トルコ南部のシリア国境近くで発生した大地震。
無数の建物が倒壊した町並み。々増え続ける死者の数。刻々と伝えられる現地の現状を目の当たりにして、12年前の東日本大震災と重なるという人も多いのではないでしょうか。
実は、トルコと日本そのものも昔から強いつながりがあるんです。
大きな被害が出ているトルコのために私たち日本人に求められているものは何か。
東京都渋谷区大山町にあるトルコ政府が管理するモスク「東京ジャーミイ」で両国の歴史などを探ってきました。
代々木上原駅から歩いて5分ほど、井の頭通り沿いにあるのが「東京ジャーミイ」です。
イスラム教を信仰する在日のトルコ人の礼拝場として重要な役割を果たしています。
地震発生から祖国にいる家族や親戚、友人などの無事を祈る人たちが訪れています。
施設内にはトルコ・シリア大地震の支援を呼びかける募金箱が2月7日設置され、日本人もふだんより2倍近く訪れているといいます。
取材に訪れた日も15分ほどで10人以上が募金をしていました。
都内に住む30代の会社員
「東日本大震災の時にトルコを含め、多くの諸外国から支援を受け、日本は復興できたと思うので、私に出来ることは募金しかないと考えて、ここに来ました」
都内に住む60代の男性
「倒壊した建物から幼い女の子が救助されるニュースをテレビで見て、同年代の私の孫と重なり、居ても立ってもいられず、被災者の手助けになればと思い、募金に来ました」
東京ジャーミイ チナル ムハンメット・リファット代表
「地震発生直後から電話やメールで『私たちにできることはないか』という問い合わせが殺到し、募金箱を設置することにしました。日本人から哀悼の意が示されるなど、トルコのことを考えてくれていることに感謝しています」
トルコ政府宗務庁が管理する「東京ジャーミイ」の歴史は古く、戦前まで遡ります。
ロシア革命を逃れ、日本に避難して来たトルコ人の中に、礼拝所の設置を求める動きがあり、1938年に「東京ジャーミイ」の前身、東京回教礼拝堂が建設されました。
そして、2000年。
建物の老朽化に伴い、建て替えられたのが「東京ジャーミイ」だったのです。
イスラム教の寺院=モスクとしての役割を果たすとともに、トルコ人と日本人の交流を深め、理解し合う場として見学ツアーやチャリティーバザーなども開かれています。
さらに、トルコと日本の歴史を伝承する場にもなっています。
いまから133年前の1890年9月16日。
トルコの軍艦「エルトゥールル号」が、和歌山県串本町の沖合で沈没しました。
このとき、和歌山県串本町の住民が救助にあたり、69人の命が救われました。
それから95年後の1985年。
イラク・イラン戦争のさなかでした。
イラク軍がイランの首都、テヘランで空爆を開始したとき、イラン国内には200人以上の日本人が取り残されていました。
日本政府は安全を理由に現地に救出のための飛行機を送ることができませんでした。
そこで手を差し伸べたのがトルコ政府でした。
トルコ政府の依頼を受けたトルコ航空の飛行機がテヘランに派遣され、取り残された日本人を救出しました。
この救出劇の背景には、「エルトゥールル号」が和歌山県沖で沈没した事故で、住民が乗組員を救助したことへの「恩返し」があったとされます。
それ以来、トルコと日本は災害などのつど、お互いに助け合ってきました。
地震大国ともいわれるトルコと日本は、度々、大きな被害に見舞われてきました。
トルコ 過去の地震による被害 | ||
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発生年月 | 震源 | 被害 |
1999年8月 | トルコ西部 | 死者 1万7000人以上 |
2003年5月 | トルコ東部 | 死者 160人以上 |
2010年3月 | トルコ東部 | 死者 50人以上 |
2011年10月 | トルコ東部 | 死者 600人以上 |
2020年10月 | エーゲ海 | 死者 100人以上 |
2023年2月 | トルコ南部 | 死者 4万6000人超(シリア含め)※2月20日現在 |
大地震に見舞われるたびにトルコには、日本から医師などのチームが派遣されました。
今回の大地震でも日本から現地の救助活動を支援するため、救助隊などが派遣されています。
一方、日本が大地震に見舞われた際には、トルコから救援隊が派遣されてきました。
2011年の東日本大震災では、トルコ政府が救助チーム32人を派遣し、宮城県内でおよそ3週間の救助活動を行ったほか、缶詰およそ6万個、水およそ18.5トン、毛布およそ5,000枚が宮城県や福島県の被災地に届けられました。
外務省によりますと3週間におよぶ活動は、支援・救助チームとしては最長の期間だったということです。
東京ジャーミイ チナル ムハンメット・リファット代表
「今回の大地震でも日本が迅速に救助隊などを派遣してくれたことには本当に感謝しています。ただ、被害が大きかったトルコの街では7割から8割の建物が倒壊し、多くの被災者は厳しい寒さの中、テントなどで避難生活を強いられています」
「歴史を振り返ってもトルコと日本は助け合いの気持ちがあるので、日本のみなさんにはトルコを思い、祈って欲しいです」