選挙を知ろう

【選挙事件ファイル①】
「ゼロ票の謎を追え」ミステリー編

杉田淳記者杉田淳記者 報道局選挙プロジェクト

皆さんが投じた大事な一票。これがきちんと数えてもらえなかったとしたら…。まさか日本でそんなことはない、と思うかもしれませんね。でも、そんな信じられないような話が現実に起きていたのです。

「ゼロ票」の当選者

2013年。参院選が終わって数日たった時のことです。同僚の記者から、こんな話を聞きました。

「自民党のA候補の得票が、香川県高松市でゼロ票だったんだ。おかしいと思わない?」
「えっ? そんなことあるんですか?」
私は耳を疑いました。それだけ、その情報は不可解なものだったのです。

少し説明が必要ですね。A候補は、自民党の比例代表の候補者で、“当選”していました。比例代表の候補者の多くは、支援してくれる組織や団体、グループをバックに選挙運動をします。A候補もそうでした。高松市にも熱心な支援者がいるはずです。「ゼロ票は不自然だ」。私は取材を始めました。

「絶対に『ゼロ票』なんてありえませんよ」。A候補は悔しそうに語りました。A候補は、その6年前、同じく参院選の比例代表で当選していました。その時の高松市での得票は400票以上。5年たって、支援者の入れ替わりは多少あったとしても、それほど変化はないはずでした。それなのに、今回はゼロ票だったのです。

噛み合わない証言

香川県の県庁所在地、高松市は、有権者34万人で、県内最大。瀬戸内海をのぞむ港町は、古くから四国の中心的な都市として栄えました。いつ訪れても、柔らかな日差しがのぞく、そんな印象のまちです。

瀬戸内海のイメージ

「私、確かにAさんの名前を書きました。ゼロ票と聞いて、びっくりしたんです」「フルネームで正確に書いたんですよ」。A候補の支援者にたどりつきました。
支援者は一様にそう証言しました。「この開票結果はおかしい」。長年、選挙を取材してきた経験から、そう確信しました。

客観的なデータからも検証してみました。A候補は、全国で20万4000票あまりを獲得しました。同じように、自民党で20万票以上獲得した候補者の高松市での得票を調べてみると、A候補以外は少なくとも500票はとっていました。また、A候補の全国の得票状況を見ると、有権者30万人以上の開票所では、最低でも3桁の票はとっていました。もちろん、高松市を除いて、です。

実は、参院選比例代表の開票作業というのは、とても複雑です。投票は、政党の名前、候補者個人の名前、どちらで書いてもOK。この選挙で、候補者は全党あわせて162人いたので、開票で分類する手間は、ほかの選挙とは比べものになりません。このため、高松市では、この選挙から“自動読み取り機”という機械を導入。機械で投票用紙の文字を読み取り、仕分けを行っていました。はんざつな作業のどこかに落とし穴があったのか?謎は尽きることがありません。 

自動読み取り機

A候補の支援者は、高松市の選挙管理委員会に開票のやり直しを求める文書を提出することになりました。開票をやり直せば、ミスがはっきりするだろう…。
しかし、選挙管理委員会の回答は、“NO”でした。選挙結果はすでに確定している、というのです。

確かに、A候補は当選しているので、開票をやり直したところで、決定的な意味はないのかもしれません。でも、そんなことでいいのだろうか。わりきれない思いが募りました。
ところが翌年。事態は思いがけない方向に発展したのです。

写真:Joshua Earle, Viktor Jakovlev