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前橋空襲ミュージカル 主演19歳 "知らない自分も語り継げる”

  • 2023年08月23日

昭和20年8月5日、535人が犠牲になった「前橋空襲」。

それから78年。その記憶を受け継ごうと、空襲があった8月5日と6日に前橋市でミュージカルが行われました。

主演を務めたのは19歳の女性です。

戦争や空襲を直接は「知らない世代」の彼女がどう伝えるのか。悩みながらも主人公の思いに寄り添い続けた、日々に密着しました。

(前橋放送局記者 丹羽由香/2023年7月・8月取材)

戦後生まれの市民が演じる“空襲ミュージカル”

「助けてくれ、こんなところで死にたくない」
(空襲の日のシーン)

前橋空襲をテーマにしたミュージカル「灰になった街」。

前橋市に実在した学校や商店街などを舞台に、空襲で焦土と化した街と人々が復興に向けて抱いた希望などを描きます。演じるのはすべて一般の人で、小学生から60代の63人で、全員が戦後生まれです。

手弁当で1年間、準備をして本番を迎えました。

その主演が柄沢育希さん。ふだんは看護系の専門学校に通う19歳です。オーディションに参加し、親友や恩師を失った女学生、早乙女薫役に抜てきされました。

その柄沢さん、実は8年前に行われた前回のミュージカルにも母親に連れられて子役を演じていました。しかし、その心情は全く違っていました。当時は小学生で、演じることだけで精いっぱい。ただ今回は「地元で起きた空襲を伝えたい」とみずから参加していました。

“知らない空襲”をどう演じるのか

大役を任されたものの、柄沢さんには、身近に空襲を体験した人がいません。このため、知らない、そして、聞いたこともない空襲をどう伝えればいいのか。稽古を始めて1年、もがき苦しんできたといいます。

主演(早乙女薫役)柄沢育希さん(19)
「灰になってしまったふるさとを見るところだったり、感じたり、人の温かみを感じるとか、温かいものを表現しないといけないシーンだと思うのですごい難しい」

主人公・薫に寄り添う日々

中でも柄沢さんが格闘していたのが、3時間のミュージカル終盤の終戦を迎えるシーンです。

玉音放送を聞き、泣き崩れる人たち。それぞれがこれまで我慢してきた気持ちを吐き出していきます。主人公・薫は「戦争が、空襲がなければ、みんな死ぬことはなかった」と泣き崩れます。そこにあるのは、親友や恩師など身近な人を失った「悲しみ」です。

すると、遠くから自分の名前を必死に呼ぶ声が聞こえます。安否がわからなかった友人たちが生きていたのです。友人たちの姿が見えたとき、生きて再会できた「喜び」から、薫がとっさに駆け寄り力強く抱きしめます。

真剣な表情で演技する柄沢さん。しかし、監督から何度もやり直しの声がかけられます。
 

新陽一 総監督
「はい、もう1回。ここ大事だからもう1回」

これまで生きてきた19年間で体験したことのない、「悲しみ」と「喜び」。気持ちが入り交じった時、人の感情はどう揺れ動くのか。何度も稽古で繰り返しましたが、答えは見つからないままでした。

自宅に帰ってからも台本を読み込み、想像を巡らせ、薫の思いに寄り添う日々を続けました。

見守り続けた“母”からの“バトン”

稽古を続けて1年。支えてくれたのが母親役の佐々木英子さんです。悩む娘役の姿を間近で見てきました。

父親が空襲の体験者という佐々木さん。本番まで6日となったこの日、父親が亡くなるまで大切に持ち続けてきた物を通して、その思いを受け継ごうとしていました。

佐々木さん

「父が(空襲の際に)使っていた防空頭巾でボロボロなんですけど」

柄沢さん

「こんなに分厚いんですね」

「バトンを渡した気持ちになりましたので本番も一緒に頑張っていきたいと思います」

佐々木さんからのことばを受けとった柄沢さん。早乙女薫を「演じる」のではなく、その人生を「生きる」という決意を固めていました。

“忘れないで” 3時間の舞台で客席に呼びかけた

迎えた本番当日。会場を埋め尽くす1000人を超える観客の中には空襲の体験者の姿もありました。

出演者1人1人が、愛する人を一瞬で奪われた人たちの苦しみや悲しみ、そして、復興へのわずかな希望を、表現していきます。

舞台は、柄沢さんが格闘してきた、悲しみと喜びが入り交じる終戦のシーンを迎えます。悩みながら向き合ってきた、このシーン。早乙女薫が生き抜いた姿を通して、78年後の今の日常は決して当たり前ではないことを訴えました。

最後の歌の柄沢さん
「幾多の悲しみの果てに今の平和があることを
忘れないでほしい 忘れないでほしい」

空襲の体験者に教わったこと

3時間の演技を終えた柄沢さん。観客の見送りをする彼女に、会場を訪れた、前橋空襲を体験した男性が語りかけました。

前橋空襲の体験者

「演じてみてどうでしたか」

柄沢さん

「地元の空襲も戦争も教科書では学ばなかったので、わからないことばかりでした」

「わからないことばかりですよね。そういった中で暗中模索で、何かをつかんでいくことが大切です」

戦後生まれの自分が“わからない空襲”に思いを巡らせ、模索してきた1年。その過程にきっと意味はある。そして、空襲を知らない自分でも語り継いでいくことは出来る。

柄沢さんは、そうした思いを新たにしていました。

主演(早乙女薫役)柄沢育希さん(19)
「伝える立場になっていくのは私たち戦後生まれなので、私たちが知らないと伝えることもできない。自分の今の平和があるのは、過去の戦争があったからというのを忘れずに生き続けていきたいし、どういう風に伝えていくのかっていうのを考えながら、今後生きていけたらいい」

  • 丹羽由香

    前橋放送局 記者

    丹羽由香

    2017年入局。
    福井局から前橋局に異動し現在、遊軍担当。
    前任地から戦争や空襲分野を中心に幅広く取材

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