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2022年7月25日(月)
ウイルスの力を病気を治す力へ~がん・難病治療の新戦略~

ウイルスの力を病気を治す力へ~がん・難病治療の新戦略~

新型コロナの感染爆発で示されたウイルスの力。今さまざまなウイルスの力を逆に利用した新しい治療法の実用化が始まっています。最大の標的はがん。東大で開発された特殊なウイルスは、がん細胞の中でのみ増殖して破壊。副作用も少なく、あらゆる固形がんの治療に応用できる可能性があるといいます。血液がんでもウイルスを使って免疫細胞の攻撃力を高める新治療に成果が。また小児の難病治療でもウイルスが活躍。安全性や課題にも迫りました。

出演者

  • 金田 安史さん (大阪大学 理事・副学長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"ウイルスの力"で がん・難病治療

桑子 真帆キャスター:
ウイルスを使った最新医療。鍵となるのが、ウイルスが持つ2つの力です。

ウイルスは、自分の設計図である遺伝子を持っています。この遺伝子を、まず細胞に運び込む。この「運ぶ力」が、1つの鍵。そして、ウイルスは細胞の中で次々に増殖します。この「増殖する力」が、もう一つの鍵です。これらの力を使って病気を治すというのですが、どういうことなのでしょうか。

"ウイルスの力" 直接がん細胞を攻撃

6年前に脳のがん、脳腫瘍が見つかった、ヤマモトさん(50代・仮名)。手術をしましたが、半年後に再発。がんの進行が最も速い、グレード4と診断されました。

ヤマモトさん(仮名)
「毎日考えることは、『なんで俺が、なんで俺が』ばかりでした。子どもが高校受験とか、そんな時期だったので」

絶望するヤマモトさんに主治医が提案したのが「治験」への参加でした。治験の責任者である藤堂具紀(ともき)さんは、ウイルスの増殖力でがんを攻撃するという画期的な治療法を開発しました。

その様子を捉えた映像です。細長いものが、脳のがん細胞。

ここに治療用のウイルスを加えると、赤くなりました。

これは、がん細胞の中でウイルスがすごい勢いで増殖していることを示しています。ある部分では、細胞がパチンとはじけました。大量のウイルスが、内側からがん細胞を破壊したのです。

この治療に使われたのは「ヘルペスウイルス」。口のまわりに水ぶくれなどを作る身近なウイルスです。体のさまざまな細胞に感染するため、そのままでは治療に使えません。

そこで藤堂さんは、遺伝子工学を駆使してウイルスの3か所の遺伝子の働きを止めました。

それによって正常細胞では増えず、がん細胞だけで増殖するウイルスに作り替えたのです。

東京大学医科学研究所 藤堂具紀教授
「ウイルスのゲノム、つまり遺伝情報を操作して、ウイルスを人工的につくるんです。人間の役に立つように"家畜化"したウイルスというような、そういう概念だと思いますね」

この治療では、脳のがんに治療用のウイルスを直接注射します。世界で初めての治療法です。

この治験を受けた、ヤマモトさん。治療前は、白く見えるところにがん細胞が広がっていました。

白い部分を中心に、治療用のウイルスをおよそ4か月で6回注射。すると、がんの一部が消えました。

さらに、先月の画像です。白い部分が大幅に縮小しています。

5年たった今も、再発の兆候はありません。仕事にも復帰し、日常生活を取り戻しつつあります。

ヤマモトさん
「子どもが2人とも二十歳を超えたので、一緒にお酒が飲めて、一緒に話をしていることが一番楽しいですね。ウイルス治療のおかげで、なんとかここまでこれたのかなと」

ヤマモトさんが参加した治験の結果です。

対象は、重い脳腫瘍の患者。がんが完全になくなることはありませんでしたが、1年生存率がおよそ15%から84.2%に上昇しました。この結果を受けて国は去年、日本で初めてのがん治療用ウイルスとして承認し、保険適用となりました。(グレード3以上の悪性神経こう腫が対象 条件・期限付き承認)

さらに、ほかのがんへの効果も期待されています。信州大学では、皮膚がんに対する治験が行われています。最終的な結果は出ていませんが、ウイルスを注射した腫瘍が小さくなったケースも報告されています。

信州大学 皮膚科 奥山隆平教授
「たまたまこの方が効いたの?という可能性もありますが、従来の治療以上の効果が得られているんじゃないかなと。非常に強く期待を持たせる結果なんだと思います。こんなふうに効くことはあまりないです」
藤堂具紀教授
「放射線治療と同じように、このウイルス療法がすべての固形がん(塊をつくるがん)の患者さんが希望すれば、選択肢として選べる治療法にしたいと思っています」

一方、血液のがんではウイルスのもう一つの能力「遺伝子を運ぶ力」が治療に使われています。

札幌市に住む中畠由美子さんは、9年前に白血球の一部が、がん化する悪性リンパ腫と診断されました。

がんは全身のリンパ節などに広がっており、最も進行したステージ4でした。抗がん剤治療などを受け、一度はがんが消えましたが10か月後に再発。さらなる治療を受けましたが、2か月後にまた再発しました。

中畠由美子さん
「『小さくなっていたはずのリンパ節が、また大きくなっています』と。さすがにその時は泣きました、診察室で」

ちょうどそのころ、北海道大学病院でウイルスを使った新たな治験が始まり、中畠さんは参加することにしました。

治験を主導した、豊嶋崇徳(てしまたかのり)さんです。

北海道大学 血液内科 豊嶋崇徳教授
「実はウイルスというのは、ほかの遺伝子を人間に入れることができるんですよ。がんを倒そうとする遺伝子をウイルスの力を利用して取り込もうと」

まず、患者の血液から免疫細胞の一種である「T細胞」を取り出し、取り出したT細胞に特殊なウイルスを加えます。ウイルスはもともと自分が増殖するための遺伝子を持っていますが、それが取り除かれ、かわりにがんと戦う武器の遺伝子が入れられています。この遺伝子を、ウイルスがT細胞の中に運び込みます。すると、T細胞の表面に突起がたくさん生えてきます。これががんと戦う武器です。

このT細胞を点滴で患者に戻します。するとT細胞が、がん細胞を捕らえて攻撃し、死滅させるのです。「CAR-T(カーティー)細胞療法」と呼ばれています。

この治療を受けた、中畠さん。治療から3か月後、再発していたがんが見えなくなっていました。その後、新たな再発もありません。中畠さんは仕事に復帰。治療から6年がたちました。

中畠由美子さん
「最初の2年くらいは、いつ再発するかと思って怖かったです。そのあとは、もう大丈夫なんじゃないかな、このままいけるんじゃないかなと思って、ちゃんと6年たちました」

このCAR-T細胞療法は3年前に国が承認し、保険適用になりました。中畠さんと同じ再発を繰り返す悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)の患者のおよそ4割で、がん細胞が検出されなくなるという結果が出ています。

豊嶋崇徳教授
「(強化したT細胞が)敵を見つけて倒すために増えて暴れ回っているのが、本当に目に見えたのでびっくりしました。より効果を高めようと、さまざまな本当にすごい勢いで研究が進んでいる分野です」

難治性がん細胞を攻撃

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、ウイルスを応用した医療が専門の大阪大学理事、副学長の金田安史さんです。よろしくお願いいたします。

スタジオゲスト
金田 安史さん (大阪大学 理事・副学長)
ウイルスを応用した医療が専門

金田さん:
よろしくお願いします。

桑子:
ウイルスを使った最新治療を2つご覧いただきましたが、まずは「増殖する力」。

これはウイルスが細胞に感染し、その中で増殖し、がん細胞を殺すというものでした。脳腫瘍の一部で承認、皮膚がんなどで治験が進められていますが、ウイルスとがんの治療というのは一体どうやって結び付いたのでしょうか。

金田さん:
実は、100年以上も前に白血病の患者がインフルエンザにかかるとがんが小さくなって、症状が改善するという報告がありました。その後、がん患者にさまざまなウイルスが投与されました。確かに一時的にがんは小さくなるのですが、やはりひどい感染症で患者さんが苦しむという状態になりました。

桑子:
ウイルスによる感染症で。

金田さん:
そうです。ところが1990年代に入り、ウイルスの遺伝子を操作する技術が非常に高まったことと、がん細胞の特性が明らかになってきたことで、正常細胞では増えずに、がん細胞でのみ増殖できるウイルスが開発されたのです。

桑子:
技術の進歩というのもあったわけですね。2つ目が、遺伝子を「運ぶ力」です。これを利用した治療が、血液がんの一部で実用化されています。身近なところでも活用されているそうですね。

金田さん:
実は、iPS細胞も最初は「運ぶ力」を使って作られましたし、新型コロナのワクチンもアストラゼネカ社やジョンソン・エンド・ジョンソン社のものは、ウイルスの遺伝子を「運ぶ力」を使ったワクチンなんです。もともと、1970年の最初にウイルスを使って遺伝子を入れれば病気が治るのではないかということが提唱されていました。

桑子:
70年代に。

金田さん:
それから、ウイルスを使った治療に目が向けられるようになりました。この「CAR-T細胞療法」は2000年代に入って開発が進んだものです。

桑子:
ウイルスを使った治療によって、脳腫瘍では1年生存率が延びていますし、悪性リンパ腫の一部ではおよそ4割に完全寛解という高い効果があるわけですよね。金田さん、皆さんこの治療を使えばいいのにと思うのですが、実際どうなんでしょうか。

金田さん:
あくまで、手術や抗がん剤、放射線療法が治療の中心なんです。ウイルスを使った治療は、有力な治療の選択肢が少なくなった方が対象になっています。また、VTRで見ていただいた患者は治療が非常にうまくいったケースです。そうでなかったケースもあるので、よくその辺りを検証していく必要があります。ただ、深刻な状況の方に新たな選択肢が生まれて生存率が延びる、しかもすごく高い確率でというのは画期的なことですね。

桑子:
今後、効果をさらに高めていくためにはどういうことが求められていますか。

金田さん:
将来的には患者の個人個人に合ったウイルスの処方箋というようなものができて、それらを活用した個別化医療ができるようになれば、さらに多くの患者さんを救えると思います。また、このウイルス療法はがんに対する免疫を活性化させ、転移したがんにも効くのではないかと期待されています。ですから、例えばオプジーボと組み合わせれば、もっと高い治療効果が生まれるのではないかと考えられています。

桑子:
まだまだ可能性がたくさんあふれているわけですよね。今回ご紹介した2つの治療は、国の承認を受けて保険適用になったものです。高額療養費制度などが利用できるため、自己負担は抑えられているのですが、高度な治療のために提供できる医療機関は限られています。治療を希望するという場合は、まずは主治医とご相談ください。

金田さん、ウイルスと聞きますとやはり気になるのが「変異」で、今、新型コロナのウイルスがどんどん変異していますよね。治療で使うウイルスも同じように変異をして、何か問題を起こすようなことはないのでしょうか。

金田さん:
脳腫瘍で使われているヘルペスウイルスというのは、ウイルスの遺伝子を3つ取り除いてあります。何重にもブレーキをかけているような状態ですので、たとえ変異が入ったとしても、危険なウイルスになるという可能性は極めて低いと考えられています。

血液がんの場合も、使っているウイルスは増殖に必要な遺伝子を取り除いてあります。この場合はウイルスを直接体内には入れませんので、安全性は高いと考えられています。ただ、どちらも実用化されてまだ間もないので、今後慎重に進めていく必要があるとは思います。

桑子:
がん治療について見てきましたが、ウイルスの遺伝子を「運ぶ力」というのは、実は難病の治療でも成果を上げています。

子どもの難病に効果

筋肉が弱っていく子どもの難病、脊髄性筋萎縮症(SMA)。遺伝子の変化で引き起こされる難病です。

ほとんどの場合、知能の発達は正常なため学校の勉強などはできますが、歩くことや体を動かすことができなくなります。症状が重い場合は、人工呼吸器や24時間の介助が必要になります。

筋肉が弱っていく原因は、運動神経細胞のある遺伝子の変化にあります。正常な場合は神経細胞が活発に働いて筋肉が動きます。

しかし、この遺伝子が変化していると神経細胞の働きが悪くなり、筋肉が弱っていくのです。

タナカさん(仮名)一家で5年前に生まれたサトシ君(仮名)は、脊髄性筋萎縮症と診断され、1歳4か月で亡くなりました。重度の場合、多くが2歳までに亡くなるか、人工呼吸器が必要になるとされています。

母親
「なんか発達が遅いなと思って。(診断が)もうちょっと早ければとか、いろいろ後悔はあります」

その2年後、弟のヒロト君(仮名)が生まれました。遺伝子検査を行ったところ、同じ脊髄性筋萎縮症と診断されました。

このころ、海外では画期的な結果が報告されていました。特殊なウイルスを使った治療法で、子どもの生存期間が延び、運動機能も改善したというのです。その治験が日本でも始まり、ヒロト君はすぐに参加しました。

治療に使われるのは、安全性が高いとされる「アデノ随伴ウイルス」。このウイルスの遺伝子を取り除き、かわりに運動神経を正常に働かせる遺伝子を入れ、これを子どもの体に注入します。

すると、正常な遺伝子が細胞に運ばれ補充されるため、運動神経が活発に働き、筋肉が動くようになるのです。

ヒロト君は生後15日という早い段階で、この治療を受けました。重度の場合、通常一人で起き上がることはできませんが、ヒロト君は生後3か月で起き上がりました。生後8か月のときには、ハイハイ。そして、1歳で歩けるようになりました。

父親
「元気すぎて病気のことを忘れちゃうくらい。寝返りを打てるようになったときとか、立てるようになったときとか、泣きそうになるくらいうれしかったです」

ヒロト君も参加した国際的な治験では、発症前に治療を受けた子ども29人のうち、24人が一人で歩けるようになったと報告されています。ウイルスを使ったこの治療法は2年前に国が承認し、すでに50人以上の子どもが受けています。

東京女子医科大学 ゲノム診療科 齋藤加代子特任教授
「1日でも1時間でも早く治療をして、将来非常に健康な状態になっていくかもしれない。難病が治る時代になったという、そういった大きな変化になるんじゃないかなと思います」

長期的な効果・リスクは?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
脊髄性筋萎縮症は、お伝えしたように一日でも早く発見することが大切です。生まれてすぐにまず血液検査で調べることができますし、その後も赤ちゃんの泣き声が小さい、手足に力が入らないなど、気になることがあればすぐに掛かりつけの医師にご相談ください。

「運ぶ力」を使った遺伝子治療ですが、脊髄性筋萎縮症のほかにもパーキンソン病やALSなど、多くの病気で研究が進んでいて、中には治験が始まっているものもあります。

金田さん、こういった難病はこれまでも治療が難しいとされてきたわけですが、さまざまな難病で遺伝子治療が期待されている。これはどうしてなのでしょうか。

金田さん:
難病は、遺伝子が変化をして発症するケースが多いです。ですから、その遺伝子を補充することで改善すると考えられています。近年、ウイルスの研究が非常に進んで、ウイルスの性質が非常によく分かってきました。その中で「アデノ随伴ウイルス」のような安全性と、効果の高い遺伝子の運び屋となるようなウイルスが開発をされましたので、治療研究が一気に進み、実用化に至ったわけです。世界ではここに示されているような疾患以外でも、これから数年で数十の新しい治療法が実用化されるのではないかということが期待されています。

桑子:
ただ、脊髄性筋萎縮症に関して言うと治療が始まってまだ2年ですよね。これから長期的な効果やリスクについてはどういうふうに考えられているのでしょうか。

金田さん:
リスクも含めて、長期的に患者さんをフォローしていく必要があると思います。長期的な効果についてはまだまだデータは乏しいのですが、脊髄性筋萎縮症とは別の病気なのですが「アデノ随伴ウイルス」を使った場合に1回の治療で10年ほど効果が続いたという報告があります。もちろん、脊髄性筋萎縮症ももっと続くという可能性もあるわけですが、これぐらい長い期間であればさらに開発が進み、もっと優れた治療法が皆さんに提供できるのではないかが期待されています。

桑子:
今後、ウイルスを使った治療がもっと普及していくためにはどんなことが必要でしょうか。

金田さん:
ウイルスを使った医療は、再生医療と並んでこれからどんどん発展していくとことは間違いありません。そのためには研究者、研究資金を増やしていく必要があります。特に基礎研究の資金、それから患者に届けるためのウイルスの生産体制が不十分ですので、製薬企業の本格的な参画が必要です。それに対して、やはり国もさらにバックアップしていただくということをお願いしたいと思います。

桑子:
ありがとうございます。医療に革新を起こしているウイルスを使った治療が、こんな病気にも。

新たな研究始まる

男性のがんで最も多い、前立腺がん。ことし3月から、転移して治りにくい患者を対象にウイルス療法の効果を調べる臨床試験が始まりました。

杏林大学 泌尿器科 福原浩主任教授
「転移があるがんにも効かせたいというのがもともと私が持っている夢でして、この治療法が広がることを期待しています」

20万人の患者がいるといわれる、パーキンソン病。この神経の難病でも、ウイルスを使った治験がことしの秋から始まる予定です。

自治医科大学 遺伝子治療部門 村松慎一教授
「ウイルスを使うと、非常に効率よく神経細胞の中でいろんな治療用の遺伝子を発現させることができます。運動症状が改善することが期待できます」

脊髄性筋萎縮症の治療を受けたヒロト君は、3歳に。

母親
「できなかったことができるようになった時とか、本当に毎日奇跡だと思っています」

ウイルスを使った医療は、未来をどう変えるのか。


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