Aさん(67歳・男性)が異常を感じたのは、28歳の時でした。食事をとると、すぐに便をもよおすようになったのです。
『下痢がずっと続いていました。排便の回数が多くてお尻が痛くなって、ひょっとしたら痔かなと思いました。』
しかし病院で検査を受けた結果、大腸全体におよぶ「潰瘍性大腸炎」と診断されました。「潰瘍性大腸炎」は、正確な原因はわかっていませんが、免疫の過剰な活性化によって大腸に慢性的な炎症が起こる病気です。国の指定難病のひとつとされています。
Aさんは、即刻入院となり治療を受けました。幸い「5-アミノサリチル酸製剤」という薬によって症状はおさまりました。退院後も同じ薬を使うことで、長く寛解期(症状がない時期)を維持できていました。
ところが52歳のとき、排便時に、これまでなかったほどの激しい出血がありました。
『朝から下血が始まって、おしっこみたいな感じの下血が続きました。午前中だけで十数回もトイレに行きました。』
度重なる大出血による貧血のため、Aさんはついにはベッドで意識を失ってしまいました。
『家内の呼ぶ声で、やっと目が開きました。たぶん家内がいなかったらあの世に行っていたと思います。』
再び入院して、これまでの薬の量を増やすとともに、「ステロイド剤」や、「免疫調節剤」も併用しました。
しかし症状はなかなか改善しません。1年後、医師からある治療を提示されました。
『残念ながら、あなたは大腸全摘術になります。』
「大腸全摘術」とは、大腸をすべて摘出し、小腸を肛門に直接つないで排便機能を保てるようにする手術です。
『大腸摘出手術をすると言われたときが一番ショックでした。』とAさんは振り返ります。
しかし、別の医師は、Aさんをみて別の可能性を考えました。
『潰瘍性大腸炎ではサイトメガロウイルス感染症が合併する場合が多いことを知って、ひょっとしたらそのウイルスが関係しているかも知れないと考えました。』
サイトメガロウイルスは、感染しても健康な成人にとってはほとんど影響がないウイルスです。
しかしAさんのようにステロイド治療を続けて免疫力が弱まっているときには、このウイルスを抑えることができず、潰瘍性大腸炎の薬が、効きにくい状態になってしまいます。
Aさんの場合も、このウイルスのせいで症状が改善しないのではないかと、この医師は考えたのです。
そこで大腸摘出手術は中止し、サイトメガロウイルス感染症に対しては「ガンシクロビル」という抗ウイルス薬で治療しました。さらに潰瘍性大腸炎に対しては「血球成分除去療法」という治療を行いました。これは、過剰な免疫反応を抑制するため、体内から血液を取り出し、活性化した免疫細胞を除去して、体内に戻すという治療法です。
週に1回、合計10回この治療を行ったAさんは、これをきっかけに症状が安定してきました。
その後も薬をのみ続けて、14年間寛解期(症状がない時期)を維持することに成功しています。
67歳の今でも、元気そのもののAさん。
『今は旅行とか映画鑑賞とか、好きなことができます。最高に幸せ。ありがたいです。』