選挙を知ろう

【選挙事件ファイル②】
「ゼロ票の謎を追え」解決編

杉田淳記者杉田淳記者 報道局選挙プロジェクト

皆さんが投じた大事な一票。これがきちんと数えてもらえなかったとしたら…。まさか日本でそんなことはない、と思うかもしれませんね。でも、そんな信じられないような話が現実に起きていたのです。

突然の逮捕!前代未聞の不正事件

「A候補に投票した」という人がいるのに、結果は「ゼロ票」。法律の決まりで、投票用紙は6年間、市役所の地下倉庫で保管されています。でも、開票のやり直しはできない。真相はやぶの中、いや倉庫の中とあきらめていたころ、突然事態は動きました。

開票作業を行った高松市役所の職員6人が逮捕されたのです。“選挙管理委員会の事務局長”という開票事務の責任者も含まれていました。
裁判で明らかになった不正の内容は、前代未聞のものでした。

開票作業が終わろうとしていた深夜、開票担当者は首をひねっていました。有効票と無効票の合計が、投票を済ませた人数とあわなかったのです。本来あるべき投票用紙が300票あまり足りませんでした。担当者は焦り、あわてたのでしょう。思いもかけない方法で、事態を切り抜けようとしたのです。
一度数え終わった白票をもう一度カウントし、実際より300票ほど多く見せかけて、数字のつじつまをあわせてしまったのです。開票の終了が宣言されたのは、それからまもなくのことでした。

ところが・・・。後片付けのさなか、A候補の票の束が見つかったのです。およそ300票。ほかの候補の束の下に、まぎれこんでいたのです。票数のつじつまが合わないカラクリは、とても単純な見落としでした。

もし、この時点で、白票を水増ししたことを認め、開票結果を訂正していれば、問題はそれほど大きくならなかったかもしれません。しかし、開票担当者は話し合いの結果、こう結論を出しました。「今更どうすることもできない」。A候補の票を数え直すことなく、有効票を入れる段ボールの箱に加えてしまったのです。

再現イメージ

追い詰められて…不正の第二幕

A候補の支援者が開票のやり直しを求め、開票担当者は気が気でなかったことでしょう。同じころ、捜査機関に、不正を告発する匿名の投書が寄せられていました。
「もし裁判が起きて、開票のやり直しが認められれば、白票の水増しがばれてしまう」
なんと、ここから「不正の第二幕」が始まるのです。

《無効票の箱に入った白票は、発表結果より300票ほど少なく、有効票の箱にはゼロ票のはずのA候補のおよそ300票が入っている》

この状況を前に、担当者は、
➀ 有効票の箱からA候補の票を取り出し、無効票の箱に移したのです。
しかし、これで安心できませんでした。もっと巧妙な手口はないか。
➁ 別の選挙で利用しなかった投票用紙、当然白紙の用紙を無効票の箱に混ぜます。
さらに、全体の票数が変わらないよう、書き込みがあった無効票の一部を取り出し、シュレッダーで裁断してしまったのです。

高松市役所地下倉庫

ところが、担当者は、票の仕分けに使った自動読み取り機のログに、正確な白票の数が記録されていることを知ると、
③ 白票の一部に、関係のない書き込みをして、白票の数を減らしたのです。

あきれるほど繰り返された隠蔽工作。
事件は、市民に大きな衝撃を与えました。
裁判の結果、6人の職員は全員執行猶予のついた有罪判決を受けました。

A候補の高松市の開票結果は、いまも“ゼロ票”のまま。
高松市選挙管理委員会は、「ゼロ票が誤りであることは、はっきりしているが、当選・落選の結果が変わるわけではないことなども踏まえ、訂正されていない」と説明しています。

事件の後、高松市では選挙のたびに、開票作業の様子をカメラで撮影するようになりました。いわば、「監視カメラ」です。ほかの自治体では、ほとんどないような対応ですが、それだけ失った信頼は大きかったということなのでしょう。

「選挙は、民主主義の基本」。学校でそう教わったことでしょう。でも、開票作業がいい加減ならば、お話になりません。「当たり前のことをきちんとやる」。こんな基本的な態度が民主主義というシステムを支える大前提であることを知らされた事件でした。

写真:Milada Vigerova