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富士北麓の“シンボル”惜しまれつつ伐採 地元で木材活用へ

  • 2023年10月11日

世界文化遺産への登録から10年を迎えた富士山。
北西の山麓は、かつての大噴火による溶岩の上に木々が根を張り、「青木ヶ原樹海」として有名ですが、わずかに溶岩流が及ばなかった一帯に、約3000年に及ぶとみられる貴重な広葉樹の原生林があります。
2023年9月、原生林のシンボルとして知られてきた1本のミズナラの大木が、惜しまれながら伐採されることになりました。伐採に至った経緯をたどるとともに、伐採後に木材として活用を目指す人々の姿を見つめました。(甲府放送局/記者 関口紘亮)

“富士山の宝”に異変

「富士山の宝、山梨県の自然の宝だと思っています」
ミズナラのもとに30年以上通い続けてきた、いす職人の吉野崇裕さんはこう話します。
高さ28メートル、直径は最大2メートル。樹齢数百年とみられるミズナラは地面に大きな根を張り、圧倒的な存在感を放っていました。

木があるのは富士山の北西・大室山のふもと。
9世紀に起きた富士山の大噴火「貞観の噴火」では、大室山に遮られる形で溶岩流の到達を免れました。以前からの原生林が残る貴重な一帯です。
原生林は約3000年が経っているとみられ、ミズナラは富士山麓の自然を象徴する存在として地域住民に親しまれてきました。

奥が富士山   手前が大室山

これからも長く地元の人々を見守っていくかと思われたミズナラ。
しかし3年前、状況は大きく変わります。「ナラ枯れ」の被害が見つかったのです。
「ナラ枯れ」は病害虫「カシノナガキクイムシ」が媒介する菌による伝染病で、木を枯れさせてしまいます。いったん被害が確認された木を守っていくのは非常に困難で、山梨県も倒木の危険があるとして伐採を決めました。

伐採・活用へ 立ち上がった人々

県はミズナラの伐採と木材としての活用を担う民間事業者を公募。吉野さんのほか酒蔵やエコツアーの運営会社といった地元の商工業関係者、計7人でつくるグループが選ばれました。

ミズナラの活用担うグループの会長 井出與五右衞門さん
「日本でも数少ない自然の中にあるミズナラです。この木の活用を通じて一帯のエリアを
 しっかりと後世に残していくことが、地元のわれわれの使命だと考えています」

地元のシンボル的な存在だったミズナラを、どのように活用するのが望ましいか。
メンバーは何度も話し合いを重ね、根元に近い部分を輪切りにして公共施設に展示することや、ウイスキーの樽材に加工して、井出さんの酒蔵でウイスキー造りを行うことなどのアイデアをまとめました。
伐採を目前に控えた7月、井出さんたちは地域の人々を招いて自然観察会を開催。「このミズナラを覚えていてほしい」という思いを込めました。
地元の音楽家によるオカリナなどの演奏も行われ、訪れた人たちはミズナラとの別れを惜しみながら聴き入っていました。

訪れた人

大自然の場の雰囲気が大満足で、いい思い出になりました。
こういった自然が残っていくように、自分も含めてみんなで努力していかなければならないと心から思いました。

訪れた人

切られてしまうともったいないなと寂しい気持ちにもなりました。
木材として活用するのはすごくいいことだと思いますし、そのひとつでも手元に残ることがあればうれしいです。

一方、伐採作業には多大な困難が予想されました。
一帯は国立公園の特別保護地区や国の天然記念物に指定され、周辺への影響を最小限に抑えなければならないのです。さらに道路から離れた山のなかで高所作業車のような大型車両が近づくこともできません。井出さんたちは国や県の意向も確認しながら、慎重に伐採の準備を進めました。

“空師”が担う伐採 内部の状態は

9月中旬、迎えた伐採の日。井出さんたちが招いたのは、高度な伐採技術を持つ職人“空師”でした。木に登って上から少しずつ枝や幹を切り落とす高い技術を持ち、周囲の木をできるだけ傷つけずに伐採を行うことが期待されます。

ミズナラはナラ枯れの被害確認から時間がたち、次第に葉が落ちて幹の表面にキノコが生えていました。内部の腐食が進んでいる可能性もあり、木材としてどこまで活用できるかは切ってみるまで分かりません。井出さんたちは不安な思いも抱きながら作業を見守りました。空師はチェーンソーの手入れを済ませ、ヘルメットをかぶり、ハーネスなどを身につけると、みずからの体とミズナラの幹をロープでくくりつけて登っていきます。幹が傷んでいないか、空師は慎重に状態を確かめながら最上部にたどりつきました。

そして伐採が始まりました。高い機械音を響かせながら、ミズナラの枝にチェーンソーの刃が入っていきます。支えを失った枝はバキバキと音を立てて落ちていきました。

枝をすべて切り落とすと、今度は幹の伐採です。小さく分けて伐採すると木材としての用途が限られることになりますが、大きく切りすぎると作業の難易度が上がり搬出も難しくなります。幹は高さ数メートルずつ、3つに切り落とされることになりました。

1つあたり6トンから8トンほどあるとみられる幹を狙った方向に確実に倒すため、空師は幹に長いワイヤーをくくりつけます。ワイヤーは地上の重機につながれていて、チェーンソーで切ったところでタイミングを合わせて、ワイヤーで引っ張って倒すのです。

空師はまず地面と水平に、そして斜め上から、角度を変えて幹に切り込みを入れます。
続いて幹の反対側もチェーンソーで切っていきます。
地上では空師の作業の状況を見ながら、重機で少しずつワイヤーを引っ張っていきます。切断された幹の上部がぐらりと傾いたかと思うと、ドーンと地響きをたてて地面にたたきつけられました。

幹の内部はどうなっているか。切り落とされた幹のもとに集まった関係者たちの目に入ったのは、多少の腐食はみられるものの、おおむね良好な状態の幹の断面でした。

伐採チームを指揮 前田政貴さん
「少し腐りがありますが、中身がしっかりしていてよかったです。ひとまず一安心」

いす職人 吉野崇裕さん
「かなり傷んでいるかと思いましたが、想定よりずっと元気で十分使えると思います。いい記念のものになると思います」

その後も2日間かけて根元近くまで切り倒されたミズナラ。一部に空洞が見られたものの想定よりは小さく、木材としての活用にメドが立つ形となりました。

井出與五右衞門さん
「大事な木のバトンをわれわれがもらったので、上手に加工していきたいと思います。
50年後、100年後の子どもたちが、このミズナラや自然の姿を頭に思い描くことが富士山の自然の保護にもつながると期待しています」

伐採されたミズナラの木材は数か月以上にわたる乾燥などを経て、さまざまな用途に加工されます。木材の活用を通じて、富士山の自然の豊かさを発信し、次の世代へとつなげていくことができるか。井出さんたちの挑戦はこれからも続きます。

  • 関口紘亮

    甲府放送局 記者

    関口紘亮

    2009年入局。ニュース制作部、選挙プロジェクトなどを経て2022年から甲府局。遊軍記者として産業、文化、スポーツなど幅広く取材。

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