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町民全てが”生涯現役”!秋田・藤里町

藤里町社会福祉協議会・菊池まゆみさんたちの福祉の常識をほんの少し変えることから始まった地方創生事業への取り組み。はたしてどんなエピソードが?

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2017年12月22日 (金)

ひきこもり支援の先進地にはひきこもり者がいないって、ソレ本当?

最近よく聞かれます。「もう、引きこもってる人いないって本当?」

はい。それは本当です。

 藤里町にはもう、ひきこもり者等がほとんどいなくなりました。

 2010年に、就労への準備をする場づくりを始め、まず作ったのは、食事処「こみっと」でした。美味しい手打ちそばをメインとした食堂をオープンさせ、若者たちが働き始めました。地域の高齢者の買い物支援などをする、いわゆる福祉便利屋「こみっとバンク」も始めました。

 そして、支援を開始した当初113人だったひきこもり者等は、5年めには25人に激減し、現在では10人足らずです。自立した方のほとんどが一般就職で、数は少ないですが、障害者の方の仕事の定着率もかなり高くなっています。先日、ひきこもり支援の大家と言われる方に、その数字だけを見ても成功事例だと言っていただきましたが、実感はありません。成功事例に至った理由を聞かれても、これとは限定できないのですが…。

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町民みんなで盛り上げる「こみっと感謝祭」は今年で8回め

 

 私たちが進めてきた「こみっと」事業の新規登録生の多くは、2年未満で一般就職を決めて、それぞれの新しい職場へと去って行きました。しかし例外が、2010年開設当初からの初年度組でした。すっかり腕を上げて食事処を切り盛りしている彼らに一般就職を勧めても、「オレたちがいなくなると、お店困るでしょう?」と言われ、返す言葉がありませんでした。

 嬉しい誤算で、新しい登録生が次々に自立して行くので、「こみっと」は常に人手不足。したがって、どうしてもベテラン頼みになります。「こみっと」事業の順調な運営は、彼らの尽力に負うところが大きかったのです。それ以上に、初年度組にとって「こみっと」は、自分たちが作り上げた自分たちの大切な居場所だったのです。

 そんな初年度組の存在に目を向けると、「こみっと事業による支援」が一定の成果につながった理由が見える気がします。

 

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 あくまでも、私の頭に浮かんだ仮説として聞いてください。

 左側の図は、引きこもり状態だった人を集めて、治療として何かのサークル活動をしてもらうときのイメージ図です。ここには、外との交流がありません。エネルギーは、どうしても内向きになります。

 一方、右側の図。同じように引きこもり状態だった人たちを集めて活動していますが、ここでは「こみっと」のように、外との交流があります。私は、こみっと事業が成功事例と言われるまでになった大きな理由が、この「外との交流」にあると思うのです。

 ひきこもり状態にあった人たちのように、長時間、社会生活から離れていた方が何らかの活動に参加した場合、そこはとても大切な居場所と感じると思います。そして、その居場所内で自分の存在を認めてもらいたいと思う方向に向かうのではないか? 実際に「こみっと」でも、すぐに「こみっと」内での1番手2番手争いが始まっていました。

 ただ「こみっと」では、常に食事処に来たお客さんとの交流があったり、福祉便利屋の「こみっとバンク」に手助けを頼んできた高齢者とのお付き合いがあったりと、「こみっと」外の人と触れあう様々な仕掛けが数多くありました。その結果、「こみっと」外で自分を認めてもらう方向に意識が向いたのではないか? と思います。

 「こみっと事業」には様々な仕掛けがあり、社会的経験値を高めるための多くの機会や、地域に自分をアピールできる場があります。「ありがとう」「美味しかった」と声がかかります。正直、私たち職員が何かを若者たちに支援したというより、若者たちがそれぞれに「こみっと」の仕掛けや機会を利用して経験を積み、自信をつけ、勝手に自立してしまった、というのが実感です。

 そして「こみっと」初年度組も、今春、ほとんどが自立しました。

 私は、彼らに自立のための選択肢を提示しました。ひとつは、一般就職。もうひとつは、私たちが新たに地域で始めていこうとしている、プラチナバンク事業やチーム後継ぎ事業のスタッフになることです。

 プラチナバンク事業は、シルバーではなくプラチナということで、高齢者の中でも後期高齢者の方や、車いすの方などを想定。また身体障害や精神障害のある方など、働きたい! という意欲がある方であれば、誰でもOKの人材バンクです。

 チーム後継ぎ事業とは、プラチナバンクの高齢者などが活動のために移動したり、実際に働いたりする際に手助けをする若い世代のスタッフで、2年間の契約です。

 私は、プラチナバンク事業やチーム後継ぎ事業、一般就職の選択肢を提示した上で、いつでも戻って来てもいいが、一度は「こみっと」事業から離れて社会的自立の経験をしてほしいと、強く自立を勧めました。この背景には、「こみっと事業」は、働くきっかけを作ることを目的とする、いわゆる「中間的就労」であるため、最低賃金以下の報酬しか受け取っていなかったという事情がありました。こみっとで長く活躍していたとしても、残念ながら自立とは言い難いのです。

 結局、ほとんどの方が一般就職を選び、未だに一人も戻って来ていません。年に一度、こみっと事業を支援してくださった方々や、卒業生たちを招待して開かれる「こみっと」感謝祭に立ち寄ってくれた人たちも、現在の職場を、楽し気に誇らし気に語っていました。

 成功事例とは寂しいものですね。

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こみっと感謝祭では、駐車場係も大切なお仕事。もちろん味見係も?

 

またも誤算。若者が高齢者支援に乗り出すはずが、高齢者が若者支援?

 

 引きこもり者等が、ほとんどいなくなった藤里町では、今年6月、新しい事業が始まりました。町民全員生涯現役を目指すプラチナバンク事業が、320人の登録者を得て立ち上がったのです。多くが、75歳以上の後期高齢者。80代の方々もたくさんいらっしゃいます。  

 私の当初の構想では、体力が低下した高齢者を多く含むプラチナバンク会員の活動を、若い世代のチーム後継ぎスタッフが、側面から支援するはずでした。

 チーム後継ぎスタッフの構成は、「こみっと」の卒業生、ヘルパー養成研修を行う求職者支援事業を受けたことがあり、今はまだ仕事に就いていない人。さらに、商店街の方々などと連携し、カメラ店、葬儀社など様々な地域の職業を体験する私たち独自の事業「藤里体験プログラム」を終了して、今後も藤里に住むことを希望する若者などです。

 こうした方々が、高齢者も障害者もひきこもりだった若者も、一丸となって「プラチナバンク」に結集して活動を展開するはずでした。この「プラチナバンク」の目的ですが、それは町民全員が生涯現役で、産業づくりをしようというものです。山菜などの山の恵みや川の恵みなどの地域資源を生かして、みんなで力を合わせて新たな特産品を開発し、町外にも売り出していこうという構想です。

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山菜料理の商品開発。わらびの根っこ作業もすぐに手馴れたもので

 

チーム後継ぎのメンバーは、こうした産業づくりに着手するにあたって、後継者不足で困っている農家や商店主などの個人事業主等の調査を行う予定でした。

 たとえば、すばらしい「しいたけ栽培の達人」が町にいたとします。しかし、高齢化で重いものが持てなくなって、ほだ木を扱えなくなり、しいたけを断念しようとしているとします。そうしたことが調査でわかれば、チーム後継ぎが手伝いに行こうという計画です。しいたけという貴重な地域資源を、村からなくさないようにしたいのです。

 また、地域の農家の中には、美しいリンドウの花を栽培している人や、野菜作りの名人もいるのですが、「息子の定年まであと5年、3年」という話を、よく聞きます。都会に出て行った息子・娘が帰ってくるのを待っているのです。ところが、定年を待ちきれずに、高齢化で畑が荒れてしまったり、花の栽培が続けられなくなったりする可能性が高くなっています。

 そこで、チーム後継ぎのメンバーに手伝ってもらい、本当の後継者が来るまでの間を、何とか持ちこたえられないかと考えています。また、チーム後継ぎの仕事として、山の恵み・畑の恵みを調査することも考えていました。藤里町に、どんな地域資源が眠っているか、それがわからないことには、特産品開発は進まないからです。

 ところが、私の目論見は、今年の春、プラチナバンク事業を始める時点で、見事に崩れてしまいました。山菜料理の商品開発をしようと、チーム後継ぎのメンバーと、山菜採りに山に入ったときのことです。この時探したのは、「ぼんな」と「あいこ」と呼ばれている、ほうれん草に似た、茹でると美味しい山菜です。その山菜を、みんなで探すのですが、いつまで経っても全然見つかりません。何と、収穫期は終わっていたのです!

後から聞いてわかったのですが、山には日当たりの良いところ、日陰のところ、雪解けの遅いところなどがあり、同じ山、同じ山菜でも、時期が大きく異なるのです。畑ではなく自然ですから、言われてみれば当たり前。しかし、この当たり前が、チーム後継ぎの若者たちも、私たちもわかっていませんでした。昔から伝えられた知恵と経験が、とても大切なのです。

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プラチナバンクのメンバーたち。受講生のはずが、いつの間にか先生に?

 

 また、山菜を採りに山に入るにあたって、「入ってもいい山はどこ?」「山菜って、どこにあるの?」と高齢者の方に聞いたわけですが、初め返ってきた答えは「秘密!」でした。山菜採りの場所は、漁師さんの漁場と同じで、代々それぞれの家の秘密として受け継がれてきたものなのです。それを、「みんなで村の特産品を山菜で作るんだよ。だから、これからはみんなで採ろう!」と、戸惑う高齢者に声をかけてくれたのは、その方も高齢者でした。

 また、休耕田で、大豆と小豆を作り、美味しい本物の豆乳とわらび餅を作ろうと思ったのですが、どこに快く貸してくれそうな休耕田があるのかも、私たち若輩者には分かりませんでした。

 知恵と経験の不足に起因する、こうした状況を受けて、新たに発足することになったのが「プラチナ会議チーム」です。メンバーは10人。プラチナバンク事業の立ち上げにあたって、3年前から私たちと一緒に議論を重ねてきた60代以上の方々で、まさに「知恵と経験」のカタマリのような方々です。

 この方々は、もちろんプラチナバンクの会員でもあり、各集落に点在する休耕田の情報も熟知していますし、どの高齢者が何の名人か、山菜料理名人、野菜作り名人、川釣り名人など、人材の情報も実によくご存知です。

 今回始めた、プラチナバンク事業を図にすると、以下のようになるかと思います。

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 私は60代ですが、60代なんて、まだまだ「ひよっこ」だと感じる今日この頃です。社協職員も含む「ひよっこ」どもには太刀打ちできない諸問題が山積みになり、その解決に向けて今、60歳以上の方々で組織するプラチナ会議スタッフが大活躍しております。

 ○○山の山菜は、春一番に入らないと育ちすぎになる。白菜の漬物はA婆さんに教えを請わなければならない。△△の田んぼに耕し手がいなくて荒れている。これまでの人生で積み重ねてきた知恵と経験。たくさんの貴重なアドバイスを、毎日毎日いただいています。知識も経験も持たない「ひよっこ」達は、当初の私の構想とは大きく違って、プラチナ会議スタッフ様の雑用係を務めるしかないのです。

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菊池まゆみさん(藤里町社会福祉協議会会長)

秋田県藤里町出身。1990年に藤里町社会福祉協議会に入り、現在、会長を務める。2006年から、ひきこもりや長期不就労者などの人たちの調査・支援を続ける。町の全戸調査を行ったところ、人口3600の町に100人以上ひきこもり状態の人がいると判明。就労支援などを行いながら、働く場を作ってきた。その結果、80人以上が働き始めている。さらに、「生涯現役」を合い言葉に、高齢者などもそれぞれの能力を生かして、地元に貢献しながら暮らしていける地域づくりの活動を続けている。主な著書に、「ひきこもり町おこしに発つ」 (秋田魁新報社)「藤里方式」が止まらない(萌書房)

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