WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 演出家 長塚圭史の挑戦 ~戦争を自分事に捉える体験を~

演出家 長塚圭史の挑戦 ~戦争を自分事に捉える体験を~

  • 2023年7月26日

7月14日から30日まで、東京・渋谷区の新国立劇場で上演されている音楽劇「モグラが三千あつまって」。動物を主人公にして、戦争を描いた物語です。演出を手がけたのは、劇作家や俳優として活躍する長塚圭史さん(48)。今回の舞台は、長塚さんが子どもの頃に読んだ本が原作で、いつか演出を手掛けたいとあたためていた企画だといいます。生身の人間が舞台で演じることで、子どもたちに争いとはなにか、「自分事」として考えてほしいと語る長塚さん。その思いを取材しました。
(首都圏局/記者 鈴木ひとみ)

1冊の本との出会い

今回の舞台の原作は、「モグラが三千あつまって」という40年以上前に書かれた児童文学です。著者はNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の企画・演出も務めた武井博さん。武井さんは幼いころに戦争を経験しています。長塚さんは9歳のときにこの本に出会いました。

物語の舞台となるのは、人間がいなくなった3つの島。そこには、モグラ・イヌ・ネコの3種類の動物たちが住んでいます。モグラたちは、田畑を耕してタロイモを作り生活していましたが、かつて人間に飼われていたイヌやネコは自分たちで食料を育てることができず、モグラたちの島に食料を奪いにやってきます。その過程で度々激しい争いが起こり、多くのモグラたちが殺されてきました。このままではいけない、そう思ったモグラたちは作戦会議を開き、地下都市計画を立てることにしますが、やがてそれが大きな戦争へと発展していってしまいます。

長塚圭史さん
「単純にもぐらが、犬や猫からタロイモ守る話だと思っていたら、どんどんその争いが激化していくんです。その中で、思いがけず大切な仲間を失ってしまう。そういったシビアさをしっかり描いている部分に、子どもながらに驚いたんだと思います」

戦争を自分事にする体験を

この本は、長塚さんにとって、戦争や争いとはなんなのか、子どもながらに考えるきっかけとなったそうです。世界の情勢が刻々と変わる今、自分がこの本を読んで感じたことを、舞台を通じて子どもたちにもぜひ体験してほしいといいます。

「人間はどうしたって自分たちの都合が前に出て、取り合ったり、争ったり、奪ったりするわけで。そういうことの本質がこの本には描かれている。テレビで見る世界情勢が、動物たちが主人公である物語に触れることで、子どもたちにとって少し身近になる。同じことが僕の子どもの頃の読書体験の中にもあったと思うんですよね」

物語の世界に入り込んだような舞台

戦争や争いの末に起きる悲劇を「自分事」のように感じられる体験。

そんな仕掛けが舞台の中では随所に施されていますが、その1つがステージです。客席が360度ステージを取り囲む空間となっていて、演じる役者と最前列の観客との距離はわずか数メートル。最前列には子どもたちが優先的に座れるようにしました。

長塚圭史さん
「場合によっては自分がモグラになっているような感覚になったり、どこかではモグラを攻めるネコやイヌの立場になったりする。俳優たちとの距離も近いので、『何でこういうことになっちゃったの』とか、『なんでこんなひどい目に遭うの』とか、起きていることを間近に感じられて、自分事として考える体験がしやすい空間にしたいと思いました」

観客に“自分事”として感じてもらうための演出は他にもあります。物語には、モグラだけでも3000匹、ネコやイヌまで含めると4000匹もの動物が登場しますが、それをたった4人の俳優たちで演じ分けます。さらに、劇中ではステージを取り囲む観客たちをも巻き込み、物語の一員になってもらおうというのです。

また、炎や波を表現する小道具や、物語に登場する動物たちを、あえて子どもたちに身近な段ボールに描いて表現するなど、見ている子どもたちの想像力に働きかけるような演出にもこだわりました。

「ダンボールに描いた絵を炎だと思い込こむ演者がいたら、そこは大火事になるかもしれない。何かがなければできないのではなくて、それをみて信じる人がいれば、“リアル”を演出できる世界が作れると僕はいつも思っているんです。観客の想像によってどんどん補填されて完成していく世界観を作りたい」

音楽でも戦時下を再現

物語のリアルさをより際立たせるのは、舞台中に奏でられる音楽です。今回、作曲を担当した阿部海太郎さんは、戦時下の状況に合った音楽をつくることに最もこだわったといいます。

作曲を担当 阿部海太郎さん
「戦争を題材にした児童文学は、読み継がれていくことを前提に考えていますよね。だから音楽も、どの時代や場所にも当てはまるような民謡や童謡で表現するようにしました。何千年も前から何度も繰り返されているような争いから得た教訓を、音楽を通して伝えたいと思ったのです」

ステージ下でモグラが演奏するシーンの稽古

舞台の中では、モグラたちが地下で楽器を演奏するシーンがありますが、これは原作では描かれてはいないオリジナルのシーンで、阿部さんが自ら考案したといいます。戦時下という非日常の中でも、当たり前にある『楽しさ』を演出しています。

「ウクライナでシェルターに避難している人が演奏しているシーンがあって、それが僕にとってはすごく印象的だったんです。地上では銃声が鳴っているんだけど、地下ではみんな音楽を演奏している。そういった、音を作り出すときの背景が、この物語にうまくはまるような気がしたので、モグラたちの演奏シーンを作りたいと提案しました」

戦争の悲惨さはリアルに再現

戦争の悲惨さや争いの末に起こる悲劇は、生身の人間が演じることによって原作よりも生々しく表現しています。

物語の終盤、イヌとネコの兵士たちは鉄砲をもってモグラの島に攻め込んできます。
役者たちが手に持つのは、本物さながらの銃のレプリカです。

長塚圭史さん
「僕ら大人が怖いと思えないと駄目じゃないですか。大人と子供が一緒に見るからこそ、甘くなりすぎてはいけないと思う。台本を僕が最初に書いたとき、周りからは結構怖いんじゃないかと心配する意見もあったんです。でも、戦争の部分を丸くしたり、ごまかしたりするのは良くないから、そのまま表現しようといいました」

モグラたちは島の周りから火を投げ込んで兵士たちを取り囲み、窮地に追い詰めることに成功します。そして、これまで自分たちの家族や仲間を殺されてきた恨みを晴らそうと、ネコやイヌの兵士たちをこのまま焼き殺してしまおうとします。
しかし、1匹だけ、それはだめだと仲間たちを諭すモグラがいました。主人公のマチェックです。

主人公のモグラ「マチェック」

マチェック(手前)をかばう母親(正面)

上の画像のシーン。正面を向いているのがマチェックの母親です。このあと、両親はネコに殺されてしまうという悲しい場面です。しかし、物語の終盤、マチェックは仲間たちにこう言葉を放ちました。

「ここでイヌ兵やネコ兵を皆殺しにしたら、島に残っている子どもたちや親や兄弟が、僕たちを、憎んで憎んで、憎み抜くに違いない。そうなったらどうなる?また戦争だよ」

二度と憎しみを繰り返さないために、平和を強く望む思いが込められたセリフです。

「戦争を実際に経験された原作の武井博さんの、こういうことを二度と繰り返してはならないという思い、この劇の中にもある『憎しみは憎しみしか生まない』という強い思いに、僕自身が強く共感して舞台を作っています」

この舞台にかける思い

自分が子どもの頃に出会って衝撃を受けた本を、舞台で表現できることの喜びを何度も言葉にしていた長塚さん。見に来た人たちには、舞台を通して戦争とはなにかを考えるきっかけにしてほしいと話していました。

長塚圭史さん
「少しでも争いを起こしてしまう人間のことを考える機会にしてほしいですし、主人公がモグラということで、より近くから考えられる作品になっていると思うので、多くの親子に見に来てほしいですね」

取材後記

最初にタイトルを見たときには、まさか戦争をテーマにした話だとは思いもしませんでした。物語に登場するのは動物たちだけですが、今も起きている戦争の根源的な部分を、子どもたちにもわかりやすく、シンプルに伝えている舞台だと感じました。一方で、戦争の悲惨さを子ども向けだからと濁すことなく伝えている本作品の迫力に一人の観客として圧倒されました。

ウクライナへの軍事侵攻が始まって500日が経ち、テレビでは日々リアルな戦争の様子が映し出されています。劇場で戦争を生身の人間が演じることで、少しでも当事者として“体験”してほしいー。そんな長塚さんの願いがこの作品にはつまっています。40年以上前に出版された原作と同じように、この演劇も長く演じられる作品になってほしいと思いました。

  • 鈴木ひとみ

    首都圏局 記者

    鈴木ひとみ

    2023年入局。福島県出身。東日本大震災を経験し、報道の道を志しました。

ページトップに戻る