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2023年6月27日(火)

精神科病院でなにが… 追跡・滝山病院事件

精神科病院でなにが… 追跡・滝山病院事件

ことし2月、東京・八王子市の精神科病院「滝山病院」で発覚した、患者への虐待事件。看護師ら5人が逮捕や書類送検されました。東京都から改善命令が出され、病院側から再発防止策が示されるも、今、次々と患者の家族らが声をあげ始めています。私たちは家族からカルテを入手。専門家や病院関係者への取材から、不適切な治療が行われていた可能性が浮かび上がってきました。精神科病院で何が起きていたのか。1年半にわたる追跡取材。

出演者

  • 齋藤 正彦さん (精神科医 都立松沢病院名誉院長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

追跡・滝山病院事件 精神科病院での虐待

桑子 真帆キャスター:
内部告発をきっかけに事件が発覚し、これまでに看護師ら5人が逮捕や書類送検された東京・八王子市の滝山病院。病院を監督する東京都から改善命令が出され、事件について病院はホームページで謝罪。再発防止に動きだしています。
しかし事件発覚後、患者の家族からは他にも虐待が起きていたのではないかと訴える声が相次いでいます。

新たな虐待の疑惑 声をあげる患者の家族

病床数288の精神科 滝山病院。入院患者の多くは精神疾患に加え、人工透析が必要な人たちです。

弟が滝山病院に入院していた立花さん(仮名)。

弟は統合失調症があり、糖尿病で人工透析が必要な状態でした。両方の治療が受けられる病院は限られていると、滝山病院を紹介されました。

立花さんが異変を感じたのは6年前のことです。

立花さん(仮名)
「誰が見ても殴られたんじゃないかなっていう。あざがまだ赤く残っていたので。黒くはなってなかったので、そんなに時間がたってないなっていう。看護師からは暴れるとは聞いてなくて、いつもおとなしいと聞いてたんですけど」

あざの理由を病院に問い合わせたものの「分からない」という回答だったといいます。

さらに別の家族からも。

妹が滝山病院に入院していた松本さん(仮名)。

4年前、見舞いに行ったときに妹から「虐待を受けている」と打ち明けられました。

松本さん(仮名)
「病室にはもちろん入れませんし、出てきて廊下で面会するんですけど、あるときに『なぐられた』って言われて。あるんだよ そういうことは、そんなこと珍しくないみたいなことを言われて。早く退院したいっていうのは言ってましたね。妹としては本当につらかっただろうなって」

相次ぐ虐待を訴える声。実態はどうなっていたのか。

病院の関係者が重い口を開きました。

病院スタッフ
「(暴力は)ありました。オムツ交換のときに、あっち向けよって言って、背中をドンって突いたり。汚いじゃないかって、たたいたり。そういうのが年中、多かったですね」
病院スタッフ
「患者さんを罵倒したりですとか、人によってはおなかを殴る、傷が残らないように。ひどいなと思いました。あそこの中では人権はないですよね」

事件以外にも虐待が起きていたという声について滝山病院に取材したところ、病院は「院内で虐待が常態化しているという事実はない」と否定しました。

本来、病院を監督する立場の東京都。年に一度立ち入り検査を行い、患者への人権侵害がないか、医療体制が適切かなど、100項目以上にわたりチェックします。

NHKが入手した、滝山病院に関する2022年7月の指導報告書です。

暴行等による人権侵害の項目は、問題なしを「a」とする4段階評価で「b」。口頭指導にとどまりました。

しかし、この監査が行われる数か月前。

看護師
「(たたきながら)しゃべるなっつってんだろ」
患者
「怖い、怖い、痛い」
看護師
「黙ってろおまえ、飯来るまで」
2022年4月4日 弁護士の面会映像より 入院患者
「僕はもう、このまま帰りたいです」
弁護士
「また殴られたりしそうですかね」
入院患者
「はい」

実は東京都も、このころ院内で虐待が疑われるという情報を得ていました。

なぜ監査では虐待の事実を確認できなかったのか。東京都が取材に応じました。

東京都 精神保健医療課 佐藤淳哉課長
「最終的な事実の確認に至らなかったのは事実としてあります。それは残念なことだったと思ってます。虐待を立証しなければいけない、行政としては。そのためには、いつどこで何があったのか、しっかり突き止めなければいけない。現場で虐待を行っている瞬間に入るのは、非常に可能性として低いなかで事実をどうやって立証していくか、非常に苦悩するところではあります」

一方、監査を受ける病院側。通常、事前通告で行われる監査に対し、準備をして臨んでいたと関係者が証言しました。

病院関係者
「(医師の指示のない)拘束は違反だからって、ひもを隠してました。監査の書類が来ます、いつ来るとか言ってくる。そうすると監査の話し合いがあるからと集めさせられるんです。こういうことを気をつけなさいと言われる。その病棟によってですけれど、更衣室に隠したりとか自分の車の中に置いてきたとか」

長年、精神科医として都の監査に携わってきた竹内真弓さん。行政による監査では、その仕組みに限界があると明かしました。

精神科医 竹内真弓医師
「(病院の)協力のもとですから。警察の捜査ではないので強制権がないですし、ある程度こちらが決めて行きますねと言って、この患者さんを出してくださいというのをやるんですけど、そこは今ちょっとだめですと、もし断られたら見られないです。おかしいなとは思いますけど。そこをもっと踏み込んで、もっときつい監査をするというのはできないですね」

監査の際に「拘束で使うひもを隠した」という証言に対し、病院は「現時点においてそのような事実は確認されていない」としています。

内部告発で、はじめて明らかになった滝山病院での虐待。病院は東京都からの改善命令を受け、外部の専門家などが入った「虐待防止委員会」を設置。さらに第三者委員会も立ち上げ、実態把握に向けた調査が動き出しています。

繰り返される問題 背景に何が?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
取材に対し病院は新たな虐待の訴えについては否定したうえで「職員に対する研修の実施や、虐待の未然防止、早期発見の取り組みを強化していく」とコメントしています。

きょうのゲストは、全国最大規模の精神科病院、都立松沢病院の名誉院長である齋藤正彦さんです。
内部告発、それから映像もあったことで事件化したわけですが、この事実をどう受け止めていますか。

スタジオゲスト
齋藤 正彦さん (精神科医)
都立松沢病院名誉院長

齋藤さん:
閉ざされた場所からSOSを出すのはとても難しいことで、内部告発もほとんどは実を結ばないです。今回は本当に特殊な例だった。精神医療全体が「こういうものなんだ」と思われたら困る。これは特殊な例なのですが、「この病院だけですか」といわれたらそれは分からないですね。あちこちにあるかもしれないということです。

桑子:
全体像も見えにくい。ではなぜ、滝山病院で問題が起きてしまったのでしょうか。

齋藤さん:
この病院について言えば、人工透析の患者さんをたくさん引き受けていたんです。慢性の人工透析になってしまうと、健康な人であればご自分で透析の病院に通うということができますが、精神に障害のある人はそれが難しいことが多い。そうなると、どこか1か所に集めてやるということになる。
そうすると「ここしかない」という病院をわれわれが作ってしまった、医療者や行政が作ってしまったというのが、問題に的確に対処できなかった理由の1つだと思います。

桑子:
もう一つ、組織のガバナンスという面ではいかがでしょうか。

齋藤さん:
閉鎖された空間で力の弱い人と力の強い人がいて、弱い人は「逃げ場がない」ということになれば、虐待は起こるべくして起こるんです。
だから、私たちは常に「そういうことが起こるんだ」、松沢病院でも起こるんだということを認識しながら仕事をしますし、病院の管理者はそういうことが起こらないようにガバナンスをきちんとするということですが、そういうことを「知りませんでした」と経営者がおっしゃるのはガバナンスができていなかった。個々の職員の非行は言うまでもありませんけれど、それだけの問題ではないと思います。

桑子:
事件を受けて、国も虐待が疑われる場合はちゅうちょなく行政指導に入るよう全国の自治体に通知したのですが、実は精神科病院でのこうした事件や問題は今回が初めてではありません。

例えば1984年に発覚した宇都宮病院事件では、患者2人が死亡しました。そして2020年の神出病院事件では、看護師ら6人が有罪判決を受けました。こういったことが繰り返されてきたわけですが、なぜ繰り返されるのか。

なぜ繰り返される?
・閉鎖性
・長期入院(1年以上 16万人)

その背景として大きく2つ「閉鎖性」それから「長期入院」があるのではないか。まず「閉鎖性」はどういうことでしょうか。

齋藤さん:
精神科の病院に限らず、高齢者の施設、障害児の施設、どうしても閉鎖的になるんです。そういうところでは虐待が起こりやすいということが言えます。
それに加えて「長期入院」が多かった。長期に入院が及ぶと、家族の関心も薄らぐ。それから福祉事務所などの関心も薄らぐということになると、そこの中で何が行われていてもアピールするチャンスがないので、同じような事件が繰り返される。
しかも、繰り返された事件はたまたま発覚しただけであって、何か合理的な方法で導き出されたものではないということが言えると思います。

桑子:
さらに取材を進めますと、滝山病院では虐待だけではなく、患者への治療に関しても新たな疑いが浮かび上がってきました。

浮上した新たな疑惑 不可解な医療行為

滝山病院に7年間入院していた女性は、2022年12月に弁護士の支援で退院。うつ病と、体が動かなくなる難病と診断されていました。

転院先の主治医である堀内正浩さんは、女性のカルテに不可解な点を見つけ、治療に疑問を持ったといいます。女性のカルテを見る限り、根拠が不明瞭なまま「急性心筋梗塞(AMI)」と診断され、その治療が行われていたと堀内さんは指摘します。

主治医 堀内正浩医師
「急性心筋梗塞(AMI)という診断がなされているんですけど、カルテを見ると心電図と採血をしてあるんだけど、不適切な治療が行われたってことは言えると思います」
堀内正浩医師
「ウロキナーゼ、あとワーファリンも投与されているし、血栓溶解剤を多量に投与することは、例えば脳出血とかそういうものを引き起こす可能性があるので、非常に危険な行為だと思います」

滝山病院で行われていた医療への疑問の声は、他の患者の家族からも上がっています。

妹が滝山病院に入院していた倉田さん(仮名)です。

4年前、妹が亡くなったときの病院の対応に不信感を抱いたといいます。

取材班
「死因について説明はあったんでしょうか」
倉田さん(仮名)
「滝山病院からですか?一切ないです。もう亡くなりましたっていう。お医者さんのほうからは(妹の病状を)こうこうこういう状態で、こうなってこうなってっていう具体的な説明は一切なかったです」

滝山病院で何が起きていたのか。

NHKは、倉田さんなど、家族の協力を得ながら10人のカルテを入手。医療安全や循環器など、複数の専門家に分析を依頼しました。

その1人、田邉健吾さんです。循環器内科の医師として、学会のガイドラインの策定にも関わった専門家です。

まず見てもらったのは、倉田さんの妹のカルテです。

三井記念病院 循環器内科部長 田邉健吾医師
「診断は(急性)心筋梗塞としっかり記載されていて、心筋梗塞という診断のもとで治療がなされていました。患者さんの症状だったり状況をみていたわけではないので今残っている結果からという制限はつきますけれども、心電図からは(急性)心筋梗塞とは断定できない検査結果だなと感じました」

循環器学会のガイドラインでは、症状の訴えなど急性心筋梗塞が疑われる場合には心電図の波形と血液検査の値を確認するとされています。

倉田さんの妹のカルテです。

急性心筋梗塞を意味する「AMI」。そしてその根拠として心電図の「STが上昇」という記述がありました。しかし…

田邉健吾医師
「心電図だとSTが上がっていないように見えます」

心電図は、機械による判定でも「正常の範囲」という結果でした。血液検査でも、急性心筋梗塞になると上昇する酵素「クレアチンキナーゼ」の値も正常の範囲内でした。

田邉健吾医師
「心電図も大きな異常がない、採血結果も異常じゃないのに(急性)心筋梗塞と判断してしまっているところが問題かなと思います」

カルテを取り寄せた10人。そのうち5人が検査上の根拠が不明瞭なまま急性心筋梗塞とされた可能性があり、さまざまな薬が投与されていたと複数の専門家が指摘しています。

取材班
「急性心筋梗塞になりましたと言われた記憶はありますか」
倉田さん(仮名)
「ないです。心筋梗塞という話は聞いていないです。
私にとっては妹、たったひとりの妹なんですね。そういう扱いをされるのはどうなのかなって。人として最低限、尊ばれるべきじゃないかな」

滝山病院での治療について、現場で深く関わってきた病院関係者が私たちの取材に初めて内情を語りました。

病院関係者
「患者さんが状態が悪くなってくると、院長が1-B(病棟)に運べって。1-BはICUみたいに人工呼吸器をつけたり、いっぱい点滴、管通したり、濃厚治療病棟。院長の鶴の一声で1-Bへ送れって言えば送る。やれって言えばやる。院長がその治療が必要だって言えば、それまで。『先生、でも…』っていう言葉を返すことは、私たちはできなかった」

さらに別の医療スタッフからも。

病院スタッフ
「ほとんど同じ治療を、どの患者さんにもしている状況です。こんなに薬剤使っているところはたぶんないと思うんですけど、体中いろんな管が入るので感染を起こせば抗生剤を使ったり、貧血が進めば輸血をしたり、でもそれがずっと体の中にたくさん水が入るので、最後はみんなむくんで亡くなっていきます。ここはこういうやり方だから、自然と慣れてしまう」

今回、複数の専門家が指摘した急性心筋梗塞の不可解な診断や治療。NHKでは、滝山病院にその指摘に対する見解や理由を聞きました。病院は「現段階で個別の患者に関する情報を発信する予定はありません」と回答しています。

日本の精神医療 あるべき姿とは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
なぜ、このような不可解な診断や治療が行われたのか。その真相は分かりませんでした。
齋藤さん、医療を巡っても新たな疑いが出てきているわけですが、どう考えたらいいでしょうか。

齋藤さん:
こういうのを見つけだすのは、さらに難しいです。毎月1回診療報酬の審査がありますので、そこでは大変詳しく審査が行われますが、あくまでも病院がつけた診断や状態像の評価は「正しい」ということが前提ですので、そこに疑いを持たれたらそこから先は審査のしようがないということになります。

桑子:
実際に虐待以外にも医療行為や、それに伴う診療報酬を巡る問題がなかったか。厚生労働省は5月、東京都や八王子市とともに異例の立ち入り指導に入り、現在調査を進めています。

そして今、日本の精神疾患のある患者は400万人を超えています。精神医療のあるべき姿とはどういうものなのか。

あるべき姿とは…
・患者の権利の保障
・外部にオープンに
・実効性ある監査
・地域で暮らせる環境づくり

大きく4つ挙げていただきました。「患者の権利の保障」は大前提で、しっかり守る。そして「外部にオープンに」「実効性のある監査」そして「地域で暮らせる環境づくり」ということですがどういうことでしょうか。

齋藤さん:
「患者さんの権利の保障」というのは、制度ができても実効性がなければしょうがないので、それをきちんとこれからやっていくということです。

それから、閉鎖的な空間では虐待が起こりやすい。とんでもない例は別にしても、普通の病院でも起こるので。組織をなるべくオープンにして、人の目を入れるということです。それが2番目です。

それから、監査をしている東京都もやりようがないんです。書類の審査だけでも1日かかっていますので。だけど、それこそIT化すればいいことなので、実際に病棟に人が入るということで、「立証できませんでした」と都の方はおっしゃっていましたが、入ってすべての患者さんに会うということをすれば、十分大きなけん制になると思います。

最後、「地域で暮らせる環境づくり」というのは精神科の病院の塀を高くしているのは病院だけではないということです。周りの人たちも塀の中でやっててくださいと。そういうものが長期入院を生み、それから虐待が起こっても無関心を生むということなんだと思います。だから、私たちの地域がオープンになるということも非常に重要なことだと思います。

桑子:
問題を埋もれさせてきたのは社会なのではないか。この視点もしっかりと受け止めたいと思います。ありがとうございました。

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