは暮らしています。そうした人たちにとっては、メディアが自国の抱える問題をどう扱うかは大きな関心事です。東京だけでなく、身近な地域からも情報を発信していくことが『無関心ではない』というメッセージとなり、少数派の人たちを力づけることにつながれば、と思っています」


篁 慶一 記者

これまでの篁記者の言葉や取材実践から、ローカル発国際ニュースの意義を考える。

彼は遠い国外の、少数派の人権問題であっても、国内のローカルの人々と関係するという視点に立っている。グローバルな社会では、いわば「私たちの地域の中国問題/ウイグル問題/ウクライナ問題…」などが、どんな小さなコミュニティーにも存在しうるからである。

結局、ローカル発国際ニュースの意義とは、地域の人々のコミュニティーと、抑圧された少数派のコミュニティーが、全くの別物なのではなく、同じように置き換えられることを、少しでも多くの人に想像してもらうことにあると言えるのではないか。

場合によると、自分たちも抑圧される側にいたかもしれない・・・こうした想像力が働かないと、少数派の苦しい境遇や自由を求める気持ちに人々が共感するまでには至らないであろう。

今回はあくまでもNHK室蘭放送局の篁記者の実践を例に見てきたが、弱い立場の人々に寄り添う取材者の視点の重要性を確認できた。この視点を持ち続けることは、一地域に限らず、どこにいても報道の地域貢献に役立つのではないか。

3-2.課題の検討

一方、ローカル発国際ニュースの課題についても検討する。

篁記者は、筆者の聞き取りに対し「国際ニュースについて十分な背景説明ができているか」が、悩ましいと述べている(下記の図を参照)。

ローカル発ニュースの課題

彼の説明によると、大都市圏に比べて地方では国際情勢について「目立つ出来事」や「直接の当事者」などが少ないという実情がある(中国人研究者のケースは例外的である)。むろんその中でも伝えるべき事柄や意味を探すわけだが、テレビニュースの場合、映像的にインパクトのある出来事や人物がいれば、どうしてもそこを厚く取材しがちであるという。

したがって、個人のエピソードを強調することを通じて、問題となるテーマを伝えることが多くなる。その場合、個人のエピソードにばかり焦点が当たってしまいがちだ。このため、背景にある社会の課題を十分に意識して描くことが必要である。

例えば、少数者の人権というテーマでは、目に見える部分のみならず歴史や社会的構造を十分に理解してもらうことが、複雑な問題の本質を伝えるうえで欠かせないだろう。

その観点からすると、限られた放送時間に収めなければならないテレビ放送よりも、ボリュームの面で制約が緩やかなデジタル(ウェブ)発信は、新たな可能性を秘めていると言える。

ローカルメディアでも、デジタル媒体であるウェブ記事の発信が活発化していくことによって、目立つ出来事や人物のみならず、時にテレビが伝えきれないこともあるニュースの背景説明が一層可能になると見られる。

今回、聞き取りに応じてくれた篁慶一記者は、ローカルの取材環境について「大都市圏に比べて取材要員の少ないローカルメディアでも、行政機関などを取材したニュースをきちんと伝えることが欠かせないし、一方で独自のテーマを背景含めて深く理解するために、息の長い取材に取り組むことも大事だと思う」と話していた。

ローカルに展開するマスメディア各社には、地域の取材拠点を整理縮小する動きが広がっており、人々の情報過疎に対する不安が高まりつつある。報道機関としてのマスメディアが地域の信頼を得るためには、紙媒体や放送と、デジタル発信、それぞれの特性を生かしたジャーナリズムの充実と、課題の本質に迫る取材者を擁する体制を維持していくことが求められる。

【注】

  1. https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/backstories/616/
    (上記は記事の英文版が読める)
  2. https://www.nhk.or.jp/hokkaido/articles/slug-n71750a438b01
  3. https://www.nhk.or.jp/hokkaido/articles/slug-n98069fd0f932
  4. https://www.nhk.or.jp/hokkaido/articles/slug-n5121f90d4ba2

(記事閲覧:2023年4月3日)

  • メディア研究部 東山浩太
  • 2003年、記者として入局。
  • 2017年から文研に在籍、メディアが政策を動かす過程に関心あり。
  • 中原昌也さんの小説を発想の参考にしています。
※NHKサイトを離れます