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2025年春ごろ出版へ かこさとしさん 未発表の物語「くらげのパポちゃん」に込めた“戦争”への思いとは

  • 2024年4月10日

4月10日 記事を更新しました。「2025年春ごろ出版へ」

「だるまちゃん」シリーズや「からすのパンやさん」などで知られる絵本作家、かこさとしさん。ユーモラスな作品から科学をテーマにした絵本まで600点以上を発表し、5年前に92歳で亡くなりました。

そのかこさんの未発表の原稿が、神奈川県藤沢市で新たに見つかりました。戦争で死別した親子のために1匹のクラゲが奮闘する物語で、戦争をテーマした作品はこれまでにほとんどありません。そこには、絵本作家として子どもにメッセージを伝え続けてきた、かこさんならではの思いが込められていました。
(横浜放送局/記者 岡部咲)

未発表の原稿が見つかった!

未発表の作品は、かこさんの作品を管理している長女の鈴木万里さんが、おととし、神奈川県藤沢市にあるかこさんの自宅で古い原稿を整理しているときに見つけました。

タイトルは、「くらげのパポちゃん」。
ある少年が戦争で父親を失ったことを知った1匹のクラゲが、遠い南の海に沈んでいる少年の父親を探そうと、奮闘する物語です。
原稿用紙14枚にわたって万年筆でつづられ、原稿のところどころに線が引かれるなど、推こうを重ねた跡も残っています。末尾の日付から、絵本作家としてデビューする前の昭和25年から昭和30年にかけて制作したものとみられます。原稿は茶色くやけていて、書かれてからおよそ70年たつことがひしひしと伝わってきます。
原稿を書いた当時、かこさんは子どもたちに紙芝居の読み聞かせを始めた時期で、シーンごとにページ数が振られていることから、紙芝居にするために書かれたと見られています。

長女 鈴木万里さん
「資料をたくさんまとめた書庫の隅の隅に、古い原稿を閉じた冊子が重なって置いてあったんです。冊子を開いたら見たことのないタイトルがあったので読んでみました。“パポちゃん”という名前もかわいらしいし、ファンタジーなんだけど、それだけではない。すごく気に入って、こんなにいいお話があるのなら皆さんに読んでいただきたいなと思った」

どんな物語? 登場したのは、父親を戦争で失った家族

物語の舞台は、戦後の日本。ある小さい島の桟橋で、街に働きに出る男の子・富吉くんを母親たちが見送る場面から始まります。

「富坊、町へいったら死んだ甚吉さんの分までしっかりやるんだぞ。まわりの人々がはげましたりなぐさめたりすると、お母さんはちょっと涙ぐみながらいいました。
富吉が、おかげでこんなに大きうなって、働きにでかけてくれることをお父うに一言知らせてあげることができたらねえ。母と子はしばらくとおい海の向こうをじっと見つめておりました」

海の中で、静かな波にゆらゆらゆられながら、親子の様子をみていたのが、この物語の主人公、くらげのパポちゃんです。富吉くんのお父さんが南の海で戦死したことを知った、パポちゃん。

「ボクさがしてみよう。そして富吉くんのことしらせてあげるんだ」

いてもたってもいられなくなったパポちゃんは、男の子の父親を探す冒険にでるのです。

万里さん
「かこは戦争の絵本を書きたい書きたいと言っていた。戦争によって忘れ去られてしまった一つの悲しい出来事をパポちゃんが突き詰めていく。かわいい話なんだけれども、心に刺さる物語だと私は思った」

作品に絵を かこさんの孫が挑戦

かこさんの作品としては数少ない「戦争」をテーマにしたこの作品。万里さんは、世界中で争いが絶えない今こそ、子どもたちに読んでもらいたいと考えました。
原稿は紙芝居にするために書かれたと見られますが、いかんせん、見つかったのは原稿だけで、絵がありません。
そこで、かこさんの作品に挿絵を描いたことがある、孫の中島加名(かめい)さんに依頼しました。

加名さんは、幼い頃から、かこさんの絵本作りを間近で見て育ちました。孫思いの、優しい祖父だったといいます。
今、加名さんは29歳。くしくも、かこさんがこの作品を書いたときの年齢と重なります。

かこさんの孫 加名さん
「祖父がどういう絵にして紙芝居にしようとしていたのかを考えながら、やれるだけのことをやりたい。70年前のかこさとしと、同じくらいの年の僕とで、共作といったふうにできたらいいのかなと思う」

手がかりを求めて向かったのは、地元の水族館。かこさんもよく訪れた場所です。
水の流れがないと泳ぐことができないクラゲを見て、加名さんは弱いイメージの主人公をクラゲにしたことで、物語が引き立っていると感じたといいます。

「クラゲは、潮の流れに流されてしまうような弱いイメージがあると思うんですよね。そんなところがかえって、パポちゃんの純粋さと意思の強さとのコントラストになるのかなと思います」

かこさん 戦争に加担しようとした反省

かこさんは大正15年生まれ。飛行機に憧れ「お国のために」と軍人を志していました。しかし、日本に飛来したB29に飛行機で体当たり攻撃をして、墜落する特攻兵の様子を目の当たりにします。空襲で住んでいた家も焼失し、疎開を余儀なくされました。終戦を迎えたとき、かこさんは19歳。何の疑いもなく、戦争へと突き進んできた自らを深く後悔しました。
その思いを、かこさんは生前、インタビューで何度も語っていました。

かこさん
「特攻機に乗って、みんな死んじゃって、ぼくも本当は死ぬべきなのに死にはぐれた。こんな間違った判断をするような自分は、昭和20年で死んだ」

生き残った自分は、どう生きるべきなのか。失意の中、かこさんが希望を見いだしたのが子どもたちの存在でした。

かこさん
「戦時中のぼくのような間違いをおこさないように、子どもたちに賢く、そして健やかに育ってほしい。そのために子どもさんの仕事の役に立つお手伝いをしようと思った」

今回見つかった物語は、かこさんが絵本作家としてデビューする前に、子どもたちに紙芝居の読み聞かせをし始めたころに書かれたものです。

長女 万里さん
「戦争が終わって、今度は子供たちのために何かできないかなと思っていたのだと思う。自分自身、いてもたってもいられないけど、今は何もできない。そんな思いを物語の中のパポちゃんにのっけたのではないか。そんな感じがしています」

旅に出たパポちゃん どうなった?

「ね、ふぐのおばさん。戦争で沈んだ船しりませんか。それにのってた人をさがしているんです」

富吉くんのお父さんを探すため、パポちゃんは、広い海を一生懸命泳ぎまわります。

襲いかかる数々の困難も海の生き物たちの力を借りて乗りこえ、なんとか南の海にたどりつきます。

「ウワーなんてきれいなんだろう。海の中にもこんなきれいな所があったんだろうか」

きらきらと輝く南の海と、色鮮やかなサンゴや魚たちを目にして、パポちゃんは感嘆の声を上げます。しかし…。

パポちゃんが船に近づいていくと、亡くなった大勢の兵士たちの姿が。

「『おや?』。パポちゃんはその中の一人が妙なものを手にしているのに気がつきました。ちいさなその写真の中には、赤ん坊の富吉くんが笑っているのです!
『甚吉さん、富吉さんはね、丈夫で立派におおきくなってねお母さんを助けて元気に働いていますよ』。
その声がきこえたのか、やさしい甚吉さんの顔には、かすかなほほえみが浮かんだ様でした。
『よかった。本当によかった』。パポちゃんはほっとしていつか桟橋でみた富吉くんとお母さんを思いだしました。そしてポツンと一つ涙をながしました。
しかしその涙はすぐに海の水にとけてしまって、誰にも見えませんでした」

加名さんは、パポちゃんが南の海に到着するシーンについて、子どもが入り込みやすいファンタジーの中に大切なメッセージを込めるという、かこさんらしさが現れているといいます。

加名さん
「きれいな海の中に沈んでいる船があって、そこで失われている命がそのまま残されているというところが、祖父らしいと感じた。この物語では、パポちゃんはクラゲというすごく弱い存在なのに、突き動かされて、男の子の父親を探さざるをえなくなってしまう。そういう突き動かされてしまった行動を、読む人がどう受け止めるのか。すごく問われてる気がします。ただ冒険をするという物語ではない深みと、奥行きのある物語だと思う」

万里さん
「戦争は、クラゲにすら『何かやってあげなきゃ』と思わせるほどに、すごく悲しいものを少年の家族にもたらしてしまった。そんなことは二度とあってほしくないという父の祈りのようなものを感じる。そのとき精一杯のその気持ちが込められていると思います」

多くの子どもたちに読んでもらいたい

今回原稿が見つかり、孫の加名さんがイラストを描いたこの物語。万里さんは、多くの子どもたちに読んでもらえるよう、すべてのイラストを付けて、何らかの形で発表したいと話しています。

万里さん
「残酷なシーンがないので、小さいお子さんたちも読みやすい。世界各地で紛争が起きている今、私たちの国でもかつて戦争があったことを知っておかなくてはいけないのではないか。どうしてこの男の子のお父さんは遠い南の海でなくなったのか、一緒に考えたり、思いを寄せたりするきっかけになる作品だと思う」

【4月10日更新】2025年春ごろ 絵本として出版へ

遺族によりますと、去年12月(2023年)、原稿が見つかったことを知った出版社から絵本にしたいと打診があったということで、出版は来年(2025年)の春ごろを予定しています。

万里さん
「この物語が戦争について考えるきっかけになってくれたらという思いがわき上がったので、
出版が決まって本当に喜んでいます。皆さんの手元に届けられるまで頑張りたいです」

取材後記

未発表の作品が見つかったと知ったのは、ことし(2023年)の夏。どんなお話なんだろう、主人公はクラゲ…??「からすのパンやさん」みたいにかわいいお話なんだろうか、読んでみたい!と胸が高鳴りました。
読み始めてみると、驚きました。ファンタジーの中に、戦争への強い思いが込められていたからです。
戦争で父親を失った家族の苦労を思い、せめて男の子の成長をお父さんに知らせたい。たまたま見かけた家族のために、動き出したパポちゃんの純粋さが心に残りました。

かこさんが戦時中の体験をもとに描いた作品「秋」に、こんな一節があります。

「どんな苦しみだって、戦争の苦しさにくらべたら耐えられるだろうに ー 
 戦争をするだけのお金や物を、みんなの生活がよくなることに使ったら、
 ほんとうにたのしい世の中がつくれるだろうに ー」
(「秋」より引用)

かこさんは晩年も、戦争に加担しようとした自らの反省を何度も口にし、子どもたちには「同じ間違いをしてほしくない、戦争のない世の中で育ってほしい」と語っていたそうです。
いま、世界で紛争や軍事侵攻が絶えません。この物語を通じて、戦争がどういうことをもたらすのか、改めて多くの人に考えてほしいと感じました。

  •  岡部咲

    横浜放送局 記者

    岡部咲

    2011年(平成23年)入局。宇都宮局、首都圏局などで勤務。東京大空襲の体験者や、戦争で沈没した潜水艦について取材。

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