2023年02月06日 (月)

「どエラい企画を通してくれましたね...」と言われた私が土曜ドラマ「探偵ロマンス」を作るまで

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今回は『探偵ロマンス』エピソード・ゼロ。
「ドラマの企画がどうやって生まれたか」をご紹介させていただきます。

みなさま、初めまして。
NHK大阪放送局でディレクターをしている大嶋と申します。
土曜ドラマ『探偵ロマンス』の企画、演出(3話・4話)をさせていただきました。
この作品以前には、“朝ドラ”の『おちょやん』や『舞いあがれ!』に参加しています。
どうぞよろしくお願いいたします。

演出から見た舞台裏は、安達もじりディレクターが次回たっぷり書いてくれるはず!と思い、今回は『探偵ロマンス』の企画がどんなふうに誕生し、安達ディレクターたちとどう出会っていったかをお話させていただければと思います。

ちなみに、僕は瀨木デザイナーの書いたnote文中に一瞬だけ出演させて頂いたのですが、決して高いテンションで意識高そうなことをいつも叫んでいるわけではなく、どちらかというとオフィスに居ても目立たないタイプです。

よく初対面の方から「以前お会いしたことありますよね?」とか「中学の時同じクラスにいた……気がする」と言われます。

そんなやつが書いているんだなぁ、と気軽に読んで頂けると幸いです。

劇中写真
演出を担当した第3話より

 

 

 

「海外の方も楽しめるオリジナル・ドラマ」を?! 

どうやってこの企画は生まれたのか?
まずは「そもそもNHKの番組ってどうやって出来ているの?」について簡単にご紹介します。

ドラマに限らず、NHKでは番組の企画をプロデューサーだけでなくディレクターも立てるのが一般的です。
短いニュースリポートからNHKスペシャルまで、ディレクターが「こんな番組を作りたい!」とテーマや題材を見つけ、熱い思いのこもった企画を書いて提案します。

その企画が採択されると、美術、撮影、音声、照明、編集、音響効果などのスタッフと力を合わせて番組を演出(ディレクション)して作り上げ、視聴者の皆様にお届けしています。
ドラマだと、ここに俳優さんや演出制作スタッフも加わりますね。

僕はドラマ制作に携わるようになって8年くらいなのですが、“朝ドラ”、大河ドラマなどの現場をスタッフや演出としてぐるっと経験し、ちょうど「ちょっと変わったものを作りたい」お年頃でした。
そんな時、土曜ドラマの企画募集の要項に、新しいテーマが設定されているのを見つけます。

「海外の方も楽しめるエンターテインメント作品」。
「原作のないオリジナル」。

コレキタ!と思いました。
個人的なイメージですが、NHKのドラマというと社会派とか正統派の人間ドラマが多い気がしていました。
そんな中で海外の方も楽しめる本気のエンタメが作れるチャンスがきたのです。最高です。

現代の若者も楽しめる「新しい時代劇」

とはいえ「海外の方も楽しめるエンターテインメント」って何だろう?
日本で作るドラマであるからには、いわゆる「日本らしさ」を楽しんでもらえるものがいいな。
時代劇がいいんじゃないかと思いました。直球です。
エンターテインメントと銘打つからには、何かを真正面から訴える様なドラマでなく、まずて下さる方々に楽しんでもらうことを大事にしたい。現代劇では避けられないシビアなリアルさのかせから解放されて、ワクワクドキドキと感動、アクション(チャンバラ)と人間ドラマを併せもつことができる可能性が時代劇にはあると思いました。

しかしです。時代劇には主にご高齢な方が見る番組というイメージがあります。
僕は時代劇が大好きですが、狭い人生経験の中で、時代劇の話題で盛り上がれる若い人にほぼ会ったことがありません。
僕はその原因を徹底調査した、わけではないですが、何となくチョンマゲ姿や描かれる生活スタイルの違いが入り口のハードルを上げているのかなと思ったのです。

現代人にとって「チョンマゲの時代よりも服装や生活習慣が身近な時代」。
それでいて「“もしかしてこんな事あったかも”という夢を思い描けるくらい遠い時代」。

現代に通じる様々な文化が花開いた、大正ロマンの時代を舞台に「新しい時代劇」を作れないだろうか。
チャンバラの代わりにガン・アクションもできそうだぞ!?
海外ドラマでは、よく19世紀末や20世紀初頭を舞台にしたエンタメ作品をみかけるし!
そんな妄想をしている時、僕は一人の探偵と出会ったのです。

“名探偵”との出会い

 

その探偵の名は岩井三郎。
明治末期から大正時代にかけて活躍した実在の私立探偵です。
詐欺事件の犯人や宝石強盗の追跡など、テレビや映画に出てくる探偵のような活躍を本当にしており、シーメンス事件という有名な海軍汚職事件の捜査にも関わっていました。

岩井探偵は当時ちょっとした有名人だったらしく、彼が担当した事件の回顧談が大正4年に出版されています。
その名も『探偵ロマンス』。
そう、今回のドラマのタイトルは、草刈正雄さん演じる白井三郎のモデルとなった岩井三郎へのリスペクトも込められているのです。

めちゃくちゃ面白い人じゃないか!
僕は岩井探偵に出会ってとても興奮しました。
そして更に興奮させられたのが、
「作家になる前の江戸川乱歩が、岩井三郎の探偵事務所に就職しようとした」事実でした。

乱歩は当時25歳。
推理小説オタクだった彼は「推理力には自信がある」と探偵を志願したらしいのです。
どうやら採用通知はこなかったみたいですが、僕はこれを知ってどんどん妄想が膨らんでいきました。
「もし江戸川乱歩が、そのまま探偵になっていたとしたら・・・・・・?」
「探偵をやるなかで遭遇した事件を題材に、乱歩が小説を書いていたとしたら?!」

舞台は大正ロマンの帝都・東京。
名探偵と若き日の江戸川乱歩が、怪人二十面相のような敵と戦っていく冒険活劇。

これは観たい。
とりあえず自分はめちゃくちゃ観たい。
土曜ドラマ『探偵ロマンス』は、妄想を企画メモとして提出したところから動き出しました。
この時点ではまだ詳細な物語はなく、大雑把おおざっぱな世界観と登場するキャラクター達のイメージくらいしかありません。

安達ディレクター登場! 

なんと企画が通りました。嘘のようなホントの話です。
連続ドラマは一人のディレクターだけでは作れません。
思いを共有して一緒に作ってくれるディレクターと多くのスタッフが必要です。

一緒にやるなら安達もじりディレクターがいいとお願いしました。
一緒にお仕事をしたことがないどころか、面識すらありませんでした。
ですが『カムカムエヴリバディ』はもちろん、大河ドラマ『花燃ゆ』や“朝ドラ”『まんぷく』などを観ていて「なに今のカット?!」ときつけられるとその演出が安達ディレクターだったことがよくあり、すごく気になる先輩だったからです。

安達ディレクターはとても恐縮しながら、チーフ演出を引き受けてくれました。
制作統括は櫻井賢プロデューサー。
大河ドラマ『西郷どん』で僕を“大河”演出デビューさせてくれた方でした。

メイキング写真
右:筆者

「企画書」と「裏企画書」

ここからは僕も普段ふだんお呼びしているように、安達ディレクターを「もじりさん」、櫻井プロデューサーを「賢さん」と呼ばせていただきます。

最初にもじりさんから言われたのが「まずは企画書を作りましょう」ということでした。
「君はこの番組で何がやりたいの?」という問いかけです。

原作があるわけではないので、やりたいテーマや番組のイメージを共有しなければ一緒に番組を作れません。
もじりさんと最初にお会いした時点では、漠然としたアイディアが書かれたメモしかありませんでした。

「この番組で何をやるのか?」。

この問いは、後々に脚本家さんやスタッフと一緒に番組を作っていく過程で立ち帰る根っこになるため、自分で改めて問い直し、探り直して言葉にする必要があったのでした。
そこで改めて書いたのが、2通の所信表明文です。

この2通は、《企画書》《裏企画書》と呼ばれました。

番組の世界観について書いたのが《企画書》で、《裏企画書》はテーマについて書きました。
なぜ2通に分けたのか。なぜ「裏」なのか。

この番組はテーマを声高に叫ぶものでない、あくまでエンターテインメントとして作りたいことを伝えたかったからでした。テーマは観た人がふと気づいてくれるような、裏側にひっそりと流れているものであるべきだと思ったのです。

《企画書》には、既にご紹介した番組で目指したいエンタメのイメージについて書きました。
例えば……

画像 企画書の抜粋

あえて大風呂敷を広げてみました。
「スチームパンク」と掲げたのは、時代劇を知り尽くしたもじりさんや集まってくるベテランスタッフの方々に、大河ドラマや“朝ドラ”とは違う「新しい大正時代の時代劇」を一緒に作ってもらいたかったからです。
現代の僕たちが楽しめるエンターテインメント作品にするため、考証の忠実さも大事にしつつ「飛躍で得られる面白さ」を導入したいと思っていました。

「理想に翻弄される人間の業」という個人的テーマ

 

「理想に翻弄される人間の業」。
これは前回のnoteで、瀨木デザイナーが《裏企画書》の一部を要約してくれた言葉です。
お読みになった方は、ずいぶん大げさな話だと驚かれたかと思います。

これはディレクターとして僕が個人的に持ち続けているテーマでした。
僕はドラマ制作に携わる前は、福島放送局でニュースリポートやドキュメンタリーなどを制作していました。
そこで東日本大震災・原発事故に遭遇します。新人の時でした。
それから4年の間、原発事故に苦しめられている地元の方々から取材で声をお聞きするうちに、すぐに答えられない“宿題”を抱えるようになりました。

「こうなりたい」「こんな生活がおくりたい」という普通の豊かさを、
当たり前に得ようとしただけなのに取り返しのつかないことになってしまった。
誰を責めていいのだろう。

この問いは、どんな番組にかかわらず、自分がディレクターを担当する時にはどこかでフッと頭をもたげるのです。

平井太郎は大正を生きる“現代の若者”?!

江戸川乱歩が青年期を過ごした大正時代の日本。
スペイン風邪が流行し、第一次世界大戦がもたらしたバブルがはじけて格差と社会不安が広がっていました。
調べてみると、盛り場では家庭で居場所をなくした少年少女がグループを作ってたむろし、鬱屈を抱える青年たちなども出てきた時代だったみたいです。

どこか現代と重なることの多い時代なのかも、と感じました。

そして江戸川乱歩こと平井太郎青年は、
そんな鬱屈とした青年の一人だったのです。

太郎青年は大学を卒業した当時のスーパーエリートなのに仕事が長く続かず、貧しい暮らしをしていました。
その一方で、毎日のように浅草公園(ドラマではA公園)をブラブラ。
当時の浅草公園は映画館や芝居小屋、飲食店がひしめく大繁華街です。
そして発表する自信はないくせに推理小説を書くことだけは続けていました。

「推理小説を誰よりも愛している。日本で初めての本格的な推理小説を書きたい」
「自分にふさわしい居場所はここじゃない」
「でも生活どうしよう」

乱歩さんが青年時代を書いた文章には、そんな風な若者のもがきが垣間かいま見えます。
25歳の太郎青年に「令和の電車の中で、隣に立っていても不思議ではない親近感」を覚えるようになりました。
個人的には、そのダメさっぷりはとても他人事ひとごととは思えません。

劇中写真

「自分のために作られた」と感じてもらえるドラマ

「若い人にも楽しんでもらえる番組にしたい」という思いが強まりました。
エンタメとして楽しんでいただきたい。欲を言えば「自分のために作られた」と感じてもらいたい。
これは、ドラマを作るにあたって僕が大事にしたいなと思っていることです。

この番組の制作が始まる直前、僕は“朝ドラ”の『舞いあがれ!』チームにおり、東大阪パートの取材・脚本開発に参加していました。
『舞いあがれ!』もオリジナル・ドラマなので、物語を作るためのヒントが必要です。
町工場の社長さん方から平成から令和にかけての半生を聞かせて頂いてまわっていました。皆さん魅力的すぎる物語をお持ちで、取材は楽しくて仕方しかたありません。
しかし、ある社長さんの言葉にドキッとさせられました。

「ドラマで描かれる町工場って、いつも同じですよね」。
「しかも大抵は暗いお話で、犯罪者がいたりとか」

確かにサスペンス・ドラマなどで町工場に前科者が隠れていたりする描写がありますが、それまで僕は何気なくそれをみていました。
でも同じ仕事されている方はもっと違った目でそれらをみている。

番組はさまざまな方が観て下さっているのだ、ということを改めて痛感させられました。
視聴者の方がドラマで描かれた物語やキャラクターに触れた時、「自分にもこういうところあるな」とか「これは自分のために作られたんじゃないか?!」と思ってもらえるドラマを作りたいな、と思うようになったのです。

『探偵ロマンス』では若い人のどんな部分にポイントを置くのか。
個人の実感でお恥ずかしいのですが、身近な同世代の人たちが抱えている言いようのない閉塞感がずっと気になっていました。
これを正面からテーマにすると社会派ドラマになるのでしょうが、ただ僕は疲れて家に帰ってまで身につまされる暗い話を観たくないな、と。
エンタメの中でなら描ける可能性があるのではないか、と思ったのでした。

アクションあふれるエンタメ時代劇、「理想に翻弄される人間の業」、
現代の若者、江戸川乱歩。
くっつきそうもないバラバラのテーマたち。

《企画書》と《裏企画書》には、全く整理されてないそれらが詰まっていました。
読み終えたもじりさんは言いました。

「……えらい企画を通してくれましたね……」。

これは番組制作の最後まで、たびたびつぶやかれた言葉です。
百戦錬磨のプロデューサーである賢さんも「どんな番組になるのか全く予想できない」と言いました。

『理想』というのは『毒』である

脚本を引き受けてくださった坪田文さんは僕と同世代の方で、僕のつかみ所のない「こんなこと番組でやりたいんですが……」という話をとても面白がってくださり、共感して下さいました。

そして最初の打合せをした数日後。
坪田さんから一つの文章が送られてきました。

『理想』というのは『毒』である。
なりたい自分、憧れの環境、かなうかもわからない夢を見るから人は苦しむ。
しかし、夢が無ければ人生は味気ない。
この物語は、理想の自分になることが叶わず苦しむ絶賛モラトリアム中の青年作家と、酸いも甘いも現実を知り理想など青臭いと割り切って見える完成された中年探偵。
この物語は、一見交わることが無い水と油、全く真逆の2人の男が、理想を追い求めた末に自らが生み出した毒に飲まれた人々が生み出す『事件』という同じ目的に向き合う事で、己の求める『浪漫』へとたどり着いていく夢と真実の探偵活劇である。
※注※ 三郎は当初、少し若く年齢設定されていました

これを読んだ時、僕ももじりさんも賢さんもブッ飛びました。
『探偵ロマンス』というドラマの核がえぐり出されている、と震えました。
番組が動き出した音を聞いたのです。

次回予告)安達もじりディレクターによる舞台裏話!? 

オイオイ、今回は全然安達もじりが出てこないじゃんか!と憤られたファンの皆様。
ごめんなさい。次回はついに安達ディレクターが登場です。
雲をつかむような大風呂敷から、いかにドラマ『探偵ロマンス』が形作られていったのか!?(が存分に語られる、はず?!)
乞うご期待です!

4話すべての制作を終えた最近、もじりさんと話したことがありました。

「この番組は“かけ算”の番組でしたね」

何か絶対的なものにチームのメンバーが従って作ったのではなく、
色んなアイディア、やりたいこと、好みをもった人たちが集まって、
互いを尊重しながらそれぞれの色を出せた、奇蹟きせきのような現場だったと思うのです。
本当に、俳優陣も含め全てのスタッフの皆さんには尊敬と感謝しかありません。
そんな「ごった煮のエネルギー」が観て下さる方々に伝わるといいな、と思っています。

『探偵ロマンス』の放送も残すところあと1話。どうぞ、最後まで楽しんでいただけたら本当に幸せです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

探偵ロマンス 企画・演出 ディレクター大嶋慧介

画像 筆者