分裂の青森県知事選挙 自民党県連 推薦覆り自主投票

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青森県知事選挙が5月18日告示され、いずれも新人の4人が立候補した。5期20年知事を務めてきた現職が引退を表明し、「青森の次の顔」を選ぶ選挙が始まった。
自民党は県選出の国会議員のほとんどを占め、県議会でも過半数を維持し、選挙の行方のカギを握る。党県連は一時、候補の一人を推薦する方向でまとまったものの、結論は「自主投票」。対応が覆った背景に何があったのか。
(早瀬翔)

年明けから動き激しく

推計人口で120万人をついに割り込み、人口減少や産業の創出などの課題を抱える青森県。
現職知事の三村申吾(67)が、知事選に立候補するかどうかを明らかにしないまま、年を越した。

1月6日、地元紙がむつ市長の宮下宗一郎(44)が立候補すると報じた。現職が知事選への態度を表明しない中、自民党関係者も驚くタイミングだった。

5期目の三村はどうするのか、ほかに誰が出るのか。そう思っていた週末、今度は青森市内のある議員から「青森市長の小野寺晃彦(47)が『知事が勇退するなら立候補する』と挨拶回りしている」と連絡があった。知事選に関心があるのはつかんでいたが、宮下の動きに刺激を受けたかのように動き出した。1月22日、正式に知事選への立候補を表明した。

去就が注目された三村は小野寺の立候補表明の前日に会見を開き、次の知事選に立候補しないことを表明した。
「県政には若い感性が必要だ」などと、退任の理由を明らかにした。

今回の青森県知事選挙は20年ぶりに新人どうし4人の争いとなった。

青森県知事選挙4人の候補者

「青森の顔」と、候補者の「顔」

知事を退任する三村、知事を目指す宮下と小野寺。
それぞれ、このような人物だ。

三村「知事というより営業マン」

「青森県知事、襲来」。去年12月、当時、デジタル大臣を務めていた河野太郎がツイッターに投稿した画像だ。三村が河野と農業のDXや青森県からの人材派遣について、意見交換した際の1枚で、スーツの裏柄は世界遺産に登録された縄文遺跡関連の写真やイラストでいっぱいで、話題を呼んだ。

三村知事のセールスで使う背広


「知事と言うよりは名営業マン」という評判も聞かれる三村。これまで青森の誇る魚や果物などを「攻めの農林水産業」と銘打ってPRし、盛り上げてきた。こうしたスーツ以外にも、いずれも生産量日本一のリンゴやホタテ(養殖)などがプリントされたTシャツを重ね着して1枚ずつ脱いでPRする姿は、県民なら誰もが見たことはあるというほどだ。

宮下 Go Toトラベル「人災」発言
新型コロナの経済対策として行われた「Go Toトラベル」。「キャンペーンによって感染拡大に歯止めがかからなければ、政府による人災だ」と苦言を呈し、全国的に注目を集めたのが、むつ市長だった宮下だ。

2020年7月会見するむつ市宮下市長


これまでの選挙では、自民党からも支援を受けてきた。国土交通省の官僚出身で、現職の市長を務めていた父が急逝し後を継いで立候補し、8年余り市長を務めた。40代前半で県内でも知名度の高い首長の1人だった。むつ市内の中間貯蔵施設に運び込まれる使用済み核燃料に、市が独自に課税する新たな税、「核燃新税」の導入を打ち出すなど、改革派のイメージも強く「新しい未来への挑戦を旗印に県民主体の政治実現」と訴える。

小野寺「三村県政を正しく引き継ぐ」
青森市長だった小野寺は、自民党などの支援を受けて当選し、およそ6年半、市長を務めた。宮下の県立青森高校の先輩にあたる。いずれも40代で元官僚だ。

元青森市長小野寺氏


中核市では初となる小中学校の給食費無償化や、ICT教育に力を入れるなど、厳しい財政状況の中で、メリハリのついた予算執行を行っているとして、その手腕は、自民党関係者からの評価も高い。「私は美辞麗句を並べるタイプではない。 青森市で実現した政策を全県に広げたい」 と訴える。さらに、ともにトップセールスを行うなど、知事の三村の行政手腕を近くで学び、告示日の演説には三村がマイクを握った。

悩める自民党にさらなる混乱「誓約書」

今年1月、宮下と小野寺はともに自民党県連に推薦願いを出した。県連は判断を迫られた。
自民党は県議会で48議席中29議席(統一地方選前の3月末時点)、衆院では小選挙区は全議席を抑え、「自民党王国」と言われる中で三村県政を支えてきた。しかし、直近の参院選では公認した新人候補が立憲民主党の現職に敗れた。自民党としては全県が対象となる選挙で、連続で敗れることはあってはならない。

衆院議員で県連会長の津島淳は「県民にとって、よりよい候補者を決めていくことが第一」と、当初は1月中に推薦する候補を決める考えを示していた。ただ、県連の中では早くから「甲乙つけがたい候補だ」、「党内がまとまらない可能性がある」と不安視する声が根強かった。

県連は、選考委員会を設置し検討を開始。1月下旬には、宮下と小野寺を青森市のホテルに呼び込み、それぞれ政策や知事選への立候補の思いなどを聴取した。ところが、その際に出てきた1枚の紙が、 自民党関係者を更なる混乱へと陥れる。選考委員会のメンバーが面接の場で2人に示したのは党への誓約書だった。書かれていたのは、 「自民党本部及び自民党青森県連の選考結果に従い、 決定後は党推薦候補者の当選に向け最大限の協力をすることを誓約する」 という文言だった。

県連が知事選候補予定者に出した誓約書

「誓約書」は踏み絵?

自民党関係者や県議の間でも、驚きと戸惑いを持って受け止められた「誓約書」のこの文言。「自民党が候補者を決めるから、選考から漏れた方は立候補を取り下げてくれ」とも読み取れる内容に、ハレーションは少なくなかった。会合後、宮下は「署名しない」、小野寺は「署名する」と対応が分かれた。

さらに、誓約書が表面化すると、県議選を前にした県議からは「自民党がもめている印象で票を落としたくない」とか「ただでさえ、国政で自民党にマイナスの声もある中、これ以上評判を下げないでほしい」と批判的な意見や懸念の声が相次いでいた。

衆院青森2区選出の神田潤一も、自身のブログ上で「踏み絵やパワハラと捉えられるおそれがある。誓約書が候補者の心理に対してどのような意味を持ち、自民党員や青森県民がどう感じるか」と自身の考えを表明。

神田衆議院議員の考え


県民にとって、「よりよい候補」を選ぶ作業は、混迷を深めた。想定より2週間ほど遅れた2月11日。「選考委員会」で、小野寺推薦の方針が満場一致でまとまった。会合のあと、前県連会長、江渡聡徳は理由について「総合的な観点」と述べるにとどめた。「誓約書」をめぐる2人の対応については、判断に影響を与えなかったという。1月から始まった知事選の動き。あとは、 自民党県連の「役員会」と「総務会」で選考委員会の結論を決定し、党本部に上申するという手続きが淡々と進むと思われたが、最後にどんでん返しが待っていた。

自主投票決定で、また不満の声

選考委員会の方針が報じられると、県連内から、また不満の声が表面化した。宮下の地元であるむつ市周辺はもちろん、むつ市から車で3時間も離れ、県内で3番目に人口が多い弘前市選出の県議からも、「除名覚悟で自主投票を求めたい」などとする声が出た。

2月中旬、本来なら、手続きだけで済むと思われていた総務会は、予定の時刻を大幅に超え、2時間近くの議論が行われた結果、「決定持ち越し」 という異例の判断が下された。参加した議員から、「自主投票」や「決定の先送り」を求める意見が相次ぎ、県連会長の津島が「もう一度議論の場を設ける」と引き取ったという。
ある自民党関係者は「一寸先は闇と言うことなんだなと思い知った」と振り返った。 関係者によれば、総務会でこうした方針がひっくり返されたのは初めてではないかという。

「これまでもなんだかんだあったが、自民党はうまく一枚岩にまとまってきた。こういう事態になると、そういう時代も終わったのかもしれない」

そして3月に再度開かれた会合で、決まった方針は「自主投票」。
「県民にとってよりよい候補」は選べなかった。県連会長の津島は「県内の党内世論を二分する、さまざまな意見が出た。組織を預かるものとして、分裂をいたずらに進めることはあってはならない」と苦渋の決断だったことを明かした。
さらに、県連の関係者は、自民党をこれ以上分裂させてはいけないという「中央の声」があったのではないかと話した。知事選のおよそ2か月前には、青森県議選があり、党内が割れているというイメージは持たれたくない。
地方・中央ともに、さまざまな思惑が揺れ動く中で「決める」決断から「決めない」決断に至ったとみられる。

どうなる県知事選

自民党が青森県知事選で特定の候補を支援しないのは24年ぶりだという。県連内からは、「分裂は避けられた」という安堵の声が聞かれる一方、支援する候補が分かれることから事実上の分裂を懸念する声も多かった。
自民党県連のある幹部は「自民党も世間と同じく多様性の時代に入っただけ。求心力の低下ではない」と強調した。

県連会長の津島は、「緊密に意思疎通コミュニケーションをとって、ノーサイドに」と党内融和に注力する考えを示していたが、現実は厳しいものとなった。

宮下を支援する姿勢を明確にするむつ市周辺の首長もいる一方で、青森市周辺の首長は小野寺支援の会を設立するなど、自民党の支援を受けてきた県内の市町村長も真っ二つに割れた。市町村議員でも2人の支援をめぐり対応が分かれている。

そして、当初の懸念の通りに、県議会の自民党会派は、29人中17人が小野寺を支援する会を立ち上げた一方で、宮下への支援を明確に打ち出す県議もいて、同じ会派でも完全に対応が分かれている。

青森県知事選挙にはさらに2人が立候補している。

元むつ市議の横垣成年(63)は共産党と社民党の推薦を得ている。

青森県知事選 横垣氏


「空前の物価高騰や年金の削減などで県民の暮らしはいっそう深刻な状況だ。憲法を中心に位置づけて、県政を運営していきたい」と述べ、教育の充実や一次産業の活性化などを訴えている。

川崎市出身で元損害保険会社の社員、楠田謙信(66)も無所属で立候補した。

青森県知事選 楠田氏


若い人が働ける場所をいかに作っていくかが政治の使命だ。4年間、全精力を注入して青森を発展させていきたい」と訴えた。


県知事選挙の投票日は6月4日。
果たして青森県の新しい顔は誰になるのか。

(文中敬称略)

青森局早瀬記者
青森局記者
早瀬 翔
2016年入局 初任地名古屋局で警察や行政の取材を経験し 青森局へ 現在は青森県政や青森ねぶた祭などの取材を担当