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「目[mé]」さいたま国際芸術祭でコロナ禍の分断と向き合う

  • 2023年1月3日

巨大な顔を空にあげるアート作品「まさゆめ」で話題になった、現代アートチーム「目[mé]」。
荒神明香さん、増井宏文さん、南川憲二さんの3人を中心に、見た人を不思議な感覚にいざなう作品を数々発表してきました。そんな彼らは今年、「さいたま国際芸術祭2023」のディレクターを務めます。テーマは、コロナ禍で社会が分断される中、アートを通じて人々のつながりを見つめ直すこと。3人の新たな挑戦を取材しました。
(首都圏局/ディレクター 小林麟太郞)

空に浮かぶ巨大な顔 “人間を見せたかった”

2021年7月。東京オリンピック目前の夏空に、巨大な“顔”が突如浮かびました。見た人たちの目をくぎづけにしたこの作品をつくったのは、現代アートチームの「目[mé]」です。

作品のアイデアを生み出すアーティストの荒神明香さん、材料や人を集め作品を制作するインストーラーという立場の増井宏文さん、そしてチームをまとめるディレクターの南川憲二さんの3人が中心となって活動しています。

左から 南川憲二さん 荒神明香さん 増井宏文さん

巨大な顔のアイデアは、荒神さんが中学時代に見た夢から着想したといいます。

荒神明香さん
「夢の中で私は電車に乗っていて、窓の外を見ていると、町の上空に、急に本当に大きな人の顔がポーンって浮いていたんです。それを見たとき、『この街でこんなことをやっている人たちがいるんだ』ということに衝撃を受けて、覚えておこうと思いました。

南川に話したら第一声は『なにを言っている?』という感じだったのですが、だんだんとアイデアを解釈し始めて、『それ面白いじゃん!やってみよう!』と言い始めて、その時はすごくうれしかったというか、何か伝わったと思いました」

荒神さんが描いたスケッチ

南川憲二さん
「この全体の景色の中で、人間というものを見せたかったのが狙いです。自分たち人間を一歩離れた視点から、この地球上に存在しているものとしてもう1回とらえるというのが、難しいけどやってみたいことでした」

作品を通して自分の目で現実を捉え直してほしい

埼玉県北本市にあるアトリエが彼らの拠点です。3人がこれまで手がけてきたのは、見る人の常識を覆す作品でした。

例えばこちら。およそ8000個もの時計の針がつり下げられています。ムクドリの群れがモチーフとなっていて、見る人は作品が広がる異様な空間に圧倒されます。

制作は増井さんが担当。作品の意図に共感した制作スタッフとともに、一つ一つ時計をつるしました。

制作スタッフと工法を確認する増井さん(中央)

増井宏文さん
「まずは何か分からないものとして1回見てもらいたいです。『時計が何千個つってあるんだ』というような理解じゃなくて、『なんだろう』というのがまず人の心に届いてほしい。きれいとか美しいといったすぐ理解できるような感情ではなくて、何か新しいものに出会った時の喜びというか。何か分からないものを感じ取れると面白いんじゃないかなと思います」

この森と池も、実は作品です。鏡のような素材で水面を作り、現実にはあり得ない空間を生み出しました。

荒神明香さん
「ふだん生活していて、考えられないような景色だったりとか、なかなか見られないようなものだったりとか、そういうものを人間が目撃した時、新しい発想や、新しい生き方につながっていく気がしているから、そういうものを実際にこの世界に作り出すことをやっていきたいと思っています」

南川憲二さん
「自分たちが“もの”を見るときに、その“もの”が持っている意味とか、そういうものにかなり縛られて、“もの”を見てしまっているんじゃないかというふうに考えていて。どうやって、その“もの”が持っている意味から解放して自由に“もの”を見てもらえるか、そういったところを大事にしています」

芸術祭のテーマは人々のつながりを見つめ直すこと

活動開始から10年。3人は今年10月に開催される「さいたま国際芸術祭2023」のディレクターに就任しました。芸術祭のテーマは「わたしたち」。コロナ禍で社会が分断される中、人々のつながりを見つめ直そうという狙いです。

さいたま国際芸術祭2023開催実施計画

南川憲二さん
「地球環境とか、絶えない紛争とか。現代社会の中で、どの課題を考える上でも、わたし自身の関係、もっといえばわたし自身の加害性みたいなものを抜きに語ることができないんじゃないかというふうに思います。わたしとこの世界というのが、どのようにつながっているか。そういったことを新たに意識するような機会にできたらと考えまして『わたしたち』というテーマにしました」

南川さんと荒神さんは、アイデアを求めてさいたま市の街角に繰り出しました。2人が注目したのは、小学校から流れ出る楽器の音です。

南川さん

吹奏楽部かな。


荒神さん

練習かも。誰かのために聞かせる音じゃないっていうのが面白いですね。

 

ここに階段を駆け上がる足音が加わります。

 

なんか本当にジャズセッションみたい!子どもがトントントンと階段を上る音と、車の音と、このトランペットが、ちょっとセッションっぽくなるじゃないですか。これをどうやっていろんな人に見てもらうかというのを考えます。

さまざまな音の集まりから、それぞれの人の営みに思いをはせた南川さんたち。10月の芸術祭では何気ない街や生活に新たな目を向けて、もう一度捉え直すことができたらと考えています。

南川憲二さん
「ついさっきまでどうでもよかったものが、そこに耳を澄ますことですごく自分にとって大切なものや存在にとたんに変わってしまう。もしかしたらそれはいろんな国とか、それこそ分断やこれまでの関係みたいなものを越える1つの“手がかり”になり得るかもしれないと思っています。

全てではないですが、芸術祭は芸術に詳しい人が行く場所だとか、“そういう場所”ということをはっきりさせてしまうことで、身構えてしまうのではないかなと思っています。

だから芸術祭が街や生活と緩やかにつながることで、そういった垣根を少しでも無くして、みなさんの生活の中にも作品が展開されているという状態を作りたいと思っています」

さいたま国際芸術祭2023は10月7日から12月10日まで、さいたま市内で開かれます。街がアートで彩られる中、「目[mé]」ならではの展開も構想しているということです。

2023年 アートで新時代を作る

アートの可能性、力を信じて日々制作に励む3人。その独創性あふれる発想と作品で、2023年も突き進みます。

荒神明香さん
「『やっていいんだ』と思える気持ちは忘れてはいけないと思うんですね。『そういうことをやっていいんだ』と思ってもらえるような大人たちになりたい。

何か現象を起こしたときにそうやって、誰かが1人でも『あっ!やっていいんだ!』ということで、生きる力とか勇気とか、そういうものにもしかしたらつながるかもしれないし、そういうものを自分は作り出せる側に回りたいです」

増井宏文さん
「いろんなことがあったり、影響されたりするんですけど、その中でもベストを尽くして、何かものを作っていくことをシンプルに捉えるようにしています。

アートは特別ではなく人の営みの1つで、やっていること自体が自分にとったらすごい意味があるんじゃないかなと思いますし、イメージをどうやって形にできるかが自分は重要だと思っているので、よりよく、少しでもいいものを作り上げていきたいです」

南川憲二さん
「激動と言っていいような時代、さらにこの先もどうなっていくかは誰にも予想できないような状況が続いています。その中で、どう時代を迎えていくか、どう時代を見て想像していくかが未来につながると思います。

アートは本当にいろんなものの見方っていうのを与えてくれるものだと自分は信じているので、アートを通して新しい時代をみなさんと作っていく。そういう年にしていくことができたらいいなと思います」

  • 小林麟太郎

    首都圏局 ディレクター

    小林麟太郎

    東京出身。2021年NHKエデュケーショナル入社。生活実用番組や子ども向け番組の制作を経て、2022年10月より首都圏局で「おはよう日本(関東甲信越)」などを担当。

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