あの有力労組 与党に接近か?

「労働組合が与党の支持に回ったら…」
そんな動揺や危機感が、野党内に静かに広がっている。
労組と言えば野党支持で知られるが、ある有力労組が与党との連携を模索し始めたのだ。その労組とは、トヨタ自動車をはじめとするトヨタグループの労働組合。
内幕に迫った。
(金澤志江、宮川友理子、米津絵美、篠田彩、佐藤裕太)

その兆しは9月に

「組合には、立憲民主党に抵抗感を持つ人が増えている」
ことし9月、ある組合の幹部がつぶやいた。

野党第1党の立憲民主党が合流を経て、150人規模に膨らんだ直後だ。
労働組合としていっそう連携を強化し歩み始めようという時に、一体どういうことなのか。真意を測りかねた。

「このことだったのかもしれない」
そんな事態が起きたのは2か月後のこと。
トヨタグループの労働組合が与党との連携を模索し始めたことが明るみとなったのだ。

“トヨタ”労組の決断

正式名称は「全トヨタ労働組合連合会」(以下、全トヨタ労連)。
トヨタ自動車、デンソー、アイシン精機など、トヨタグループ各社の労働組合で作る組織だ。

組合員は35万7000人。
自動車業界で作る労働組合「自動車総連」全体の4割以上を占める。加盟する連合全体で見ても約5%を占める有力団体だ。
支援を受ける側から見れば、これほど頼りになる存在はないだろう。

「全ト」
本拠地・愛知の政界関係者は、しばしば「全トヨタ労連」をそう呼ぶ。

「『全ト』はどう対応するんだ?」
愛知県内で選挙取材をしていると、与野党双方の関係者から、こう話題にのぼる。
圧倒的な組織力と活動量で国政選挙に影響を与えてきた。古くは旧民社党。その後、旧民主党や旧民進党を支援し、かつて「民主王国・愛知」と言われた構図を築き上げた。

その「全トヨタ労連」による与党との連携模索の情報が広がったのは11月17日のことだ。
「真に自動車産業に理解を示してくれる仲間づくりが必要だ」
これまで連携してきた野党側に加え、自民・公明両党も加えた政策協議の場を設ける検討に乗り出したというのだ。

 

この理由について「全トヨタ労連」の関係者は「現状のままでは、業界の変化の速度に政策実現が追いつかず、党派を超えた活動が必要だ」と説明。

一方で「選挙と直接結びつく動きではない」という点も強調した。

「政策協議で協力を求めるが、選挙は協力しない?」
長年の選挙取材の実感からは額面通りには受け止められない。
関係者にあたっていくこととなった。

連合は「平静」?

まずはなんと言っても本体の「連合」。
全国約700万人の労働組合員が加盟する労働団体だ。
そのトップ、神津会長に聞かなければならない。

「全トヨタ労連」の動きが明らかになった2日後に記者会見した神津。記者団からの質問に淡々とした表情でこう応じた。

「加盟する組合ごとに、どういった取り組みをしていくのかは様々。自民党との関係も様々だ。違和感はなく大騒ぎする話じゃない。連合全体として立憲民主党などを支援する選挙方針に影響は全くない」

立憲民主党はどうなのか。福山幹事長にも聞いてみた。

「世界中で開発競争やEVをめぐる戦いがこれだけ繰り広げられている中で、政策の実現に向けて与野党を超えて1人でも多く理解者を増やしていくことについては一定の理解をしている。これまでも産業別の労働組合が一定の範囲で、政府や与党に要請活動をしてきたことも当然あるわけだから」

とはいえ、政策協議で協力を求める先には選挙協力があるのではないか、と問うと。
「選挙に収斂(しゅうれん)していくと非常に議論が狭くなるし、本質を見誤る。『連合』や『自動車総連』との信頼関係は揺らぐものではないし、選挙に関して何らかの大きな方針転換があるとは考えていない」

「“トヨタ”が腹をくくった」

連合のトップや立憲民主党の執行部は、あくまで冷静な姿勢だ。
さらに取材を進めると「選挙への影響まで及ばない、とるに足らない話だ」という見方がある一方、実態は異なるのではないかという声も聞こえてきた。

「全トヨタ労連」が加盟する「自動車総連」の関係者は、今回の連携の意味をこう解説した。

「確かに労働組合が与党に政策要望することは以前からあったが、今回はそうしたものとは全く違う。これまでの組合と政治の向き合い方に疑問を呈した、もっと大きな1歩であり、“トヨタ”が腹をくくったということだ」

そしてさらに踏み込んで続けた。
「連合は『2大政党制』を大きな運動方針に掲げ、野党を応援してきたが、いまどういう状況か。国際社会も産業界も激変期に入り、政治も迅速な答えが求められているのに、国会審議を見ていてもスキャンダルの追及ばかり。とりわけ野党第1党の立憲民主党への落胆は大きい」

別の「自動車総連」の関係者も、業界が求める政策を実現するには与党にも頼らざるを得ない実情を指摘したうえで、こう話した。
「『政策実現に協力してくれ』とお願いしたら、与党側からも何かしら求められるのは当たり前だろう。それがディール(=取引)なんだから」

選挙協力に発展する可能性を否定しないどころか、容認するような発言に驚かされる。

愛知の議員たち「そりゃ影響大きい」

「全トヨタ労連」の動きは、選挙と関係ないとは言い切れない実情。直接、影響が及ぶであろう議員たちにも戸惑いが広がる。

立憲民主党所属の国会議員、重徳和彦。
選挙区の愛知12区は、トヨタ自動車やグループ各社の本社がある西三河地方にある。
重徳の選挙区内にも、トヨタの関連会社や部品工場が多く集まり、“トヨタ”の動きが、自身の選挙に直結することになる。

「組合から運動員が選挙区に入ってくれて組織的な活動を展開できるわけだから、結果として票になっている。『今度は立憲民主党は応援しないので、1人も運動員出しません』ということになったら、そりゃ影響は大きい」

そして重徳は、党運営への不満を吐露した。
「自動車業界は非常に大きな危機感を持っているのに、野党の幹部は相変わらず『桜を見る会』とか『学術会議の任命問題』とか、それを中心に国会対策を構成してしまう。これはマスコミも悪いんですよ。そういうことに明け暮れている印象をさらに増幅させてしまう。こういうことばっかりじゃないんですけど、野党がそういう印象を自ら作り出してしまっていることに非常に歯がゆく感じる『全ト』の皆さん、一般国民の皆さんの思いは肌で感じますよね」

地方議員たちは、どう受け止めているのか。

当初は地方議員たちにも衝撃を与えたというが、
「政策協議を検討しているだけで、選挙の対応が変わるわけではない」
との組合側の説明に、それも沈静化しつつある。

その一方で、戸惑いの声もある。
「1度こういう形で出ると、これまでの『呪縛』が解けてしまう」
自動車とは別の労働組合出身の愛知県議の話だ。
「全トヨタ労連」が与党との政策協議を始めれば、野党に投票してきた組合員に、与党への投票を容認するメッセージになりかねないと懸念する。

「『お前たちいいかげんにしろ。どれだけ振り回すんだ』という怒りのメッセージだ」
こう受け止める地方議員も多い。たびたび離合集散を繰り返し、野党勢力の足並みも揃えられない。立憲民主党をはじめとした野党側へのメッセージというわけだ。

ほかの組合への波及はあるか

「全トヨタ労連」の決断で広がる危機感や動揺。
こうした動きは「全トヨタ労連」だけにとどまらず、別の自動車メーカーの組合や、電力や電機、それに流通といった、ほかの産業の労働組合にも波及する可能性もあるという見方さえ出ている。

トヨタグループの組合関係者の1人は、こう語った。
「いまは組合活動も『経営陣はおかしい』と、シュプレヒコールをあげる時代ではない。少なくとも民間企業の労働組合はそうだ。現に自動車業界とは別業種の民間の労働組合関係者から『今回の流れに同調することもあるかもしれない』という話を聞いたぞ」

もしそれが本当ならば、連合のあり方にも影響が及ぶかもしれない。

「共産党」「原発ゼロ」への抵抗感

不満の背景には、別の事情も垣間見える。
「立憲民主党は共産党とくっつきすぎだ」
今回、関係者への取材で何度も聞いた言葉だ。

連合は大きく2つの勢力で構成される。官公労の労働組合を中心とした「旧総評系」と「自動車総連」のような民間の労働組合を中心とした「旧同盟系」だ。連合全体としても、政策や理念の隔たりから共産党とは距離を置いてきたが、民間企業の労働組合はとりわけ抵抗感が強いとされてきた。

立憲民主党が枝野代表のもとで、次の衆議院選挙に向けて共産党と連携を深めようとしていることへの反発が強まっているのだ。

「原発ゼロ政策」を立憲民主党が掲げていることへの批判もくすぶり続けている。
自動車や電力などの組合幹部は、政策転換が必要だと指摘する。
「『原発ゼロ』というのは産業への影響が大きすぎる。野党第1党が経済や雇用の実態を踏まえた現実的なエネルギー政策に転換しないのであれば、これ以上はついていけない」

国民民主党は「野党への警笛」

組合の支援を受けるもう1つの政党。国民民主党はどう見ているのか。
国民民主党には民間の労働組合出身の、いわゆる「組織内議員」も所属し、立憲民主党よりは関係が深いとはいえ、安どはない。

榛葉幹事長は、危機感を隠さなかった。
「ただ政府の揚げ足を取って反対だけしているような野党では、雇用を守り、政策を実現することはとてもできないと感じるのは当然だと思うんですよね。『いまの野党ではアテにならん』と、直接はそう言ってないけど、そう受け取るべきだと思いますし大変ありがたい警笛だと思っています」

そして、こう続けた。
「トヨタは自動車産業の中核中の中核で、いろいろな産業の組合の代弁者でもある。まずは与党議員にも政策への考えを話すということなのだろうが、究極的には『選挙応援』まで発展するかもしれない。いまはわれわれの『支援団体』だが、これからどうなっていくのか。それはわからない」

立憲民主党と歩調をあわせてきた国民民主党だが、お互い新党となってからは国会対応で足並みが揃わない場面が増えてきた。

今後の与党との距離感について、次のように語った。
「誤解を恐れずに言うと、イニシアティブを持っている与党にわれわれの提案をどう飲んでもらうか。それはある意味、連携だよね。当然、選挙では対峙(たいじ)するんだけど、われわれには与党に見えない政策がいっぱいあって期待する国民がいるから。その実現を考えると、やっぱり連携していかないと」

野党の今後は

今回の取材で聞いた声を、立憲民主党の福山幹事長にぶつけてみた。

自動車総連の関係者からは与党への政策要望がこれまでとは違うという声があり、全トヨタ労連の関係者も与党との選挙協力の話がつきまとうと言うが。
「何らかの大きな方針転換は選挙にあるとは考えていない。自動車産業の国際競争に対して、安倍政権、菅政権が有効な政策を打ってきたのかというと甚だ疑問だが、自民党にも理解者を増やしたいという気持ちは一定の理解をしているので、われわれがあまり目くじらをたてるものではない」

共産党との距離が近すぎるという声もあるが。
「長い労働運動の歴史の中で、共産党系の労働組合と闘っていた経緯もあるので気持ちは理解している。そのことと国会を含めてどのような形で野党が共闘できるかというのはまた別の話で、われわれとしては一定の理解が得られると思っている」

野党第1党が政策実現の受け皿になっていないという指摘も出ているが。
「今回、立憲民主党は150人を超える規模となり、政策に対する影響力は格段に変化する。日本全体の雇用と産業を守る観点から組合とは連携してきたし、自動車業界も含め、具体的にどういう要望があるのかは十分わかっている。どう国際競争に向かっていくのかも真摯に話し合いながら実現を図っていく。いまは野党だが努力していきたい」

旧民主党が政権から転落してから約8年。野党が劣勢な状況は変わっていない。
有力労組が下した今回の決断は、この激動の時代に、政策や利益が実現しにくい状況が続くことへの焦りの表れにも見える。

一方で福山が指摘するように、立憲民主党の衆議院の議席数は10年ほど前の政権交代前夜に匹敵する勢力となり、政策実現への影響力が増すことへの期待の声があるのも事実だ。

今後1年足らずの間、いずれかの時期に迎える衆議院選挙。
立憲民主党が政権奪取を目指す上で、支援勢力からの幅広い求めにどう応えていくのか。
野党第1党としての力量が問われてくると言えそうだ。
(文中敬称略)

政治部記者
金澤 志江
2011年入局。山形局、仙台局を経て政治部へ。文部科学省など経て、野党クラブで立憲民主党などを担当。
政治部記者
宮川 友理子
2012年入局。宮崎局、名古屋局を経て政治部。現在、野党クラブで立憲民主党などを担当。
政治部記者
米津 絵美
2013年入局。長野局から政治部。現在、野党クラブで国民民主党などを担当。
名古屋局記者
篠田 彩
2014年入局。福井局を経て名古屋局。現在、経済担当としてトヨタ自動車も取材。
名古屋局記者
佐藤 裕太
2019年入局。警察担当を経て、20年9月から愛知県政の取材を担当。