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水害 想定 知識

日本の宿命 “浸水する街に住む”

「浸水リスクがあっても、その地域への移住を勧めざるをえない…」

ある自治体の担当者が苦しい胸の内を明かしました。約2万もの川が流れ、低い土地に街が広がる日本。浸水リスクがある地域に住む人は、4人に1人にあたる3000万人以上とも言われています。リスクは地方だけでなく東京にも。豪雨災害が相次ぐ中で、街づくりをどう進めるのか。苦悩する2つの街を取材しました。(社会部記者 清木まりあ)

2020年9月のNHKスペシャルの内容です

目次

    浸水想定されるのに居住誘導

    こちらの地図。川に沿って街の中心部があります。
    黄色で示された地域は、自治体が街の利便性を高めるためにコンパクトシティ化を目指し、この地域への住民の移住や企業の移転を勧めている「居住誘導区域」。

    一方で青色で示されているのは、川が氾濫した際の「浸水想定区域」で、この2つのエリアの多くが重なっています。浸水リスクがあるにもかかわらず、その地域への移住を促しているのです。

    「なぜこんなことになっているのだろう?」
    私は、この街を取材しました。

    福島県須賀川市です。

    周囲を山に囲まれた福島県のほぼ中央にあり人口は7万5000人。
    2019年10月の台風19号で、堤防の決壊や氾濫が相次ぎ、3人が亡くなりました。町の中心部には阿武隈川、支流の釈迦堂川が流れています。浸水被害が出たのは、川沿いのエリアでした。

    この地域に30年ほど前から住んでいる、鈴木重さんです。初めて浸水被害にあい、自宅の屋根まで水につかりました。

    自宅があったのは「居住誘導区域」と「浸水想定区域」が重なる場所。鈴木さんの自宅周辺には同様に多くの住宅が建ち並んでいます。自治体の後押しでこの地域に住民が移住してきたためだと言います。

    鈴木重さん
    「昔はこんなに人が住んでいなかったけど、保育園や病院などもできるようになって、今ではたくさんの人が住む場所になった。生活にも便利な場所になっていくから、安全な場所だろうなと思っていたんだけど」

    なぜ浸水エリアに誘導?

    「浸水が想定される地域への移住をなぜ勧めてきたのですか?」

    私は市の担当者に疑問をぶつけてみました。担当者は、背景にある市の街づくりの歴史を話してくれました。

    須賀川市の中心部で大規模な街づくりが行われたのは60年以上前。もともと蛇行して流れていた川の大改修から始まりました。その後、市は川沿いで区画整理を進め、公共施設を整備。住宅地として発展させていきました。もちろん川沿いであることから浸水も想定されていましたが、長年、川の氾濫による被害は起きていませんでした。

    その後、人口が減少する中で設けたのが「居住誘導区域」でした。限られた予算の中でも川沿いにある限られた平地に人口を集約し、魅力ある街の将来を維持したいという思いがあったからです。

    しかし2019年、台風による豪雨で浸水被害が発生します。今後も豪雨の多発が懸念される中で、いかに街づくりを進めていくのか。市は居住を誘導する政策を変えないまま、街の中に雨水をためる「貯水地」を整備するなど対策を模索することにしています。

    須賀川市担当者
    「60年以上かけてインフラの整備や施設の誘致、街づくりを進めてきた、いわば須賀川の心臓部。その位置づけを変えることはできない。ただ一方で、みなさん住んでくださいって誘導するのが浸水エリアでいいのか…そのジレンマはある」

    取材をする前、私は「街づくりには何よりも防災を優先すべきだ」と思っていました。しかし、人口減少が進む自治体としては、人口の集約をあきらめてしまえば、街自体の衰退が進んでしまう…。
    苦しい立場に置かれている状況も見えてきました。

    「居住誘導区域」に「浸水想定区域」9割

    実は、こうした課題は日本各地にあります。
    須賀川市のように、「居住誘導区域」に「浸水想定区域」が含まれている自治体は全国で242。なんと、コンパクトシティ化を進めている自治体の約9割です。

    国は原則として浸水想定区域を含まないよう求めていますが、難しいのが実情です。山あいの土地が多い日本では、川沿いの平地に人口を集約したほうが、開発やインフラの整備がしやすいことが大きな理由です。

    一方で、居住を誘導していなくても川沿いの平地に多くの人が生活し、浸水のリスクにさらされながらも生活せざるをえない街があります。そのひとつが「首都・東京」です。

    東京・江東5区 250万人が浸水エリア

    荒川や江戸川の流域にある、墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区。
    人口約260万人のうち9割以上にあたる250万人ほどが、「浸水想定区域」に住んでいます。

    このうちの1つ、足立区です。
    ハザードマップを見てみると、区のほぼ全体が「浸水想定区域」を示すピンク色。一見すると区内に逃げ場所が無いように見えます。ただ、よく見ると、荒川沿いの一部の地区に、「浸水しない」ことを示す真っ白な部分があります。

    どんな場所なのか。

    国土交通省の担当者に案内してもらいました。

    足立区・新田地区。
    堤防の高さに合わせて周囲の街全体もかさ上げする、いわゆる「スーパー堤防」です。堤防から続く高台のまちには高層マンションが、ずらりと建ち並んでいました。

    通常、住宅地は堤防より低いところにあり、ひとたび氾濫が起きると、あふれた水が勢いよく流れ込んできます。しかし、スーパー堤防は、堤防と同じ高さで街が広がっているため、越水しても緩やかに水が流れる仕組みになっています。

    「決壊もせず」「大きな浸水被害も起きない」。
    いわば究極の対策を施した高台の街づくりです。

    “スーパー堤防の街づくり” 課題も

    事業前の堤防周辺
    事業後の堤防周辺

    「川沿いのすべてをスーパー堤防の街にすればいいのでは?」私も初めはそう思ってしまいましたが、以下の2つの点で簡単な計画とは言えません。

    《長い年月》
    住宅地でスーパー堤防を整備しようとする場合、工事の期間中、住民はほかの地区で仮住まいをし、土地のかさ上げが終わったら、もとの場所に住宅を建て直すことになります。

    住民側との交渉も必要です。
    実際に新田地区の1kmほどの長さの堤防を整備するのにかかった期間は14年。これ以上に範囲を広げようとすれば、さらに長い年月がかかります。

    《ばく大なコスト》
    新田地区だけで整備にかかった予算は128億円。堤防全体で進めるにはさらにばく大な予算がかかります。多くの人口を抱える首都圏を守るため、国が事業を進めているからできることであり、自治体単独ではとても進められないのが現実です。

    そこでスーパー堤防の整備とともに国土交通省と東京都が考え始めたのが、浸水を前提とした新たな街づくりです。

    まるで「空中都市」。

    マンションやオフィスビル、そして道路のある堤防を浸水しない程度の高さに設けた通路でつなぎ、浸水が引くまで避難生活を送ってもらおうというものです。今後、モデル地区を決めて計画を作っていくことにしていますが、これもスーパー堤防の街づくりほどではないものの、短い時間で実現できるとは思えません。

    実際に国や自治体はどう動くのか、住民の意向はどうなのか。
    私も取材を続けたいと思います。

    浸水リスクを受け入れる 日本の宿命

    福島県須賀川市と東京・足立区。

    私が取材した2つの地区のまちづくりには共通点があります。「浸水リスクを受け入れながら」街づくりを進めるしかない現実です。古くから川の氾濫が繰り返されたことによりできた平地に都市を開発した、「日本の宿命」とも言えます。

    豪雨災害が毎年のように相次ぐ中で、私たちも国や自治体の街づくりを待っているだけでいいのでしょうか。
    「浸水する街に、どう住み続け、備えていくのか」
    台風や豪雨による災害が相次ぐいま、考えてみませんか?

    清木まりあ
    社会部記者
    清木まりあ

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