安婦問題像 展示中止に

愛知県の国際芸術祭で展示されている慰安婦問題を象徴する少女像について、芸術祭の実行委員会は3日かぎりで展示を中止すると発表しました。愛知県の大村知事は「テロ予告や脅迫と取れるような電話やメールが来ている。あってはならないことが起きたことを、国民にも知ってもらいたい」と述べました。

愛知県で1日開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」には、「表現の不自由」をテーマに慰安婦問題を象徴する少女像などの展示コーナーが設けられていますが、芸術祭の事務局の愛知県には展示に批判的な意見が相次いでいました。

こうした中、芸術祭の実行委員会の会長を務める大村知事は3日午後5時から記者会見を開き「きのう『撤去しなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する』というFAXも届いた。テロ予告や脅迫と取れるような電話やメールが来て安全な運営が危惧される」と述べ、現在警察と相談していることを明らかにしました。

そのうえで「トリエンナーレを楽しみにしている多くの方に安全にご覧いただくことを第一に考えたい」と述べ、3日かぎりで、少女像を含む「表現の不自由」をテーマにしたコーナーの展示を中止すると発表しました。

会見で大村知事は「今回のことは残念だ。脅迫の電話やメールなど、あってはならないことが起きたことを国民にも知ってもらいたい」と述べました。

「あいちトリエンナーレ」は、愛知県などが平成22年から3年に1度開いている国内最大規模の国際芸術祭で、4回目となった今回は30の国と地域から90組余りのアーティストが参加しています。

芸術監督の津田大介氏「断腸の思い」

芸術祭の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介さんが記者会見を開き、「中止は大村知事の判断でもあるが、僕の判断、責任だ。一度は展示され、撤去されるなどした作品を集めたので、途中での中止の可能性は当然、念頭に置いていたが、沸き上がる賛同や反感を可視化することに意味があると思った」と述べました。

そのうえで「わずか3日で展示を断念するのは断腸の思いだし、非常に申し訳ない。トリエンナーレが安全安心に最後を迎えられるようまい進したい」と述べました。

河村市長「少女像認めると韓国の主張認めることに」

少女像の展示中止を求めていた名古屋市の河村市長は記者団に、「行政が少女像の設置を認めたということは、韓国側の慰安婦に関する主張を認めたということになりかねない。安全は重要だが、日本人の心を傷つけたことをどう考えているのかを関係者に聞きたいし、謝罪すべきだ」と述べました。

芸術祭を訪れた人たちは

芸術祭を訪れた人からは「展示の中止は過剰な反応だ」とか「表現は自由であるべきで、批判があってもやめるべきではない。とても残念だ」という意見が相次ぎました。

一方で「日本国内で展示するには抵抗する人が多少いると思う。展示の中止は賢明だ」という意見も聞かれました。

韓国メディア 相次ぎ速報

韓国メディアは相次いで速報しています。

このうち公共放送のKBSは3日午後5時半前、NHKの報道を引用する形で字幕で速報するとともに、ウェブサイトでも「日本で『平和の少女像』の展示が3日間で中断された」と伝えました。

また通信社の連合ニュースは、この像の制作者で3日に韓国に帰国したキム・ウンソン氏が「少女像の撤去は日本がみずから『表現の不自由』を宣言したのと同じだ」と述べ、日本側の対応を批判したと伝えています。

韓国では今回展示が中止されたのと同じようなデザインの少女像が、慰安婦問題を象徴するものとして50か所以上に設置されています。

少女像は元慰安婦を支援する韓国の市民団体によって、2011年12月、ソウルの日本大使館の前に設置されたのが最初で、像の前では毎週水曜日に日本政府に抗議する集会が開かれています。

日韓関係が悪化する中、日本での少女像の展示が中止されたことで、さらなる韓国側の反発が予想されます。

韓国語ネット 批判的な反応相次ぐ

韓国語のネット上では批判的な反応が相次いでいます。

このうちツイッターでは、展示会のテーマが「表現の不自由」であることに触れ、「外圧によって展示されなかった作品を集めた展示会で展示されなくなるとは」とか、「これによって『表現の不自由展』は完成したのだ」などと皮肉を込めた投稿が見られます。

また「これによって名古屋市は表現の自由の遅れた街として記憶されることになる」と批判する投稿もあります。

一方で「韓国で同じような展示会が行われた場合に、私は冷静に判断ができるだろうか」などとして、今回の決定に対して冷静な対応を呼びかける投稿も見られました。

実行委メンバー「戦後最大の検閲事件 法的手段を検討」

愛知県の国際芸術祭で、慰安婦問題を象徴する少女像を含む「表現の不自由」をテーマにしたコーナーの実行委員会のメンバーが、3日夜記者会見しました。

そして「今回の中止決定は、私たちに一方的に通告された。現代日本の表現の不自由状況を考える企画を、主催者がみずから弾圧するというのは歴史的暴挙と言わざるを得ず、戦後日本最大の検閲事件となるだろう。一方的な中止決定に対し法的対抗手段を検討している」とする声明を発表しました。

専門家「他者の価値観 認めぬもの」

憲法学者で、一橋大学大学院法学研究科の阪口正二郎教授は「日本と韓国の関係は今、非常に難しい状況で、政治的な物議や批判が起きることは理解できるが、展示が中止にまで追い込まれたことは非常に残念な結果で、あってはならない事態だ。社会全体がどこか不寛容で、他者の価値観を認めることができなくなっている。表現の自由は傷つきやすいものなので、一面的な価値が世の中を占めれば多様な文化に触れる機会が奪われてしまう。あくまで政治と文化は切り離して考えなければいけない」と話しています。

日本ペンクラブ「自由の気風 萎縮させる」

日本ペンクラブは3日、ホームページで、自由の気風を萎縮させるなどとする声明を発表しました。

声明では「制作者が自由に創作し、受け手もまた自由に鑑賞する。同感であれ、反発であれ、創作と鑑賞のあいだに意思を疎通し合う空間がなければ、芸術の意義は失われ社会の推進力たる自由の気風も萎縮させてしまう」としています。

この展示をめぐっては名古屋市の河村市長が「日本国民の心を踏みにじるものだ」などとして展示の中止を求めたほか、菅官房長官が2日、補助金を交付するかどうか慎重に検討する考えを示しています。

こうした動きについて声明は「行政の要人によるこうした発言は政治的圧力そのものであり、憲法21条2項が禁じている『検閲』にもつながるものである。いま行政がやるべきは、作品を通じて創作者と鑑賞者が意思を疎通する機会を確保し、公共の場として育てていくことである」と指摘しています。

そのうえで「国内外ともに多事多難であればいっそう、短絡的な見方をこえて、多様な価値観を表現できる、あらたな公共性を築いていかなければならない」としています。