SDGsの取り組みが広がるなか、畜産業界で注目されているのが、ダチョウです。日本でダチョウの畜産は30年ほど前から始まりましたが、飼育にかかる環境負荷が少なく、様々な使い道が生れていることから、再び関心を集めています。埼玉県美里町の牧場を取材しました。
(NHK首都圏放送局 ディレクター/有賀実知)
埼玉県美里町には、約1万坪=サッカーグラウンド4.6面ほどの土地で、およそ200羽のダチョウを飼育している牧場があります。牧場では、ダチョウの卵を人工的に孵化させ、1年ほどかけて成鳥に育てて出荷しています。お肉や卵などは牧場に隣接する直売所やインターネットを通じて販売していますが、ここ数年は売り上げが伸び、去年は多い月で前年の10倍ほどの売り上げがあったといいます。
コロナ禍の巣ごもり需要など、さまざまな要因があると思いますが、最近はSDGsの取り組みの1つとして関心を持って、ダチョウのお肉を食べてみたいというお客さまが多いと感じます。高たんぱく・低カロリーで、やわらかいお肉なのでおいしいですよ。
(農場長 山田謙司さん)
ダチョウの畜産が環境に優しく持続可能な理由は主に2つあります。
①温室効果ガスをださない
同じ家畜の牛や羊、ヤギなどのゲップには「メタン」という温室効果ガスが含まれています。これらの動物は「反すう動物」と呼ばれており、一度飲み込んだ食べ物を再び口の中に戻して咀嚼します。そのとき、胃の中にいる微生物の働きでメタンが発生し、ゲップとして空気中に排出されているのです。こうした家畜から出されるメタンは全世界で年間約20億トン(二酸化炭素換算)。温室効果ガスの約4%を占めるため、地球温暖化の原因の1つと考えられています。一方、ダチョウはゲップをほとんどしません。
②少ない飼料で大きく育つ
ダチョウは食べたエサに対して、排出するフンの量がとても少ない動物です。つまり、食べたエサから栄養を最大限、吸収することができるため、牛・豚・鶏よりも少ないエサの量で、同じ量のお肉を生産することができるのです。
また、牧場で与えているエサは、主に牧草や「アルファルファ」というマメ科の植物です。ほかの家畜に比べてトウモロコシや大豆などの穀物を食べる割合が少ないため、人間の食糧と競合しない点からも、持続可能な畜産であるといわれています。
環境に優しく、持続可能なダチョウの畜産。食用のお肉や卵以外にもさまざまな使い道が広がっています。
牧場の直売所には、革製品や羽ペンなどの日用品、丈夫な卵の殻を使ったインテリアなどが並んでいました。また、ダチョウの脂には肌を保護する成分が含まれていることから、化粧品の原料にも使われ、人気の商品だといいます。
さらに、ダチョウが持つ、強い免疫力を活かした研究も進んでいます。
ダチョウの抗体について研究を行っている京都府立大学の塚本康浩教授は、ダチョウが体内でつくった抗体を卵から抽出して大量生産する研究をしてきました。2年前には新型コロナウイルスを不活性化する抗体を抽出し、マスクのフィルターに染み込ませた製品を開発。感染予防効果が期待でき、既に医療現場などで使用されています。
畜産動物として魅力の多いダチョウですが、日本で普及させるには課題もあります。
ダチョウの成鳥はとても丈夫ですが、雛のうちは日本のような激しい気候の変化や高湿に弱く、1歳まで育てられるのは優れた牧場でも雛全体の55から70%ほど。牧場が少なく日本での飼育技術が発展していないため、コストが高くなってしまう現状があります。また、日本ではダチョウの製品や食用がまだまだ浸透していないので、販路も限られているんです。
(飼育員 吉野友子さん)
牧場では、ダチョウの畜産の魅力をさらに多くの人に広めようとさまざまな発信を行っています。
牧場のSNSでは、ダチョウの生態について疑問に答える動画や、飼育風景、ダチョウ肉の調理方法などを伝える動画を日々、発信しています。吉野さんも出演し、にじみ出る“ダチョウ愛”が視聴者から人気を集めています。
また、ことし10月には、牧場内にダチョウ専門の博物館もオープンする予定です。迫力満点のダチョウの剥製やダチョウの鳴き声を聞ける装置、手作りした骨格標本などが展示される予定で、着々と準備が進められています。
博物館を通じて、ダチョウの可愛らしさや力強さといった魅力を感じていただくとともに、私たちの生活で様々に活用できる動物ということをぜひ知ってもらいたいです。
(飼育員 吉野友子さん)