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長崎県で初開催 がん患者が支えあうリレー 

  • 2022年08月22日

「私、3年以上生きられるかもしれない!って思えて、前を向くきっかけになりました」。笑顔でそう語った一人の女性。生きる希望を見つけたその日から15年が経ちました。彼女は多くの仲間や家族に支えられ、今を懸命に生きています。

NHK長崎放送局 福光 瞳

がん患者を支援するリレーフォーライフ

 

2022年6月11日(土)12日(日)、長崎県佐世保市で開かれたイベント「リレーフォーライフ」。直訳すると「命のためのリレー」です。がん患者を支援しようと1985年にアメリカで始まったイベントですが、今では日本を含め世界各地で開かれています。

イベントのメインはタイトルの通り「リレー」。リレー形式で歩きながら、患者同士で励まし合ったり、がんへの理解を呼びかけたりするものです。長崎県ではこれまで開催がありませんでしたが、初めてリレーフォーライフが開かれました。

 

手術をしたら終わりと思っていたのに…

このリレーフォーライフに福岡市から参加した泉川しずかさん(46)は、2004年、29歳の時に“GIST(ジスト)”と呼ばれる希少がんと診断されました。GISTとは胃や腸にできる肉腫の一種です。

当時、貧血が酷くて3階までの階段を休憩なしで上れなくなり、検査を受けた泉川さん。GISTと診断され、腫瘍はすでに7センチほどの大きさになっていました。

泉川しずかさん
「がんにも乳がんとか肺がんとかたくさんあるのに10万人に1~2人というとても珍しいがんだと分かりました。治療法も少ないし、悪性度としてはとても大変な病気です」

「『手術をしたら治療は終わりかな?』と思っていたのに、これからもずっと抗がん剤とかの治療が続いていくんだ…って、びっくりしたのと落ち込んだのと、この2つが大きかったです」

 

始まったのは、孤独な闘病生活

GISTが発覚した当時、娘はまだ5歳。

子どもの前では明るく振る舞おうとしていた泉川さんにとって、悩みを相談したり、弱音を吐いたりできる場所はありませんでした。家には夫もいましたが、自分がどれだけ落ち込んでいるか、心の底から話すことはできなかったと言います。

泉川しずかさん
「気分は落ち込み、病気のことは誰にも話せない。ご飯も食べられないし、夜も眠れない。『なんで一人でこんなにきつい思いばかりしないといけないのかな…』というのが、最初の2、3年の状況です」

当時は今よりも「がん=終わり(死)」という考えが広く根付いていたこともあり、近しい人から「かわいそうに」「最後の夢を叶えて」という言葉をかけられました。泉川さんは、それが優しさからの言葉であると分かっていても受け入れることができず、会話することを辛く感じていたと言います。

 

3年以上、生きられるかも!

GIST発覚から3年後の2007年。孤独な闘病生活を送る泉川さんに転機が訪れました。

兵庫県芦屋市で開かれたリレーフォーライフへの参加です。

“自分よりも状況が悪い人がいたらどう接すれば良いだろう”と一度はためらった泉川さんでしたが、インターネットで交流していたGIST患者から、「とにかくおいで!お金のことなんてどうにでもなるから、とにかくおいで!楽しいから!」と背中を強く押され、おそるおそる参加。

会場には、元気いっぱいで笑顔が溢れるGIST患者や家族が大勢いました。

泉川しずかさん
「当時飲んでいた薬は医師から『3年しか効かない』と言われ、『私にはあと3年しか寿命がない』と思っていた時期だったんです」

「でも、実際にリレーフォーライフに行ってみたら、めちゃくちゃ元気な人がいっぱいいて。私よりも前にGISTになって3年以上元気に過ごしている人もいて『私、3年以上生きられるかもしれない!』って思えて、前を向けるきっかけになりました」

GISTの情報交換はもちろん、これまで泉川さん一人で抱えてきた気持ちを初めて打ち明けることができました。仲間との出会いが生きる希望となり、泉川さんを少しずつ前向きな気持ちへと動かしていったのです。

 

一人で苦しんでいる人を助けたい

リレーフォーライフで同じ病気の仲間と出会ったことで心の元気を取り戻した泉川さん。
次第に、ある思いが芽生えました。それは、“自分のように一人で苦しんでいる人をそのままにしたくない”という思いです。

泉川さんは、GISTの患者同士で集まって悩みや情報を共有する「おしゃべり会」、専門医を招いた「勉強会」などを定期的に開催するようになりました。

さらに最近では、子どもたちを対象にした「がん教育」なども行っています。がんへの理解を呼びかけ、生きることについて一緒に考える時間を子どもたちと共有しています。

 

コロナ禍イベントの休止と病状悪化

しかし、2020年に入り、新型コロナウイルスが猛威を振るいました。それに伴い、リレーフォーライフのイベントも相次いで休止。さらに、おしゃべり会や勉強会も、オンラインでの交流を強いられました。

そして、直接仲間と会って話すことができなくなると同時に、泉川さんの病状も深刻化していきました。GISTの腫瘍が脳へ転移していたのです。すぐに手術をするも、8か月後に再発。手術を繰り返しました。

現在、脳以外にも転移や再発が見つかっていて、春に予定していた手術は取りやめました。

夫・雄一郎さん
「見ていて分からないでしょうけど、体のあちこちに腫瘍があって今すごく大変な状況なんです。でもこうやって笑顔で過ごせているのは良いなと思いますし、家族としてもずっと楽しくやっていこうと思っています」

泉川しずかさん
「主治医から『もう治療は諦めようか』『ホスピスの準備をしておこうか』と言われて、もう打つ手がないのが本当の状況です。でも、手術ができなくなるなかで、佐世保のリレーフォーライフに参加できることになったから、今年はみんなから元気をもらおうと思っています」

「病状が思わしくないからこそ、リレーフォーライフに参加して仲間から元気をもらいたい」。泉川さんは、仲間に会える日を心待ちにしていました。

 

待ちに待ったリレーフォーライフ

迎えた佐世保のリレーフォーライフ当日、泉川さんは家族3人で参加しました。久しぶりの仲間との交流を楽しむ泉川さんの表情は、笑顔そのものでした。

そして、マーチングバンドのリズミカルな音楽が響き渡る中、リレーがスタート。泉川さんはGISTの仲間と一緒に横断幕を持って歩き出しました。

実は、現在の泉川さんにとって歩くことは容易ではありません。薬の副作用で足に炎症や水ぶくれがあり、歩くとさらに悪化してしまいます。この日まで、しばらくは車いす生活を続けていました。

それでもリレーでは自分の足で歩くことを望んだ泉川さん。仲間と一緒に、およそ500mの距離を一歩一歩、踏みしめました。

泉川しずかさん
「商店街でみんなが手を振ってくれ、応援してくれているみたいで本当にうれしかった。同じ病気の仲間と情報交換できるのもすごくうれしいし、久しぶりに会ってギューとしちゃった。やっぱり直接会わないとこの感覚はないと思うので、参加できて本当にうれしいです」

 

灯された"希望"

夜、会場にはがん患者や仲間からのメッセージが照らし出されました。泉川さんもメッセージを書きました。

「GISTが完治する薬ができますように」。

泉川しずかさん
「今、GISTには薬が3つあるけれど、とてもよく効いたとしても、治してくれる薬が1つもない。完治する薬が生まれてくれたらいいな、というのが一番の願いです」

会場には「HOPE(希望)」の文字が浮かび上がりました。

希少がんGISTを抱える泉川さん。初めてリレーフォーライフに参加して、生きる希望を見つけたあの日から15年が経ちました。現在も多くの仲間や家族に支えられ、闘病生活を送っています。

 

取材後記

取材を始めた当初、私はリレー・フォー・ライフというイベントもさることながら、GISTという病名も知りませんでした。そんな私に泉川さんは、GISTのこと、そしてリレー・フォー・ライフがいかに泉川さんの希望であり、支えとなっているのか、丁寧に教えてくださりました。

泉川さんが、私にリレー・フォー・ライフのことを話してくださるとき、いつもキラキラの笑顔で前のめりだったことがとても印象深いです。

放送後、私が一番気になっていたことを聞いてみました。それは、“なぜこの取材を受けてくださったのか”ということです。

返ってきた答えは、「私も希望の光になりたいから」でした。泉川さん自身、リレー・フォー・ライフに参加して大切な仲間と出会ったことで、生きる希望を見つけました。今度は自分の姿や言葉を通して、同じように悩む人の希望になりたいという思いで今回の取材に応じてくれました。

泉川さんの思いが多くの人に届きますようにと願いながら、この記事を書きました。

2023年1月18日追記

今年1月7日、泉川しずかさんがご逝去されました。47歳でした。謹んでお悔やみ申し上げます。

「ひとりで悩んでいる人に知ってほしい」という強い思いを持って快く取材に応じてくださった泉川さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

この記事を通して、生きること、命のこと、人とのつながりの大切さや温かさについてじっくり考えるきっかけになれば幸いです。

  • 福光瞳

    NHK長崎放送局

    福光瞳

    「イブニング長崎」リポーター
    岡山県出身。福祉関係を中心に取材。

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