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2023年5月10日(水)

“思い出の建物”消えていいですか?問われるニッポンの建築文化

“思い出の建物”消えていいですか?問われるニッポンの建築文化

いま、懐かしの建物、思い出の建物が全国各地で取り壊しに…。「中銀カプセルタワービル」や「東京海上日動ビル」など、名建築が次々と姿を消しています。維持管理や耐震対策など、多額の費用が所有者にのしかかる背景も。そうした中、私財を投じて名建築の再生に取り組んだ俳優・鈴木京香さんの取り組みや、宿場町の街並みを住民主体で守った兵庫・丹波篠山の事例も紹介。歴史的建造物の継承はどうあるべきか考えました。

出演者

  • 鈴木 京香さん (俳優)
  • 後藤 治さん (工学院大学理事長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

思い出の建物が消えていく 岐路に立つ歴史的建造物

桑子 真帆キャスター:
取り壊しが相次いでいるのは、戦争や戦後の開発ラッシュといった時代の荒波を乗り越え、地域の営みを今に伝えてきた近現代建築の数々です。

例えば、特徴的な三角屋根の洋風木造建築が長年親しまれてきた「旧原宿駅舎」。そして、カプセル型の個室が積み上げられた独特なデザインで世界的にも注目を集めた「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」。いずれもその歴史に幕を下ろしました。

なぜ、歴史的、文化的な価値を持つ建物の解体が後を絶たないのでしょうか。

俳優・鈴木京香さんに聞く 建築物を受け継ぐということ

俳優・鈴木京香さんが2021年、私財を投じて継承した築66年の一軒家。

桑子 真帆キャスター
「京香さんが、ここは特に好きという場所は?」
俳優 鈴木京香さん
「階段下にあるステンドグラスが素朴でかわいらしくて、本当に好きだなと。雨の日には室内が本当に暗くなるんですけれど、いろんな色がほのかにともっている感じで。いくらでも眺めていられる」

まるで宙に浮いているかのような片持ちの階段。

太陽や月の光を取り入れる天窓。

この一軒家を手がけたのは、建築家の吉阪隆正(1917~1980)。既成概念にとらわれない大胆な発想で戦後、日本の建築界をけん引した人物です。この建物は吉阪の代表作でしたが、持ち主の死後、取り壊しの瀬戸際に立たされていたのです。

桑子 真帆キャスター
「所有者が『これ以上、維持管理できない』と解体が相次いでいる。そういったことについては、どうお考えですか?」
鈴木京香さん
「もともと街の景観だとか、旅先で楽しんでいた私としては、ここにあったすごくかわいらしい民家が今は新しいマンションになってしまっているとか、散歩のときだとか移動先で目にすると、すごく寂しいなと。きれいに直してまだ建っているとうれしかったり、建物の魅力と自分の好みがあるので私は好きだし、大事にしたいと思った」

価値ある建物を次の時代に受け継ごうと購入の手続きをする中で、鈴木さんは一筋縄ではいかない現実も感じたといいます。

鈴木京香さん
「相続税という問題がありますし、このまま継承したいのはやまやまだけど、それができない状態がみなさんおありになったんだろうなと分かりましたから」

建物の継承を巡っては、相続税が大きな課題となっています。

住宅遺産トラスト 木下壽子理事
「所有者の方からご相談をいただいて、継承者の方におつなぎする」

建築家や建築士など不動産の専門家で作る団体です。相続税が原因で建物を解体せざるを得ない背景には、急速に進んだ“少子高齢化”があるといいます。

木下壽子理事
「ご相談を受けるタイミングは、相続のタイミングが非常に多い。特に少子高齢化で、所有者の方がお子さまがいないケースが多い。(所有者が)亡くなった場合、継承者がおいごさん、めいごさん、複数になる場合がある。その場合、非常に複雑になってしまうことが多い」

継承を巡るもう一つの課題が、維持管理のコストです。

細長い空間を生かした、空が一望できる天井が特徴の築51年の一軒家です。世界的に活躍したグラフィックデザイナーの男性が所有していました。男性の死後、妻は高齢者用住宅に移り、息子が主に建物の維持管理を担っています。悩みの種は、老朽化により負担を増す維持費。雨漏りの防止や床材の改修などに、これまで数百万円以上を費やしてきたといいます。

アートプロデューサー 粟津ケンさん
「経費が毎年毎月(建物が)あるだけでかかってくる。なんとかしないといけない。何もしなければ、どんどん建物は古くなっていくので」

一方、建物の災害対策も継承を行う上での課題となっています。

奈良県 橿原市(かしはらし)にある、畝傍(うねび)駅舎。取り壊しの可能性が高まっています。橿原神宮や神武天皇陵への最寄り駅だった畝傍駅は、参拝する皇族にも利用されました。かつて使われた貴賓室も残されています。

駅の利用客が減少する中、所有者のJR西日本は駅舎を存続させる方策として橿原市に“無償譲渡”を打診しました。市が試算したところ、駅舎の耐震化工事などに総額2億円余りかかることが判明。飲食店などの事業者を誘致しても赤字になることも分かり、市は取得を断念しました。

橿原市 市街地整備課 西川満課長
「維持管理をするのに市ですべて賄うのは財政的な負担も大きいこともあり、残念ではあるが、断念という形になった。」

ふだんは非公開の貴賓室。5月7日、特別に公開されました。住民の間からは、取り壊しへの戸惑いの声も上がっています。

住民
「存続は大変だと思うんですけれど、やっぱり受け継いでいきたいものもあるので、親としては残してもらえたらと思います」
八木まちづくりネットワーク 平田元さん
「ひとりひとりの頭の中、心の中にはこの駅舎に対する思いがたくさんある。歴史文化を大事にしたこの地ですので、世代を超えてみんなで考えて、できるだけこの地を残して活用できればと考えています」

なぜ解体?歴史的建造物 継承が難しい“理由”は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、歴史ある建物の保存や活用のあり方の研究が専門の、後藤治さんです。
各地で取り壊しが相次いでいること、後藤さんはどういうふうに捉えていますか。

スタジオゲスト
後藤 治さん (工学院大学理事長)
歴史ある建物の保存・活用のあり方を研究

後藤さん:
何とかしたいとは思うのですが、そんなに簡単ではないんですね。都市部では20世紀、日本はすごく人口が増えましたから、広い敷地に一軒家であるよりも、そこを10軒の家にしたり10戸建てのマンションにしたりということで、多くの人口を受け入れるということを国を挙げて応援していました。現在もその状況というのはあまり変わらないんですね。

地方においては、今度は跡継ぎがいないということに加えて企業の場合には事業を継承してくれる人がいないということで、そういったもので失われることが増えているので、こういったところになんとか手を打たないといけないという課題があります。

桑子:
それぞれの地域の特性によって起きている課題も異なるとは思うのですが、今なぜ歴史的な価値を持つ建物の継承が難しくなっているのか。今回は、大きく「お金の問題」「制度の問題」ということで2つの課題を見ていきたいと思います。

まず「お金」ですが、VTRでは相続税、維持管理費について見ましたが後藤さんはどういう課題があるというふうにみていらっしゃいますか。

後藤さん:
この問題に関しては、特に都市部に対して重い問題だと思っています。「相続税」とか「固定資産税」は先ほど言ったように、1軒の家が建っているところと10軒の家が建っている20戸建てのマンションが建っているところ、同じ「相続税」、「固定資産税」が土地に関してかかってきます。そうすると、1軒のコストの負担が大変重くなります。「災害対策」も都市部においては耐震とか防火とか人口が密集していますので、そういったところもハードルが高くなります。

桑子:
負担が大きいのに、助けてもらえるような補助金というのがなかなか十分ではない。

後藤さん:
そうですね。今、日本では文化財の補助金ぐらいということで大変細々としたものです。

桑子:
そして「制度」についても見ていきたいと思います。

そもそも日本の歴史ある建物は、その価値に応じて「国宝」、「重要文化財」、「登録有形文化財」というふうに定めて保存・活用を図っています。
このうち「登録有形文化財」は、築50年が経過して一定の評価を得たものに関しては今、取り壊しが相次いでいます。

登録抹消の件数を見ますと、特に近年増えていることが分かります。
後藤さんは登録有形文化財などのシステム制度を作られた当事者ということで、なぜこういったことになっているのでしょうか。

後藤さん:
登録制度というのは、もともと価値があるということをみんなに知ってもらうことが目的で登録する、ということが目的とした制度で、そのために国宝や重要文化財のように規制が重くかかるわけではないということです。
一方、規制がない代わりに補助も少ない。そこがまず問題になります。

桑子:
維持管理が難しくなる。

後藤さん:
維持管理だけではなく、先ほど言ったように地方において後継者がいなかったり事業を継いでくれる人がいないということで、近年さらに抹消されるものが増えているのではないかと想像します。

桑子:
ただ、価値のある建物というのは多くあるわけで、そうした建物を継承するためにこうした大きな課題がある中で、地域の住民たちみずからが関わることで活用への道を開こうという動きも出ています。

消えゆく歴史的建造物 “次の時代へ”継承の模索

5月、予定されていた取り壊しが直前で食い止められた建物があります。

鹿児島県民教育文化研究所。昭和14年、呉服商の邸宅として建てられ、地元では旧藤武邸として知られています。
藤をあしらった欄間に、寄せ木細工で形づくられた床。和洋折衷の貴重な近代建築として評価されています。2014年、国の登録有形文化財に認められました。

教育文化研究所の解体が浮上したのは、2022年の夏。老朽化で維持が難しいとされたのです。

建物の存続に立ち上がった砂田光紀さんがまず取り組んだのが、地域住民と問題意識を共有することでした。解体中止を求める署名を呼びかけ、4,000件余りを集めました。さらに、各地の博物館などの改修を手がけてきた経験をもとに、建物の活用計画を作成。

鹿児島の古い建物や街並みを活かす会 砂田光紀さん
「これが概要資料ですね。たとえば観光インバウンド、遠足、展示とか展覧会、即売会、こういうことが向いているのではないかと書いています」

年間およそ1,500万円の収入を見込み、建物の補修・維持管理の費用を差し引いても黒字を達成できるとしています。

砂田光紀さん
「ただ守ってください、買ってくださいというのは独りよがりすぎるなと。こういうものを作って提案していく」

解体期限が迫っていた4月末までに、複数の購入希望者が現れました。所有者は解体を延期し、6月上旬には売却先などを決めたいとしています。

住民たちが歴史的な建物を積極的に活用することで、街の活性化につなげた地域があります。兵庫県 丹波篠山市(たんばささやまし)福住地区です。

江戸時代末期に建てられ油問屋だったとされる建物。5年前に古民家ホテルとして改修されました。

ホテル経営 安達鷹矢さん
「梁(はり)とか駆体(くたい)は、全部そのままいじらずに使っている」

居間だった和室をレストランに改修し、個室はもともと床の間だった空間を生かしました。

安達鷹矢さん
「古いから新しいものに変えるのではなく、そこが味があるからそれを生かすためにどうするかという使い方をしている」

街の活性化に取り組んできた麻田馨さんは、過疎化が深刻となる中、16年前から活動を始めました。

福住地区財官 麻田馨さん
「子どもさんたちは都心へ就職する。そうするとこちらへは帰ってこない。そこからここまで空き家ばかりだった。本当に死んだ街みたいな感じでした」

起死回生の一手として目をつけたのが、空き家となっていた歴史のある建物の活用。継承する上での壁を乗り越えるある仕組みを考えました。

通常、活用したい人が現れても建物の「購入」や「内装の改修」に加え、「外観の修理」や「耐震補強」が大きな負担となります。
そこで福住地区では、建物の所有者と負担を分担します。行政が1,000万円を上限に、その8割を補助する制度を活用し、所有者が「耐震補強」などを行います。
一方、建物を活用する人は月々の「賃料」を支払います。初期投資は「内装の改修」費用だけで済むのです。

こちらのカフェは、昭和初期に芝居小屋として使われていた建物を活用しています。耐震や外観にかかる費用は負担することなく、内装や設備にかかるおよそ900万円で開業することができました。

大阪市内から移転 カフェ店主
「大阪市内であればこんな広いところ絶対に資金的にも借りられないので、ここの持ち主も管理している人も(訪問した)その日にすぐ来てくれて、中を見せていただいて一発で気に入って、その日に契約した」

こうした取り組みの結果、古着店や自転車店など、多種多様な事業者の誘致に成功。福住に移住する人も増えています。

こちらのパンの店は、3年前に大阪から移住した家族が営んでいます。明治時代に建てられたとされる家屋を、住宅兼店舗に活用しています。

大阪市内から移転 パン店 店主
「柱にしても造りがすべて恰好いいなと初めて見たときに思って。自分でこれを買ってというのは絶対に夢の夢だろうなと話をしていたのが、ちょっとそれ(賃貸)だったら自分たちでもできるかもと」

空き家となり、地域の衰退を象徴していた思い出の建物。今、新たな価値を生み出しています。

麻田馨さん
「店舗なり移住者の方を受け入れて、そういう土壌が出来ていますから、ますます入ってこられて、にぎやかになって、将来が明るいのはうれしい」

消えゆく歴史的建造物 “建築文化”の今後は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
活用計画を作って価値を可視化したり、負担を分担するような取り組みをご紹介しました。
他の地域でも実現していくために必要なことはどういうことだと思いますか。

後藤さん:
自治体が、負担が重いという話がありましたが、その投資がしっかり地域の元気に戻ってくるということを認識するということ。
また、そういう自治体を国が応援してあげるということが大事なのではないかなと思います。

桑子:
今、国に応援するような仕組みというのはないのでしょうか。

後藤さん:
「歴史まちづくり法」というのが約10年前ぐらいにできて、そういう取り組みはされているのですが、まだまだその取り組みが広がっていない状況です。

桑子:
国も歴史的な建物が失われていく現状に危機感を持ち、この春、有識者会議を立ち上げました。その座長を後藤さんが務められているということで、具体的にどういう議論・アイデアが出ているのでしょうか。

後藤さん:
いくつもアイデアが出ているのですが、1つは20世紀は人が増えていた時代ですが21世紀はそういう時代ではないので、つくり替えるばかりではなく、建物を残すことにもっと応援する仕組みがあったほうがいいのではないかと。

桑子:
具体的には。

後藤さん:
実は「建築文化振興法」というのを作って、建築を残したり自治体が元気になるようなことを応援する。今だと実は20世紀の名残で、新築することのほうがモノを残すことより応援が大きいんです。残すほうが、より応援が出るような仕組みにすることを提案させていただいています。

桑子:
具体的に、海外というのはどういう考え方なんですか。

後藤さん:
例えば、台湾だと平屋建ての建物と10階建てに開発するのとで、平屋を残すと実は10分の1の固定資産税で済むみたいなんです。要するに、低額の負担で済むような制度が取り入れられています。

ヨーロッパだと建物の規模に応じて資産に課税されるということで、必ずしも高層に開発することばかりに利があるわけではないような仕組みが取られています。

桑子:
建物の規模に応じて、負担というのも柔軟に変えていける仕組みは日本でもつくれますか。

後藤さん:
そういったものも、新しい制度とかで自治体の計画の中で実現していくような仕組みというのができるのではないかと思っています。

桑子:
そして、それを国が支援するというような形ができたらいいですよね。そういう制度面も大事ですが、私たちが暮らす中で考え方として「こういう考え方を持っていたらいいのではないか」ということはどういうことでしょうか。

後藤さん:
今、環境とか省エネの中で、新築の建物を省エネルギーにしようとか、それから廃材が出たときにリサイクル・リユースをしようということですごく国は力を入れていて、日本はそういう意味では一級の先進国なんですが、実は世界では車の両輪のもう一つとして、今ある大事なものを長く使い続けることを応援するということをやっているんです。

日本人は、今あるものを長く続けることをノスタルジックに思っているのですが、それがもっと環境であるとか、サステナビリティというものにつながるという発想が大事ではないかなと思っています。

桑子:
つくるだけではなく、残せるものは残せる。そういった仕組みも同時に考えると。

後藤さん:
それを、車の両輪にしていくということですね。

桑子:
最後は、私がお話を伺った鈴木京香さんです。受け継いだ身としての役割を模索されています。

“歴史”を未来へ 鈴木京香さんの思い

私財を投じ、貴重な建築物を受け継いだ鈴木京香さん。

将来的には、この空間を芸術作品のギャラリーなどとして活用する予定です。さらに、この春立ち上がった建築文化の活用のあり方を考える国の会議の委員にも就任しました。

俳優 鈴木京香さん
「近代建築をどうやって守っていくか、もしくは観光資源として対応していけるのか、自分の立場でいえることはまとめようと思って、まとめている時間とかが楽しいんです。私が好きだなと思う建築家の好きだなとい思う建築を継承させてもらいましたけれど、たとえば苔(こけ)が好きな人もいれば、ブリキのおもちゃが好きな人もいれば守りたいものは人それぞれ違うと思うんですよね。自分の守りたいと思うものを守っていける環境づくりをしたい」
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