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受験生狙う「#痴漢祭り」 声上げられなかった高校入試の朝

#本気で痴漢なくすプロジェクトNO.11
  • 2023年1月19日

「痴漢祭り」「痴漢チャンスデー」「痴漢日和」
ここ数年、受験生を狙った痴漢行為を呼びかけるような投稿がSNSで相次いでいます。
遅刻できない心理につけこむ卑劣な書き込み。人生を左右する大切な日に、本当にこんなひどいことが起きているのか。取材を進めると、ひとりの被害者に話を聞くことができました。

「受験がだめになったら人生が終わってしまう。そう思って声は出せなかった」
当時の苦しい思いを明かしてくれた彼女は、二度と同じような苦しい思いをする人が出てほしくないと訴えます。 
(都庁担当/記者 金魯煐)

※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。

夢はグラフィックデザイナー 目指したのは芸術高校

今回、取材に応じてくれたのは22歳のフリーライターの女性。

7年前、都内に住んでいた女性は、絵を描くことが好きな中学3年生でした。
将来はグラフィックデザイナーになりたいと、都立では1校しかない芸術高校を第一志望に。母子家庭で姉と妹もいたため、経済的な余裕はなく、私立への進学は考えていませんでした。

塾に通うことはできず、友達から塾のテキストを借りては、ひとりで勉強に打ち込む日々。さらに入試科目にデッサンもあったため、帰宅後には毎日、トイレットペーパーや卵のパックなど、家にあるものでデッサンの練習に励みました。

女性
「母親は家計が厳しい中でも画材をそろえてくれたし、友達は参考書を貸してくれた。塾に行ける同級生をうらやましいと思うこともあったが、私にも支えてくれる人がいたおかげで、自分の夢に向かって前向きな気持ちで勉強していた」

「なんで今日なのか」受験日に襲った被害

迎えた試験当日。
朝食はのどを通らず、駅に向かう足も震えるほど緊張していました。
一人で遠出したことのなかった女性にとって、満員電車に乗るのは初めての経験でした。

朝7時ごろ、乗り込んだのは私鉄の急行でした。
試験のことで頭がいっぱいで、ほとんど身動きがとれない車内でも、必死で英単語帳を確認していたといいます。

しかし、乗車してまもなく、背後の違和感に気付きました。

女性
「後ろの作業服姿の男性のカバンを持つ手が、私の太ももやお尻にあたっていた。最初は
気のせいかなと思ったが途中から明らかに手のひらで故意に触っている感じになった」

突然のことで、どうしていいか全く分からなかったものの、ただ考えたのは、2時間後に控えた試験のことでした。

女性
「ここで声をあげたら、暴力を振るわれたりトラブルになったりして、試験に遅れてしまうというのがすごく怖かった。当時は、受験できなかったら人生も終わってしまうと思っていました。なんで今日なのかと、悲しくて悔しかった」

加害者が電車を降りるまでのおよそ10分間、何もすることができませんでした。
頭が真っ白になりながらも、会場へと向かい試験を受験。

「もっと集中しないと」。そう自分に言い聞かせても、被害のことが思い浮かんで、問題文が頭に入ってこない時間もあったといいます。

試験後、被害に遭ったことは誰にも言えませんでした。

電話口で泣く母「どうしてもっと頑張れなかったんだろう」

結果は不合格。
泣きながら母親に連絡すると、電話の向こうで母親も泣いていました。

母親が時間もお金も使って応援してくれたのに、どうして合格できなかったんだろう。
湧いてくるのは自分を責める気持ちだったといいます。

女性
「自分が頑張れなかった、私のせいだって思わなきゃいけないと思っていました。当時は、痴漢が性被害だという認識もなくて、こんなことで騒いだら恥ずかしいと自分を責めてしまった」

女性は、二次募集のあった都立高校の普通科に進学。芸術高校で美術を学ぶという夢は叶いませんでした。

合格発表の掲示板で母と女性

高校生になり電車通学になると、さらなる痴漢被害に遭ったといいます。

誰も助けてくれないかもしれない、声をあげても信じてもらえないかもしれない。
そう思い、一度も声をあげることはできませんでした。

数年後、姉に受験当日のことを打ち明けると、姉にも痴漢の被害経験があることを知りました。
 

女性の姉
「どうして私たちがこんな目に遭うんだろうね。ただ学校に行くために、毎日通る道で、乗る電車で、身の危険を感じないといけないってすごく変だよね」

誰にも言えなかった気持ちを、姉が理解してくれたことで心が救われたようだったと言います。

第三者の行動「受験生の希望に」

女性は数年前、SNSで受験日の痴漢をあおる投稿を目にし、言葉を失いました。
まさか、そんな恐ろしいことを考える人がいるとは…

女性には、被害に遭った際に一度だけ、第三者が助けてくれた経験があります。
声をあげられなくても、助けてくれる大人がいるということに安心感を覚えました。

女性
「高校生で痴漢に遭ったとき、別のサラリーマンの方が間に割って入ってくれて、被害を止めてくれた。それだけで安心感があって、助けてくれる人がいるんだと、すごく心に残っている。

これから、試験を控えた受験生たちが、自分で声をあげないと助けてもらえないという状況はとてもつらいと思う。

だからこそ私たち大人が、被害に居合わせたらどうしたらいいか知っておくことが大事で、痴漢自体を未然に防ごうと行動する人が増えることが、受験生たちの希望になると思います」

また、万が一被害に遭ってしまっても、自分を責めないでほしいと話します。

女性
「被害に遭ってしまった人には、あなたのせいじゃないよと言ってあげたい。

声が出せない、助けてと言えなくて当然です。自分を責める必要はないし、ひとりで早く立ち直ろうと思わずに、誰かに相談してほしい」

痴漢被害防ぐには第三者も協力を

受験シーズンが本格化する中、東京都は痴漢被害を防ごうと、第三者でもできる3つの行動を呼びかけています。

●車両にある非常通報器を「押す」こと。

●警視庁の防犯アプリ「デジポリス」などを活用して、「痴漢されていませんか」などの表示を本人に「見せる」こと。

●周囲で動きがおかしいなと思ったら直接「声をかける」こと。

東京都交通局電車部 大塚淳営業課長
「周囲のみなさんには是非、非常通報器や防犯アプリのことを知っていただいて、いざ被害を目撃した際に、すぐ行動をとれるよう助ける準備をしてほしい。また、何か様子が変だなと思うことがあれば、大丈夫ですか、何かお困りですかなど積極的に声をかけていただくという意識を一人ひとりが持つことが、社会全体で痴漢をさせないんだという抑止効果になると思います」

取材後記

現在は、ライターとしての仕事が充実しているという女性。
一方で、「あのとき合格していたら、本当にデザイナーとして一生懸命やっていたのかなと考えるときもあるんですよ」とも話してくれました。

実現したい夢や、そのための学びに一歩近づくための受験。その後の人生に大きく関わる1日を台無しにする犯罪を、これ以上許してはいけないと、女性の話を聞いて改めて思いました。
スマホに目がいってしまいがちな電車内ですが、顔をあげて周りを見渡し、小さなシグナルや異変に気付けるようにしたいです。

  • 金 魯煐

    首都圏局 記者

    金 魯煐

    通信社記者などを経て2022年入局。 ジェンダーやSRHR(性と生殖に関する健康と権利)について取材。

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