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長崎・橘湾岸スーパーマラニック173km完踏!20万歩の記録

  • 2023年06月03日

去年につづき橘湾岸スーパーマラニック173km(L部門)に挑戦しました。去年は77km地点でリタイアでしたが、今年はついに完踏!記録は24時間1分くらい。 これまでの人生で最長距離、最長時間の運動で歩数計は20万歩!とあり得ない数字を叩き出しました。

NHK長崎放送局アナウンサー 池田耕一郎

長崎から雲仙・小浜173kmのコース

マラニックとはマラソンとピクニックを合わせた造語でゆっくり楽しみながらゴールを目指すものです。橘湾岸スーパーマラニックの春の大会には4つの部門がありますが、私が参加したのはL部門173kmです。ゆっくり進むとは言え、フルマラソンを4回分の距離です…。

そのL部門のコースがこちら。

公式HPより

長崎市の稲佐山などを巡った後に南下。野母崎・樺島を回り、長崎半島を北上して、ぐるっと橘湾岸沿いに移動します。そして、島原半島の雲仙・小浜でフィニッシュです。

5月3日15時45分 出島をスタート

2023年5月3日(水)15時45分、長崎市の出島表門橋を出発しました。今年のL部門には全国各地から115人の選手が出場。それぞれの参加者の走力に応じて朝5時から順次スタートするのですが、最も遅いレイトスタート組(7人)にエントリーしました。 まずは長崎市のシンボル標高333mの稲佐山へ登ります。ただし、これは序章に過ぎません。この先、累積標高は3000mを超えるのですから...。

 

夜中の長崎半島を走る

夕方スタートなので直に日が暮れていきます。暗くなってからはヘッドライトを点けて走ります。こちらは45km地点の女神大橋。時刻は9時をまわり、すっかり真っ暗です。

長崎市内の夜景を見ながら、一瞬だけ家に帰りたくなります。温かいお風呂に入って暖かい布団で眠りたい。ただ、家のカギは預けた荷物の中。後ろ髪をひかれながら先に進むことにします。

夜11時すぎ。65km地点にある長崎市野母崎の恐竜体育館のエイドステーションに到着。橘湾岸スーパーマラニックでは10km~20kmおきにあるエイドで食事を楽しめるのが魅力です。これまでに「けんちん汁」「五島うどん」を頂き、こちらのエイドステーションではケバブと長崎特産のびわをいただきました。

さて、このエイドステーションでは嬉しいことがありました。それはボランティアの永野広幸さん・奈美さん夫妻との出会ったことです。去年秋の大会で取材させていただき、夫婦でなんと320kmの部門を踏破されています(記事はこちら)。今回は選手を支える側に回りたいと1泊2日のボランティアで参加されていました。

ちなみに手に持っているランナーのお尻を叩いて鼓舞するためのハタキだそうです。

 

去年リタイアした樺島77kmを突破

夜中に走る感覚は独特の感覚を味わえます。人々が寝静まった後の暗闇の中で音がダイレクトに伝わってきます。海岸線に響くザザーという潮騒、グワッグワッというカエルの鳴き声、ザワザワと風に揺れる木々の音に包まれます。

日付が変わって深夜1時。去年は制限時間オーバーで関門に引っかかった77km地点の樺島エイドを30分前にクリア。やりました!ここから先は未知の領域で心が踊ります。遠くを照らす樺島灯台のライトを見ながら、冒険心が高まります。

ちなみに晴れた日の樺島灯台はこんな感じです。絶景であり、東には橘湾や雲仙岳、西には東シナ海を見渡せます。

すがすがしい風が吹き抜け、最高の時間を味わえます。

さて、樺島灯台を降りてエイドステーションに到着。去年の樺島エイドではリタイアでしょっぱいカレーになりましたが、今年のカレーは普通に辛くて美味しかったです。

 

雨に打たれながら進むのだ

そして雨!今回の大会は稀に見る悪天候になりました。樺島を過ぎて時刻は丑三つ時の午前2時半ごろ。長崎半島の東海岸のアップダウンだらけの道を北上します。横殴りのシャワー。街灯はなく、暗闇に靄がかかります。その中を走る経験は実に得難いものでした。時折、ライトに照らされてゾンビのように歩いている他のランナーの姿に巡り合います。暗闇の中で「お疲れ様です」と声をかけて励まし合いました。

という状況下だったので、この間の写真はありません...。ということで代わりに、ある晴れた日の県道34号線の写真をご覧ください。

 

ついに脚の限界...

さて、朝6時半、夜が明けました。雨は小雨に変わりました。鳥があちこちで鳴いています。

茂木エイド(113km)を過ぎた辺りから脚が動かなくなります。「脚が棒になる」と言いますが、昔の人は上手い表現を考え付いたものだと思います。休憩で座ろうとしても脚が思うように曲げられません。ちなみにお尻は鉄板を打ち付けられたかのようにガチガチです。「尻が鉄になる」という言葉を思いつきました…。

疲労は極度に達しています。人生で初めて腹筋が攣りました。身体が雑巾のように捻れる感じでした。全身が一斉にストライキを起こし始めています。 こうした中でも、幸い歩くことは可能なのでアップダウンだらけの道を進んでいきます。

茂木では朝に出島表門橋をスタートしたM部門・80kmの選手たちが合流します。まだまだ元気な選手たちは子鹿のように跳ねながら駆け抜けていきました。

2時間くらい歩いて粘って日見公園エイドに到着。ここからはS部門・55kmも合流して道中は賑やかになります。すでに出涸らしのお茶のようになって座り込んでる私。その傍で「イエーイ」と写真を撮るグループを眩しく眺めます。

 

遠くに行きたければ、みんなで行け

重たい腰を上げてリスタート。ここで、巡り合ったグループの後ろにくっつかせてもらいます。気がつけば再び走れるようになっていました。見事復活です! 今回の大会では本当に多くの選手たちに出会い、一緒に走らせてもらい、助けられました。ありがとうございました。

賑やかな雰囲気と他愛ない会話が疲れを吹き飛ばしてくれ、嫌がる脚を前に進ませてくれました。アフリカのことわざに「早く行きたければ一人で行け。遠くに行きたければみんなで行け」というのがありますが、その通りです。ホモサピエンスは仲間同士が支え合いながらアフリカ出発の旅に出たのでしょう。

熊本県から応援に来た方々の私設エイド

5月4日(木)15時46分、雲仙小浜のゴール地点に到着したのでした。もうこれ以上、走らなくていいんだという解放感に包まれました。記録は24時間1分でした。

長崎の自然のすばらしさを目や耳、肌で感じ続けた道のりでした。悪天候の分、運営スタッフやボランティアの皆さん、一緒に走った選手の皆さん、沿道の皆さんの応援や心配りが身に沁みました。本当にありがとうございました。

大会を運営するNPO法人ナガサキドラゴンロードジャパンの阿部明彦さんは以前の取材のインタビューで「人生観が変わる大会。それを多くの人に味わってほしい」と話していました。それが何かと問われると、身の回りの自然や人々への「感謝」という素朴な気持ちかなと思います。

総距離173km、累積標高3000m以上。スマートフォンの歩数計は2日間で計20万歩以上という、ありえない数字を記しています。多くの人に出会い、支えられ、人生を凝縮させたかのような大会でした。

  • 池田耕一郎

    NHK長崎放送局アナウンサー

    池田耕一郎

    2000年入局
    フルマラソンのベストは2時間43分42秒。
    休日は長崎あちこちの坂を巡っています。

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