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2022年8月30日(火)

夫婦で臓器分け合う 新たな選択めぐる葛藤 あなたはどうする?

夫婦で臓器分け合う 新たな選択めぐる葛藤 あなたはどうする?

今、夫婦の間で臓器を分け合う移植手術が増えています。薬や医療の進歩でかつて主流だった親子間から夫婦間へと大きく移行しているのです。しかし、そこには血のつながらない夫婦という関係ゆえの葛藤が…。移植を選択した夫婦は「愛情があるなしの話ではない」「離婚を考えている状態だった」「もらった方・あげた方で上下の関係ができる」など互いの関係性に深く悩んでいました。夫婦をめぐる新たな選択肢。あなたならどうしますか?

出演者

  • 三浦 瑠麗さん (評論家)
  • 両角 國男さん (腎臓内科医)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"夫婦間"臓器移植 血縁でなくても可能に

2022年6月。臓器移植が間近に迫った、一組の夫婦がいました。富田俊男さんと、妻の幸江さんです。3週間後、妻から夫に腎臓を移植します。

2021年10月。俊男さんは重度の腎臓病と診断されました。腎臓の機能が落ちたことで強いけん怠感に襲われ、食事制限も必要になりました。

俊男さんは治療のため自分の血液を、ろ過して戻す「透析」を受けなければならなくなりました。週3日、1日4時間に及ぶ通院を余儀なくされています。こうした患者は、現在およそ35万人にも上ります。

富田俊男さん
「(終わると)ふらつくような感じ。いつも(針)打ってるところが同じなもんで、しこりみたいのができちゃう。痛いんですよ、もうきついよね」

夫婦で旅行するのが趣味だった2人。残された老後の時間を、より豊かなものにしたい。幸江さんは、高齢の体にメスを入れるリスクを背負い、移植を決意しました。

富田幸江さん
「私の腎臓で主人が元気になるのだったら、支えるというか、もうそうしてあげたいという気持ちのほうが強いですね。2人で元気に、2人で歩きたいから」

血のつながりのない夫婦での移植。これまで極めて難しいとされてきました。

最大の壁は、術後の拒絶反応。血縁関係にない人の臓器は白血球の型などが異なるため、異物と判断され、免疫細胞によって攻撃されてしまうのです。

しかし、その攻撃を抑える「免疫抑制剤」の性能が飛躍的に進歩。服用を続ければ、血縁にない人の腎臓であっても受け入れられるようになったのです。

東京女子医科大学 石田英樹教授
「拒絶反応の発生率、90年代の前半には50~60%だったのが、今は15%ぐらいです。一人でも多くの腎不全患者さんを助けるという意味で、非常に免疫抑制剤の進歩は大きいと思います」

7月。夫婦で移植手術に臨んだ富田さん。手術は無事成功し、退院しました。今こうして腎臓を分け合う夫婦は、年間600組に上っています。

夫婦で腎臓を分け合う 20年で4割超 背景は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今、臓器の生体間での移植は、かつて主流だった親子での移植から、血のつながりのない夫婦やパートナーへと大きく変わってきています。

最も件数の多い「腎臓移植」で見ますと、かつては親の割合が7割近くを占めていたのですが、今は年間1,500件ほど行われているうち、配偶者からの提供、つまり夫婦間の割合が40%を超えるまでになっているのです。

きょうのゲストは、腎臓内科医の両角國男さんです。両角さんは、日本の生体腎移植の提供者に関するガイドラインの策定にも携わっています。

グラフを見ると、なぜ配偶者からの提供がこの20年で増えているのでしょうか。

スタジオゲスト
両角 國男さん (腎臓内科医)
「生体腎移植のドナーガイドライン」の策定に携わる

両角さん:
親子間の移植を考えると、移植を受ける方の年齢が50歳ぐらいが平均なので、それを考えると、親からの提供が難しくなってきたということがあります。

その段階のところで、免疫抑制療法がすごく進歩しました。すごく分かりやすく言うと、例えば輸血でA、B、Oの血液型のバリアがあって、AからB、BからAはできないですよね。臓器移植もそうでした。ところが、その壁が打破されました。それに代表されるように、すごい進歩によって配偶者からの臓器提供がしやすくなった結果になっているのだと思います。

桑子:
夫婦間だと、血液型が違うという場合もかなり多いわけですからね。あと臓器を提供する側ですが、腎臓でいうと自分の臓器を1つ失うことになるわけですが、リスクはどれくらいあるのでしょうか。

両角さん:
やはり「1つになる」ということが心配ですよね。

桑子:
そうですね。

両角さん:
腎臓が1つになっても、そのあと腎機能が落ちることもなく暮らせる。しかし、1つになった腎臓に、もし交通事故で外傷があったら、あるいは腎臓病が起きてしまったら、リスクはあります。

例えば、提供を受けられる方は、もらわれる方のことをおもんぱかって提供するんです。ところが、100%ということはありません。もし提供した腎臓が機能を失った場合、提供者もとてもつらい思いになりますよね。

桑子:
提供したあとに、なかなかうまく機能してくれなかった場合ですね。

両角さん:
そうです。ですから、ご自身の健康以外に、そういった精神的なものというのを考えなくてはいけないかもしれません。

桑子:
そうですね。臓器を提供する側、される側、さまざまなリスクを考慮して決断をしていくわけなのですが、今回番組では実際に移植を経験した2組の夫婦を取材しました。そこには、血のつながりのない夫婦だからこその深い葛藤がありました。

夫から妻へ臓器移植 2年続いた葛藤

4年前、38歳で移植手術を受けた両角晴香さん。夫から腎臓の提供を受けるまで、2年の間悩みました。

夫から腎臓を提供された 両角晴香さん
「夫婦間腎臓移植って美談では決してないと思っていて。愛があるから臓器を提供するとか、愛がないから提供しないとか、そういったことでは本当にない」

13歳で腎臓病を患った晴香さん。病が悪化したのは、結婚の翌年。初めて子どもを授かった30歳のときでした。

念願だった妊娠。しかし、5か月目に入ると腎臓に大きな負荷がかかっていることが分かりました。おなかの子は、諦めざるを得ませんでした。

それ以来、年を追うごとに晴香さんの病は悪化。36歳のとき、医師から移植手術の必要性を告げられます。

その話を聞いた夫の卓馬さん。自分の体にメスを入れる不安を抱きながら、臓器を提供することを決めました。

両角卓馬さん
「元の生活には戻れなくなる恐怖心とか不安感は当時ありましたけど、でもお互いを支え合うっていう関係性の延長線で自分にできることはしてあげるよっていう」

しかし、晴香さんは卓馬さんの気持ちを受け止めることができませんでした。

両角晴香さん
「どうしても夫が支える側になって、私が支えられる側になって、夫婦の関係がちょっとだけ、いびつになっていく。ひょっとしたら夫は、すごく私が体調悪そうにしてるのを、とてもかわいそうに思って勢いであげるって言ってしまったのかもしれないし、ありとあらゆることを考えるわけです」

2人は話し合いを重ねましたが、互いの思いは平行線をたどります。

「臓器は受け取らない」「仕事は続ける」-そんな晴香さんの思いに卓馬さんは、いらだちを募らせていきました。

両角卓馬さん
「嫌悪感っていう強い気持ちがありましたね。本当に自分の命を提供する思いで、健康になってほしいっていう思いがある中で。裏切りとは言わないかもしれないんですけれども」

気持ちが交わらないまま2年がたったある日、晴香さんの気持ちに変化が起きます。

ふとしたきっかけからのぞいてしまった、卓馬さんの日記。

「2018年1月1日 今年の目標晴香さんに腎臓をあげる」
「こういう時こそ晴香さんを支えてあげないと」

つづられていたのは「ただ元気になってほしい」という卓馬さんの思いでした。

両角晴香さん
「いろいろ悩まずに夫の気持ちを受け取って、そして本当に元気になろうって。命の一片であるからこそ、本当に信頼関係のある人でないと、やっぱり受け取る側も怖いんですよね」

臓器移植から4年。晴香さんは、相手との深い信頼を育む時間が何よりも必要だったと感じています。

両角晴香さん
「夫婦で再生していくんだ。もう一度手を取り合って、もう一度歩み始めるんだ。そういうきっかけだったことは、間違いない。自分の元気な臓器をわざわざ切り取って失う、その喪失感って想像しても想像してもできないんですけど、そんなリスクを冒してまで助けようとしてくれて、その対象が自分だったということが、それだけで生涯生きていける大きなものをいただきました」

妻から夫へ臓器移植 家族関係見つめ直す

夫婦での臓器移植。移植を機に、家族のあり方を見つめ直した人もいます。

4年前、妻から夫に腎臓を移植した駿河さん夫婦。今、2人の子どもと暮らしています。

しかし、夫の病が悪化し始めた当時、夫婦の関係は最悪の状態でした。

夫に腎臓を提供した 駿河かおりさん
「私がドナー(臓器提供)という選択はなかったですね。『離婚を考えています』ということは話してました」

25歳のときに結婚した2人。システムエンジニアとして働いていた義行さんは、深夜の帰宅が当たり前でした。さらに義行さんが単身赴任になると、かおりさんは一人で働きながら子育てもするようになりました。

駿河かおりさん
「(夫が)いなくてもやっていける気持ちになってましたね。クローゼットとかお父さんの洋服もしまっちゃって、本当に気配がなくなる」

悪化の一途をたどる、義行さんの病。移植手術も選択肢に入れなければならない状況になりました。しかし、お互いに向き合うことはありませんでした。

そうした中、家族で海に出かけたときのこと。

駿河かおりさん
「よく散歩で家族では(海に)行ってたんですけど、4人で仲よくいつもみたいにとはいかなかったので『お母さんは待ってるから行っておいで』と言って、そしたら娘が『4人で行きたい』と言うんですよね。じゃあ、もう行くかと思って」

ふとカメラを向けた、家族の後ろ姿。ある思いがよぎりました。

駿河かおりさん
「"家族"だなって本当に思った。私の目の前には3人がいて、本当であれば私もそこにいて、この家族4人の画(え)を私の気持ちだけで崩していいのかとすごく思って」

その後、かおりさんは義行さんと移植のことや、これからの家族のことなどを少しずつ話し合っていきました。

駿河かおりさん
「けんかとか言い争いとかではなく、初めてちゃんとお互いのことを『こう思ってる あなたはどう思ってるの』とお互いにやり取りをできたのは、結婚後初めてかもしれない。夫婦ではあるけど、人と人としてもう一度向き合った時間でした」

2人の話し合いは、1年以上に及びました。そして、かおりさんは臓器を提供する決意を義行さんに伝えました。

駿河義行さん
「そう思うまでにいろいろ思いがあったはずで、もしかしたら何か許せない部分とかあったんだと思うんですけど、それを越えてでもこの家族を続けていくという、守っていくと思ってくれた。強さと優しさを持っていると、その時すごく思いました」

手術の2日前。かおりさんは、みずからの気持ちを一通の手紙にしたためました。

駿河かおりさん
「『もう1回 私たちは結婚しようね』と書いたんです。もう一度原点からリスタートしたいと思って。あの時だったから私は腎臓ドナーになれたし、それが数年前であれば絶対ならなかった。同じ夫婦間であったとしても、そのタイミングはご夫婦ご夫婦で絶対違うから。その関係性が、ちょうど私たちの腎臓移植の時にはこれからもう一度新しい家庭をつくっていこうという時と、お父さんの体を少し楽にしてあげようというのが重なった。そのタイミングだったから、やったんです」

移植から4年。今、家族全員で義行さんの術後を支えています。

長男 駿河高道さん
「家族って一番近い存在なので、仲良いことは自分にとっても落ち着く場所になる。とてもありがたいって感じますね」

夫婦で臓器を分け合う 何度も重ねた対話

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、評論家の三浦瑠麗さんにも加わっていただきます。三浦さんは最近、夫婦関係についての著書も出されています。

臓器を提供するという行為が夫婦関係そのものを見直すきっかけにもなっているようでしたが、2組の夫婦をご覧になってどういうふうに感じましたか。

スタジオゲスト
三浦 瑠麗さん (評論家)
夫婦関係についての著書を出版

三浦さん:
すごい重い決断だなと思うと同時に、全然違う葛藤を乗り越えられていますよね。

中でも印象に残っているのは、「今このときだからこそできた」というタイミングの問題というのは、実は「ここで決めなきゃいけない」ということではなくて、やはり透析を続けながら時間をかけて判断されることもあると思うんです。だから、非常に納得をして、これからの人生をどういうふうに一緒に生きていくのかということを決断されたんだなと思いました。

そして、やはり「負」の問題を2人で担うというのは私たちには想像できないぐらい重いもので、「負」を分け合うということに到達したというのがなかなか当事者じゃないと分からないものなのかなと思います。

桑子:
それぞれが話し合いを重ねて透析から移植という決断をするに至ったわけですが、両角さん、そういった決断をした夫婦が病院に来たとき、どんなサポートをしていらっしゃるのでしょうか。

両角さん:
一般的には病院にお見えになってから移植までの期間は、短くて3か月、通常は半年ぐらいをかけますので、そのときに移植の医師だけではなく精神科医、臨床心理士、移植の経験の造詣(ぞうけい)の深いキャリアがあるコーディネーターの人たちが何回もお話をします。

そうすると、精神的な葛藤があるかないかを含めて、かなり何回もわれわれは知る機会があるわけです。恐らく、十二分に皆様方の意思を確認することが客観的にできると思いますし、必要があればサポートいたします。

桑子:
ただ、大きな決断をいざ夫婦の間でするとなったとき、なかなかそういう機会がない。ちゃんと2人で納得して、1つの結論を出すためにどういうことが大事だと感じていますか。

三浦さん:
やはり、その後の人生をどういうふうに手を取り合って生きていくのかというイメージを共有できなければいけないと思うんです。

実際、夫婦間で仲が悪かった時期もあるんだよという事例が出てましたけど、やはり「ほかにいない」ということは非常に大きかったと思います。今後の人生を共に歩んでいく人、家族というのはこれ以外にないのだから、じゃあどうやって一緒に生きていきますかという判断をするまでには、やはりたくさんの話し合いと、まず相手の思い、意見を聞いてみるところからスタートしたのではないかなと思います。

私も日ごろから19年の結婚生活の中で、支え、支えられというのはそれぞれの時点で変わっているんですよね。だから、その時々にしっかり話をしておくことが、その後の突然やってくる病気にちゃんと対応できることにつながるのかなと思いました。

桑子:
ありがとうございます。

7月に移植手術に臨んだ富田さん夫婦。結婚から48年、お互いの関係を深める初めての出来事があったようです。

妻から夫へ 移植後の人生始まる

妻から腎臓の提供を受けた、富田俊男さん。実は移植に臨む前、妻の幸江さんにプレゼントを用意していました。

富田幸江さん
「おかってにケーキの箱が置いてあったんです。そこに『お母さんに感謝』と書いてあった。それは今までにないメッセージでした」

俊男さんが幸江さんに贈った、バースデーケーキ。そこには、結婚から48年ずっと言えずにきたことばを添えました。

富田幸江さん
「腎臓あげるからかなと思ったけど、一番気兼ねないのが誰よりも夫婦間じゃないかなと私は思う。2人で一緒に元気でいて、一緒にだめになってもいいかな」
富田俊男さん
「私の方がわがままだと思う、どっちかっていうと。それを受け止めてずっと来てくれた。元気になれたら、あちこち連れていきたい」
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