“金持ち自治体”が消える!?

「1765の都道府県・市町村のうち76」
税収が多く、国からの“仕送り”にあたる「地方交付税」を受けていない全国の自治体の数だ。こうしたみずからの税収だけで財政運営できる自治体は「不交付団体」と呼ばれる。
ところが、その“裕福”な自治体の多くで、コロナ禍により税収が悪化し、住民サービスに影響が出始めている。
各地で何が起こっているのか。部局横断の取材チームを編成し、すべての不交付団体にアンケート調査を実施して探った。
(白川巧、柳生寛吾、廣岡千宇、佐藤裕太)

“コロナの影響はそれほどありませんよ”

取材のきっかけは、1つの文書だった。

新型コロナの第3波が押し寄せる前の去年秋。
全国の地方議会は、国の新年度予算案の編成に向けて、新型コロナの感染拡大で地方財政が急激に悪化しているとして「地方税財源の確保を求める意見書」を相次いで国会などに送っていた。

長期化するコロナ禍で経済が停滞し、雇用情勢も悪化。
各地の自治体の財政も相当な打撃を受けているに違いない。
そう見込んでいた。

しかし、取材の糸口を探そうと電話した財政の専門家からは意外な答えが返ってきた。
「ほとんどの自治体には地方交付税が交付されるので、影響はそれほどありませんよ。ただ、地方交付税をもらえない『不交付団体』の中には、厳しいところがあるかもしれません」

仕送りの必要のない“裕福”な自治体ほど厳しいとは、どういうことなのか。
この一言をきっかけに3か月にわたる取材がスタートした。

“不交付団体”には影響?

「地方交付税」は、自治体の税収不足によって住民が必要な行政サービスを受けられないことがないよう、国が不足分を補う制度だ。

地方交付税の財源である国税の収入もコロナ禍で大幅な減収が見込まれたが、政府は「自治体の財政運営に影響を及ぼすわけにはいかない」として特例加算などを実施。新年度予算案では今年度を上回る地方交付税の額を確保した。

一方、みずからの税収だけで財政運営ができる自治体は、地方交付税が交付されないことから「不交付団体」と呼ばれている。

こちらが今年度、不交付団体となっている76の自治体だ。
企業からの法人住民税や固定資産税の税収が多い、企業城下町や観光地が多くを占め、都道府県では東京が唯一、名を連ねている。

不交付団体では、豊かな税収を活用して独自の事業を展開したり、手厚い行政サービスを行ったりしている自治体も多く見られる。
一方、税収が減った場合は地方交付税による補てんがないため、その影響をもろに受けることになる。

すべての不交付団体に聞いてみた

積極的に住民サービスの向上に取り組んでいるところなどを中心に、コロナ禍の影響が出ているのではないか?

こうした仮説を立てて、いくつかの自治体をサンプル取材したところ、
「職員の給与カットに踏み切る」(神奈川県海老名市)
「3つの小中学校の建設事業が控えており、ほかの事業の支出はかなり圧縮せざるをえない」(茨城県つくば市)などの回答が得られた。

仮説が現実味を帯びていた。
しかもその影響は自治体ごとに異なることが予想された。
「これはすべての不交付団体に聞いてみるしかない!」

年が明けた1月下旬に結成した取材チームは、専門家などの助言を得てアンケート調査用紙を作り、すべての不交付団体に送付した。

今年度と新年度について、税収の見込額のほか、コロナによる事業や住民サービスへの影響などを聞いた。
その結果、76すべての自治体から回答を得た。

8割超が「減収見込み」

調査結果のうち、新年度の税収見込みでは、全体の8割を超える65の自治体が、今年度予算より「減収する見込み」と回答した。
最も減少幅が大きかったのは、山梨県山中湖村の14点2%。村内にある企業の業績悪化などが主な原因という。
山中湖村も含め、10%以上の大幅な減収を見込んでいる自治体は5つあった。

一方、11の自治体は、今年度より「増収する見込み」と回答した。
比較的人口規模が小さく、大規模な発電所が立地している自治体などだった。

次に、税収減への対応策について。
「減収見込み」と答えたほとんどの自治体が対応策にあげたのが、自治体の貯金にあたる「財政調整基金」の取り崩しだった。

最も取り崩し額が多かったのは東京都の460億円、市町村では愛知県豊田市の87億円だった。

不交付団体は、「財政調整基金」をしっかり積み立てているところが多いが、担当者からは、新年度の取り崩しの規模について、「リーマンショック以来」とか、「過去最高」との声が聞かれた。中には、残高の8割余りを取り崩すという自治体もあった。


また、取り崩しの結果、基金の残高が10億円を切ると答えた自治体は9つだった。

一方、地方交付税以外の国からの交付金を活用して、取り崩した基金を積み増すこともできる。
ただ、新年度に積み増しを予定していると回答した自治体は14にとどまった。

“開かずの踏切”が…

アンケート調査で最も重点を置いたのが「事業や住民サービスに影響が生じる可能性」についての質問だった。

これには27の自治体が「可能性がある」と回答した。
具体的には、公共事業やイベントの見直し・先送り、各種団体に対する補助金の減額などあげていた。

そのうちの1つ、神奈川県川崎市に足を運んだ。
川崎市は、武蔵小杉を中心に高層マンションの開発が進んだことなどから税収の増加が続き、5年前から政令指定都市では唯一の不交付団体となっている。

しかし、コロナ禍で市民税の大幅な減少が予測され、新年度の税収は今年度より180億円の減収見込み。アンケート調査には「交付団体に転じる可能性がある」と回答した。

こうした中、市は歳出削減のために大規模事業の見直しに着手。
今年1月、JR南武線の立体交差事業の都市計画の決定の見送りを決めた。

この事業の区間には、遮断機が長時間降りたままとなる、いわゆる「開かずの踏切」が5か所あり、ピーク時には1時間あたり40分以上遮断されるという。

その1つ、JR向河原駅近くの踏切では、無理に渡っていく人が後を絶たないという。
踏切で、朝の児童の登校の見守り活動を続けている女性は、「警報音が鳴っているのに、平気で踏切を渡っていく大人たちの姿を子どもたちが見慣れてしまっていて、悪影響を与えていないか心配している。時間がかかるかもしれないが、未来の子どもたちのために、高架化は是非進めてもらいたい」と話していた。
1日も早い事業の開始は、地元の切なる願いだ。

今後の扱いについて、市道路整備課の長谷川智担当課長は慎重に検討していく考えを示した。


「鉄道の立体交差化は長期にわたる事業で、いったん始めてしまえば途中でとめるわけにはいかず、その後も継続して費用がかかるため慎重な判断が必要だ。地域の期待も大きく私たちもぜひ進めていきたいが、財政状況も踏まえ、事業費の削減などを検討していきたい」

”ディズニーの街”でも…

成人式を市内の東京ディズニーランドで開くことで知られる千葉県浦安市。
ことしの成人式は緊急事態宣言で一旦延期となったが、心待ちにしてきた新成人の気持ちに応えようと、ディズニーシーを会場に2か月遅れで開催された。

市の財政は、東京ディズニーリゾートを中心とした観光業の税収で支えられている。市民の平均年齢が42歳と全国でも若い浦安市では、豊かな財政力を生かして、福祉が充実している北欧の制度も参考として、子育て支援策に力を入れてきた。

市内で公園を訪れていた親子連れからも満足する声が聞かれる。
「小学生になるまで医療費が無料で、子育て施設や児童館も充実しているので、すごく助かっています」
「公園が広くて、小児科もたくさんあり、子育てにはいい環境だと思います」

ところが、コロナ禍での休園、そして再開後も入場制限が続いたことで、基幹の観光業が大きな打撃を受け、今年度の市税収入は当初の見込みより1割以上落ち込んだ。新年度の税収は今年度の当初予算より7%落ち込むことが見込まれ、子育て支援策の見直しも余儀なくされている。

その1つが「子ども図書館」の建設計画だ。


子育て世帯のおよそ8割が図書館を利用しているとの調査結果から、親子でくつろげるスペースを広く確保した図書館の建設計画が進んでいた。
今年秋にも着工し、早ければ2年後にも開設したいとしていたが、計画は先送りとなった。新たな着工時期がいつになるかは決まっていない。

市財政課の泉澤昭一課長は、苦しい胸の内を明かした。


「成人式は、新成人にとって一生に一度の大切な行事なので開催したが、子ども図書館は、市民生活に直ちに影響を及ぼさないため事業が先送りとなった。この状況は当分の間続くと想定される。市民の生活を第一に考え、今やらなければいけない事業を洗い出して、緊急度や安全性も判断した上で必要な事業の予算を計上していきたい」

コロナ禍で“ダブルパンチ”

「ダブルパンチだ」
愛知県碧南市の禰冝田政信市長は、コロナの影響をこう嘆く。

自動車関連企業などが集積する愛知県は、「不交付団体」の数が17と全国でもっとも多い。その中で碧南市は、トヨタ自動車やグループ企業が集まる「西三河地方」に位置する。

ダブルパンチの1つは、企業の業績悪化による税収の減少。
もう1つは、感染拡大による市民病院の経営悪化だ。

新年度の税収は、今年度予算から5.3%の減少を見込む。
中でも顕著なのは企業などが支払う「法人市民税」で、減少幅は57.8%と、半分以下にまで落ち込む見通しだという。

そして、市の豊かな財政の象徴とも言える市民病院も大きな影響を及ぼしている。
「碧南市民病院」では、去年4月にクラスターが発生。その後は、大規模な感染は起きていないが、全国の多くの病院と同様、厳しい経営状況が続いている。

市は、歳出削減策の1つとして、中心部にある名鉄三河線の碧南駅前の再整備事業の見直しの検討を行っている。
朝や夕方を中心に起きる送迎の自家用車やバスなどによる混雑の解消に向けて、ロータリーの拡張工事を計画しているが、先送りや凍結もありえるとしている。

「財政状況の悪化が原因ならやむをえないが、時期が遅れてもなんとか実現してほしい」
再整備事業に期待を寄せてきた駅前の商店主は、力なく語った。

禰冝田市長は、「新型コロナの影響は少なくとも2年くらい続くと考えている。行政サービスの見直しを進めることで、ある程度時間はかかるが、通常の財政状況にソフトランディングできるのではないか」と見通しを語っている。

“過去の財政力で差をつけないで!”

また今回の取材で、不交付団体からの訴えが多かったのが、「地方創生臨時交付金」に対する注文だ。

この交付金は、コロナ対策に取り組む自治体を支援するために国が創設したもので、不交付団体でも受け取ることができる。
しかも、使いみちは自治体の自由度が高く、多くの自治体が、医療機関への支援や、営業時間の短縮に応じた飲食店への協力金などに活用している。
国はこれまでに総額で4兆5000億円を計上している。

ただ、交付額は自治体ごとに上限が定められ、算定基準には、人口や感染状況に加え、「財政力」が含まれているため、不交付団体は相対的に交付額が低く抑えられているという。

禰冝田市長は、憤懣やるかたない様子でこう語った。


「想定外の事態に直面し、財政力のある自治体ほど大きな影響を受けている。『地方創生臨時交付金』のような緊急時の対応まで、過去の財政力で差をつけられるのは大変迷惑だということを国にも理解してもらいたい」

“住民の意識改革も必要”

全国76の不交付団体のうち65の自治体が「新年度の税収が今年度より減る見込み」と答えた。そして27の自治体が「事業や住民サービスに影響が出る可能性がある」と回答した。

今回のアンケート調査の結果を専門家はどのように見たのか。

「不交付団体は、税収減がそのまま市民サービスに直結するので影響は大きいが、今回の調査結果では『減収見込み』という回答が多い割には『影響がない』という自治体が多いという印象だ。もともと財政調整基金の積み立てがたくさんあり、それがバッファーとなって、なんとかなっているのだろう」

こう語るのは一橋大学の佐藤主光教授だ。

佐藤教授は、非常時のいま、不交付団体が、コロナ対策に直接関わらない事業を見直すのは当然だとする一方で、国による自治体支援のあり方についても問題を提起する。

「地方交付税は、自治体間の財政力の格差を是正するための機能だが、コロナ禍で明らかになったのは、豊かだった自治体が急に税収が落ち込むことになった場合の保険的な機能の不足だ。『地方創生臨時交付金』をはじめ、総じて平時の地方財政の仕組みを、非常時にそのまま使おうとしたことには無理があったと思う」

長野県立大学の田村秀教授は、不交付団体の事業の見直しにあたっては、住民側の意識改革も必要だと指摘する。

「不交付団体の中は、交付団体に比べると行政改革が十分だとは言いがたいところもある。行政サービスが充実している不交付団体の住民には、これまで自治体の財政に関心を持たない人も多かったと思うが、事業の見直しは痛みを伴うものなので、自分事であることを認識し、議論に参加して欲しい」

“負の遺産”残さぬように…

アンケート調査では、新年度「交付団体」に転じる可能性があるか聞いたところ、9つの自治体が「ある」と答えた。
ただ、地方交付税の増額や地方創生臨時交付金により、コロナ禍でも当面は財政が一気に悪化する自治体はなさそうだ。

その一方、国はこうした交付金の財源を確保するために、多額の赤字国債の発行を続けており、実態は地方の借金を国が一手に引き受けているだけとも言える。
また、地方創生臨時交付金をめぐっては、公用車の購入やランドセルの配布など、コロナ対策との関連性が疑問視される活用例も指摘されている。

「非常時」であれば、借金やその使いみちが何でも許されるわけではない。
将来の世代に大きな“負の遺産”を残すことにならないよう、これからも自治体の現場を取材していきたい。

最後になったが、年度末の多忙な時期にご協力いただいた各自治体の担当者の皆さんには、改めて御礼を申し上げたい。

社会部記者
白川 巧
2002年入局。総務省担当。「特別取材チーム」リーダー兼事務局長。
政治部記者
柳生 寛吾
2012年入局。総務省担当。「接待問題」取材との両立に奔走。
横浜局記者
廣岡 千宇
2006年入局。川崎市政担当。“開かずの踏切”近くに住む川崎市民。
名古屋局記者
佐藤 裕太
2019年入局。愛知県政担当。まもなく記者「3年生」。