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退職ドキュメント「最後のおつかれさまでした」

#4 百貨店・外商員 ディレクターの取材秘話も
  • 2023年08月25日

ニュース番組「もぎたて!」の名物コーナー化を目指して立ち上げた「最後のおつかれさまでした」。これまでに岡山県内の製油所や中華そば店、鉄道会社で働く人の最後の出勤日に密着してきました。4回目の主人公は創業約200年の老舗百貨店で長年働いてきた福原正康さん(65)。「外商」を35年間、担当してきたそうですが、百貨店の外商ってどんな仕事?どんな思いで仕事に向き合ってきたの・・?そんな疑問を持ちながら「最後の日」に密着しました。
(岡山放送局ディレクター 山下汐莉)

「辞める人、いませんか?」 地道な電話取材‥

初回の製油所・総務マネージャーの男性のときと同じく取材は人探しから。「近々定年退職で辞める人、いませんか?」。岡山県内のさまざまな企業にいきなりこんな失礼な電話をかけ続けることが第一歩でした。実は今回取材にいたった百貨店にも春にはお話を聞かせてもらっていてました。そのときは取材のタイミングがあわなかったのですが「8月に外商員の男性が退職する」という有力な情報を頂いていました。その男性が今回の主人公・福原さんだったのです。

「外商」って何?

百貨店の売り場で買い物をしたり、買えないくらいの高級品を眺めたりすることは大好きなのですが、「外商員」との接点はありませんでした。まず「外商員」の正体を知ることから取材はスタート。

福原さんの退職1ヶ月前、仕事に同行しました。外商員は百貨店の販売員ですが、働くのは売り場ではありません。百貨店で一定以上の買い物をする「お得意さま」への特別なサービスを担当しているそう。顧客の自宅や会社に出向き、それぞれのニーズにあった商品を提案し販売します。取材に行ったこの日は、美術担当の店舗販売員と一緒に岡山市内へ。それぞれの客の好みに合った絵画を持参し、商談に臨みます。

1軒目は市内のクリニック。抜けるような青色が印象的な風景画を取り出し 「青色がお好きですよね」と福原さんは胸を張ります。 「よく知ってるな!」とクリニック理事長・長宅芳男さんは即答。 顧客まわりを積み重ね、何気ない会話やインテリア、持ち物の細かな観察を繰り返すことで得意先一人ひとりの好みを把握することが外商員には欠かせないと言います。結局、この日は3枚の絵画の購入となりました。 

青色が好きな客には青い風景画を提案

2軒目は建築士事務所です。全く趣向のちがう黄色い花の油絵を事務所の主宰・井上宏章さんに提案します。 モダンでおしゃれな事務所の雰囲気にはぴったりだと福原さんが選んだ絵画でした。

こちらでは黄色い油絵を。商談中も笑顔が絶えません

商談は成立。これまでも、福原さんからお酒や食料品、事務所の開設記念の記念品などを購入してきたそうです。急な依頼にも応えてくれる福原さんを「高級八百屋のおっちゃんみたい」と信頼している様子でした。

このような顧客まわりを岡山市内で300軒ほど担当してきた福原さん。 1日十数件回ることは頻繁にあり「地域のおいしいランチにも詳しくなっちゃった!」と茶目っ気たっぷりに笑います。 

  最後の日こそ、原点回帰 

8月、とうとう迎えた福原さんの退職の日。この日、どうしてもあいさつに行きたかった人がいました。 7年前に亡くなった安田章子さんです。福原さんが新入社員のときの顧客の一人で、外商員としての基本的なマナーを教わったといいます。 

安田章子さん

「正面玄関で元気に挨拶をして、家に入っていくのが得意先にも喜ばれるだろう」と思っていた新人の福原さんに、 安田さんは「小さい声で、通用門から入ってきてね」と諭したそうです。

かつては毎日夕方4時に安田さんの自宅を訪ね「必要なものはありませんか?」とご用聞きに言っていたという福原さん。 次第に、タンスから食品まで、家で必要なさまざまな商品を購入してもらえるようになりました。 少しずつ信頼関係を結んでいくことの大切さを学び、それからの外商員としての成長の原点になったそうです。 

当時を覚えている義理の娘・輝子さんも「【デパートのお兄ちゃん】として、当時小さかった子どもたちにもなつかれていた。誠実な方だった」 と当時を振り返っていました。 

売り場の同僚たちからも愛されて

福原さんは店舗の販売員の同僚とともに何度も顧客まわりを続けてきました。「玄関まで入れてもらえるくらいの信頼関係を築くのが外商の仕事。そこからは商品の専門の人と協力して商売をする」ものだそうです。

退職の日、店舗に戻ってまずあいさつに向かったのは美術品のセクション。同期の武田一夫さんが迎えてくれました。 「見た目が似てる二人が絵を売りに行くとお客さんも笑って喜んでくれた」と昔の思い出話に花が咲きます。

 一緒に磁器や和食器を販売してきた槐島恵子さんも、福原さんが新人のときから「お客さま第一」で、約束は必ず守ってきた姿が忘れられないといいます。涙を流して別れを惜しんでいました。 

最後に、着物を扱う販売員の山本暁生さんの元へ。得意先の結婚が決まったら留め袖、娘が成人しそうになったら振り袖・・・と、顧客のライフステージについての情報を共有し、一緒に商売をしてきたそう。 「福原さんはいいお客さんをたくさん紹介してくれたプロの外商員。尊敬する先輩」と話してくれました。 

写真奥の販売員・八木智美さんは晴れ着で挨拶に

それぞれの販売のプロからも「福原さんのお客さんは素敵な方ばかり」と信頼されてきた福原さん。一緒に商品を売ってきた仲間のみなさんたちも笑顔を浮かべつつ、職場での最後の日を惜しんでいました。 

思いは息子へ 

実は、福原さんの息子の誉大さん(30)も同じ百貨店の社員。さらに今年から父親と同じ外商部に配属になりました。

息子・誉大さん

仕事がつらそうな様子を家で見たことが一切なかったんです。すごく楽しくてやりがいをもって働ける仕事だろうと感じて、自分もそうなりたいなって

父・正康さん

楽しいところだけ見ていて勘違いしたんでしょう(笑)

同じ会社で働き出した当初は気まずかったという父の正康さん。でも「楽しく商売をしてもらうためには明るい外商員でいる方がいい。どうせ仕事をするなら楽しく仕事をしてほしい」と最後にはエールを送っていました。

インタビューの間、終始照れくさそうな父子

取材後記「楽しく働く!」

「楽しい思い出しかない。つらいことはあったと思うけど覚えてない」 。何度も「キャリアの中で何が一番大変でしたか?」と聞いても返ってくる答えはいつもこれでした。 つらいことや苦しいことがなかったはずはないのに記憶をなくしてしまうほど、あえて福原さんは「楽しく働く」ことを信条としてきたんだと感じました。

「明るく楽しい外商員」でいることでお客さんも楽しく買い物ができ、福原さんに信頼を寄せる。店舗の販売員とも、より良い情報共有ができる。 誰からも愛されて信頼されている福原さんを取材して、「楽しく働こう」というマインドでいることがいかに大切か実感しました。

福原さんは、直接家を訪問をすることで顧客の生活やそれまでの人生を知ることができることが外商の仕事の醍醐味であり、自分の成長の糧だったと振り返ります。 わたしも今回の取材を通して、福原さんの人生に触れることができました。わたしも福原さんを見習って、楽しく働くぞ!!

  • 山下汐莉

    岡山放送局 ディレクター

    山下汐莉

    入局4年目  あと何十年も働くためのヒントがほしい!

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