再開発はしたけれど 徹底検証・まちづくりの“落とし穴”
全国各地で進められている再開発に異変が!?高層ビルの建設で“新たな面積”を生み、その売却で地権者が“持ち出しゼロ”で街を更新できるはずが・・・。新幹線の開業にあわせ“100年に一度”の再開発に乗り出した福井市では想定外の“費用負担”に直面。さらに再開発によって人口が急増するさいたま市が見舞われている“しわよせ”とは―。地域にメリットをもたらすべき再開発、思わぬ“負荷”の実態を徹底検証しました。
出演者
- 野澤 千絵さん (明治大学教授)
- 合原 明子 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
再開発はしたけれど…まちづくりの“落とし穴”
合原 明子キャスター:
全国の再開発は、計画が具体的に進行しているものだけでも177件。高度経済成長期の建物の老朽化に加え、地方でもコンパクトシティ化が進められていて、今後さらに増える見通しです。
再開発は、土地の権利を持つ地権者らが組合を作って行うことが一般的ですが、今、古い建物を壊して高層ビルを建設するものが主流となっています。
鍵を握るのが建物を高くすることで生まれる「新たな床」。それをマンションやオフィスとして売却することで「利益」を得られます。そして、防災やまちづくりの観点から意義が認められれば国や自治体から「補助金」も下りるため、地権者たちは「費用の負担なし」で街を更新できるとされています。
しかし今、各地で想定外の事態に直面しています。
想定外の負担に直面
2024年3月。念願の北陸新幹線が開業する福井市。それに合わせて完了するはずだった福井駅前の再開発が大幅に遅れています。
いったい、なぜなのか。今回その当事者が取材に応じました。
駅前に店を構えてきた藤井裕さん。再開発を進める地権者の1人です。
予定地は駅の正面に位置する通称、三角地帯。高度経済成長期に建てられたビルや商店が密集していました。老朽化が目立っていたこの場所をA街区とB街区に分けて再開発。
A街区で当初見込まれた事業費はおよそ377億円。大手デベロッパーが参加し、外資系の高級ホテルや福井初のタワーマンション、大型の商業施設が造られます。
藤井さんたち、B街区の事業費はおよそ48億円。高齢者が住みやすい街にしたいとクリニックやサービス付き高齢者向け住宅の建設を予定していました。ところが2022年、想定外の事態に直面しました。
「このままやっていたら(建設工事費が)4~5億円は高くなって、いわゆる再開発計画がストップしちゃうくらいのことになっていたね」
藤井さんを含む16人の地権者は、当初見込まれていた48億円の事業費を新たな床の売却益と国や自治体からの補助金で賄い、負担なしで計画を進める予定でした。しかし、資材価格の高騰などの影響で建設工事費が5億円以上増加することが判明。赤字は発注した再開発組合が背負う必要があるため、藤井さんたち地権者が5億円以上の借金を抱えるリスクに直面したのです。
「もう予想外ですよ、本当に。ちょっとずつ例えば1%とか2%くらい変動するのはありうると思っているけれども、一気に10%も15%も上がるってことになると、それはもう想定できない。予定外ですよね」
計画の抜本的な見直しを迫られた藤井さんたち。
「やっぱり建築面積を小さくすればコストカットになるんでね」
特徴的なガラス張りのビルはデザインを一変。事業の中核だった高齢者向けの住宅は、より高く売れる分譲マンションに変更しました。ようやく建設会社と契約に向けた最終調整に入ったものの、不安は消えていません。
「建築完了までは工事費というのは途中で上がる可能性もあるし、そういうのも気をつけながら事業を進めるしかないよね。にぎわいを少しでも多く取り戻し、街がスタートすることを考えていますね」
一方のA街区。すでに2021年から工事が始まっていたため、大幅な計画の見直しに限界がありました。
377億円を見込んでいた事業費は72億円も増加。そのうち54億円を国が新たに設けた交付金や自治体からの補助金で賄い、開発を続けようとしています。
「特に福井の駅の顔となる部分の再開発事業でしたので、しっかりと支援していこうということで、県とも国とも密に連絡をとりながら今回の支援を行うことにいたしました。今回の(事業費の)上昇率というのは非常に大きなものでしたので、そのあたりは非常に対応が厳しいんじゃないか」
インフラが追いつかない
再開発が順調に進んだ地域でも思わぬ課題が。
タワーマンションの建設が相次ぎ、毎年1万人のペースで人口が増え続けているさいたま市。この10年で住民からの税収も500億円あまり増えました。ところが、そのしわ寄せとも言える事態が地域の学校に。
この学校の児童数は1,214人(2023年11月時点)。クラスの数は40に上り、国から抜本的な対策が求められる基準を大幅に超えています。児童1人あたりの校庭の面積は、市の平均のおよそ4分の1。昼休みの教室には校庭で遊べない子どもたちの姿が。
「(外で)遊びたいです」
「何をやりたい?」
「走り回りたい」
安全を確保するため、昼休みに校庭で遊ぶ学年を曜日によっては絞らざるを得ないといいます。
「子どもたちが多いので、すごく活気はあるんですが、今ある環境でなんとか工夫して子どもたちの教育環境を整えられればということを、われわれは考えています」
さらに人口急増の影響はこんなところにも。
子育てがしやすいと聞き、2021年、都内から移り住んだ30代の女性。
「小児科もだいたいすぐ埋まっちゃって。(診察予約の)空き枠がないと出てくるので」
3人の子どもを育てていますが、小児科の予約がほとんど取れないといいます。
「(受付開始の)7時ちょっと前ぐらいに待機していたいんですけど、ちょっと時間がずれると全然(予約が)取れないみたいな感じ」
さいたま市では、人口の急増が医療体制のさらなるひっ迫を招いています。最前線では綱渡りの対応を余儀なくされています。
新型コロナの感染拡大が落ち着いた今も、連日満床の状態が続いています。
人口あたりの医師数は政令指定都市で最下位(人口10万人あたり)。処置をしたあとの転院先も慢性的にひっ迫していて、ベッドが空けられない事態に陥っているのです。
この地域で20年にわたって救急医療に携わる、田口茂正医師です。
「(患者の)行き先もいつも満員になっている。そうするとこういった救急病院も常に満員になって、八方ふさがりっていうんですかね」
さいたま市では2022年、救急搬送が困難とされたケースが7,400件を超え、最も多くなりました。再開発に伴って増え続ける人口。医療現場は、さらなる負荷につながりかねないと危機感を募らせています。
「後追いで医療が合わせていっているようなところがあるので、道路とか公園とか、そういうものの一環のような形でですね、やはり医療の計画も合わせて考えながら街を作っていければ」
全国で再開発が加速 なぜ いまリスクが表面化?
<スタジオトーク>
合原 明子キャスター:
これからのまちづくりはどうあるべきなのか。きょうのゲストは、都市政策が専門の野澤千絵さんです。
・建設費の高騰
・社会インフラへの負荷
再開発について、こうした2つのリスクが見えてきたわけですが、なぜ、今こうした問題が顕在化しているのでしょうか。
野澤 千絵さん (明治大学教授)
都市政策が専門
野澤さん:
特に「社会インフラへの負荷」についてですが、一つ一つの開発事業については案件が出てくるたびに自治体と民間事業者が協議をしているのですが、それが都市の中でどんどん出てきて、積み上がっていく事態に対して全体的にコントロールできているかというと、できていないということになっているわけです。
その結果、いろんな社会インフラへの負荷が出てきているわけですけれども、結局それが丁寧に調整されたり検討されたりということができてないので、後追い的になってしまっているということかなと思っています。
合原:
そして今回、建設費高騰の対策として使われている「補助金」について調べたところ、17都府県の33の市や区に投じられていることが分かりました。なぜ、民間の事業を自治体が支える形になっているのでしょうか。
野澤さん:
市街地再開発事業というのは、都市計画として公共性があるからなんですね。そのため、容積率を緩和したり、補助金が出たり、あるいは税制上の優遇措置などもあるわけです。
ただ、地方では新たな床を作ってもなかなか需要がなくて埋まらずに、結局、行政がその床をやむなく買い取るはめになるということで、それは実質的にみんなの税金でなんとかしているというところも結構出てきているわけです。
今後、建設費がどんどん高騰していくということが見込まれている中で再開発事業が持つ、そのものの公共性についてもう少し長期的な視点でいま一度、立ち止まって考える時期に来ているのかなとみています。
合原:
さらに今日(11月21日)、神宮外苑の再開発計画を巡ってユネスコの諮問機関の日本支部が会見したのですが、市民からも高層ビルの建設に対して反対の声が上がるケースも目立っています。なぜ、こうしたことが今、相次いでいるのでしょうか。
野澤さん:
時代とともに再開発事業の捉え方というのが、世論と行政や事業者との間で隔たりが出てきているのかなとみています。これまで公共性というのは道路が足りないから作る、駅前広場がないから整備する、災害対策をする、といったスクラップ&ビルド型だったのですが、今、社会や世論が求めている公共性というのは、もう少し地域の歴史や個性も大事にした都市のリニューアルなのかなと思っています。
合原:
そうしたズレは、どうして生まれてしまったのでしょうか。
野澤さん:
本来、2000年代ぐらいから都市再生という政策がやられているわけなんですが、それは民間企業だからこそ創意工夫があるということで官民連携という形で進められてきました。それが都市の中でたくさん出てきている中で、どこでも同じようなといいますか、画一的なものがたくさん出てきてしまったということも影響しているのかなとみています。
合原:
この再開発ですが、法律で地権者の一定数の同意があれば進められるとされています。ところが、その同意を得る過程で問題が相次いでいることが見えてきました。
再開発を進める“同意” 詳細を聞かされぬまま…
首都圏の再開発が進む地域で飲食店を営む男性です。当初、デベロッパーからは新しく建つビルでも「店を続けられるので心配ない」と説明されていたといいます。
「はじめはですね、(デベロッパーから)とりあえず『再開発をするとみなさんが潤う』と。『マイナスなんかないんだ』と、そういう話を聞きまして。それだったら参加してもいいんじゃないかなと」
ところが、計画が具体的になると男性は「店の面積が半分になる可能性」を初めて示されたといいます。
「最初に言っていたことと違うよ。これはおかしいじゃないかと。宴会で20人30人をとっていたのが今度10人しかとれないと。そういうふうになってきますと。結局、面積が半分となると売上げも半分になる可能性が出てきますよね」
男性のほかにも計画に反対する声が複数上がりましたが、担当者は「計画は止められない」と伝えてきました。
「なんとか、この事業を進めたいという方がやはり3分の2ぐらいおりますので、ぜひそこに一緒に参加して進んでいっていただきたいなという、お願いでございます」
再開発を進めるには、法律で地権者の3分2以上の同意が必要とされています。男性の店がある地域では、その条件を満たしたため受け入れるしかありませんでした。
「のらりくらりと、はっきりした返事しませんから。『大丈夫ですよ、なんとかなりますよ』と、そればっかりなんですよね。もうけ主義でどんどん動いていますから、そういう感じがしますよね」
再開発を進める“同意” 突然 増えた訳は…
取材を進めると、思わぬ形で再開発に必要な同意を満たしたケースも浮かび上がってきました。
2022年、再開発が決まった東京・港区の土地。計画に反対していた元地権者の田渕経雄さんは、この場所で特許事務所を営んでいました。突如計画が進んだことに違和感を抱き、土地の登記を調べると意外な事実が明らかになりました。
「ここらあたりが5つに分筆(ひとつの土地を複数に分けること)されていって。ここがまた、3つくらいに分筆されていって、地権者数と賛同者数が増えた」
再開発を手がけるデベロッパーの子会社が、所有する土地を分割。それぞれ異なる会社に売却され、地権者が増えていました。さらに、デベロッパー自身が権利を持つ別の土地も3つに分割され、地権者はさらに増加。こうした地権者がすべて賛成に回り、自治体が指導する同意率に達していたのです。
「これだと反対者がいくらいても(同意者が)8割になってしまう。デベロッパーがどんどん地権者数を分筆して増やしていけるのがおかしい」
田渕さんたちは、この事実を陳情書にまとめ、港区に提出。再開発を審議する場で議論になりました。
港区都市計画審議会 議事録より
「同意者を増やすための1つの手段ととられても仕方がない」
「合意形成について、脱法行為ととられかねないおそれがある」
「事情聴取をした結果、そういう意図をもって分筆したものではないとお答えをいただいております」
「法律上の問題はないというふうに考えております」
この審議会の会長を務める高見沢実さんは、区が「法律上の問題がない」という見解を示したため、計画を了承したといいます。
「私の立場としては、その場で悪意を持って分筆したとか、しなかったとか、そういうのを審議する場ではありませんし、それを審議しようとしても分かるわけではありませんので、特に問題がなければ異議のないものと決定しますということになります」
今回、再開発を手がけるデベロッパーに「土地の所有者が増えると同意率にも影響を与えることを認識していたか」と聞きました。それに対し「同意率への影響等については特段の意識はなく、ただ経済合理性に基づいて取引を行ったものです」と回答がありました。
計画に反対していた田渕さん。結局、土地を売却して離れる選択をしました。
「法律違反していなかったらいいだろう、問題ないだろうということは、ちょっとやめてもらいたい」
再開発を進める“同意” プロセスに課題は?
<スタジオトーク>
合原 明子キャスター:
取材を進めると、東京・港区のケースでは計画に反対する別の地権者の1人が土地を分割する対抗策を取っていたことが分かりました。東京都は、同様の事案が他の場所でも起きていることを確認していて問題視しています。
「宅地の分割を行っても同意対象人数が増えないやり方、そういった算定方法が明確化されることが望ましい。何かしらの法的な対応が必要ではないか」
合原:
この問題、所管する国交省に聞いたところ「恣意(しい)的な分筆と通常の売買の区別が難しく、制度改正の要否も含めて慎重に検討する必要がある」との回答でした。野澤さんは、どう考えてますか。
野澤さん:
普通、分譲マンションというのは区分所有者の5分の4以上の賛成で建て替えをするというようなルールがあるわけです。
一方で、再開発事業は公共性があるからということで同意率が3分の2以上でいい、ということになっているわけです。だからこそプロセスがすごく大事なわけです。
ですので、やはりこのように問題が出ているのでしたら、この同意率に関わる問題については法制度としてもう少し明確化する必要があるのかなと考えています。
合原:
ここまでさまざまなリスクですとか、決定までのプロセスの問題が見えてきていますが、これからの町づくりに野澤さんが必要だと指摘しているのが“都市経営”というキーワードです。こうした観点から大胆な条例を作った神戸市の取り組みに注目されているということなんですよね。
野澤さん:
はい。神戸市は三宮の駅の周辺をタワマン規制するということで、世の中的にはタワマン規制というのがすごく注目されてしまいがちなのですが、実は神戸市の趣旨としては都市全体を「面」として捉えて、郊外の住宅地も含めて都市全体の中でどこに居住機能や都市機能を分散して配置して、世代交代を図っていくかということをきちんと都市計画として考えているということなんです。
そのために、例えば郊外の駅周辺のリノベーションを支援して街の世代交代を生み出そうということにも踏み込んで取り組まれているということで、便利な駅前ばかりにたくさん人口を増やそうというようなことではない長期的な都市経営の観点で取り組まれているということだと考えています。
合原:
長期的、かつ広い視点でということですね。日本はこれから未曽有の人口減少社会に入っていくわけですが、まちづくりの上で何が大切か、野澤さんに書いていただきました。
野澤さん:
「高く大きくからの脱却」と書かせていただきました。今回見てきたように、市街地再開発事業というのはやはり地権者の持ち出しの負担がないということで、どうしても都市のリニューアルで使われがちな事業手法なのですが、これから特に地方などは人口も減って需要も減っていくという中で、せっかく作った床が埋まらないと、結局それが税金で返ってくるということになってしまいます。
なので、高く大きく作らなくても街がリニューアルできるような新しい事業手法であったり、そのための支援制度や枠組みをきちんと今、私たちの世代が考えていくことが非常に大事になっているかなと考えています。
合原:
時代に合った形にということですね。今回は都市の再開発について考えてきましたが、人口や税収が減少する中で老朽化した街をどのように更新していくのか、改めて長期的な視点でまちづくりを考える時に来ています。