光か生活か、それが問題だ

いま京都の街を歩くと目に付くもの、ホテル、ホテル、そして、またホテル。
新設が相次いでいるのだ。
背景には外国人による「観光ブーム」とも言える状況が。市民生活への悪影響は「オーバーツーリズム」、「観光公害」とも呼ばれる。
生活と観光をどう共生させるのか。京都市の市長選挙では、観光のあり方が争点の1つになった。
(小山志央理、桜田拓弥)

“インスタ映え”の果てに…

京町家が建ち並ぶ趣ある町並みを訪れる、大勢の外国人観光客。美しい着物で着飾った舞妓さんを見つけると、一目見ようという人だかりができる。

ところがマナー違反の迷惑行為も。舞妓さんを追いかけ回して写真を撮る人、着物を引っ張る人、勝手に敷地内に入る人。食べ物で汚れた手を店先ののれんで拭く人もいるという。
見かねた地元の協議会は、迷惑行為を禁止する高札を立てた。

協議会の太田磯一幹事は「観光客の気持ちに訴えかけてきたが我慢の限界だ。祇園は観光の街ではないと理解してもらいたい」と語気を強めた。

伏見区にある伏見稲荷大社。千本鳥居が「インスタ映え」すると世界各地で評判を呼び、いまや外国人観光客が押し寄せる一大観光地に。訪れる外国人観光客はこの5年で実に8倍になった。

ここでも増えすぎた観光客の行為が問題になっている。
伏見稲荷大社の周辺の住宅地では、ごみのポイ捨てが後を絶たないのだ。空き缶やプラスチックの容器が高く積み上がることもあった。地元の人たちが毎日ごみを片づけてもまた捨てられ、いたちごっこになっている。

住民の男性は「気をつけて掃除をしているが、1つごみが置かれると、そこにごみが増えていく」とため息交じりに語った。

気づけば1万6000室、増えてた!

京都市を1年間に訪れる人は6年連続で5000万人を超える。とりわけ外国人宿泊客はこの5年で4倍に急増した。

政府のインバウンド・観光振興策に乗って、外国人観光客の増加をねらった市長の門川大作。しかし、1つの懸念があった。宿泊施設が足りなくなるのではないか――

大挙して訪れる外国人のために十分な宿泊施設を整備できなければ、せっかく京都に来てくれた人をもてなすことができず、世界的な観光都市としての魅力が低下する ー 危機感を抱いた門川は、対策に乗り出す。目指したのは「質の高い宿泊施設」の誘致だ。

2015年には、世界遺産の二条城の目の前にホテルを建設するよう、土地を所有する不動産会社にかけあう異例の動きを見せた。

さらに、2017年5月には、宿泊施設の立地が制限される住宅地などで、一定の要件を満たした富裕層向けの高級ホテルなどに限っては延べ床面積といった規制を緩和。こうした誘致への積極姿勢は、宿泊施設新設の動きを活発化させることにつながった。

その結果、2014年に3万弱だった市内の宿泊施設の客室数は、2018年には4万6000を超えた。

宿泊施設の急増は、市の想定を超えたものとなった。こうした状況に市民から不満が聞かれるようになる。数少ない土地はホテルの用地として取り引きされることが多くなり、オフィス不足が顕在化。京都市のオフィスの空室率は、10年前には12%ほどだったのが、直近では1%台まで減った。また、分譲マンションの供給も3年で3分の1近くに減った。

「門川市政が観光に力を入れすぎたため、中心部の地価が上がり、『働く場所』と『住む場所』が奪われた」

市長選挙に立候補した、弁護士の福山和人と元市議会議員の村山祥栄は、これまでの観光行政が「街をホテルばかりにした」とそろって批判する。

「住民の総意を無視したホテル誘致は問題だ。ホテルや民泊などの宿泊施設には総量規制が必要だ」(福山)

「ホテルの立地規制が必要だ。地価を一定程度下げて、住居とオフィスを確保する」(村山)

一方、門川は立候補表明後の記者会見で、それまでの積極姿勢を一転、ホテルなどの建設の抑制に言及した。

「市民生活との調和を重視しない宿泊施設についてはお断りしたい」(門川)

宿泊施設の進出をコントロールする方向に舵を切ったのだ。

そして選挙の告示まで2週間を切った1月6日、門川はさらに踏み込んだ方針を示す。市内で今後新築されるホテルや旅館などのすべての客室に、原則バリアフリー化を義務づけることを明らかにしたのだ。

規模にかかわらずバリアフリー化を義務づけるのは、全国初の取り組み。量より質の宿泊施設の整備を進める考えを強調するねらいだ。

選挙戦でも、門川は「市民生活を最重要視し、市民の豊かさにつなげる持続可能な観光に全力投球していく」と強調した。

“バスに乗れない”

ただ、市民生活に及ぼす観光の影響は宿泊施設の増加だけではない。

市民が最も困惑しているとされるのが、公共交通機関の混雑だ。

京都市では、市営地下鉄の2つの路線(烏丸線、東西線)や84系統ある市バスが、重要な「市民の足」になっている。

一方で、金閣寺や清水寺など、人気の観光地に行くのに利用されるのも市バス。このため、観光地を発着する市バスは地元の人と観光客で慢性的に混み合っている。

観光シーズンになれば乗り降りするのも一苦労。

NHKは、今回の市長選挙に合わせて、道行く人に日常生活で困っていることをインタビューしてみたが、多くの人が市バスの混雑を挙げた。

「観光客がスーツケースを持って乗車するとそれで混雑する。時間や季節を分散させて来てもらえるとありがたい」(20代学生)

「バスに入りきらないくらい人が並んでいる。ハイシーズンはバスから出るのにすごく時間がかかる」(60代会社員)

ただ、門川市政も手をこまねていたわけではない。
混雑の解消に向け、スーツケース置き場を設けた車両を導入したり、大型連休などの観光シーズンに観光客の利用の多い路線の一部の乗り場を別に設けることにしている。

しかし、福山と村山は、市バスの混雑には抜本的な対策が必要で、市の取り組みは中途半端で手ぬるいと厳しく批判した。
「市バスの生活路線と観光路線を分離する」(福山、村山)
「途中で市バスから輸送力の高い地下鉄に乗り換えてもらえるよう、バスと地下鉄の乗り継ぎを無料にする」(村山)

観光も生活も、どちらも大事だ

果たして、観光は迷惑な代物なのか。選挙戦真っただ中のある日、街頭演説をしていた村山に通りすがりの男性が声をかけた。

「観光は、京都の牽引役、経済の牽引役だ。外国人、インバウンドのほうがお金を落としてくれる」

村山は観光そのものを否定しているわけではないと理解を求めた。
「インバウンドはこれからも来るんですよ。それはいいんですが、今は市民の不満がだんだん高まってきているので、それを整理しないといけない」(村山)

暮らしか、観光か、どちらも切り捨てることはできない。観光との調和をどのように図り、市民生活を守っていくのか。京都の観光政策は、新しい局面を迎えている。

選挙の結果、自民、公明の両党に加え、立憲民主、国民民主、社民の各党の支援を受け、与野党相乗りの手堅い選挙戦を展開した現職の門川が4回目の当選を果たした。

“観光と暮らしの両立”有権者は

門川の勝因を、NHKが投票日当日に行った出口調査で探ってみる。

【NHK出口調査】
京都市内24投票所で実施
対象:2780人 回答:2005人(72.1%)

調査では、新市長に最も期待する政策を尋ねた。

有権者は、「観光と暮らしの両立」よりも、「地域経済活性化」などをより重視して投票していたことがうかがえる。
そして、「地域経済活性化」を選んだ人で門川に投票したと答えたのは50%を超え、福山と村山を引き離した。経済面での期待を門川が集めたのが、勝因の1つと言える。

一方、「観光と暮らしの両立」を重視した人が、誰を支持していたのかを見てみると、門川と福山がそれぞれ30%台半ば、村山がおよそ30%と3人に割れた。つまり福山や村山の主張も、支持を集めたとも言える。

これを門川はどう受け止めるのか。当選確実後のインタビューで次のように述べた。
「京都は観光のためにできた街ではない。したがって何よりも市民生活が大事だ。観光の経済的な効果を多くの市民の豊かさにつないでいく、調和をしっかりと図っていく」(門川)

山積する観光の課題

今回の取材で、気になる数字を見つけた。

京都市を訪れる外国人観光客が急増する一方で、日本人観光客は減少傾向にあるという。

京都を観光で訪れた日本人を対象に市が行った調査では、大半の人が満足したと答えた一方で、「残念なことがあったか」という質問には「混雑していて落ち着かなかった」、「観光客のマナーが悪い」などという不満も挙がったという。外国人観光客であふれ返る京都を敬遠する動きが出ないよう、何らかの手だてが必要だ。

一方で、京都市は、観光の弊害に手を焼く地域だけではない。訪れる観光客が少なく、逆に「もっと観光の恩恵を受けたい」と、さらなる観光振興を望む地域もあり、問題は単純ではない。

選挙戦で門川が強調した「市民の豊かさにつなげる持続可能な観光」に向けて、次の4年間で具体的にどのような政策が生み出されるのか。注目したい。
(文中敬称略)

京都局記者
小山 志央理
2017年入局。京都局が初任地。警察担当を経て京都市政を担当。ことしの目標は「お茶屋」体験。
選挙プロジェクト記者
桜田 拓弥
2012年入局 佐賀局、福島局を経て 19年から選挙プロジェクト 2年に1度は京都旅行 お気に入りは「瑠璃光院」