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ドイツの精神科医と安楽死計画 第5回 岩井一正さんのインタビュー

2018年02月27日(火)

神奈川県立精神医療センター所長・岩井一正さん

イツの精神科医と安楽死計画
第5回 岩井一正さんのインタビュー
▼殺害に熱心だったのは有能な精神科医たちだった ▼患者個人がなおざりにされた
▼治療の熱心さが殺害の熱心さに変質した 
▼一人ひとりの人間を診る医者の本領に立ち戻るべき
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回

 

Webライターの木下です。

神奈川県立精神医療センター所長の岩井一正さんは、ドイツの精神医学精神療法神経学のフランク・シュナイダー会長の意向を受けて、移動展覧会を日本国内で実施しました。岩井さんがシュナイダー会長とかかわりをもつようになったのは、2010年の年次総会の追悼式典における談話の翻訳がきっかけでした。なぜ、ナチス時代の精神医学の暗い出来事を日本において紹介しようとされるのか、そのお考えをうかがいました。

神奈川県立精神医療センター

殺害に熱心だったのは有能な精神科医たちだった


木下
:障害者の殺害は、ヒットラーやナチスのやったことであって、自分たちはそれに加担させられた被害者であるとしてきたドイツの精神医学者たちが、2010年になって、これまでずっと隠蔽してきた事実を明らかにし、謝罪することになったのは、なぜでしょうか。


岩井:ニュルンベルグ裁判で裁かれた医師もいたし、これまでもぽつぽつと批判や指摘はあったのですが、正式に認めたということですね。残念な言い方ですが、殺害に加担した精神科医たちが亡くなったから、言えるようになったという事情はあるのではないでしょうか。本人たちが生きている間は、明らかにできなかったのでしょう。それと東西ドイツの統合によって、東側に保管されていた資料が流通するようになったことも関係していると思います。

木下:岩井さんが、この展覧会を後援しようと思われた理由は何なのですか。

岩井:私はもともとユダヤ人の殺戮の前に、障害者の殺害がリハーサルのように行われたという話を、友人であるクレメンス・コーディンクという精神科医から聞かされていました。ショックだったのは、殺害に関与した医師たちが、ナチズムの狂信者などではなく、患者思いの有能な精神科医たちだったと聞かされたことです。コーディンクは独自に殺害にかかわった医師たちの書き残したカルテを分析し、その書き方から医師たちがどのような医師であったのかを調査していたのです。
 その話を聞いて、自分の脳裏に浮かんだのは、ドイツ的な律義さ、患者思いの懸命さが、ちょっと方向を変えると、治すための努力から命を絶つ熱心さに変貌するという、空恐ろしいイメージでした。
 自分を真面目でよい医者などという気はないですが、当時もしも同じ状況に置かれていたら、自分はどうしていただろうかと思うと、他人事とは思えなくなりました。この移動展覧会も決して自分たちとかかわりのないこととは思えません。


患者個人がなおざりにされた

 

木下:シュナイダーさんの追悼式典の談話を翻訳されて、何か新たにお気づきになられたことはありますか。

岩井:改めて気づかされたのは、医師と患者のコミュニケーションの大切さですね。殺害のプロセスから一部の小児科医の開業医は免れたそうです。その理由は、診察を通じて、直接患者と頻繁に接していて、患者と人格的なかかわりがあるから、彼らは加担しなかった。精神病の患者ともそういう関係ができていれば、大量殺戮は防げたのかもしれません。

木下:精神科医も患者の診療は行っていますよね。

岩井:残念ながら当時の精神科では、入院している患者を集団として扱ってしまって、一人ひとりをていねいには見ていなかったのだと思います。パーソナルコミュニケーションは欠けていた。いまぼくら精神科医が、もっとも気をつけないといけないことだと感じます。


治療の熱心さが殺害の熱心さに変質した


神奈川県立精神医療センター所長・岩井一正さん木下
:当時は精神病の多くは遺伝による病だとする考え方がありました。隔離や断種までは理屈が成り立ちますが、なぜ殺す必要があったのでしょうか。そこには、飛躍があるような気がします。

岩井:そうですね。確かにそこには別の理由付けもあったのだと思います。当時、ナチスはポスターで、重度の障害のある患者と、その世話をする看護師の青年とを対比させ、重度障害者の無益な命を未来ある若者が支えていることへの矛盾を喚起するようなプロパガンダを行っていました。遺伝学的にだけではなく、存在そのものが経済効率的にも意味がないとされてしまいました。それと単純に戦時でしたから、負傷兵のために病院やベッドを空けておく必要もあったのだとも聞いています。

木下:医師は患者を殺害することには抵抗する気持ちがあってしかるべしなのに、積極的に殺害を計画しています。医師のモチベーションは何だったのでしょうか。

岩井:そのことについては、友人の精神科医であるコーディンクと話し合ったことがあります。当時、統合失調症は不治の病とされて、いったん発病したら治らないものと思われていました。さらに人間の劣化が世代を超えて遺伝し、発病に至るという「変質論」を唱える学者もいました。治療に熱心な医師ほど、治らないほどの重度なら、いっそ命を絶った方がよいのではないかという考え方に陥りやすい。生真面目なドイツ人が言うと説得力があります。

木下:生真面目と言うと、一方でナチスは禁酒・禁煙運動を推進したり、農薬や食品添加物を禁止して、がん撲滅に乗り出したりと、民族の健康に大変気を遣っていました。

岩井:民族衛生ですね。病気の原因を取り去るという意味では、まさに、同じことだと思います。民族の健康度を上げるために、障害者の殺害もあったのだと思います。時代の潮流として、民族衛生への関心は高く、患者個人の幸せについては何も考えられていませんでした。

木下:個人への関心はなかったと言っても、精神分析はすでに登場していましたよね。

岩井:あれは異端でしたから。それに創始者のフロイトはユダヤ人です。個人的な精神療法は主流ではありませんでした。クレペリンのように生物学的な原因から疾病単位を見つけようという研究の方が主流でした。精神医療の現場では、患者とのコミュニケーションへの関心は薄く、無視されていました。
 精神病を個人の心の問題とせずに、生物学的にとらえる傾向は世界中にあって、ドイツだけに限らないですね。優生思想に基づく断種手術は、ドイツだけではなく、世界中でやられていました。



一人ひとりの人間を診る医者の本領に立ち戻るべき


木下
:津久井やまゆり園の殺傷事件の犯人は、「ヒトラーが降りてきた」と言って、ナチスの安楽死計画を意識した発言をしています。

岩井:津久井やまゆり園の事件に関して、気になっているのは、殺された方の名前が公表されていないことですね。実は、ドイツでもT4計画で殺された障害者の方たちの中には名前が明らかになっていない、不明者がとても多くいます。身内の記憶から抹殺されてしまっている人もいます。長い間、事件に蓋をしてしまったために、どんな人が犠牲になったのかさえ、わからなくなっている。それに通じるものを感じます。事情はいろいろあると思いますが、殺された方々を集団として処理することなく、一人ひとりをきちんと記憶として残していくべきだと思います。

木下:岩井さんが、移動展覧会を見た人が教訓にすべきことは何だと思われますか。

岩井:2010年の追悼講演でシュナイダー会長は、ナチの精神障害者の殺戮に対して、大病院の医師ではなく、開業医が数少ない抵抗を示したことを紹介しています。そして、患者との接触がよりダイレクトであったことを、ナチの方針に対して抵抗を可能にした要因とみて、一人ひとりの人間を診る医者の本領に立ち戻るべきことを要請しています。言わんとしているのは、拠り所とすべきは、診断よりも、理論的理解よりも、われわれの目の前にいる人を人としてみる医療ということでしょう。
 本来これは、開業医か勤務医かに関わらず、臨床医の本質であり、精神医療の原点であるはずです。そのことを戒めとして、私は感じます。今後この移動展覧会をどうしていくのかは、まだ決定していませんが、できればこれから精神医療に携わる人たちに、ぜひ見てほしいと思います。


木下 真 

コメント

現在の日本において、真の精神科医療と看護が実践されている施設は存在するのでしょうか?

投稿:くるみ 2018年03月23日(金曜日) 21時29分

患者さんを集団と見ずに、個人としてみる。
本当に、大切ですね‥
そして、それは何より医療において基本的な事ですよね‥⁈
精神科においてのみ、あまりにおざなりなのは何故でしょう?
今、日本の中で本当に精神科医療と看護が実践されている施設はあるのでしょうか⁈

投稿:みるく 2018年03月23日(金曜日) 21時21分