神宮外苑再開発をフランス“コンセルタシオン”で考える~合意形成より市民参加が大事~

24/01/15まで

けさの“聞きたい”

放送日:2024/01/08

#インタビュー

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けさは、都市の再開発と私たち、住民の関わり方について考えます。明治神宮の再開発を巡る問題をはじめ、各地で開発を進める側と、その見直しを求める住民たちとの混乱が相次いでいます。この問題に関して、海外からの注目や関心も高まる中、再開発への住民参加のあり方が問われるようになっています。
スタジオには、都市計画における住民参加や合意形成のあり方を研究している駒澤大学法学部教授、内海麻利(うちうみ・まり)さんです。(聞き手・上野速人キャスター)

【出演者】
内海:内海麻利さん(駒澤大学 法学部 教授)

神宮外苑を巡る紛争を議論のきっかけに…

――まず、「神宮外苑の再開発をめぐる問題」について、どのように見ていますか?

内海:
日本において、都市開発を巡る問題というのは、あまりメディアにはとりあげられてきませんでした。それが、坂本龍一さんの手紙をはじめ、著名人の発言も相次いで、大きな関心を集めるようになってきています。長年、住民参加のあり方を検討するなかで、日本においてもまちづくりへの参加や再開発に関する関心が高まってきているんですが、都市を公共のものとしてとらえ、何を残し、あるいはどのように残せるのか、また、それをだれが決めているかについては、十分に議論がされていません。この神宮外苑を巡る紛争は、そのあり方を議論するきっかけになれば、と考えています。

海外からも指摘された「手続き」問題

――今、考えるべきテーマがいくつも出てきましたが、この「神宮外苑の再開発をめぐる問題」について、どのような点に注目されていますか?

内海:
去年9月にユネスコの諮問機関、イコモスが出した「ヘリテージアラート」は非常に大きなアクションで、内容についても妥当なものとして私も受け止めています。

内海:
このアラートは、3つの重要な問題を指摘していると考えています。
ひとつに、100年にわたって築きあげられてきた「貴重な生態系が失われてしまう」という問題です。
ふたつに、当時、全国の市民が作り上げた「日本にとって貴重な歴史的な場、文化遺産が喪失してしまう」という問題。
そして、三つめが、今回のテーマにも直結する「開発事業に対する手続き」の問題です。

イコモス ヘリテージアラート 2023年9月7日のリリース(※NHKサイトを離れます)

ヘリテージアラートを巡る議論の経緯と現状(※NHKサイトを離れます)

神宮外苑の価値を知らなかった市民

――今、貴重な生態系、貴重な歴史的な場の喪失という大きな問題が出てきましたが、開発見直しの声が高まって、関心が集まるようになって、初めて、改めて、神宮外苑の価値を知ったという方も少なくないですよね?

内海:
その通りです。本来なら、再開発が計画される構想の段階で、人々が、その場所の価値を知り、その価値が失われることを理解した上で、開発の許可がなされるべきだと思うのですが、実際、そうなっていません。したがって、ヘリテージアラートが、そのことを日本国民に気づかせ、問題を引き起こしている法制や行政、政治や民主的なプロセスのあり方を再考するきっかけになりうるものではないかと期待しています。

民主的プロセスのあり方の検証を

――今の「民主的なプロセスのあり方を再考するきっかけになる」というのは、具体的には、どういうことですか?

内海:
その論点の一つは、都市開発にあたり「現状の法律に基づく運用が、正しく行われているのか」という点です。これについては、自治体が「民主的なプロセスを経ずに許可をした」のではないかという許可の取り消しを求める裁判などがおこなわれています。この許可基準の解釈の判断は司法に委ねることとなりますが、ここで重要なのが、「民主的なプロセス」というものです。

法律に定められた手続が十分ではない!?

――「民主的なプロセス」、具体的には?

内海:
はい。都市計画における決定の手続です。専門用語では「都市計画決定手続」といいます。

――都市計画決定手続?

内海:
はい。それは、具体的には、都市の再開発事業をはじめ地区計画や風致地区、建物の高さを決める用途地域などを決定する手続きのことです。この決定手続によって都市の空間が決まっているといっても過言ではありません。
たとえば、各地で住民と事業者との紛争を招いている再開発事業は、人々や環境に大きな影響を与え、また、多くの場合、公共に貢献するという意味で補助金という税金も投入される場合もあります。つまり、公共性が高い事業であって、地権者や事業者だけの事業ではないということです。
したがって、みんなの意見を反映すべく「都市計画決定手続」という民主的なプロセスが『都市計画法』に定められています。ただし、その手続が十分であるとは言えません

東京都による「外苑地区 地区計画決定」(※NHKサイトを離れます)

利害関係者以外の意見が反映されない

――法律に定められているプロセスが十分ではない!? …どういうことでしょうか?

内海:
はい。例えば、再開発の手続きであれば、土地所有者の合意や同意が図られた計画に対して、住民や都市計画審議会への意見を聴取する手続があります。しかし、実際に重要視されるのは、地権者を中心とした利害関係者の合意形成であって、その他の人々の意見が反映されないケースが少なくありません。

――まずは、その地権者を中心とした利害関係者の合意形成であるということ?

内海:
はい。具体的には、計画内容が利害関係者だけで決められていて、利害関係者以外の住民などから意見を聴取するのは、計画がほぼ固まった段階で、形だけの意見聴取にならざるをえないような状況があるということです。さらにいえば、神宮外苑の公共性を考えれば、歴史的に見れば国民の意見を聞く、環境問題や文化遺産などの観点をふまえればイコモスのような国際機関の意見なども重要であるにもかかわらず、これらをふまえて検討するものにはなっていないということです。

責任者が判断の正当性を示していない

――お話を聞いていますと、いろいろな問題がありながらも、解決策がされていないということですが、その根本的な課題、原因は何だと?

内海:
繰り返しになりますが、神宮外苑の再開発事業というのは公共性の高い事業ですので、「都市計画決定手続」を経て、都が決定を行うということになっています。つまり、本来であれば、この再開発が東京都にとってどのような価値があり、東京都民の“公共の福祉”、すなわち、“みんなの幸せ”につながるのか、その判断をして、判断の正当性を示すのが、東京都の長である、すなわち都民に票を投じられた知事に与えられた責務であるといえます。しかし、残念ながら丁寧な意見聴取やこれらに対する説明が十分なされておらず、事業者に説明を求めるというようなことになっています。
また、判断の根拠となっているのが「東京2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針」なんですけれども、この策定についても都議会に諮られていないようですし、多くの人々の意見が反映されたものになっていないのではないかという疑問がのこります。

東京2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針【概要版】(※NHKサイトを離れます)

――この段階でひとつ整理しますと、本来は、知事に与えられた責務である「説明」を、事業者がすることになっている?

内海:
都からも説明はされているんですけれども、事業者に説明を求める部分が多く、(重要なのは、種々の考え方があるなかで)東京都にとって何が大切で決定を判断したのかの理由を、(都によって)しっかり説明されるべきということですね。
したがって、都民をはじめ人々にとって何が大切なのか、公共性の判断をするためには、早い段階から民主的なプロセス、つまり、多くの人々の意見を聞くというのが市民参加として非常に重要ではないかと考えています。

――聞いていますと、ある程度決まった段階ではなくて、早期から民主的なプロセスを踏むということが大事なんですね。実際に住民が都市開発の議論に参加するためには、どんな取り組みが求められているのか、長年、課題とされてきた問題が今、明治神宮外苑をめぐる議論の中で、改めて浮きぼりにされてきました。

ライトアップされた銀杏並木(2023年12月1日撮影)

――そこでここからは、海外の事例を見ていきます。今年、オリンピックが開かれるフランスでは、市民参加の手続きが法律に定められ、必ず行なわれることになっていると言います。内海さんは、フランスの制度と現状についても研究されています。

「コンセルタシオン」という法的な制度

――実際、フランスにはどのような制度があるのでしょうか?

内海:
はい。フランスには、都市計画の手続きについては「コンセルタシオン」という制度があります。これは、市民参加の民主的な手続きを定める制度です。

――「コンセルタシオン」?

内海:
都市開発の計画を作る場合、その開始の時点から最終計画案が決定されるまでの全期間にわたって、住民、NPO、その他関係者を参加させることが法律に義務付けられています。情報を事前に周知をして、あらかじめ、住民等の意見をきちんと聞くことを主な目的とする制度です。また、この制度の考え方が示されている「コンセルタシオン憲章」(環境省が作成した手引書)というものもあるんですが、そこには、「コンセルタシオンは、参加したい者全てを関与させなければならず、近隣住民のみならず、関係するもの全てに開かれている」とされています。(なお、パリ・レアル地区では、当該地区のコンセルタシオン憲章(写真)を環境省が作成した手引書を参照しながら市民やNPOの意見を聞いて作成しています。つまり、参加の方法も多様な意見を聞いて決定した上で実施されています)。

パリ・レアル地区コンセルタシオン憲章(左)と総括文書(右)

「声を集める方法」も「総括」も議会で議決

――関係するものすべて、というのが、1つ、ポイントになりそうですが、ただこれ、住民の声をきくだけで終わりではないですよね?

内海:
はい、具体的に申し上げますと、法律には第一に、自治体の議会で、参加手続の目標とその方法を議決し、そして、第二に、この手続の終了時にはその結果に関する総括を議会で議決することが義務付けられています。
もう少し詳しく言うと、第一の「参加の方法」の段階では、開発計画が実施される早い段階で、情報を開示すること、そして、多くの人々の声をどのように聞いていくのかなど、地域の実情や事案に応じた参加の方法を議会で議決して議論したうえで議決します。つまり自治体として参加を行う責務を明確にしているわけです。

――参加の方法も含めて議論していくという?

内海:
はい、参加の方法が重要だと思います。

――なるほど。

内海:
その上で、第二の「参加の総括」の段階においては、コンセルタシオンを総括した報告書を作成し、議会で議決することになっています。実際、私もいくつかの報告書を見たのですが、全ての意見について、自治体としてどのような対応をするのか、また、対応できない場合の理由がなんらかの形で詳しく説明されています。
さらに具体的に言うと、人々が提出したそれぞれの意見や質問について、自治体がさまざまな角度から検討を加えた内容が詳細なエビデンスを示して記載がされています。つまり、集められた意見を計画にどのように反映するのが報告書に示され、これを議会で決定をするという仕組みがあるということです。逆に、参加の結果やそれに対する対応が不十分であれば、議会で決定されないということになるわけです。

7年議論したパリ中心部の大規模開発の事例

――このコンセルタシオンにおいて、具体的な事例を教えてください。

パリ・レアル地区SEM-Centre広報担当者提供(2012年)の写真を内海教授が加筆

内海:
たとえば、私が10年前に調査に行ったパリ中心のレアル地区の大規模再開発の事例については、コンセルタシオンの充実を図るための、まず事務局と管理者がおかれて、関係者と専門家グループはもちろんのこと、それ以外にも、住民やNPOのワーキンググループが設置されて、そこでは50回以上にもわたるワークショップがおこなわれていました。また、インターネットをはじめ情報公開が早い段階から行われるとともに模型を設置した展示場が作られ、展示会では12万5,000人もの来場者が訪れていて、その10%が意見を出していました。

――ワークショップが50回以上、展示会には12万人以上なんですね。

内海:
はい、そうなんです。そして、コンセルタシオンの始まりから終わりまで、およそ7年の活動が行われて、その後、事業の認可がおりて、その上で、再開発工事の着工に至っています。

展示会の様子と模型【提供:パリ・レアル地区SEM-Centre広報担当者(2012年)】

激論の末、計画変更~提案したNPOの責任

2012年計画段階の公園パース(提供:2013年パリ・レアル地区SEM-Centre広報担当者)

内海:
この調査で興味深かったのが、公園を巡る議論のなかで、移設される予定になっていた文化財を残しながら、子どもたちのワークショップを行うことのできる芝生の広場がNPOから提案されて、事業者側と激しい議論がなされていました。結果的には、その公園はNPOの提案を踏まえて、当初の計画が変更されました。
そして、その公園がその後、どうなっているか?ということですけれど調査をしてから10年たった去年の夏、計画変更された公園に出向いてみると、事業者の計画に対して変更を求めたNPOの団体がワークショップを開いていて、そこには、子どもたちの笑顔があふれていました。

合意形成のプロセスは?

――その時、その、いわゆる“合意形成”は、どのようなプロセスで行なわれたのでしょうか?

内海:
日本の場合は利害関係者等の同意や合意形成が重視されていますよね。しかし、フランスには合意を求める法律の規定はないんです。公共的な判断は、「地権者等の一定の利害者、利害関係者の意向だけでは判断しない方が良い」と考えられているからです。

利害関係者だけの合意は“公共性”を棄損させる

――「合意形成」よりも「市民の参加」を大事にしているということですか?

内海:
そのように考えて良いと思います。日本の同意や合意形成についてフランスの自治体の都市計画担当者、(すなわち)自治体の職員に質問したところ、「利害関係人を設定し、8割や3分の2のような同意を調達するということは、一般意思性、日本では“公共性”を意味するんですが、それを阻害して、“個別利益”への妥協として、計画の正当性を棄損させる」といわれました。
つまり、ある一定の個別の利益の同意や合意だけでは、公共性は成立しえないと考えられているんです。

開発賛成の声も交えた議論を

――民主的にプロセスを踏んでいくということが大事なんですね。そのことを踏まえて、神宮外苑の問題に戻ってきますと、今、改めて求められているものは何だと思いますか?

内海:
“公共性”の源である「人々の思い」はさまざまで多様です。たとえば、スポーツや賑わいが大切だという人や、野球場やラグビー場の建て替えが必要だという人、そして、経済的な理由や持続可能な運営のために、高層ビルが必要だという考えを持っている人たちもいます。しかし、これまで話してきたように、外苑ではそれ以外の重要な価値がたくさんあります。
こうしたさまざまな意向に対して、“公共の福祉”がどこにあるのか、都市のなかで何を残し、何を変えていくのかをみんなで議論する場を設ける。それが、今、自治体に求められていることではないかと思います。そして、メディアは、こうした民主的なプロセスが機能しているかを監視して、正確な情報を提供していく。その役割は大きいのではと考えます。

――賛成、反対、結論ももちろん、大事なんでしょうけれども、それよりも、プロセスとか、やり取りがあるということが大事なんですね。

内海:
そうですね、多くの方々の意見を聞いて議論するということですね、(これは、人々に求められる)良い空間をつくるという意味でも重要だということです。

――そのためには私たちメディアも、健全な議論が行われるための情報を提供していく義務があるというふうにも感じました。けさはどうもありがとうございました。

内海:
ありがとうございました。

神宮外苑のシンボル 聖徳記念絵画館(2023年12月1日撮影)


<関連リンク>

内海麻利(2013)「フランスの再開発における参加制度の実態に関する研究
―パリ・レアル地区のコンサルタシオンに着目して」都市計画論文集48-3号(※NHKサイトを離れます)

神宮外苑地区まちづくりプロジェクト(事業者のページ)(※NHKサイトを離れます)

東京都都市整備局「神宮外苑地区のまちづくり」(※NHKサイトを離れます)

神宮外苑再開発 警告で考える「再開発のあり方」 伐採計画どうなる? | NHK(2023.12.25)

明治神宮外苑再開発 樹木伐採は延期に どう考える? QA形式で解説 | NHK(2023.10.3)

神宮外苑の再開発 事業の全容から住民の受け止めまで【詳報】 | NHK(2023.7.19)

坂本龍一さんの歩みと業績を振り返る 明治神宮外苑の思いとは? | NHK(2023.4.4)

明治神宮外苑の再開発 “イチョウ並木を名勝に” 提言の背景は? | NHK(2022.10.7)


【放送】
2024/01/08 「マイあさ!」

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