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水害 台風 教訓 知識

アマゾン川が日本の空に? 線状降水帯につながる「大気の川」とは

各地に豪雨災害をもたらす線状降水帯の予測の鍵として注目されているのが、「大気の川」と呼ばれる大量の水蒸気の流れ込みです。

過去の豪雨では、「大気の川」の水蒸気は、1秒間でアマゾン川を超えるような量にのぼったといいます。

2022年の夏、日本の研究グループが、航空機を使った上空からの観測に、国内で初めて成功しました。そこでわかったこととは?詳しく解説します。

2022年9月に放送されたニュースの内容です

空にアマゾン川? 大災害もたらす「大気の川」

坪木教授

研究を行っているのは、名古屋大学の坪木和久教授らのグループです。

スーパーコンピューターを使ったシミュレーションと、現場での観測を組み合わせ、気象現象を解明する研究を行っています。

「大気の川」と呼ばれる水蒸気の流れ込みに注目した災害のひとつが2019年の台風19号(東日本台風)です。関東甲信や東北を中心に川の氾濫や土砂災害が相次ぎ、犠牲者は92人にのぼりました。

台風19号
台風19号と大気の川
青○「大気の川」と推定 解析:坪木和久教授らのグループ

このとき、コンピューターで分析すると、太平洋上空には南北約2000キロ、幅約500キロという巨大な「大気の川」がありました。その水蒸気の量は、1秒間にアマゾン川を流れる水の2倍から3倍に相当していたといいます。

「大気の川」は2020年の熊本の豪雨や2015年の関東・東北豪雨でも確認され、線状降水帯につながる要因の一つともされてきました。

予測難しい線状降水帯 気象庁の「的中率」は12分の3

被害をもたらす線状降水帯の予測は、今も難しいのが現状です。気象庁は、ことし初めて線状降水帯の予測を開始し、線状降水帯の発生を半日前から予測する防災情報の発表を始めました。しかし、その多くを事前に予測することができず、線状降水帯の発生による大雨は、たびたび気象庁の予報を上回りました。

気象庁会見

2022年の夏は、7月5日の高知県を皮切りに、九州、東北、北陸、関東と各地で少なくとも12回の線状降水帯の発生が確認されました。(2022年9月13日現在)しかし、このうち事前に予測情報を出していたのは、7月18日と19日の九州北部と山口県で発生した3回のみにとどまったのです。

なぜ、ここまで予測が難しいのか。それは、線状降水帯につながる「大気の川」が海から陸への流れ込みによって発生するためだと、坪木教授は言います。海は観測機器がほとんどなく、そのメカニズムが十分にわかっていないというのです。

日本の「台風ハンター」に 空からの観測に成功

こうした中、坪木教授が力を入れているのが、航空機を使った上空での観測です。観測機器がない海上でも、直接観測することができるためです。

まず、坪木教授は、台風の上空からの観測に乗り出しました。アメリカでは比較的メジャーな観測方法ですが、日本では1987年のアメリカ軍の航空機による観測を最後に行われていなかったのです。

航空機の坪木さん
航空機に乗る坪木教授 撮影:防災科学技術研究所 大東忠保博士

研究グループを立ち上げた坪木教授は、2017年、台風21号が日本に接近した際、台風の目の直接の観測に成功します。国内では、実に30年ぶりのことでした。

線状降水帯発生 「大気の川」の観測に挑む

いま、坪木教授が上空からの観測で力を入れているのが、線状降水帯のメカニズムの解明です。そのために、2022年の夏、国内で初めて「大気の川」の観測に挑みました。

高知の線状降水帯

観測を行ったのは、2022年7月5日。台風4号が接近し、高知県で線状降水帯が発生した日です。

コンピューターのシミュレーションから、太平洋や、東シナ海から「大気の川」が日本列島に流れ込んでいると分析し、航空機で西日本から沖縄の沖合の太平洋の上空を移動します。

上空の雲
上空から撮影した雲

観測機器を直接投入 「大気の川」の特徴とは?

「大気の川」は水蒸気のため、直接目で見ることは出来ません。そこで、研究グループが使ったのがドロップゾンデと呼ばれる筒状の機器です。

航空機内の様子

航空機で上空を移動しながら、「大気の川」に一定の間隔でドロップゾンデを投下します。ドロップゾンデは、上空およそ1万3000メートルから海面までを落下します。その間、水蒸気の量や風向き、風速などを観測して、データを研究グループに送信する仕組みです。

このドロップゾンデの容器は、トウモロコシなどが原料となっていて、海に落ちた後はそのまま分解されます。いわば使い捨てで、航空機の費用も含めて一度の観測に多額の費用がかかります。何度も気軽に飛ぶことは難しいこともあり、坪木教授たちはチャンスが来る日を見極めていました。

あわせて50個あまりのドロップゾンデの投下に成功、今回の「大気の川」のある特徴が見えてきました。

データ抜粋

紀伊半島沖を落下したドロップゾンデのデータを分析すると…

●上空1000メートルより高い領域では水蒸気が比較的少ない

●海面から上空1000メートルまでの比較的低い領域に、大量の水蒸気が集中

比較的低い領域の水蒸気量は「大気の川」がない時の平均的な空気に含まれている水蒸気量の2倍ほどだといいます。

坪木教授は、今回の「大気の川」は、海面からの高さによって水蒸気の量の分布が異なる事で大気の状態が不安定になり、線状降水帯が発生しやすい気象条件になっていたと見ています。

ただ、まだわかっていないことも多く、研究グループは、水蒸気を運ぶ風の速さや向きなどさらにデータを解析するほか、今後も観測を重ねて線状降水帯を引き起こすメカニズムの解明につなげたいとしています。

「コンピューターだけでは足りない」

なぜ、坪木教授は、上空からの観測にこだわるのでしょうか。

それは、これまでの研究で「コンピューターの計算だけでは、線状降水帯が予測できない」ことを痛感してきたからだと言います。

坪木教授ワンショット2

2000年代以降、スーパーコンピューターの発達とともに気象学でもシミュレーション技術がめざましく進展しました。坪木教授自身も気象予測のためのシミュレーション技術の開発に没頭し、その精度はどんどん高まっていきました。

しかし、最先端のシミュレーションで予測できないような大雨災害が、近年、相次ぐようになりました。そのうちのひとつが、2017年7月の九州北部豪雨です。九州北部では線状降水帯による大雨が発生して、40人が犠牲になりました。

九州北部豪雨

この時、線状降水帯の発生を、気象庁や自らのシミュレーションでは、まったく予測できていなかったと言います。そして、このことに大きなショックを受け、坪木教授は、台風だけでなく、線状降水帯をもたらす「大気の川」についても直接観測することが必要だと強く感じました。このため、上空からの観測を重ねているのです。

名古屋大学 坪木和久教授
「これだけの大雨が目前に迫っていても今の日本はその危機を感じ取れない。線状降水帯に対していかに無防備か痛感した。日本は世界最高峰のシミュレーションや、気象衛星をもっている。それを有効活用するためにも『真値』だけが足りていない。どれだけ技術が発展しても気象学の原点は観測だ。今後も観測を重ねて『大気の川』から線状降水帯につながるメカニズムを理解し、予測精度の向上に寄与したい」

研究に遅れ 「大気の川」の観測強化を

上空の雲2

取材を通じて坪木教授からは「大気の川」の観測手段が整っていない中で、災害が相次ぐ現状に強い危機感を持っていることが感じられました。一方欧米に比べ日本では「大気の川」の研究グループが少なく、観測やメカニズムの解明に向けた研究が広がっていないという指摘もあります。

地球温暖化で災害の激甚化が予想される中、国のバックアップなど「大気の川」の観測や研究を加速させるための取り組みも求められていると感じました。


社会部 災害担当記者 老久保勇太


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