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ドイツの精神科医と安楽死計画 第3回 歴史を直視し、個々の患者に向き合う

2018年02月15日(木)

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イツの精神科医と安楽死計画
第3回 歴史を直視し、個々の患者に向き合う
▼追悼式典での冒頭のあいさつ ▼今日の課題につながる反省を
▼未来の心を病む人たちを救うために 
▼過去の事実から学ぶ教訓を国際社会にも発信する
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回

 


Webライターの木下です。

追悼式典での冒頭のあいさつ


2010年11月26日、ドイツ精神医学精神療法神経学会のフランク・シュナイダー会長(アーヘン工科大学医学部精神科教授)は、ベルリンにおける年次総会で、ナチス時代に精神医学の名のもと、強制移住、強制断種、人体実験の被害を強いられ、また患者として殺害された犠牲者をしのぶ追悼式典を開催しました。追悼式典には、3000人の医師たちが参加しました。


以下は会長のフランク・シュナイダー会長の追悼式典での冒頭のあいさつです。

「皆さん、われわれ精神科医は、ナチの時代に人間を侮蔑し、自分たちに信頼を寄せてきた患者を裏切り、だまし、家族を誘導し、患者を強制断種し、死に至らしめ、自らも殺しました。患者を用いて不当な研究を行いました。患者を傷つけ、それどころか死亡させるような研究でした。

この事実に直面するのに、そしてわれわれの歴史のこの部分と率直に向き合うまでに、どうしてこんなに長い時間がかかったのでしょうか? われわれは、このドイツ精神医学精神療法神経学会が世界の中でも、もっとも古い科学的医学的な専門学会であることを誇りにしています。しかし、その一方では、この学会の歴史の重要な部分がこんなにも長く闇に葬られ、抑圧されてきたのです。このことをわれわれは恥ずかしいと思います。

われわれが恥じることは他にもあります。われわれドイツの精神医学の会は、1945年の大戦後も一度として犠牲者の側に立ったことがなかったのです。さらに悪いことには、彼らが受けた新たな差別や不正にも関与しました。今日のような催しがこれまでどうしてできなかったのか、われわれはまだ明言できていません。

約70年経ってようやく、この無言に終止符を打ち、科学による解明の伝統に立ち戻ることを、この学会は決意しました。その学会の会長として、私は皆さんの前に立っています。独立した依存性のない科学的な委員会が立ち上げられ、現在1つの研究プロジェクトを支援しています。さしあたり1933年から1945年までの期間の学会ならびに、その前身である組織の歴史を徹底的に見直そうとするプロジェクトです。

しかし、これで十分と言うのではありません。今後何年か期待できる研究成果とは別に、あまりに遅きに失してはいますが、すべての犠牲者とその家族に、ドイツの連盟とそこに属する精神科医が負わせた不正と苦痛に対してお詫びを申し上げます」

(訳:岩井一正 神奈川県立医療センター所長)



 

今日の課題につながる反省を


ドイツで最大の精神医学の学会で開催された追悼式典で、学会の会長が、70年の沈黙を破って、事実の責任を引き受け、患者やその家族に謝罪した意義はとても大きいものがあります。この態度表明によって、精神科医をナチのイデオロギーの一方的な被害者として位置づけてきたこれまでの姿勢は完全に改められることになりました

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安楽死計画の中枢に精神科医がいて、ナチスに先んじて強制断種や安楽死を望んでいたという事実。そこには、一連の出来事がナチ時代の特殊なものではなく、近代精神医学が誕生当初から潜在的にもっていた危うさを感じさせます。医療の進歩や民族の遺伝的価値の改善の名のもとに、研究活動や患者の管理が優先され、治療不能とされる患者が医学の実験台にされる。それは精神医学がいまだに解決できない課題と決して無縁ではありませんし、遺伝子医療へと舞台を移して、新たに展開されている今日的なテーマともつながっています。

また、シュナイダー会長は、精神医学が誤った方向に進んでいると指摘する医師たちを排除しようとしたことについても、事実を認めています。ユダヤ系の医師、あるいは政治的に好ましくない医師たちは、その地位や役割から排除されました。1933年から1945年の間に大学や研究室で働いていた精神科医の約30%が、ドイツから亡命しました。ドイツやオーストリアから離れることのできなかった中には、強制収容所ないしは絶滅収容所に連れていかれた者もいました。

 

未来の心を病む人たちを救うために

 

「謝罪は遅きに失している。しかし、いまを生きる者たちやその子孫のためには、あるいはまだ間に合うかもしれない」

シュナイダー会長は、未来の心を病む人を救い、未来の精神科医を正しい道に導くことはできるかもしれないと言います。

その希望の光は、安楽死計画に従おうとしなかった医師たちの行動に見出すことができます。大病院でなく、患者との接触がより密接であった開業医の中には、自らの患者を「生きるに値しない命」とすることに抵抗を示した者がいました。そのことが、自分たちに大きな教訓を残していると言います。


「私たちは日々接する患者たちを見失ってはいけないのです。私たち医師の仕事の基本方針は彼らだけであって、社会のイデオロギーではありません。ただただ、ひとりの人間なのです」

「過去は取り返しがつかなくても、私たちはみなで、人道的で、人間的で、個々の人間を指向した精神医学を打ち出し、犠牲者を念頭に置きながら、患者の烙印や排除に対して戦うことができるのです」

われわれ精神科医は、人間に対する価値評価に陥ってはなりません。侵すことのできない人間の尊厳は、つねに個々の人間の尊厳であり、われわれはいかなる法律やいかなる研究目的によっても、これを軽視する方向に導かれてはなりません



過去の事実から学ぶ教訓を国際社会にも発信する


学会は、自分たちの歴史とどう向き合うべきかについて徹底した討論を行いました。その帰結として、2010年にナチ時代の学会の歴史を解明するための国際委員会を設立しました。委員には4人の著名な医学者および科学歴史家がつきました。この委員会は、学会とは独立性を保ち、透明性の高いものとなるように配慮されました。

ナチ時代の組織や学会の代表が、安楽死計画や強制断種、ユダヤ人の精神科医などの追放やその他の犯罪にどの程度関与したか。そして、その反省からどのような教訓を引き出せるのかを明らかにしていきます。

また、ドイツには、安楽死犠牲者のための、国家的な追悼の場所は、いまだに存在していません。それは本人や家族への差別や排除がまだ続いていることを意味します。2014年9月にはベルリンに「T4計画」の記念碑が設立されましたが、学会では犠牲者のための追悼施設・情報施設の設立への運動を支援していくことを考えています。

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シュナイダー会長は、ナチ時代の歴史と向き合う活動を国際的にも発信していきたいと考えています。2015年には日本精神神経学会の招きに応じて、来日し、講演を行うととともに、安楽死計画に関する移動展覧会「ナチ時代の患者と障害者たち」の開催を働きかけました。そして、2017年10月にも、また移動展覧会が開催されました。第4回では、その移動展覧会の内容についてご紹介します。




木下 真 

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