ページの本文へ

ぐんまWEBリポート

  1. NHK前橋
  2. ぐんまWEBリポート
  3. 群馬 水害から命を守れ “水難救助のプロ”が民間団体を結成

群馬 水害から命を守れ “水難救助のプロ”が民間団体を結成

  • 2023年09月25日

台風や大雨などによる水害や河川や海でのレジャー中に起こる水の事故が全国で相次ぐ中、みどり市には民間の立場から命を守る活動に取り組む男性がいます。
国際的な団体で水難救助の技術を学んだ「プロフェッショナル」という自覚を持ち、力を尽くそうとしています。

(前橋放送局 記者 中藤貴常/2023年6、7月取材)

水難救助の講習会 講師はアウトドアガイド

みどり市で行われた水難救助の講習会。
講師を務めるのが渡邉純規さん、39歳です。

学びにきているのは、静岡県警の警察官や、神奈川県警で警察官に内定している人など7人。いずれも渡邉さんの高い技術を学び、みどり市を訪れました。

渡邉純規さん

「水が少ない時や、岩に乗り上げるときは柔らかい方が望ましいです」

ふだんはアウトドアガイドを務める渡邉さん。豊富な知識や経験を生かして、細かい部分まで丁寧に教えています。
特に得意としているのが、激しい流れの中で行う「急流救助」と、水難救助に特化したロープ=スローバッグの扱いです。

今回の講習会では「川に要救助者がいる」という想定で、ボートの操船のしかたや、ロープの使い方、それに、川での泳ぎ方などを3日間、伝授しました。

渡邉純規さん
「操船技術や川を読む力というのは、毎日川を見ないと身につきません。僕たちリバーガイドというのは毎日、川で仕事をしているので、とにかく川で過ごしている時間が長いんです。そこで培った豊富な経験やスキルがあるので、僕たちのような職種と公的な救助機関で連携していきたいと思っています」

原点は消防隊員としての震災の経験

定期的に警察や消防などへの講習を続けている渡邉さん。
多くいるアウトドアガイドの1人である渡邉さんが、なぜ救助のプロたちの指導にあたっているのでしょうか。

その原点は、自身の消防隊員としての経験です。

画像提供:渡邉純規さん

19歳から9年間、消防隊員として日々、火災現場などで消火や救助にあたっていました。しかし28歳の時に退職を決意しました。きっかけは、東日本大震災でした。

2011年3月11日。
群馬県の「第1出場隊」として福島県の南相馬市に行ったという渡邉さん。
活動中に余震があり、原発が爆発した音が聞こえたり、津波が来る危険性があったりした時に1度、そこにいたみなで逃げることがあったといいます。

渡邉純規さん
「そのとき『仕事中に死ぬかもしれない』という恐怖を覚えました。仕事は、ご飯を食べるため、生きるためにしていると思いますが、その生きるための仕事中に死んでしまったらどうなるんだろうと感じました。その経験がきっかけで、仕事の価値観が少し分からなくなってしまったんです」

“レスキュー3”との出会い

退職後は、新しいことに挑戦しようと単身、カナダに渡りました。語学の勉強をしながら、日本料理店で働くなどして生活する日々。

「自分は何がしたいのか」、今後の人生について自問自答を重ねました。

そして、ふとした出会いが、離れたはずの「命の現場」に自らを連れ戻しました。
それが国際的な救助団体「レスキュー3(スリー)」の存在です。世界各国で水難救助の技術を高める活動をしています。そこで、自分の経験をもう一度生かしたいと感じたのです。

レスキュー3
アメリカ・カリフォルニア州に総本部を置く民間組織。世界33か所に支部があり、さまざまな分野の救助に関する訓練、講習などを実施している。日本の本部は岐阜県にあり、河川など、流れが激しく危険性の高い現場での救助方法や、救助に欠かせないロープの扱いなどについての高度な技術を教えている

渡邉純規さん
「カナダで生活する中で『自分の消防隊員としての経験を何か生かせないか』と思うようになりました。技術を習得してから思い返すと、消防隊員時代は、何にも知らないまま河川の救助に対応していたなと感じます。恐怖心は少なからず誰でもありますし、今でもあります。ただそれに耐え、対応する技術と経験を身につけるためにトレーニングを積んできました」

河川での経験値やボートの操船技術を高めようと、レスキュー3の本部がある岐阜県でラフティングガイドとして活動しながら、水難救助技術を学びました。そして、5年間かけて、日本で10人ほどしかいない、急流救助やロープの扱いに関するレスキュー3のインストラクターの資格を取得しました。

岐阜時代の渡邉さん(画像提供:渡邉純規さん)

数年前からは拠点をみどり市に移して独立。アウトドアガイドとして活動するかたわらで、警察や消防などにレスキュー3の講習を続けてきました。

1日の多くを水の上で過ごす

各地で水の事故が相次ぐ中、みずから得た技術や知識を伝えていくことへの思いを特に強くしています。

令和元年 台風19号では群馬県内も大きな被害

渡邉純規さん
「起きては欲しくないですけど、群馬県でも水害は必ず発生します。ただ近年、いろいろな災害が発生する中で、水害というのはその1つに過ぎないんです。自分が消防隊員だったので分かりますが、消防の専門分野は火を消すことなので、水難救助の訓練などに多くの時間は割けません。救助の分野が広すぎて、水難救助について深いところまで対応できないんです。最悪の事態が起こる前に、それに対応できる組織づくりをしておくということが今の動きかなと思います」

民間の水難救助チーム結成へ

教えるだけでなく、救助の中心を担う警察や消防などの公的機関を、民間の立場からサポートできないか。
渡邉さんはことし4月、民間の「水難救助チーム」を立ち上げました。河川に関する経験が豊富な渡邉さんを中心とした、水難救助に特化した団体を作ることで、公的機関の救助活動を補助することが目的です。

一部メンバー

渡邉さんの呼びかけに集まったのは6人。
経験は浅く、職種もバラバラですが、全員が水難救助について強い課題意識を持っています。

渡邉純規さん

「船の先端を上流に回して、あの岩に向かってみよう」

立ち上げから3か月ほどたったこの日は、ボートの操船訓練を行いました。

1人で操船するこの訓練。経験が少ないと簡単ではありません。

さらに難しいのは方向転換です。ボートの構造を踏まえて渡邉さんがレクチャーします。

渡邉純規さん

「船の中心点がここにあるわけだから、コンパスの針のようなイメージで回すとくるっと回る」

仲間

「難しいですね。1回2回じゃできないような感じですよね」

自治体と協力して速やかな救助実現を

継続的に訓練を重ねるかたわらで、実際に現場で活動できるようにするための「仕組み作り」にも取り組んでいます。

突然、現場に行って「救助を手伝いたい」と言っても、消防や警察とすれば、一市民である渡邉さんたちを危険にさらすわけにはいきません。また、災害や事故が発生した際に、その情報をニュースなどで知ってから現場に行くのでは、到着までに時間がかかってしまいます。

救助活動の協力を実現させるには、渡邉さんたちがどのようなスキルを持っていて、その力を救助活動にどう活用することができるのか。さらに緊急時の情報伝達の手段はどうするのかまで、事前にしっかりと話し合っておく必要があります。

そこで、渡邉さんたちが目標にしているのが地元自治体などとの協定です。
情報共有や現場での連携など、運用方法をしっかりと事前にすりあわせて指針を作っておくことで、消防や警察などと連携した形での救助の実現を目指しています。

水の事故から命を守るために。渡邉さんは、みずからの持つスキルを惜しみなく伝え、行動していきたいと意気込んでいます。

渡邉純規さん
「台風が連続して群馬にくれば、群馬県でも水害の可能性があります。水難救助は歴史が浅い救助分野なので、助けに行った人が亡くなってしまうという、二次被害がすごく多いんです。自分たちも、できる活動の範囲を超えないように気をつけながら、関係機関と連携できるようにしていきたいです」

  • 中藤貴常

    前橋放送局 記者

    中藤貴常

    警察・司法などを担当後、現在は県政担当。行政・スポーツなどを幅広く取材。

ページトップに戻る