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2024年4月10日(水)

“埋もれる労災” 働き続けるシニア世代に何が?

“埋もれる労災” 働き続けるシニア世代に何が?

「荷物の仕分け作業で手首に激痛」「深夜の工場内で倒れて救急搬送」労働災害の中で60歳以上が占める割合は年々増え続け、3割近くに上ります。さらに、統計には表れない“埋もれる労災”の実態が見えてきました。解雇を恐れて労災申請を断念する従業員や、事故発生後、すぐに企業に認めてもらえないという訴えが相次ぎます。老後の生活不安を抱え、厳しい労働環境でも働かざるを得ない高齢者たちに何が起きているのか?実態と対策に迫りました。

出演者

  • 脇田 滋さん (龍谷大学名誉教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

働く高齢者に何が

桑子 真帆キャスター:
仕事中のケガや業務が原因と考えられる病気、こうした「労災」が発生した場合、労働者や、その家族は、事業主の協力のもと、請求書を作成し、労働基準監督署に提出します。ケガや病気の原因が、業務にあるかどうかなどが調査されます。ここで「労災」と認定されますと、療養にかかる費用や休業中の給与などが補償・給付されます。

しかし、今、高齢の労働者から、「労災の申請ができない」「認定されない」という相談が、弁護士や支援団体などに相次いで寄せられているんです。
なぜ、こうした事態が起きているのか。高齢者の労災認定には、いくつもの壁があることが見えてきました。

労災認定の“壁”

仕事が原因で、ケガや病気になったと訴える人たちを支援する、都内のNPOです。
この日、相談に訪れたのは78歳の男性です。

78歳の男性
「手が痛くて、どうしようもない。もうこれはダメだなって、もう無理だと」

50年以上、ガスの配管工事の仕事をしてきた男性。右手の激しい痛みに悩まされ、退職を余儀なくされましたが、労災の認定には至っていません。

東京労働安全衛生センター 飯田勝泰事務局長
「前から右手が痛いことは、会社に言っていたんですか?」
78歳の男性
「ずっと言ってる。労災はできないのって言ったら、『私は知らない』とか言われて」

高齢者の労災認定を巡って、立ちはだかる壁。それは、ケガや病気の原因が、加齢ではなく、仕事にあると証明するのが難しいことです。

東京労働安全衛生センター 飯田勝泰事務局長
「職業病関係ですと、どうしても一定の年齢、加齢現象で、特に関節なんかの場合は、いろいろな影響も出てくるということで、ご高齢の方にとってみれば、年のせいじゃないのとみなされがち」

2023年まで、週6日、フルタイムで働いていた男性。

78歳の男性
「1日1,000円だね。食事代」

労災の補償対象となっていないため、医療費などは自費で賄っています。年金収入は、2か月で、およそ16万円。貯金を取り崩しながら生活する日々が続いています。

78歳の男性
「(労災を)認めてくれるのか、認めてくれないのか。何とか耐えられて生きられると思うけど、医療費が戻ってくれば、また違うし」

労災かどうか証明することが難しい、高齢者のケガや病気。その壁を解消しようと、NPOが取り組んでいるのが「医療との連携」です。同じ建物内にある診療所には、労災や職業病の専門知識を持つ医師が常駐。医学的な所見をもとに、病気やケガの原因は何なのか、正しく見極めようとしています。

ひらの亀戸ひまわり診療所 毛利一平所長
「体調不良の原因、病気の原因が、仕事にあるのではないかということは、なぜ、そういうことが起こっているのかを深く調べて、ちゃんと理由づけしてあげられる。そういうことができないと、なかなか労災認定につながらない」

NPOに相談を寄せていた、78歳の男性です。医療機関で診察を受けると、治療前の段階では、重度の関節症であったことが分かりました。

荻窪病院 整形外科 手外科センター 松尾知樹医師
「ステージ4ということで、重症例で多い所見かなと思います。あくまで僕の意見ですけど、50年以上、ハンマーとかを使った作業をされていて、それに矛盾しない所見もあって、強い痛みもあったということで、(仕事が原因の)可能性は、もちろんあったということで間違いない」

ケガの原因は仕事である可能性が高いと指摘された男性。NPOの支援を受け、労災を申請することにしました。

東京労働安全衛生センター 飯田勝泰事務局長
「現役世代の若い方に比べると、難しいところはあるかもしれません。請求して、しっかり(労働基準)監督署の方に調査をしていただいて、ご本人も訴えをする中で、認定をぜひしてもらいたい」

取材を進めると、労災の認定基準が若い世代と変わらないことも、高い壁となっていることが分かってきました。

当時73歳だった父親を亡くした、安藤まゆみさん(仮名)です。

父親は、年金だけでの生活は心もとないと、派遣会社の契約社員として、ガソリンスタンドで働いていました。自宅で倒れているところを発見されたのは、2019年の夏。心筋梗塞でした。

安藤まゆみさん(仮名)
「会社のため、人のためというところで、一生懸命、真面目に几帳面に働く性格でした」

安藤さんは「過労死ではないか」と疑いましたが、労災の認定は難しいと、申請を断念しました。その主な理由となったのが、いわゆる“過労死ライン”です。

過労死ラインは、時間外労働が、病気を発症する前の1か月で100時間、または、2か月から6か月前の平均が80時間を超えると、病気の発症と業務の関連が強いと判断される目安です。
安藤さんの父親が亡くなる前の1か月の時間外労働は、およそ26時間でした。一方で、深夜労働が6日連続で行われるなど、業務の負担が影響したのではないかと感じています。
父親の携帯には、亡くなる直前につづった上司へのメールが、未送信のまま残されていました。


体調が悪く、本日の夜勤は休みたいです。無理であれば行きますが、少しばてています
安藤まゆみさん(仮名)
「(この)メッセージを最後に、亡くなっていたようです。高齢の方で、しかも夜勤をやっているっていう、そういったことは、あまり配慮されていない基準。どこかで変えていただかないと、また同じような、つらい思いをする人が増えてしまうのかなと」

労災の認定基準に達しない高齢者の業務の負担を、どう計るべきか。
過労死などの労働問題に取り組む、弁護士の尾林芳匡さんです。労災は、働く人、一人一人の事情に即して判断すべきだと訴えています。

食品製造工場で働いていた、当時71歳の男性です。2020年の夏、男性は勤務中に倒れ、救急搬送。その後、亡くなりました。男性の時間外労働は、およそ70時間。当初、労災は認定されませんでした。
尾林さんは、遺族と共に労働局に審査を請求。労働時間だけでは計れない業務の負担を判断するために着目したのが、男性が作業していた部屋の環境です。

熱中症の危険度を示す指標に照らし合わせると、当時は、危険度が最も高い域に達しており、審査会で“強い身体的負荷”があったと認められたのです。男性が亡くなってから3年半、2度の審査を経て、「過労死」と認定されました。

尾林芳匡弁護士
「暑い環境、寒い環境、重たいものを運ぶ環境、さまざまな面で、高齢者にとって過酷な仕事が広がっている。もう少し仕事の厳しさから保護すべきだと、ずっと思ってきましたし、倒れたときに手厚い補償がされるべきだと思っています」

労災の認定基準 立ちはだかる壁

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、労働法がご専門で、労働者を支援する団体の理事も務めていらっしゃいます、脇田滋さんとお伝えしていきます。よろしくお願いいたします。

今、見てきたように、高齢者の労災認定を巡って立ちはだかる壁としては、ケガや病気が加齢によるものなのか、業務によるものなのか、判断が難しいということ。そして、労災の認定基準が、高齢者も若い世代も一律だという、大きく2つあるわけなんですね。

労災認定率(60歳以上/脳・心臓疾患)
31.2%
他の世代の平均41.1%(厚生労働省 2023年)

実際に、60歳以上の脳・心臓疾患の労災認定率が、およそ31%と、他の世代の平均と比べても低くなっているわけですよね。確かに、調査する側としては、加齢によるものなのかどうかと判断するのは難しいと思います。ただ、一人一人の状況に即した審査ができないものなのかと思うんですけれども、いかがでしょうか。

スタジオゲスト
脇田 滋さん (龍谷大学 名誉教授)
労働法が専門で労働者支援団体の理事

脇田さん:
そのとおりですね。実は、2001年にあった認定基準では、先ほどあったように、労働時間というか、残業時間数で判定するという面が非常に強かったんですけど、2021年、認定基準が大きく変わりまして、「労働時間以外の負荷要因」を総合して労災認定するということで、この「労働時間以外の負荷要因」というのが、非常に重視されることになったという点が大きいと思いますね。

過労死の認定基準 見直し(2021年9月)
労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して、労災認定すること明確化

桑子:
これは評価されるべき変更点ですよね。

脇田さん:
それまでのいろんな、前の認定基準を巡る裁判の中で認められてきたものを、改めてまとめて認定基準にしたという、非常に大きな意味があると思います。

桑子:
そこから2年半ほどたつわけですけれども、どうでしょう、浸透しているなという実感は。

脇田さん:
前の基準が20年も続いたものですから、どうしても過労死とか、そういう脳疾患については、残業時間というのが非常に広まってしまったので、「それだけではだめなんだよ」ということを広めるのに、まだ時間がかかっているというふうに思います。

桑子:
これは周知が必要になってくるということですね。

脇田さん:
予防にも関係しますので、やっぱり企業、現場に広く周知することが急がれるというふうに思います。

桑子:
そして、高齢の労働者には、まだ、立ちはだかる壁があります。それは事業主との間の壁ですけれども、「労災の申請に、事業主がなかなか協力してくれない」という声が相次いでいるんです。

“もし解雇されたら…” 労災めぐる高齢者の葛藤

長年、建設業に携わってきた原田信二さん、67歳です。2022年、職場の事故で左足を負傷し、骨挫傷(こつざしょう)と診断されました。

原田信二さん(67歳)
「左足に荷重がかかったときに、今でも激痛が走るわけですよね」

原田さんは当時、二次下請け企業の測量士として現場に入っていました。

「ちょうどこの辺りで、右手に持っていた木ぐいが崩れたそうです」

資材を抱えて歩いていた際、体のバランスを崩して、足に強い痛みが走ったといいます。当日、医療機関を受診すると、医師は「歩行困難で、通常作業は不能」と判断しました。すると、同行していた元請け企業の社員が「軽作業であれば業務は可能か?」と質問。医師は「デスクワークなどの事務作業であれば可能」だと答えたといいます。翌日、原田さんは足の痛みをおして出勤。しかし、雇用先の企業から事務作業は命じられず、待機するだけの日が5日間続きました。負傷後も現場に配置した企業の対応に疑問を抱いたといいます。

原田信二さん(67歳)
「車で待機するか、休憩所で待機するかで、全く仕事はしていないわけです。私が休むと、休業(が必要な)災害になるので、とにかく休業災害にはしたくなかったんだろう」

その後、原田さんは、一時、現場作業に復帰したものの、ひざの痛みが悪化し、休業を余儀なくされました。医療機関を再度受診すると、骨の内側に損傷が見られると言われたのです。

原田さんが、休業中の補償を求めて労災を申請したいと企業に相談すると、「社内で検討する」「申請は待ってほしい」と返されたといいます。原田さんは、企業の意に反して労災を申請することは難しいと感じていました。

原田信二さん(67歳)
「解雇されたら、どうしようということですよね。この足の状態では、できる仕事っていうのは、ほとんど限られてくるというかですね、ほとんどないんじゃないかな。年齢からしてもですね。その不安が大きかったですよね」

給料も仕事もない状況が続き、経済的に厳しくなった原田さんは、個人で加入できる労働組合に相談することにしました。
組合は、調査を経て明らかになった問題点を企業側に指摘しました。事故の翌日以降も続いたケガの痛みをおしての出勤。労働者の権利として認められている労災の申請を、とどまらせるかのような対応。「生活のことを顧みず、休業補償が支払われない事態に陥ったことは、重大な権利侵害」だと訴えました。
休業から、およそ2か月後。企業側は労災申請に合意し、その後、原田さんのケガは「労災」と認定されました。
NHKは、企業側に対して、今回の一連の対応についての見解を問いました。

元請け企業は、「申請に時間を要したのは、受傷状況の変化、就労状況の確認、労働基準監督署への休業補償申請の相談のため」とした上で、「給付申請を避けようとしたり、受傷事実を隠ぺいしようとした事実は全くありません」と回答しました。一方、雇用先の企業からは回答はありませんでした。
労災が認定された原田さん。休業補償を受けられるようになったものの、ケガは完治せず、今も復職のめどは立っていません。

原田信二さん(67歳)
「いちばん苦しいのは、私のケガに対して全く無関心ということですね。何とかしてあげようと、言葉を投げかけてくれる人もいなかった。怒りよりも悲しみの方が大きかったですよね」

“埋もれる労災” どう高齢者を守る?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
労災の申請に対して、なかなか企業側の同意が思うように得られずに、その間の補償や給付が受けられないという実態を見てきました。他にも、企業側が故意に事故などの発生を隠す「労災隠し」というものも起きています。

この「労災隠し」が行われる背景について、労働基準監督署に長年、勤めてこられた、原論(さとし)さんによりますと、「社会的評価の低下」それから「経営的なリスク」の回避があるのではないかと。どういうことかといいますと、公に事故が報告されますと、企業の安全管理能力、労働環境に対しての社会的評価が、まず下がってしまう。それによって、仕事の受注が減るなどの経営的リスクが高まってしまう。それを回避しようと、「労災隠し」が行われていると指摘されていました。この「労災隠し」の疑いで送検された件数、2022年が87件ということなんです。この年齢の内訳というのは公表されていないんですけれども、さまざまな年代でこの「労災隠し」は起こり得るわけです。高齢者の場合、起こり得る要因として考えられることって、どういうことでしょうか。

脇田さん:
やっぱり高齢者も働かないと食べていけないという、非常に弱い立場にあるということで、企業に嫌われれば、次の仕事を見つけにくいという、これが1つ。

もう1つは、非正規雇用という、高齢者は、正社員で働く方は非常に少なくて、76.7%の方が非正規雇用なんですね。非正規雇用の場合に、やっぱり若い人も含めて、非常に弱い仕事を、いつ切られるかも分からないということと、もう一つは、組合が非正規雇用をなかなか守れていないということ、この2つが高齢者にも当てはまると思います。

桑子:
そうすると、泣き寝入りしかねない状況になりやすいということですね。

脇田さん:
そうですね。ビデオにあるように、泣き寝入りを迫られるという状況があると思います。

桑子:
では、この高齢者の労災が埋もれる状況を変えるために、何が必要なのか。脇田さんに、大きく2つ挙げていただきました。まず1つ目。「そのケガや病気、労災かも?」と思うということですね。

脇田さん:
そうですね。一般に、労災についてあまり認識されていない面があると。1つは、仕事中のケガだけじゃなくて、仕事によるというか、仕事に関連した、そういったケガ、病気、場合によっては、死亡も労災というふうに考えられますし、さらに、通勤途上の災害も「通勤災害」とも言うんですが。

桑子:
職場でなくても、ということですね。

脇田さん:
広く「労災」と考えられると。非常に広い概念であるということですね。

桑子:
自分の過ちとか過失によって、ケガなどをしてしまった場合も。

脇田さん:
そうです。「それは君の不注意から」というふうに言われて、諦める方もいるんですが、労働者が不注意であったとしても、それが仕事によるケガだということであれば、「労災」として補償されるということです。

桑子:
しかも、事業主の協力を得られなくても、個人でも申請はできるということでしたね。

脇田さん:
労災保険の制度は、企業主が補償するというよりも、企業主から保険料を徴収している国が管理をして、認定も含めて、手続きをしてくれるということですね。

桑子:
そして、2つ目です。「高齢労働者を一人で闘わせない!」と。

脇田さん:
やっぱり労働者は弱い立場にありますので、一人ではなかなか頑張れない。それを本当は、いちばん助けるのは労働組合なんですが、日本の場合には、企業別で、しかも正社員で、退職者は組合になかなか残れないということで、やっぱり組合だけでなくて、市民団体、先ほどのNPOとか、労災を支援する、そういう団体が増えていますので、その支援を受けるということが重要だと思います。

桑子:
そして、大前提として、そもそも労災を起こさせない環境づくりというのも大事ですね。

脇田さん:
そうなんですね。事後補償の労災だけでなくて、それを起こさない、予防というか、安全衛生の強化ということが、企業側の責任であるというふうに思います。

桑子:
そのために求められる考え方、精神って、どういうものでしょうか。

脇田さん:
やっぱり安全に働くということが労働者の基本的な権利であるということを、労使ともに認識するということだと思います。

桑子:
企業は、どう考えればいいでしょうか。

脇田さん:
やっぱり労働者を、コストではなくて、人として尊重するということだと思います。

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