ギャンブル大国、日本
“IR”の光と影

海外でカジノに行ったことのある人も少なくないと思います。筆者も、社会人3年目の夏、友人と韓国を旅行した際に、「大人になったし、カジノに行ってみよう!」と足を運んだことがあります。しかし、そこは場末のゲームセンターのような雰囲気で、おじけづいた私は、ほとんど何もせずに帰ってきてしまいました。
今、このカジノを含む統合型のリゾート施設・IRを整備するための法案の提出に向けた議論が進められています。“IR”とは一体全体、何なのか?そして大きな議論となっているギャンブル依存症の実態について調べると、議論すべき課題はほかにあるのではないかと思えてきました。IRの光と影、日本が抱える課題を報告します。
(政治部官邸クラブ 安田早織 記者)

IRって何?

“IR”、Integrated Resort(統合されたリゾート)の略で、カジノに加え、国際会議場やショッピングモール、レストラン、劇場などを一体的に整備した大規模リゾート施設のことです。

世界各国で整備が進んでいて、大規模なものでは、実に東京ドームの10個分の広さに達するものもあります。IRに併設されるカジノの多くは、施設全体の数%から10%に満たない面積にすぎませんが、その収益が施設の運営費の大部分を賄うと言われ、政府は、カジノの収益でほかの施設の採算性を担保できるとしています。

諸外国の財政施策などを調査する調査機関「自治体国際化協会」によりますと、IRが誕生したのはアメリカ・ネバダ州のラスベガスで、1966年、カジノに加えて豪華な宿泊施設やショーホールなどを併設した施設が誕生し、大きな収益を上げたことから世界各地に広がっていったということです。

世界のIR

IRとは何かを知るため、「まずは海外のIRを現地取材したい!」と思いました。しかし、日々安倍総理大臣の動静を追いかける「総理番」の私に、そのような余裕はなく、許可も下りませんでした。そこでネットを駆使して諸外国のIRを調べてみました。

ラスベガス

ラスベガス一帯には20以上のIRが点在していて、その中でも世界最大級の敷地面積を誇るのが「マンダレイベイ」。敷地面積はおよそ50万平方メートル。このうち展示場だけで19万平方メートルあり、東京ドームのおよそ4倍の広さです。

運営する「MGMリゾート」は、ラスベガスの9か所のほか、デトロイトやアトランタなど、アメリカ国内で14のIRを運営していて、昨年の売上高は合わせて年間83億2240万ドル。日本円に換算して8800億円余りに上っています。

シンガポール

次に、シンガポールの「マリーナ・ベイ・サンズ」。3つ並んだ57階建てホテルの屋上に、長さ300メートル、ジャンボジェット機4機が入る船のような形の広場が設置されている、極めてユニークな外観の施設です。8年前の2010年に開業し、年間4500万人が訪れるということです。
運営事業者によると去年1年間の売り上げは、31億5400万ドル。日本円に換算して3300億円余りです。

ヨーロッパ各地にもIRは整備されていて、フランス北西部のブルターニュ地方にある郊外型のIRは、上の2例とは趣が異なり、大規模で国際展示場も備えるタイプではなく、温泉や自然と海水を活用したスパで体を癒やしながらカジノも楽しめる施設だということです。

旧ポルトガル領で中国の南部にあるマカオにも30以上のIRが集積していて、マカオ政府の発表によると、去年のマカオのカジノ全体の売り上げはおよそ2650億パタカ。日本円に換算して、およそ3兆5000億円に上ったということです。

何で日本にカジノ?

日本では、カジノは法律で認められておらず、導入に向けた議論は長く行われていませんでしたが、今、本格的な議論が進められています。それはなぜでしょうか。

現在、IRの整備に向けた自民党のプロジェクトチームで座長を務める岩屋毅衆議院議員に話を聞きました。
「日本では、小泉政権のころから『カジノを作りたい』という声が地方自治体から出ていた。しかし、ギャンブルを禁止している刑法に風穴を開けるのはハードルが高く、政府は門前払いをしていた」

岩屋さんによりますと、2000年代の初めごろ、全国のおよそ20の自治体や団体から、小泉政権が打ち出していた構造改革特区の制度を使ってカジノを作りたいという声が上がっていたということです。ただ政府の腰は重く、まずは自民党内で、「どのような制度設計なら可能なのか考えよう」と意見が出て、党内の勉強会が立ち上がったと言います。

そうした中、それまでカジノを禁止していたシンガポールで、国の財政難の打開策としてIRの整備を認められたことをきっかけに、2010年、当時の民主党政権時代に、与野党の有志の国会議員で構成する議員連盟が設立されたということです。
岩屋さんは、「当時はまだ観光が国の中心的政策ではなかった。その後自民党が政権を奪還し、安倍政権になって、成長戦略に『観光立国』が盛り込まれて以降、IRの実現をめぐる議論が加速化した」と説明しました。

その後、カジノを含むIRの整備をめぐっては、“推進する”法案が国会に提出されるも廃案になるなどの経過を経て、2015年に自民党、当時の維新の党、それに次世代の党が共同で再提出。翌2016年12月、臨時国会の会期末を間近に控える中、自民党や日本維新の会などの賛成多数で成立。

成立した法律では、政府に対して1年以内をめどに、カジノ事業者に対する規制やギャンブル依存症対策など、IRを整備するための具体的な措置を盛り込んだ法整備を行うよう規定していて、これを受けて現在、政府与党内の議論が進められています。

IRの光と影

IRを導入するメリットとデメリットはどういった点にあるのでしょうか。

まずメリットとして挙げられるのは、主に経済波及効果と地方の振興です。大和総研は、北海道、横浜、大阪の3か所にIRが整備された場合、その経済波及効果は施設建設でおよそ5.1兆円、運営で年間およそ2兆円に上ると試算しています。

与党内では、IRを都市部だけではなく地方都市にも整備し、地域の特性を生かした施設を作ることで地方創生につながるとの意見が出ていて、実際に国内では北海道、和歌山、それに長崎などがIRの誘致に乗り出しています。

メリットに注目して、ラスベガスに本社を置くホテルチェーンのシーザーズエンターテインメントは、すでに日本でのビジネスモデルを具体的に構想しています。写真は、シーザーズエンターテインメントが日本にIRを都市部と地方都市に作った場合のイメージを描いた図です。

都市部の場合は東京・お台場に作り、家族でも楽しめる施設にすることを描いています。

地方都市の場合は北海道・苫小牧市に整備することをイメージし、広大の自然を生かした施設を描いています。

シーザーズのマーク・フリッソーラ最高経営責任者は取材に対して、「日本はエンターテインメントやホスピタリティなどの分野において世界有数の旅行先になるすばらしい可能性を秘めていて、日本でのIR開発はこれまでにないすばらしい事業機会だ。日本には、すでにさまざまなエンターテインメントがあるがIRはそれを補完、強化するものになる」と述べました。

デメリットとしては、カジノの設置で暴力団など反社会的勢力との結びつきが生まれるのではないか、ギャンブル依存症患者が増加してしまうのではないかといった懸念があります。カジノではばく大な掛け金が動くだけに、収益が反社会的勢力の資金源になったり、犯罪で得た資金を合法的なものに見せかけるマネーロンダリングに利用されたりするおそれがつきまといます。

ギャンブル依存症をめぐっては、2011年、大王製紙の井川意高・元会長がグループ企業から巨額の資金を引き出し、海外のカジノで使ったとして特別背任の罪に問われ、懲役4年の実刑判決を受けた事件で世間を騒がせました。
井川元会長は懺悔(ざんげ)録として出版した著書「熔ける」の中で、借金が4億円を超えてもカジノをやめられず、奇跡的に勝ちが出るとさらに続けてしまい、結局また借金をする。「地上と天空を乱高下しているような高揚感に身を浸していた」と記述しています。

IRをめぐる賛否

整備推進法の成立を受け、政府は、今の国会への法案の提出を目指し、先月、自民・公明両党に対し、法案の取りまとめに向けた案を示しました。

この中では、入場料を2000円とし、入場回数の上限を1週間で3回、4週間で10回などとしています。またIRに占めるカジノの面積について、上限を1万5000平方メートルにするとともに、施設全体の面積の3%を超えないようにするとしています。全国で整備するIRの数については、“政治判断”だとして、政府としての考え方は示されていません。
これについて、自民党内からは、「来場者を増やすためにも入場料が不要ではないか」という意見のほか、地方創生に向けて整備するIRの数を増やすよう求める意見が出ています。

一方、公明党からは、ギャンブル依存症などへの懸念から、入場料をさらに高くするよう求める意見のほか、IRに占めるカジノの面積をさらに小さくするようにすべきだといった指摘も出ていて、与党内でもIRへのスタンスの違いが明確になっています。

このため自民・公明両党は、先週、作業チームを設置して、規制のあり方をめぐる協議を始めました。これに対して、立憲民主党や共産党などは、「依存症の増加や治安の悪化が懸念され、IRの整備は百害あって一理なし」などと批判しています。

岩屋さんは、「シンガポールでは、カジノを認める際にギャンブル依存症の対策も同時に強化して依存症患者を減らしたという実績もある。IRの法案自体にギャンブル依存症対策にあたる政策も盛り込むことになっており、十分議論しながら成立を目指したい」と話していました。

ギャンブル大国、日本!

「日本はすでにギャンブル大国だ」という指摘があります。日本には、自治体などが運営する競馬や競輪、競艇、それにオートレースといった公営ギャンブル場があり、収益は自治体の予算にも組み込まれています。

しかし、理由は公営ギャンブルではありません。おわかりの方も多いかとは思いますが、その理由はパチンコ、パチスロです。パチンコ、パチスロは、風俗営業適正化法で“遊技”と位置づけられ、刑法の賭博罪の対象からも除外されています。

一方、世界各国のギャンブル用の電子ゲーム機の台数などを調査している、オーストラリアのゲーム機械協会は、アメリカなどの「スロットマシン」、イギリスの「フルーツ・マシン」、オーストラリアの「ポキー・マシン」などと並んで、日本のパチンコやパチスロもギャンブル用の電子ゲーム機と位置づけています。

この協会の最新の調査結果(2016年)では、日本には、ギャンブル用の電子ゲーム機はおよそ460万台あるとされています。次いで多いのはアメリカでおよそ87万台、3位がイタリアでおよそ46万台。日本は2位のアメリカの5倍余りで群を抜いていて、調査開始の2002年以来、トップの座を占めています。

日本のギャンブル依存症は?

日本のギャンブル依存症の状況も楽観視できません。厚生労働省が、平成29年度に全国の男女1万人を対象に行った調査では、日本でこれまでにギャンブル依存症が疑われる状態になったことがある人は、成人の3.6%にあたるおよそ320万人いると推定されています。

同じ指標で行われた海外の調査と比べると、もっとも高かったのがオランダで1.9%、次がフランスの1.2%でした。
調査によって数値も大きく変わることもあるということで、このデータで、日本には依存症患者がほかの国と比べて多いとは言い切れませんが、ほかの国と同様に依存症に苦しむ患者が日本にも多数いるのは間違いありません。

競艇で依存症となり、祖父と父もパチンコで依存症となった田中紀子さんに話を聞きました。田中さんは、NPO法人「ギャンブル依存症を考える会」の代表を務めています。
「パチンコなどがこれほど街にあふれている国はほかにない。なのに依存症についての理解は低く、対策も置き去りになってきたのが日本の現状だ」

田中さんは、依存症患者の数が海外に比べて日本は多いとみられることについて、「海外では、カジノを運営する事業者の売り上げの何割かを依存症対策に充てることが義務づけられていて、事業者と行政が連携した対策が進んでいる。日本は、『依存症は自己責任だ』と言われる傾向があった。私たち当事者は、対策が必要だという声すら上げられなかった」と述べました。
そして、カジノの整備の議論の前に、当事者やその家族の声も取り入れながら、パチンコや公営ギャンブルも含めた総合的な依存症対策を議論してもらいたいと訴えていました。

ギャンブル対策の必要性

政府は、自民・公明両党の意見も踏まえて、今後、IRを整備するための法案を策定し、今の国会に提出することを目指しています。ただIRをめぐっては、自民・公明両党の間でも温度差があるほか、野党には根強い反対論があり、法案が今の国会で成立するかどうかは今の段階では見通せません。

一方、IRを整備するかどうかにかかわらず、日本にもギャンブル依存症に苦しむ患者が多数います。また国内には、国際的にはギャンブル用の電子ゲーム機と認識されている、パチンコやパチスロが、世界的にも例を見ないほど数多くあります。
IRの整備に向けた議論をきっかけに、ギャンブル依存症対策の重要性も認識され、与野党双方が依存症対策の法案を国会に提出しています。

IRの整備をめぐっては、国会で与野党の激しい論戦が行われることが予想されますが、依存症対策の重要性は与野党双方で共有されています。世界屈指とも指摘される、ギャンブル大国、日本。実情を踏まえた抜本的な対策が求められているように思います。

政治部記者
安田 早織
平成23年入局。富山局、名古屋局を経て政治部へ。現在、総理番。休日の楽しみはホットヨガで汗をかくこと。