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駅名変更「熱田神宮伝馬町」へ 舞台裏に地域の人の思い

2023年1月12日

2023年1月4日、名古屋市営地下鉄の4つの駅で、駅名が変更された。
「"東海道随一"と称されたかつてのにぎわいを取り戻したい」
駅名変更にかける地域の人たちの思いを取材した。

(NHK名古屋 記者 豊嶋真太郎)

深夜の地下鉄に現れたのは・・・

1月4日午前0時半。名古屋市営地下鉄の名城線・伝馬町駅の地上出入り口では、駅名変更に向けた準備が進められていた。通りかかった人も見守る中、作業員が脚立に上って、出入り口上部に掲げられている伝馬町駅と書かれたシートを慎重にはがすと、新駅名「熱田神宮伝馬町駅」が現れた。

観光客にわかりやすく

今回、駅名が変更されたのは4駅。

それぞれ名古屋城や熱田神宮といった名古屋を代表する観光地の名前が取り入れられたかたちだ。太閤通駅も名古屋ゆかりの豊臣秀吉にちなんで名付けられた。共通するポイントは、「観光客にわかりやすい駅名にすること」。
たとえば、名古屋城駅はこれまで市役所駅だった。名古屋城の最寄り駅にもかかわらず、一目見ただけではわからない。実際、誤って隣の名城公園駅で降りてしまう人もいて、わかりにくいという指摘も出ていた。
熱田神宮伝馬町駅は、これまでの伝馬町という駅名に、地域の象徴"熱田神宮"が加わるかたちになった。熱田神宮を訪れる観光客を駅周辺に多く呼び込みたいという狙いだ。実はこの駅名変更、街の再生にかける地域の人たちの熱い思いがあった。

活気失いつつある街 抱いた危機感

駅名変更に携わった1人、花井芳太朗さん(42)は熱田神宮のそばで和菓子店を営んでいる。熱田で生まれ育ち、高校卒業後、アメリカの大学に進学するため渡米。音楽イベントの運営や現地に住む日本人向けの新聞の編集に携わったあと、家業の和菓子店を継ぐために帰国した。およそ10年ぶりに地元に戻り、目の当たりにしたのは、活気を失いつつある街の姿だった。

花井さん

「クラスが減っているとか、イベントがなくなっていると聞く機会が多くあった。どんどん人口が減っていく中で衰退しかないと本当に思った、危機感があった」

"東海道随一のにぎわい"をもう一度

地域を盛り上げるためにはどうすればいいか。花井さんが目を付けたのが地域の象徴"熱田神宮"だった。

江戸時代には神宮前の宿場町「宮宿」が"東海道随一のにぎわい"とも称され、歌川広重の「東海道五十三次」や、尾張地方の風土を取り上げた「尾張名所図会」にも、その様子が描かれてきた。

東海道五十三次「宮」
尾張名所図会

「"東海道随一のにぎわい"を取り戻したい」。
2014年4月、花井さんたちは、地元の飲食店の経営者らと地域の活性化について話し合う「あつた宮宿会」を設立した。子どもたちや市外から訪れた人でも楽しく熱田の歴史を学べる紙芝居やカルタを製作、地域の大学と連携したフォーラムに加え、毎月1日には、定期市の開催も始めた。

定期市の様子

訪れたチャンス ぶつかる駅名への思い

さらに地域を盛り上げる方法はないか。そんなことを考えていたやさきに浮上したのが、駅名変更の話だった。2019年に立ち上げられた名古屋市の地下鉄駅名称懇談会で、ほかの複数の駅とともに、伝馬町駅の駅名変更を検討する案が浮上したのだ。
伝馬町駅は熱田神宮の正門の最寄り駅であるにもかかわらず、駅名に熱田神宮が入ってないため、市外から来た人にわかりにくいという指摘が以前からあった。花井さんたちは熱田神宮の正門に近いことをアピールできる「熱田神宮正門前駅」に変更すれば、市外や海外から多くの人を呼び込めると地域の会議で提案した。

しかし、議論がすんなり進んだわけではない。
昔から慣れ親しんだ伝馬町という駅名に愛着がある住民は強く反対。お互い譲れない思いを抱えたまま、名古屋市に対して、駅名変更を望む要望書と変更を望まない要望書の2つが提出される事態になった。当時、駅名変更反対の意見を取りまとめた地域の連絡協議会の中田俊夫会長は次のように振り返る。

白鳥学区連絡協議会 中田俊夫 会長

「生まれ育ってこよなく伝馬町を愛してきたような人は大反対で、大きな声で絶対反対だという人もいた。伝馬町をなくすのは何事だと非難ごうごうみたいな感じでした」

重ねた議論 ついに実現した駅名変更

どうしたら地域として納得のいく結論にたどりつけるか。花井さんは、伝馬町という駅名にこだわりを持つ住民と、ときにお酒を酌み交わしながら率直に意見をぶつけあった。花井さんは駅名変更で期待される街の活性化を、伝馬町にこだわりを持つ住民は、かつて馬を使った交通の要衝として栄えた歴史への誇りをそれぞれ語り、議論を重ねた。

当時の熱田区長を交えた話し合いの場を持ったり、住民アンケートで意見を聞き取ったりして、最終的に「熱田神宮」と従来の「伝馬町」を組み合わせた駅名にすることで話がまとまり、変更が実現した。

地域一丸で熱田に呼び込む

今回の駅名変更にあわせて、駅の出入り口には過去と現在の熱田を表した装飾が描かれた。駅を訪れた人たちに改札を出てすぐに、熱田の雰囲気を味わってもらうのが狙いだ。

地域を盛り上げようとしているのは、花井さんたちだけではない。 地元の大学生も花井さんや中田さんなどから話を聞き取り、駅名変更の経緯をまとめた報告書を作成。名古屋市の観光ホームページに熱田神宮伝馬町駅が熱田神宮の正門の最寄り駅であることを明記してもらうよう要望も行った。

花井さんは今後も地域の人や大学、区役所など、さまざまな人と協力しながら、熱田を盛り上げていきたいと決意を語る。

花井さん

「より多くの人に熱田神宮伝馬町駅で降りていただく、熱田に来ていただくきっかけに本当に期待しています。この宮宿が東海道で一番栄えていたと言われていますが、今そうかと言われると残念ながらそうではない。地元をしっかり応援して商売も頑張りながらみんなで盛り上げる、そういうきっかけになってほしいなと思っています」

筆者

豊嶋真太郎 記者(NHK名古屋放送局)

2019年入局。横浜放送局、小田原支局を経て2022年8月から名古屋市政の取材を担当。